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夕飯を完璧に用意し、部屋を綺麗にし、お風呂を沸かしてコバくんを迎え入れた。
思った通りコバくんは大喜びで今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「ゆきえ…俺、ほんまゆきえに会いたかってんで。帰ってきてもええって言うてくれてありがとう。」
コバくんは私を抱きしめてそう言った。
「うん。心配かけてごめんやで。」
私はそう言いながらコバくんの背中をポンポンと叩いた。
コバくんはゆっくりお風呂に入り、ニコニコしながら夕飯を食べた。
「うまい!!ほんまにうまい!!なにこれぇ~ゆきえの料理はほんまにうまいなぁー!」
何度も何度もうまいうまいと言いながら食べるコバくん。
私はその姿を見て微笑んでしまう。
私が作った料理をこんなに喜んで食べてくれる人がいる。
掃除も料理もかなり疲れたけど、ここまで喜んでくれたならやったかいがあったな。
コバくんは私の顔をチラチラ見ては「んふふふー」と笑う。
何度もそれを繰り返す。
「え?もーなんなん?!」
私は笑いながらコバくんをポンと叩く。
「んふふふー。だって…ゆきえがおんねんもん。んふふふー。」
コバくんはずっとニヤニヤ笑っている。
全身で喜びを表す。
「何それ!コバくん頭おかしいわ!あははは!」
笑いながらそう言う私。
コバくんにそう言われて悪い気はしない。
でも私の心はシーンとしている。
だって、『いい女』の演技をしている私を見てコバくんは好きだと言っているんだから。
その夜コバくんは私を抱こうとした。
「抱いてもええ?」と聞いてきたのだ。
中絶手術をしてから初めてのSEX。
おばあちゃん先生からはSEX解禁の許しがでていないけど、どうせ明日からしてしまうんだ。
私はちょっとだけ不安を感じたけど、明日から仕事でしなければいけないんだからちょっと試しておこうという気になってそれに応じた。
コバくんはおちんちんが小さい上に早くイってしまう。
それが私にとっては好都合だった。
コバくんはSEXの最中、ずっと上気した顔をして「ゆきえ…好きや…大好きや…」と何度も言った。
私はただただ自分の身体が大丈夫なのかを気にしていた。
この2人の間の隔たりを冷静に見つめる私。
コバくんは満足そうに眠りにつき、私はなんとか大丈夫だったことを確認して、少しだけ安堵して目をつぶり眠ろうとした。
次の日。
私はコバくんを仕事に送り出し、部屋を整えてから身支度をして仕事に向かった。
富永さんも理奈さんも私を笑顔で迎え入れ、「心配したでぇ」と言ってくれた。
常連のお客さんも予約を入れてくれていた。
そして「待っとったでぇ」と何人ものお客さんに言ってもらえた。
心配していた私の身体はなんということもなく、いつも通りに働くことができ、自分の身体の丈夫さに驚くとともに嫌気がさす。
でもそれは優しいお客さんばかりの日だからかもしれないのだけれど。
「有里。ちょっとええか。」
お客さんが少し途切れた時、富永さんが私をよんだ。
「あ、はい。」
私はフロントの富永さんの足元に正座をして座り、富永さんを見上げた。
「なんですか?」
私がそう聞くと、富永さんはあたりを見回して小さい声で話しだした。
「帰ってきてくれてよかった。連絡がこなかったらどうしようかと思ってたんやで。心配したんじゃ。」
富永さんは私のほうに顔を近づけ、甘えるような声で私に言う。
「あー…すいません。でも連絡するって約束したやないですか。私は約束は守りますよ。」
「うん。うん。そうやな。そういうヤツやって知ってるで。有里はそういうヤツや。でもな…心配やったんじゃ。」
富永さんの表情がとろんとしている。
仕事用の顔ではない。
私はその様子にちょっとだけ引いてしまう。
「それでな…わし…これ買うたんじゃ。」
富永さんが私にチラッと何かを見せた。
「え?何ですか?」
私は富永さんの手元に顔をグッと近づけた。
「これじゃ。」
富永さんの手元には真新しい携帯電話が握られていた。
富永さんは携帯電話をずっと持っていなかった。
使い方も覚えられないし、生活に支障がないという理由で社長から持てと言われても頑なに携帯電話を持とうとしなかった。
「え?!とうとう携帯持ったんや!なんで?あははは。なんでなん?」
お腹のでっぷりと出たおじさんが自慢げに真新しい携帯を手に持っている。
その姿がなんだか可愛らしく見えた。
「いや…有里とな、連絡がとりたくてな。」
富永さんがひときわ小さな声で呟く。
「え?へ?今なんて?」
突然の言葉で意味がわからない。
「いや…有里だけに番号を教えたいんじゃ。ええか?」
キョトンとした顔で富永さんを見る。
「…え?私だけに?」
私が驚いて聞き返すと、富永さんは下を向いたまま「おう。そうじゃ。」と呟いた。
「う…うん…別にそれはええけど…」
私は戸惑いながらも返事をした。
「…10日も有里がおらんかったやろ?それでな、心配になってしまったんじゃ。このまま連絡がとれなかったらどうしようかと思ってなぁ。だから…ええかのぉ?」
富永さんは私の為だけに携帯電話の契約をしたんだと言った。
私の番号しか登録するつもりはない、自分の番号も私にしか教えるつもりはないと。
私は富永さんの携帯電話の番号を紙に書いてもらい、「わしの携帯に有里の番号を登録してくれ」と頼まれ、私は富永さんの携帯電話に私の番号を登録した。
「これでええ。これで安心じゃ。わしからは連絡することはしないと思うけど、有里からはいつでもしてくれてええんじゃ。待っとるから。のう?」
富永さんはニコニコしながら携帯電話を握りしめた。
私は「あぁ。ありがとうね。」と笑いながら答えた。
「有里。わしはいつでも待っとるからのぉ。有里がいいときに声をかけてくれればいつでもええんじゃ。のぉ?」
富永さんは私を細い目で見つめ、サッと目をそらした。
「うん。わかった。」
私はニコッと笑いながら返事をして、控室に戻った。
あと1ヵ月ちょっとの間、私はどう過ごすのか。
待っている富永さんをどうするのか。
コバくんとのことはどうなっていくのか。
それよりも…
私はK氏に連絡することができるのだろうか。
あと少しで2月が終わる。
雄琴に来たときはまだまだ先だと思っていた終息の時が、もう間近に迫っている。
それを思うだけで緊迫した空気が私の周りに立ち込める。
私はこの最終章をどう立ち回るのだろうか。
どうなっていくのだろうか。
何もわからないまま、私は控室で次のお客さんが来るのを待った。
つづく。
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