私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

183

 

2月が飛ぶように過ぎた。

ちょっとだけ心配していた身体のことも拍子抜けするくらいなんともなく、私は仕事をこなした。

長い休みをとったにもかかわらず、指名数もなんとかこなして部屋持ちのままでいられた。

あれからおばあちゃん先生のところには診察に行っていない。

そして私が中絶手術をしたことはあの病院の人たち以外誰も知らない。

 

私は秘密が1つ増えてしまったことに少し罪悪感を覚えると同時に、「ほら。ほんとの私のことなんて誰もしらないんだから」とちょっとだけざまーみろな気分になっていた。

 

 

「有里ちゃん。あとちょっとやなぁ。」

 

控室で理奈さんが小さな声で私に言う。

理奈さんと富永さん以外、私が3月いっぱいで辞めることを知らないからだ。

 

「そうやねぇ。早いなぁ。」

 

ねねさんが向かいの席で寝っ転がっていびきをかいている。

他のみんなはお客さんについていた。

 

小雪さんもねねさんも風俗誌にバンバン出ていて、ホームページにも顔出しをしている。

そして実力もあり、今人気がかなり出てきていた。

ななちゃんはポツポツとお客さんがつきはじめてはいるものの、やっぱりなかなか指名をとるのは難しそうだった。

 

「有里ちゃん。ホームページの有里ちゃんの日記、おもろいなぁ。」

 

理奈さんがニコニコ笑いながら言う。

私はあれから自分のページの日記を楽しんで書いていた。

といってもほんの数行の短い文だけれど。

 

「あはは。そう?嬉しいなぁ。」

 

「私のお客さんも有里ちゃんの日記楽しみにしてるって人ぎょうさんおるでー。」

 

「えー!嬉しいー!まぁただののんべぇ日記やけどな。あははは。」

 

「のんべぇ日記!!そうやなぁー!あはは。」

 

私が書いている日記はほとんど酒のことだった。

『今日は何を飲もうかなぁ~♪』から始まる文章や、『ウイスキーをグラスに注ぐとき、私は恍惚を覚える』とか、そんな感じのものが多かった。

この文章がそんなに面白いといわれるなんて思ってもみなくて、ただ自由に「ふふ」と笑いながら書いていたものだった。

ある日私のお客さんが「あれただののんべぇ日記やんかぁ。客呼ぶ気ないやろ?あははは。」と言って笑ったのが印象的で、私は私の日記を『のんべぇ日記』と呼ぶことにした。

他の店の女の子の日記を見てみても、こんなことを書いている娘はどこにもいなくて、だいたいみんな可愛らしい、お客さんを呼べるような文体で書いていた。

私は他の店の子の日記を読んで「あぁそうかぁ」と思ったけれど、とてもそんな風に書く気にはならなかった。

 

「あれ、おもろいからもっと続けてなぁ。私も毎日楽しみにしてるんや。」

 

「ほんまぁ?!でもあれでは新しいお客さん呼べへんってお客さんに言われたわ。あははは。」

 

「そうかなぁ?私やったらどんな子かな?って会いにくるけどなぁ。」

 

理奈さんが相変わらずの笑顔で言う。

私は理奈さんの返しと笑顔が大好きだ。

 

「んふふ。ありがとう。」

 

「ほんまにもう少しいてくれたらええのになぁ。今結構有里ちゃん人気高まってるやんか。」

 

理奈さんがちょっとだけ淋しそうな顔をした。

この人にこの顔をされると弱い。

 

「えー…そんなことないでぇ。毎日あっぷあっぷや。理奈さんを追い越すことはできひんみたいやなぁ。残念やぁー。あはは。」

 

私はわざとふざけて返した。

もう理奈さんを追い抜きたい!なんて思ってもいないけど。

 

「あと少し、頑張ってな。あ、飲みにも行こうな。」

 

「うん。のんべぇ日記に理奈さん登場させてもええなら行くで。あはは。」

 

「え?!それ嬉しいわ!出たい出たい!あはは。」

 

 

『この人と出会うことができてよかった。』

心の奥でそんな言葉を噛みしめながら、たわいもない会話を楽しんだ。

 

私の『のんべぇ日記』は割と人気が出て、お店には来ないけど(!!)読んでくれている人が結構いるらしかった。

ソープ嬢がホームページで日記を書くのは集客のためなのに、私のそれはその目的から大いに外れていた。

その事実が私は面白くて、そして書くのも面白かった。

いつしか私のページの掲示板がいろんな人の交流ページになっていった。

理奈さんのお客さんが書き込んで、ねねさんのお客さんも書き込んで、小雪さんの熱烈ファンも私のページの掲示板に書き込んでたりするような場所になった。

 

 

いつも理奈さんから有里ちゃんのこと聞いてます。

のんべぇ日記も面白くて、いつか会いたいと思っています。

今度理奈さんには内緒で指名しようかなぁ。

 

 こんな書き込みにたいして理奈さんが乱入してくる。

 

ちょっとー!○○さん!!

私もここ見てるんやからねぇー!笑

 

うわわ!まずったーー!!笑

 

こんな感じ。

 

私のページの掲示板でこんなやりとりが繰り広げられてることが楽しくて幸せだった。

これでたとえお客さんが増えなくても、私はとても楽しかった。

 

ある日、富永さんも私の日記を褒めた。

 

「有里は文章がうまいなぁー。あれはおもろいでぇ。あんなこと書ける娘はおらんで。わしはあの日記のファンじゃ。どうやってあんなのを書きよるんかのぉ。有里の頭はどうなってるんじゃろなぁ。」

 

富永さんは細い目をますます細くしながら私にそう言った。

 

私はただ「ふふ」と笑いながら適当に思いついたことを書いているだけだったから、そんな風に言われることを不思議に感じていた。

ただの『のんべぇ日記』なのに。

 

私のホームページの人気はじわじわと上がり、雄琴全体の情報を提供しているホームページに掲載された。

『シャトークイーンの有里ちゃんの日記が面白い!』みたいな感じで。

と同時にそのホームページ内の『雄琴の教えたいけど教えたくない泡姫』のコーナーにお客さんが私のことを紹介していた。

 

あと1ヵ月弱で終わろうとしているこの時期にきてこんなことになっていることに驚き、そしてありがたくて仕方がなかった。

いつの間にか700万円という金額も溜まった。

 

私は『もう充分だ』と心から思っていた。

 

あとは終り方。

終わり方だけだ。

散り方が重要だ。

私はどう散るのか。

 

それを真剣に考えだしていた。

 

 

つづく。

 

 

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184 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

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はじめに。 - 私のコト

 

182

 

夕飯を完璧に用意し、部屋を綺麗にし、お風呂を沸かしてコバくんを迎え入れた。

思った通りコバくんは大喜びで今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

「ゆきえ…俺、ほんまゆきえに会いたかってんで。帰ってきてもええって言うてくれてありがとう。」

 

コバくんは私を抱きしめてそう言った。

 

「うん。心配かけてごめんやで。」

 

私はそう言いながらコバくんの背中をポンポンと叩いた。

 

コバくんはゆっくりお風呂に入り、ニコニコしながら夕飯を食べた。

 

「うまい!!ほんまにうまい!!なにこれぇ~ゆきえの料理はほんまにうまいなぁー!」

 

何度も何度もうまいうまいと言いながら食べるコバくん。

私はその姿を見て微笑んでしまう。

 

私が作った料理をこんなに喜んで食べてくれる人がいる。

掃除も料理もかなり疲れたけど、ここまで喜んでくれたならやったかいがあったな。

 

コバくんは私の顔をチラチラ見ては「んふふふー」と笑う。

何度もそれを繰り返す。

 

「え?もーなんなん?!」

 

私は笑いながらコバくんをポンと叩く。

 

「んふふふー。だって…ゆきえがおんねんもん。んふふふー。」

 

コバくんはずっとニヤニヤ笑っている。

全身で喜びを表す。

 

「何それ!コバくん頭おかしいわ!あははは!」

 

笑いながらそう言う私。

 

コバくんにそう言われて悪い気はしない。

でも私の心はシーンとしている。

 

だって、『いい女』の演技をしている私を見てコバくんは好きだと言っているんだから。

 

 

その夜コバくんは私を抱こうとした。

「抱いてもええ?」と聞いてきたのだ。

中絶手術をしてから初めてのSEX。

おばあちゃん先生からはSEX解禁の許しがでていないけど、どうせ明日からしてしまうんだ。

私はちょっとだけ不安を感じたけど、明日から仕事でしなければいけないんだからちょっと試しておこうという気になってそれに応じた。

コバくんはおちんちんが小さい上に早くイってしまう。

それが私にとっては好都合だった。

 

コバくんはSEXの最中、ずっと上気した顔をして「ゆきえ…好きや…大好きや…」と何度も言った。

私はただただ自分の身体が大丈夫なのかを気にしていた。

 

この2人の間の隔たりを冷静に見つめる私。

 

コバくんは満足そうに眠りにつき、私はなんとか大丈夫だったことを確認して、少しだけ安堵して目をつぶり眠ろうとした。

 

 

次の日。

私はコバくんを仕事に送り出し、部屋を整えてから身支度をして仕事に向かった。

 

富永さんも理奈さんも私を笑顔で迎え入れ、「心配したでぇ」と言ってくれた。

常連のお客さんも予約を入れてくれていた。

そして「待っとったでぇ」と何人ものお客さんに言ってもらえた。

 

心配していた私の身体はなんということもなく、いつも通りに働くことができ、自分の身体の丈夫さに驚くとともに嫌気がさす。

でもそれは優しいお客さんばかりの日だからかもしれないのだけれど。

 

 

 

「有里。ちょっとええか。」

 

お客さんが少し途切れた時、富永さんが私をよんだ。

 

「あ、はい。」

 

私はフロントの富永さんの足元に正座をして座り、富永さんを見上げた。

 

「なんですか?」

 

私がそう聞くと、富永さんはあたりを見回して小さい声で話しだした。

 

「帰ってきてくれてよかった。連絡がこなかったらどうしようかと思ってたんやで。心配したんじゃ。」

 

富永さんは私のほうに顔を近づけ、甘えるような声で私に言う。

 

「あー…すいません。でも連絡するって約束したやないですか。私は約束は守りますよ。」

 

「うん。うん。そうやな。そういうヤツやって知ってるで。有里はそういうヤツや。でもな…心配やったんじゃ。」

 

富永さんの表情がとろんとしている。

仕事用の顔ではない。

私はその様子にちょっとだけ引いてしまう。

 

「それでな…わし…これ買うたんじゃ。」

 

富永さんが私にチラッと何かを見せた。

 

「え?何ですか?」

 

私は富永さんの手元に顔をグッと近づけた。

 

「これじゃ。」

 

富永さんの手元には真新しい携帯電話が握られていた。

富永さんは携帯電話をずっと持っていなかった。

使い方も覚えられないし、生活に支障がないという理由で社長から持てと言われても頑なに携帯電話を持とうとしなかった。

 

「え?!とうとう携帯持ったんや!なんで?あははは。なんでなん?」

 

お腹のでっぷりと出たおじさんが自慢げに真新しい携帯を手に持っている。

その姿がなんだか可愛らしく見えた。

 

 

「いや…有里とな、連絡がとりたくてな。」

 

富永さんがひときわ小さな声で呟く。

 

「え?へ?今なんて?」

 

突然の言葉で意味がわからない。

 

「いや…有里だけに番号を教えたいんじゃ。ええか?」

 

キョトンとした顔で富永さんを見る。

 

「…え?私だけに?」

 

私が驚いて聞き返すと、富永さんは下を向いたまま「おう。そうじゃ。」と呟いた。

 

「う…うん…別にそれはええけど…」

 

私は戸惑いながらも返事をした。

 

「…10日も有里がおらんかったやろ?それでな、心配になってしまったんじゃ。このまま連絡がとれなかったらどうしようかと思ってなぁ。だから…ええかのぉ?」

 

富永さんは私の為だけに携帯電話の契約をしたんだと言った。

私の番号しか登録するつもりはない、自分の番号も私にしか教えるつもりはないと。

 

私は富永さんの携帯電話の番号を紙に書いてもらい、「わしの携帯に有里の番号を登録してくれ」と頼まれ、私は富永さんの携帯電話に私の番号を登録した。

 

「これでええ。これで安心じゃ。わしからは連絡することはしないと思うけど、有里からはいつでもしてくれてええんじゃ。待っとるから。のう?」

 

富永さんはニコニコしながら携帯電話を握りしめた。

私は「あぁ。ありがとうね。」と笑いながら答えた。

 

 

「有里。わしはいつでも待っとるからのぉ。有里がいいときに声をかけてくれればいつでもええんじゃ。のぉ?」

 

富永さんは私を細い目で見つめ、サッと目をそらした。

 

「うん。わかった。」

 

私はニコッと笑いながら返事をして、控室に戻った。

 

 

あと1ヵ月ちょっとの間、私はどう過ごすのか。

待っている富永さんをどうするのか。

コバくんとのことはどうなっていくのか。

 

それよりも…

 

私はK氏に連絡することができるのだろうか。

 

あと少しで2月が終わる。

 

雄琴に来たときはまだまだ先だと思っていた終息の時が、もう間近に迫っている。

それを思うだけで緊迫した空気が私の周りに立ち込める。

 

私はこの最終章をどう立ち回るのだろうか。

どうなっていくのだろうか。

 

何もわからないまま、私は控室で次のお客さんが来るのを待った。

 

 

つづく。

 

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183 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

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はじめに。 - 私のコト

 

 

 

181

 

「はい。シャトークイーンです。」

 

電話の向こうから富永さんの接客用の声が聞こえる。

なんだか安心して涙が出てくる。

 

「お疲れさまです。有里です。」

 

私は10日ぶりに私のことを「有里です」と言った。

当然のように。

 

「おー!有里!どうや?明日から出られるのか?」

 

富永さんは電話の相手が私だと知ると、すぐにいつもの口調に戻った。

たったそれだけのことがとてつもなく嬉しく感じる。

 

「あ…はい。大丈夫です。長い事お休みしてしまってすいません。明日からまたよろしくお願いします。」

 

おばあちゃん先生は2週間は空けた方がいいと言っていた。

でも私には無理だ。

あと何日間もこの生活を続けるなんて無理だ。

はやく仕事がしたい。

いや、仕事がしたいんじゃない。

“何か”をしていなければいられない。

 

「おう。よかった。連絡くれてよかった。有里のことやからちゃんと連絡よこすとは思っていたけどな。明日、待っとるで。もう予約とってもええやろ?待ってるお客さんおるで。」

 

電話の向こうの富永さんはなんだか嬉しそうだった。

私の心がちょっとだけ緩む。

 

「はい。大丈夫です。富永さん。ありがとうな。明日行くからな。」

 

待っててくれたことが嬉しい。

連絡をしただけで喜んでくれる人がいることがありがたい。

こんなボロボロなめちゃくちゃな私を。

 

「おう。待っとるで。じゃ、明日な。」

 

「はい。また明日。」

 

 

プツ…

 

 

電話を切るとなんだかやる気が出てきていた。

行くところがある。

私の場所を用意してくれている人がいる。

それがこんなにありがたいなんて。

 

でも…

 

ちょっとだけ不安がよぎる。

私の身体は大丈夫なんだろうか。

もう一度あの病院に術後の経過を診せにいかなければならない。

でも私に行く気はもうない。

 

まぁ…なるようになるだろう。

今さら仕事に行く日を先に延ばすなんて嫌だ。

私はこの無為な毎日から早く逃げ出したい。

身体がたとえしんどくても、この苦しい毎日を続けるのはあとほんの数日でも耐えられなかった。

 

 

明日のことをなんとなく考えている時、ふいに携帯が鳴る。

 

コバくんからだ。

 

「もしもし。」

 

私はちょっとだけ躊躇して電話に出た。

 

「…ゆきえ?今いい?」

 

 

「休みたいからほっといて」と言った日から、私は一度もコバくんに連絡をしていない。

メールも送っていない。

自分のことで精一杯だったから。

毎日地獄のような辛さだったけど、コバくんが助けられるようなことじゃなかったから。

コバくんからは毎日メールが来た。

「ほっといて」と言ったのに、毎日必ず一通はメールを送ってきていた。

それは「ゆきえ。大好きやで。」や「辛くないか?」とか「今日は仕事めっちゃ忙しかったー」とか、そんな内容だった。

そして最後に必ず「返事はいらんから。俺が勝手に送ってるだけやからね。ゆっくりしてや。」と書いてあった。

 

私は毎日コバくんからのメールを見て、自分の心がシーンと白けていることを確認していた。

まるで心が動かない。

ただただシーン…としていることを知る。

そしてそんな私を私は責めていた。

 

 

「うん。ええよ。」

 

私は少しの罪悪感を感じながら優しい声で答えた。

 

「…体調大丈夫?」

 

コバくんが私の様子を伺いながら言葉を発している。

 

「うん。もう大丈夫。明日から仕事行くわ。」

 

「…そうか。ほんまに平気なんか?」

 

「うん。もう平気。富永さんも待っててくれたし、もう行かなな。」

 

私は極力明るい声で話した。

その話し方にコバくんも少し気を緩め始める。

 

 

「そうか。よかったぁ~。俺毎日心配で…メールも毎日送ってしまってごめんやで…。どうしても送らないられへんくて。」

 

コバくんが甘えた声で謝ってくる。

いつもの感じが出てきた。

 

「ううん。ありがとう。しんどくて返事送られへんかった。ごめんなぁ。」

 

私もいつもの感じで返事をする。

この返事じゃ私がコバくんのメールを見てシーン…としていたなんて微塵も思わないだろう。

 

「…それで…ゆきえ?…俺…」

 

コバくんがごにょごにょと何かを言いたそうにしている。

言いたいことはわかってる。

でもあえて私からは言わない。

まだ迷ってるから。

 

「うん?何?」

 

私は意地悪だ。

性格が悪い。

わかってるのに「何?」と聞くんだから。

 

 

「…うん…あの…俺、もうそっちに帰ってもええのかな…?」

 

 

コバくんは言いにくそうに、そして私に伺うように聞いた。

 

どうしようかなぁ…

 

私はこの1人の時間が欲しかったのに、実際に1人の時間ができるとめちゃくちゃになってしまう事実を目の当たりにした。

仕事から帰ってきて1人だとまためちゃくちゃになってしまう。

部屋だってだれかがいるから綺麗にしようとしているようなもんだ。

仕事から帰ってきて、部屋にコバくんがいるから食べ吐きをしないようにしているようなもんだ。

コバくんがいなかったら私は夜中に毎日食べ吐きをして、ぐちゃぐちゃな部屋のまま仕事に行って、また帰ってきて食べ吐きをして…の無限ループになってしまう。

それは嫌だ。

 

 

「ええよ。帰ってきて。」

 

 

気付くと私はそう答えていた。

 

別に愛してなんかいない。

というか『愛している』がわからない。

『大好き』すらわからない。

それなのに、私は私を“ちゃんとした女”にしていたいがためにコバくんを利用するのだ。

この行為自体が“ちゃんと”していないのに。

 

「ほんま?!ええの?!ほんまに?!やったーーーー!!今日?今日帰ってもええ?仕事終わったらそっちに帰ってもええの?」

 

電話の向こうのコバくんが「飛び上がってますか?」と聞きたくなるような喜び方をしている。

 

「あはは。うん。ええよ。帰ってきて。」

 

私は思わず笑ってしまう。

そんなに無邪気に喜べるなんてすごいな。

 

「やっっっったーーーー!!はよ終わらせる!仕事なんてもう!すぐ!終わらせる!!まっとって!すぐ帰るからーーー!!」

 

コバくんがどんな顔でこの言葉を言ってるか目に浮かぶ。

 

「あははは。焦らんでええから。気ぃつけて帰ってくるんやで。」

 

「うん!めっちゃ気ぃつける!!やったーーー!!じゃ、仕事めっちゃはよぉやるから!仕事戻るな!ほな!あとで!」

 

「あははは。うん。あとでな。」

 

 

 

「ふぅ…」

 

電話を切って、辺りを見回す。

 

「…掃除機…かけるか…」

 

立ち上がり掃除機をかける。

掃除機をかけながら夕飯は何をつくろうか?と考える。

昨日までひどい食べ吐きを繰り返していた私が、今は落ち着いて夕飯のことを考えている。

 

掃除を終え、食べ吐きをした後の大量のゴミを片づける。

コンビニのお弁当やおにぎり、サンドイッチや菓子パンやお菓子の空き袋が山盛りだ。

ここ数日間の地獄が蘇る。

 

身支度を整え、大量のゴミが入ったゴミ袋を抱えてマンションのゴミ捨て場に持っていく。

ポンポンとゴミを捨て、溜息を一つついて平和堂に買い物に出かける。

 

食べ吐き用の物を買いに行くんじゃない。

夕飯の買い出しだ。

ただそれだけで『私はちゃんとしたいい女になれたんじゃないか』と錯覚をおこす。

身ぎれいにして夕飯の買い出しをしている自分がほんとの自分なんじゃないかと一瞬だけ錯覚をおこす。

昨日のボロボロでぐちゃぐちゃの私は今はいない。

 

私は『いい女』の演技を続けよう。

“演技”だと悟られないように。

今日の夜から3月が終わるまで、私は迫真の演技で“いい女”を演じ続けるんだ。

これが演技だと気づかれたら終わりだ。

ほんとの私を知ってしまったら誰も私を認めない。

誰も好いてはくれない。

居場所がなくなってしまう。

 

せめて3月まで。

私がこの世から去るまで、この演技は必死で続けなければ。

 

私は背筋を伸ばして買い物のカートを押す。

わざと履いてきたちょっとだけヒールのある靴をカツカツと鳴らしながら、豚肉のパックを見比べたりする。

どっちのお肉のほうがいいかなぁ~と独り言でも言ってやろうか。

それが『ちゃんとしたいい女』に見えそうならば。

 

帰ったらやることがたくさんある。

お料理をしてお風呂掃除をして洗濯物を畳むんだ。

それが『ちゃんとしたいい女』のやることだろうから。

 

私はボロボロでぐちゃぐちゃでめちゃくちゃな私を必死で隠した。

これがバレたら生きていけない。

 

床を拭き、お風呂を磨いて洗濯物を畳む。

その間お料理の献立を考え、段取りを頭の中で組み立てる。

 

楽しくもないし、やりたいとも思っていない。

ただそれが『ちゃんとした女』になれる方法だと思っているからやっているだけだ。

そしてそれを考えてやっている時は食べ吐きをしないですむからだ。

 

私は頭をフル回転させ、ずっと動き続けた。

コバくんが帰ってくるまでに完璧にしなければ気がすまない。

そうじゃなきゃ“演技”だとバレてしまうから。

 

“演技”がいつしか“本当のこと”に変わる日がくるかもしれない。

 

そんなことを頭の片隅で考えていた。

 

 

 

つづく。

 

 

 

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はじめに。 - 私のコト

 

 

 

180

 

朝7時。

コバくんからのTELが鳴る。

私はソファーでトロトロとしたまま電話に出た。

 

「もしもし?」

 

「もしもし?ゆきえ?」

 

「うん。」

 

「大丈夫か?ごめん。寝てたやろ?どうしても心配で電話してもうた。ほんまごめん。」

 

私はコバくんのこういうところがちょっと嫌だ。

なんだかモヤモヤする。

 

「ううん。平気やで。心配かけてごめんやで。」

 

モヤモヤしながらも私はこんなことを言う。

コバくんより自分の方がもっと嫌だ。

 

「どないなん?辛いか?」

 

コバくんはものすごく心配そうな声で私に聞いた。

 

「うーん…まぁしんどいな…。でもちょっと休んでれば平気やから。しばらく1人にしておいてほしいねん。ごめんな。」

 

「…そうか…ゆきえは1人の方がゆっくり休めるんか?」

 

コバくんが淋しそうな声で聞く。

ちょっとだけ胸が痛むけど、コバくんに帰って来られたら今の私はしんどすぎてマズいことになりそうだ。

 

「うん…そうやね…ちょっと1人でいたいかな…」

 

「…そうか…じゃあ今夜また電話してもいいか?」

 

…どうしよう…

ここで「いいよ」と言ってしまったら毎日最低2回は電話をかけてくるだろう。

電話がかかってくる時間を気にしてしまう自分がいる。

せっかく実家に帰ってもらうのに、それじゃあ意味がない。

 

「…いや…ほんまにしんどくて助けて欲しかったら必ず連絡するから、ちょっとだけそっとしておいてくれる?今夜も電話がかかってくると思ったら時間を気にしてしまうから。自分の寝たいときに寝られなくなってしまうから。」

 

「…あかんのか?電話してもあかんの?…ゆきえ…いなくなったりせぇへん?勝手にいなくなったりせぇへん?」

 

コバくんは私の身に何が起こったのか全く知らない。

急にこんなことを言いだされたら不安になるのも無理ない。

もうすぐ殺されちゃうかもしれないなんて聞かされているんだから。

 

「大丈夫。そんなことせぇへんって。ほんまにちょっと体調が悪いんや。体調悪い時はそっとしておいてほしいって前から言うてるやろ?今回割としんどいんや。だから…ごめんやで。」

 

私は「もういい加減ほっといて…」と思いながら一生懸命話しをした。

身体が怠くて頭がまだ痛い。

内心イライラしながらもなるべく優しい口調で話そうとしていた。

 

「…わかった…じゃ…ほんまに約束やで。助けて欲しかったらすぐに連絡してや。あと、そっちに戻っていい日が決まったらすぐ教えてや。俺、待ってるから。いなくなったりしたらほんまにあかんで。な?」

 

…え?…

 

電話の向こうのコバくんが泣いている。

涙声で私に訴えてきている。

 

私は泣いてるコバくんに気付き、「うわぁ…」と思っていた。

内心めっちゃめんどくさいと感じている自分がいた。

 

「…わかった。約束するから。な?泣かんと。な?」

 

体調がすごく悪くて、しかも夜中の3時に嗚咽をあげて泣いていた私がコバくんを慰める。

昨日中絶手術をした身で誰かをなだめるっていうことが、こんなにしんどいことなのかと身をもって知った。

 

「…うん…わかった…ほんなら…ゆっくり休んでや。…はよ顔見たいわ。…ほんまに好きやねんで。ゆきえ。」

 

「ありがとう。ごめんやで。ゆっくり休むわ。ほなね。連絡するからな。」

 

「…うん。ほなな…」

 

 

プツ…

 

「はぁ~…」

 

コバくんとの電話を切って溜息をつく。

 

毎回思う。

こんな私のどこがいいんだろう。

 

コバくんとの電話が終わってホッとした私は、またとろとろと眠りについた。

 

 

それからの私はとろとろと眠っては起き、また眠っては起き、を繰り返した。

なかなか本調子にもどらない自分の身体にイライラしながら、ただただ無為な時間を過ごしていた。

 

 

中絶手術から3日ほど経つと、ちょっとだけ動きたい衝動が湧いてきて買い物に出かけた。

平和堂までてくてくと歩いて行く。

ここ数日ゴハンらしいゴハンを食べていない。

もともと食べ吐きをしてしまうから、もう何年もゴハンらしいゴハンを食べていないようなもんなのだけれど。

 

「…お腹空いたな…」

 

歩きながら久しぶりに空腹を感じていることを実感する。

 

お腹が空いているのに食べたいものがわからない。

食べたいのに食べるのが怖い。

きっとまた食べたら食べ吐き祭りが開催されるに決まっているから。

 

どうしよう…

 

ここ3日間はなんとなくおにぎりを食べたり、冷凍庫の中に入っていたうどんを食べたりしていた。

ちょっと食べただけで疲れてしまい、食べ続けることも吐くこともできないくらいだった。

1人で過ごしているのに食べ吐きをしない自分に驚き、ちょっとだけ嬉しかった。

このまま食欲がもどらず痩せていき、ついでに食べ吐きも治ってしまったらいいのにと思っている自分がいた。

 

でも、どうやらそれはなさそうだ。

 

グーグーと鳴るお腹。

食べるのが怖いと思っている頭。

私はこのちぐはぐを持て余す。

 

平和堂に着き、お惣菜コーナーで立ち尽くす。

揚げ物の良いにおいがあたりに立ちこめる。

お弁当が並ぶ棚に目をやると、お腹の音がいっそう大きく鳴った。

 

「…はぁ…」

 

嫌だ。

食べ吐きはもう嫌だ。

でも太るのはもっと嫌だ。

 

私は何も考えられず、お弁当をいくつかカゴに入れた。

ビールとチューハイも数本カゴに入れて、急いでレジに向かった。

 

私はまだ休まなければいけない身体なんだ。

ビールなんて飲んじゃいけない。

食べ吐きなんてもってのほかだ。

 

頭ではそう思っているのに身体がいう事を聞かない。

私はなぜか焦ってレジに向かい、お弁当数個とビールとチューハイを買って早足で部屋に戻った。

 

買って来てしまった。

 

買い物袋をドサッと床に置き、ぺたりと座り込む。

 

グーグーと鳴るお腹。

 

食べ吐きの予感がする。

でもそんなことはしたくない。

 

私はおもむろにビールのプルトップを開け、ゴクゴクと飲んだ。

ビールで空腹をごまかせば食べ吐きをしなくて済むかもしれないと思ったから。

 

おばあちゃん先生からはアルコールは禁止されていた。

出血があるかもしれないし、痛みが出てしまうかもしれないからと言われていた。

 

痛みが出ようと出血しようと関係ない。

 

私はちょっとだけ回復してきた身体をコントロールできないのだ。

このまま部屋に居続けて空腹と戦うことも、無為な時間を過ごすのも怖くて辛くてたまらない。

身体の回復を待っているのに、回復し始めると居ても立っても居られないのだ。

 

私は350缶を一気に飲み干し、もう一本ビールを開けた。

キッチンの前の床に座りこみ、ゴクゴクとビールを飲む。

目の前にあるお弁当が目障りだ。

 

私は買って来たお弁当と数本のチューハイを冷蔵庫にしまい、『食べてもいいものリスト』に入っているスルメいかの袋を手に取り、ソファーに座った。

 

ちょっとだけ酔いがまわる。

スルメいかをかじってビールを飲む。

私の頭の中は食べ物のことでいっぱいだ。

なんとかスルメいかとビールでお腹を満たしたい。

 

観もしないテレビを点ける。

ふらふらとした足取りで冷蔵庫に向かい、チューハイを持ってくる。

もう出血の事も痛みの事も忘れていた。

私は私に襲ってくる空腹と真剣に戦っていた。

 

スルメいかとビールとチューハイでなんとか空腹をごまかし、ほろ酔いになった私は身体の怠さを感じてベッドに横になった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

頭と首が痛い。

頬が熱い。

 

…下腹が鈍く痛い…

 

私は「早く明日になれ」と思う。

そしてそう思ったすぐ後に「明日になったからってなんなんだよ」と1人突っ込む。

この孤独な無為な時間が早く過ぎて欲しい。

せっかくコバくんが帰ってこない1人の時間なのに、少しもゆっくりできない。

少しもリラックスなんてできない。

私はずっと私を監視している。

 

この何もしない時間を私は私に許すことができないんだ。

 

お前にゆっくりする資格はない。

お前にリラックスする資格はない。

お前に何もしない時間なんて与えられるわけがない。

 

こんなにダメなやつにそんな資格はない。

 

身体の怠さを感じながら、私はベッドから起き上がり、ウイスキーをグラスに注いで飲み始めた。

私は私を傷めつけたくて仕方がなくなった。

そして意識がしっかりしていることにガマンができなくなっていた。

 

あと何日こうして過ごさなければならないんだろう。

明日はどうやって過ごせばいいんだろう。

ウイスキーロックを3杯飲み終えた時、私は眠りについた。

 

 

私はそれからの数日間、お酒を飲み、食べ、吐き、またお酒を飲み、食べ、吐いて過ごした。

無為な時間が許せない私は、食べ吐きとお酒で酔っぱらうことで時間を潰すしかやることがなかった。

 

それでも皮肉なことに私の身体は回復していった。

その事実に私は何度も涙を流した。

 

痛めつけても痛めつけても回復する身体。

そしてお酒を飲んでもいつしか意識がはっきりしてきてしまう身体。

 

逃げられない。

私はこの私から逃げられない。

 

何度も泣き、お酒で酔っ払い、食べては吐きを繰り返し、私はとうとう休みを使い果たしてしまった。

富永さんと約束した10日が経ってしまった。

 

私は律儀に約束を守り、10日目に店に電話をかけた。

 

 

 

つづく。

 

 

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181 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

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はじめに。 - 私のコト

 

 

179

 

若干ふらふらする足取りとボーっとする頭をなんとかごまかしながら電車を乗り継ぎ、やっとの思いで比叡山坂本駅に辿り着いた。

 

コバくんには回らない頭を駆使しながらこんなメールを送っておいた。

 

残業大変やなぁ。

私の体調は…まぁまぁかなぁ。

 

コバくんには申し訳ないんやけど、何日間かちょっと一人で過ごしたいんだ。

どうしても誰かがいると気を使ってしまう自分がおるんよ。

体調が悪くてもどうしても無理してしまうから、ちょっとの間だけ一人で過ごしたいんだ。

いいかな?

今日はとりあえず実家に帰ってくれる?

ごめんやで。

 

お仕事がんばって。

お疲れさま。

 

これを読んだらコバくんは相当なショックを受けるだろうと思いながらも送ってしまった。

返事はまだない。

仕事が忙しくてまだ読んでいないのか、それともなんて返事を書いたらいいかわからず迷っているのか…。

 

もっと気の利いた文面を考えればよかったのかもしれないけど、今の私はこれが精一杯だった。

 

途中に平和堂に立ち寄り、これから数日間の買い物をしようと思い立つ。

ただふらふらなのでたくさんの荷物は持てない。

どうしようかと考えながら買い物をする私。

目の前がぼんやりとする。

人がまばらな店内がとても寒々しい。

 

あぁ…

私は何を買えばいいんだろう…

 

ふらふらと平和堂をさまよいながら、結局私はお水とポカリスエットとビールをカゴに入れた。

 

お腹…は…空いていない。

でも後でお腹が空いたらどうしよう。

家に何かあっただろうか。

 

ふらふらともう一度さまよい、私はおにぎりを2個カゴに入れた。

 

レジでお金を払い、袋に詰める。

 

重い…

買った荷物を持つと、結構な重さに感じた。

普段だったらどうってことない重さなのに。

 

ふらっとした足元をふと見る。

 

なんで私は今日もヒールを履いているんだろう。

中絶手術に行くにもヒールを履いてしまう自分に嫌気がさした。

 

ふらふらと歩きながらなんとか部屋に着き、ドアを開ける。

すぐにソファーに倒れこみたい衝動を抑え、買って来た水やポカリスエットやビールを律儀に冷蔵庫に入れる自分がとても嫌だ。

 

レジ袋をくるくると丸め、ギュッと結ぶ。

コートを脱ぎ、ハンガーにかける。

洋服を脱いでタイツを脱ぎ、部屋着に着替える。

洗濯カゴに服とタイツを入れ、カバンをいつもの場所に置く。

 

早く寝っ転がりたいのに、早くバタンと倒れこみたいくらいしんどいのに、それをやらない自分。

もっとぐっちゃぐちゃなままバターンと倒れこみたいと思っているのにやらない自分。

淡々といつものような動きをしている自分が嫌で嫌でたまらないのにやめない自分がいた。

 

嫌だ。

嫌いだ。

こんな私を私はとても嫌いだ。

 

「ふぅーーー…」

 

私はやっとソファーにバタンと倒れこんだ。

 

天井を見上げる。

右手をおでこの上に乗せる。

下腹の鈍い痛みともいえない不思議な感覚が私を襲う。

 

さっきまで私はどこにいたんだろう。

そして何が行われていたんだろう。

 

頭がボーっとしてとろとろとした眠気が私の瞼を閉じようとしている。

お布団で眠りたい。

 

私はベッドにノソノソと向かい、もぐりこんだ。

ベッドに入ってすぐにとろとろとした眠気に負け、私はまた眠ってしまった。

 

 

 

どれくらい時間が経っただろう。

目ざめて時計を見ると、夜中の3時だった。

 

私はふらふらとトイレに行き、おしっこをして部屋に戻った。

キッチンの辺りでもう一度ベッドに戻ろうかソファーで過ごそうか迷っている時、ふいに私の中に“何か”が起こった。

 

う…

 

お腹から喉にかけて、ひどく締め付けるような“何か”がこみ上げる。

 

うぅ…

 

胸を締め付けるような“何か”。

 

うううぅぅ…

 

私はキッチンの前の床でしゃがみ込んだ。

 

「うううう…ううぅぅぅぅ…うわーーーーーー!!」

 

自分でも驚くような嗚咽が部屋に響く。

 

「うーーーー!!うわーーーー!!うわーーーーーー!!ああーーー!」

 

気付くと私は声をあげて泣いていた。

 

「うわーーーー!!うわーーーー!わーーーーー!!」

 

胸の辺りを掻き毟りながら床にぺたりと座り込み、私は泣き叫んでいた。

 

別に悲しいなんて思っていない。

別に傷ついてなんかいない。

どうってことない出来事だ。

ただちょっと身体がしんどいだけ。

 

そう思っていたはずなのに、私は気付いたらありえないほどの嗚咽をあげて泣いていた。

 

泣きながら床に寝っ転がる私。

嗚咽が治まり、仰向けになって余韻の涙を流す。

 

「うぅ…う…うぅーー…」

 

ボロボロとながれる涙をわざと拭わず、ぐちゃぐちゃなままにする。

 

私、なんでこんなに泣いているんだろう。

何が私に涙を流させるんだろう。

 

悲しいとも思っていないし、辛いとも感じていない。

中絶手術をしたことを悔やんでもいない。

なのに私の目からはボロボロと涙がこぼれて止まらない。

 

「はぁーーーー!!」

 

大きなため息をつき、起き上がってソファーに移動する。

そしてソファーにゴロンと寝っ転がった。

 

あ。と気づき、涙が止まらないまま携帯のメールをチェックする。

コバくんからの返信。

「ふぅ…」とため息をつきながらメールを開けた。

 

ゆきえ。

大丈夫か?

俺がいるといろんなことやらなきゃいけないもんなぁ。

俺ゆきえみたいにできひんし。

すっごく心配やけど、ゆきえがそれのほうがゆっくりできるなら実家にしばらくおるよ。

でも約束してほしいんやけど、必ず毎日連絡してや。

俺からも連絡していいって言うて。

これ約束してほしい。

あと助けてほしいことあったらちゃんと言うてや。

俺すぐに飛んで行くから。

あ、『飛んで』は無理やった。

 

めっちゃ淋しいけど、ゆきえの言う通りにする。

ゆっくり休んではよ元気になってな。

明日連絡するわ。

電話していい?

電話出れんかったら…淋しいけどええから。

 

俺、ゆきえのことめっちゃ好きやねん。

だから、えーと…

それだけ!!

 

また明日。

おやすみ。

 

 

コバくんのメールを読んで私はまた涙がボロボロこぼれた。

 

「う…うぅ…」

 

この人のことを心から好きになれたらどんなにいいだろう。

この人と同じくらい、素直に人を好きになれたらどんなにいいだろう。

 

私にはできない。

 

お腹にやどった赤ちゃんでさえ愛しいと思えない私。

中絶するのに何の躊躇もなかった私。

こんなに優しくしてくれる男性に嘘をつきまくる私。

家族になんの連絡もとらずソープ嬢になって、もしかするともうすぐ死んでしまうかもしれない私。

食事を普通に摂れない私。

私が大嫌いな私。

 

「はぁーーー…」

 

また大きなため息をついて、右手をおでこに当てる。

 

このまま無くなってしまいたい。

私は私から逃げたい。

 

「うぅ…」

 

ボロボロと涙を流しながら、私は夜が明けるまでソファーで寝っ転がりながら天井を見つめ続けた。

 

コバくんからの電話がいつかかってくるかが気になる。

電話に出れなくなるから眠ってはいけないような気がして、結局いてもいなくても私は気を使うことになるのかと嫌な気持ちになった。

 

今日からの数日間、仕事にも行けずこの部屋で休まなればいけないことに怖さを感じていた。

 

 

 

つづく。

 

 

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