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2月が飛ぶように過ぎた。
ちょっとだけ心配していた身体のことも拍子抜けするくらいなんともなく、私は仕事をこなした。
長い休みをとったにもかかわらず、指名数もなんとかこなして部屋持ちのままでいられた。
あれからおばあちゃん先生のところには診察に行っていない。
そして私が中絶手術をしたことはあの病院の人たち以外誰も知らない。
私は秘密が1つ増えてしまったことに少し罪悪感を覚えると同時に、「ほら。ほんとの私のことなんて誰もしらないんだから」とちょっとだけざまーみろな気分になっていた。
「有里ちゃん。あとちょっとやなぁ。」
控室で理奈さんが小さな声で私に言う。
理奈さんと富永さん以外、私が3月いっぱいで辞めることを知らないからだ。
「そうやねぇ。早いなぁ。」
ねねさんが向かいの席で寝っ転がっていびきをかいている。
他のみんなはお客さんについていた。
小雪さんもねねさんも風俗誌にバンバン出ていて、ホームページにも顔出しをしている。
そして実力もあり、今人気がかなり出てきていた。
ななちゃんはポツポツとお客さんがつきはじめてはいるものの、やっぱりなかなか指名をとるのは難しそうだった。
「有里ちゃん。ホームページの有里ちゃんの日記、おもろいなぁ。」
理奈さんがニコニコ笑いながら言う。
私はあれから自分のページの日記を楽しんで書いていた。
といってもほんの数行の短い文だけれど。
「あはは。そう?嬉しいなぁ。」
「私のお客さんも有里ちゃんの日記楽しみにしてるって人ぎょうさんおるでー。」
「えー!嬉しいー!まぁただののんべぇ日記やけどな。あははは。」
「のんべぇ日記!!そうやなぁー!あはは。」
私が書いている日記はほとんど酒のことだった。
『今日は何を飲もうかなぁ~♪』から始まる文章や、『ウイスキーをグラスに注ぐとき、私は恍惚を覚える』とか、そんな感じのものが多かった。
この文章がそんなに面白いといわれるなんて思ってもみなくて、ただ自由に「ふふ」と笑いながら書いていたものだった。
ある日私のお客さんが「あれただののんべぇ日記やんかぁ。客呼ぶ気ないやろ?あははは。」と言って笑ったのが印象的で、私は私の日記を『のんべぇ日記』と呼ぶことにした。
他の店の女の子の日記を見てみても、こんなことを書いている娘はどこにもいなくて、だいたいみんな可愛らしい、お客さんを呼べるような文体で書いていた。
私は他の店の子の日記を読んで「あぁそうかぁ」と思ったけれど、とてもそんな風に書く気にはならなかった。
「あれ、おもろいからもっと続けてなぁ。私も毎日楽しみにしてるんや。」
「ほんまぁ?!でもあれでは新しいお客さん呼べへんってお客さんに言われたわ。あははは。」
「そうかなぁ?私やったらどんな子かな?って会いにくるけどなぁ。」
理奈さんが相変わらずの笑顔で言う。
私は理奈さんの返しと笑顔が大好きだ。
「んふふ。ありがとう。」
「ほんまにもう少しいてくれたらええのになぁ。今結構有里ちゃん人気高まってるやんか。」
理奈さんがちょっとだけ淋しそうな顔をした。
この人にこの顔をされると弱い。
「えー…そんなことないでぇ。毎日あっぷあっぷや。理奈さんを追い越すことはできひんみたいやなぁ。残念やぁー。あはは。」
私はわざとふざけて返した。
もう理奈さんを追い抜きたい!なんて思ってもいないけど。
「あと少し、頑張ってな。あ、飲みにも行こうな。」
「うん。のんべぇ日記に理奈さん登場させてもええなら行くで。あはは。」
「え?!それ嬉しいわ!出たい出たい!あはは。」
『この人と出会うことができてよかった。』
心の奥でそんな言葉を噛みしめながら、たわいもない会話を楽しんだ。
私の『のんべぇ日記』は割と人気が出て、お店には来ないけど(!!)読んでくれている人が結構いるらしかった。
ソープ嬢がホームページで日記を書くのは集客のためなのに、私のそれはその目的から大いに外れていた。
その事実が私は面白くて、そして書くのも面白かった。
いつしか私のページの掲示板がいろんな人の交流ページになっていった。
理奈さんのお客さんが書き込んで、ねねさんのお客さんも書き込んで、小雪さんの熱烈ファンも私のページの掲示板に書き込んでたりするような場所になった。
いつも理奈さんから有里ちゃんのこと聞いてます。
のんべぇ日記も面白くて、いつか会いたいと思っています。
今度理奈さんには内緒で指名しようかなぁ。
こんな書き込みにたいして理奈さんが乱入してくる。
ちょっとー!○○さん!!
私もここ見てるんやからねぇー!笑
うわわ!まずったーー!!笑
こんな感じ。
私のページの掲示板でこんなやりとりが繰り広げられてることが楽しくて幸せだった。
これでたとえお客さんが増えなくても、私はとても楽しかった。
ある日、富永さんも私の日記を褒めた。
「有里は文章がうまいなぁー。あれはおもろいでぇ。あんなこと書ける娘はおらんで。わしはあの日記のファンじゃ。どうやってあんなのを書きよるんかのぉ。有里の頭はどうなってるんじゃろなぁ。」
富永さんは細い目をますます細くしながら私にそう言った。
私はただ「ふふ」と笑いながら適当に思いついたことを書いているだけだったから、そんな風に言われることを不思議に感じていた。
ただの『のんべぇ日記』なのに。
私のホームページの人気はじわじわと上がり、雄琴全体の情報を提供しているホームページに掲載された。
『シャトークイーンの有里ちゃんの日記が面白い!』みたいな感じで。
と同時にそのホームページ内の『雄琴の教えたいけど教えたくない泡姫』のコーナーにお客さんが私のことを紹介していた。
あと1ヵ月弱で終わろうとしているこの時期にきてこんなことになっていることに驚き、そしてありがたくて仕方がなかった。
いつの間にか700万円という金額も溜まった。
私は『もう充分だ』と心から思っていた。
あとは終り方。
終わり方だけだ。
散り方が重要だ。
私はどう散るのか。
それを真剣に考えだしていた。
つづく。
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