私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

164

 

みんなで大騒ぎをしながらトキに行った。

 

「有里ちゃんは私の隣やからなー!なぁ?有里ちゃん。」

 

理奈さんが上機嫌で私と腕を組んだ。

 

「えー!僕も隣になりたいよぉ~!」

 

50代半ばのおっさんが駄々をこねる。

 

今日の私は大人気だ。

悪い気はしない。

 

「青年!君も飲んで行くんやろ?」

 

理奈さんが若いボーイさんに話しかける。

 

「あ、はい!ご一緒していいですか?姉さん!」

 

若いボーイさんが理奈さんに聞く。

 

「ええよ!行こう行こう!」

「行くぞー!」

 

理奈さんと南さんが楽しそうにトキのドアを開けた。

 

「いーーらっしゃいませーーー!!!」

 

トキの店内から大きな声が聞こえてくる。

相変わらず雑多な店内。

この感じは嫌いじゃないんだけど、なんとなく自分からは行こうとは思えないだよなぁ。

 

「まぁくん、4人!入れる?」

 

南さんが慣れた様子でまぁくんに話しかける。

 

「わ!理奈さんに有里ちゃんやんかー!ひっさしぶりやんかーー!南さん!やっと有里ちゃんと飲めたん?やったやんか!入って入って!ボックス席空いてるで!」

 

まぁくんはカウンターの中から出てきて私たちをボックス席に案内した。

 

「そうなんよぉ~。やっと有里ちゃんに会えたんよぉ。もう嬉しくて嬉しくて…うぅ…」

 

南さんは大袈裟に泣きまねをした。

 

「なに言うてるんですか!からかわんといてくださいよ!もー。」

 

「有里ちゃん、ほんま久しぶりやねぇ。全然来てくれないんやもんなぁー。」

 

まぁくんは相変わらずの金髪頭で、相変わらずのくしゃくしゃになる笑顔で私に言った。

名前をちゃんと覚えているところがさすがだ。

 

「理奈ちゃんはちょいちょい来てくれてるんやで。なー?」

 

まぁくんはおしぼりを配りながら理奈さんの顔を覗き込んだ。

 

「そうやんなー!有里ちゃんがいつも帰ってしまうから私1人で来るんやでー。なー?」

 

理奈さんはふく田に行った帰りにちょっとトキに寄ることがあると言っていた。

理奈さんから淋しいという言葉は聞いたことがなかったけど、もしかしたら淋しいのかもしれない。

 

結局私は理奈さんの隣に座り、南さんは私の目の前の席に落ち着いた。

 

「南さん、もうさ、富永さん呼びだしちゃえば?おもしろない?」

 

理奈さんが笑いながら南さんに言う。

 

「おー!それいいねぇ!あー…でも有里ちゃんと近づけなくなるなぁ。うーん…」

 

「近づくってなんやねん!有里ちゃんは私のもんやねんからなぁ!なー?」

 

理奈さんと南さんは今日はずっとこのノリでいく気のようだった。

私はなんとなくそのノリに合わせていた。

 

 

「ねぇ有里ちゃん。有里ちゃんは好きな人いるんかな?」

 

南さんが身を乗り出して突然私に聞いた。

 

好きな人?

好き…な人?

 

私の好きな人…

 

その時私の脳裏にK氏の顔が浮かんだ。

 

え?!

なんで?!

あんなにひどい事たくさんされたのに、なんであの人の顔が浮かぶんだ?

 

「え…えーと…」

 

答えに困っていると南さんはすかさず

 

「いや!いやいや!やっぱいい!そりゃ有里ちゃんは若いし可愛いんやから彼氏の1人や2人はおるわな!いや!ちゃうねん!僕はそういうんじゃなくていいんです!有里ちゃんとたまに一緒に飲めたらそれでいいんです!そうそう!」

 

と笑いながら一生懸命言っていた。

 

はは…

 

50代半ばのおじさんがそんなことを一生懸命言っている姿が可愛かった。

 

「あはは。ありがとう。また一緒に飲みましょね。」

 

「ほんとに?わー!…でもなぁ…やっぱり気になるなぁ…有里ちゃんの好きな人ぉ。

あ!いやいやいや!いいのいいの!やっぱやめとく!ここで富永さんとか言われたらショックだし!」

 

「え?有里ちゃんそうなん?」

 

また訳の分からない話のなってきている…

 

「ちょっとぉ。あんな、富永さんはそりゃ好きやで。でもちゃうやんか。そういう“好き”ちゃうやろ?」

 

「いやぁ~。でも富さんはちがうでー。有里ちゃんのこと絶対好きやから。もうやっぱり呼んじゃおう!」

 

南さんがおもむろに携帯を取り出して富永さんに電話をかけ始めた。

 

「そうやな!呼べ呼べー!」

 

理奈さんも面白がってる。

 

「まぁくーん!もしかしたら富永さん来るかもしれないんやけどー!ここに椅子もってきてええ?」

 

4人掛けのボックス席にお誕生日席をつくるように理奈さんが頼む。

 

「今持ってくわー。」

 

カウンターの中からまぁくんが言う。

 

「富さん?今トキ。有里ちゃんと理奈ちゃんとあと○○も一緒。うん。うん。今ふく田?こっち来てよ。一緒に飲もうよ。富さんに聞きたいことあんねん。え?もう眠い?そんなんええやんか。な?今から来てや。うん。うん。有里ちゃんも来て欲しいって言うてるから。な?待っとるで。じゃ。」

 

別に私は来てほしいなんて言ってないよ。

もう今日はこの遊びが楽しいらしいからしょーがない。

 

「どうしたぁ?来るって?」

 

理奈さんがへらへらと笑いながら南さんに聞く。

理奈さんはもうだいぶ酔っぱらっているようだった。

それがまた可愛いんだよなぁ。

 

「今来るって。有里ちゃんが来てほしい言うてる言ったらすぐ来る言うたで!やっぱりそうやぁ。なぁ?」

 

絶対嘘。

そんなわけない。

 

「そうやろ?富永さんは絶対有里ちゃんに気ぃがあるんや。だってな、こないだ私がな…」

「そうなんだよ。だってな、僕がこないだこんなこと言うたらな…」

「僕も前ここで飲んでる時聞いたことあります。鎌倉の○○さんがこう言ってたんですけど…」

 

3人がそれぞれに私と富永さんについてを語り出す。

いろいろなエピソードを持ち出して。

私はその度に「そんなわけないやろぉ~」とか「気のせいやって!」とか「んなあほな!」とかの言葉を連発していた。

そのやりとりが面白いらしく、みんなその流れを変えようとしなかった。

私はその流れ自体を「今日の流行りだな」と感じ、大げさにツッコミを入れるように務めた。

 

『好きな人』を聞かれた時にK氏の顔が浮かんだことの驚きが残っていて、笑って話しの仲間に入っていないとその驚きと戸惑いに全てを持っていかれそうになっていた。

 

3月には会えるんだ…

 

え?

会えるんだ?

会いたいの?

殺されるかもなのに?

殴り倒されるかもなのに?

 

ドキドキドキ…

 

K氏に会えることを考えると胸がドキドキし始める。

 

おかしい。

絶対におかしい。

そんなわけない。

 

私は「アホなこといいなやぁ!」と大袈裟にツッコミ、「あははは!」と大袈裟に笑いながらK氏のことを考えないようにしていた。

 

 

「お疲れさーん。」

 

トキの入口のドアが開き、富永さんがのっそのっそと入ってきた。

大きなお腹を揺さぶりながら。

 

「おー!富さん来たなー!お疲れさまです!!」

「お疲れー。よぉ来たな。あはは。」

 

南さんと理奈さんが大きく手を挙げて富永さんに挨拶をした。

 

「お疲れさまです!」

 

若いボーイさんが立ちあがって頭を下げて挨拶をした。

 

「おー。来てたんか。めずらしいなぁ。」

 

富永さんは若いボーイさんに店長らしく挨拶をした。

 

「お疲れさまです。ちょっと富永さん!この人たちうるさいんよぉ!」

 

私は笑いながら富永さんに文句を言った。

 

「なんやぁ。有里、このおっさんに変なことされへんかったか?ん?わははは。」

 

「ちょっと富さん!するわけがないでしょう!!わはははは。」

 

 

…仲良し。

この2人が仲良しなのが一目でわかった。

 

私たちは笑い合いながらしたたかに飲んだ。

 

「ねぇ富さん。有里ちゃんとまた一緒に飲んでもいいでしょ?」

 

南さんが富永さんに頼んでいる。

 

「お?そりゃあかんわー。2人はあかん。」

 

富永さんは子供みたいなかわいい顔で「あかん。」を繰り返した。

 

「なんでよぉー。2人で飲みたいわぁ。」

「それはあかん。有里は可愛い大切なうちの娘じゃ。おっさんとなんかあったら困るやろがぁ。」

「なんもないわ!…うーん…保証はできひんけどなぁ。わははは。」

「そりゃそうやろー!保証なんて出来る奴おらんやろがー。」

「富さんも保証できひんやろ?」

「わしか?わし?そりゃできひんわ!わははは!」

「わはははは!富さん変態やな!淫行やで!捕まるわ!」

「それやったらおっさんもやろがー。わははは!」

 

あはは…

仲良しだ。

 

「なぁ富永さん。富永さんも有里ちゃんとどうにかなりたいとか思うんか?」

 

理奈さんが酔っぱらったトロンとした笑顔で富永さんに聞いた。

 

「ん?わしか?」

 

富永さんも酔っぱらってほっぺが赤くなっている。

昔のお人形みたいで可愛い。

何かのキャラクターみたいだ。

 

「うん。富永さんって女好きな匂いがせんからなぁ。したくなるん?SEX。」

 

私も常々思っていた。

富永さんはずっと独身だ。

昔ギャンブルで大借金をつくってしまい、家族から縁を切られてしまった富永さんは天涯孤独。

女の影もなく、男の匂いがまるでしない。

 

「そりゃなるわぁ。あたりまえやろがぁ。」

 

富永さんは水割りをグイッと飲みながら答えた。

 

「へー。じゃどうすんの?風俗行くん?」

 

理奈さんがぐいぐい質問する。

 

「ん?行くで。たまにやけどな。」

 

「どこ行くん?雄琴では行かれへんやろ?」

 

雄琴で行くあほがおるかぁ。すぐ噂が広まるわぁ。あの富岡って男のちんちんはちっさかったとかすぐ言われるやろがぁ。」

 

「富さんちんちんちっさいの?」

 

「ん?ちっさいで。まぁこんくらいやな。」

 

富永さんは自分の指で大きさを示した。

 

「あははは!ちっさくてかわいらしいなぁ。」

 

理奈さんが笑う。

 

「まぁ行くんわ金津か三ノ宮やな。」

 

富永さんは近郊の風俗街の名前を言った。

 

「えー!金津まで行くん?!そうなんやぁー!どんな女がタイプなん?」

 

「ん?わしは若いのはあかんからおばはんや。若いのは話しができんでな。おばはんとちょっと酒でも飲んで風呂でも入ってちょっとチョメチョメできたらそれでええんや。そんなもんやろ?な?おっさんもそうやろ?」

 

富永さんは乾きものを口に入れながら「わははー」と笑ってそんなことを言った。

 

「チョメチョメって!あははは!」

 

「へー!富さんはおばはんでいいんやー。僕は有里ちゃんがいい。」

 

「お?有里はあかんで。有里はあかん。」

 

「じゃ理奈ちゃんは?」

 

「そりゃ理奈もあかん。うちの娘はあかん。」

 

富永さんが南さんに「あかん」を連発した。

 

「富永さん、結婚せぇへんの?したいと思わへんの?」

 

理奈さんがどんどん富永さんに質問する。

私も聞いてみたい質問だった。

 

「ん?結婚?わしにできるわけないやろがぁ。おるか?こんな奴と結婚したいいうのんが。そりゃわしだってできるもんならしたいで。でもあかんわ。わしは寅さんと一緒や。観たか?寅さんとリリーの話し。あの浅岡ルリ子のやつ。あれと一緒やな。結婚してもあかんやろな。なんだ?理奈が結婚してくれるのか?」

 

富岡さんはそれから寅さんとリリーの話しを楽しそうにし始めた。

 

「あれは名作じゃ。寅さんは好きじゃったんや。リリーのことをな。今までで一番好きじゃったと思うで。あのバス停の言葉、よかったやろー?有里、観たか?あれ。」

 

私はK氏の元で寅さんを何作か観ていて、K氏も浅岡ルリ子のリリーさんの回が一番好きだったことを思いだす。

私もあの話3部作が大好きだった。

 

「あれは名作やな!ほんっまにあれはよかった!」

 

私は富永さんとこういう話しをするのが好きだった。

 

「おー!有里!お前ほんまに22か?ごまかしてるやろ?有里はいつもこうなんや。わしと話しが合うんよ。なぁ?」

 

富永さんがことさら嬉しそうな顔をする。

 

「えー?有里ちゃん寅さんなんて観るん?意外やなぁー。ますます好きになったわー。」

 

 

途中、若いボーイさんが「明日早いんでお先に失礼します!」と言って帰って行き、理奈さんが「もう限界やわぁ」と言いながらタクシーに乗って帰ってしまった。

 

「有里ちゃんはもう少しええやろ?」

 

南さんはそう言いながら私を引き止め、結局富永さんと南さんと3人で飲むことになった。

 

「ちょっとトイレ。」

 

南さんが席を外したその時。

 

富永さんが思いもよらないことを私に言った。

 

 

つづく。

 

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165 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

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はじめに。 - 私のコト

163

 

次の日。

高須店長は夕方ごろお店にやってきた。

 

「有里ちゃーん。ちょっとこっち来てくれる?」

 

高須さんはフロントに呼ばれた私をフロントの後ろの事務室に呼んだ。

そこにはパソコンが一台置いてあり、真っ黒の背景のページが開いてあった。

 

「これこれ。まだイメージなんだけどさ。こんな感じでどうかな?」

 

高須さんは割と真剣な顔で私にそう言い、あれこれと説明してくれた。

真っ黒のページに綺麗な青色の文字で『Ari‘sBar』と書かれていた。

周りには星がちりばめられたような飾りが施されていてとても素敵だった。

 

「そんで、ここに写真がいくつか入るんだけど、これとか…これがいいと思ってて…」

 

高須さんはまだ文字しかでき上がっていないと言って、白い紙にだいたいのページのラフを書き、そして昨日撮った写真を見せながら説明をした。

 

「このへんに『Ari‘sDiary』と『掲示板』に飛べるボタンをつくって、そんでここにはプロフィールを載せて…」

 

次々と話しを進める高須さんの顔は真剣そのものだった。

昨日のちゃらちゃらした雰囲気とはちょっと違う感じがした。

 

「だいたいの雰囲気はこんな感じなんだけどどう?なんとなく感じ掴めたかな?」

 

私をパソコンデスクの前に座らせて、自分は立ったまま説明をしていた高須さんは私の顔を覗き込んだ。

 

「あぁ…はい。なんとなくわかりました。とても素敵ですね。」

 

ほんとに素敵だと思った。

それにこんなものを作れてしまうことがすごい。

 

「ほんと?よかった。じゃこんな感じで進めるね。いい?」

 

高須さんはニッコリ笑って言った。

なんだか嬉しそうだった。

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

私は椅子に座ったままペコっと頭を下げた。

 

「はい!こちらこそお願いします。ありがとう有里ちゃん。」

 

白い歯を見せてニッコリ笑う高須さん。

でも目が笑っていない。

これは最初から感じていたこと。

高須さんはにこやかだけど目が笑うことがない。

 

「あーそうだ。今日大丈夫?飲みに行ける?」

 

きた。

その話題。

 

「あー…はい。大丈夫です…けど…理奈さんも一緒に行っていいですか?」

 

私を飲みに誘う真意がわからず遠慮がちに聞く。

 

「え?理奈さんも?」

 

高須さんが笑顔で聞き返す。

 

「あ、はい。ダメですか?」

 

私も笑顔で聞き返す。

 

「いや、別にいいよ!こっちは俺とボーイさん2人の3人だから。」

 

…よかった。

 

「実はさ…」

 

高須さんがちょっとにやけた顔でもごもごと言った。

 

「え?なんですか?」

 

「あはは…実はさぁ…いや、これ言ってもいいのかな。まぁいいか。」

 

1人でごにょごにょ何かを言っている。

 

「え?なんですか?気になりますよ。」

 

「いや、あはは…。あのさ、実はうちのボーイさんで南ってやつがいるんだけどさ…」

 

「え?南さん?はぁ…」

 

「知ってる?」

 

「いや、知りません。向こうのボーイさん、一人も知らないです。」

 

「あれ?有里ちゃんはトキに飲みに行ったりしないの?」

 

「あー…1,2回飲みに行ったきりですね。飲みに行くのはふく田ばっかりで。」

 

「あーそっかぁ。じゃああんまり雄琴の内部のこと知らないんだねー。」

 

雄琴の内部情報はスナックの『トキ』ともう一つのカラオケスナックの『ピカソ』に集まる。

雄琴内の男女関係もだいたいそこに行けばわかると聞いている。

私はトキの雰囲気もあまり好きじゃなかったし、そういう内部情報も特に知りたいと思わなかった。

まどかさんの一件以来、一回だけ富永さんと行ったきりトキには足を運ばなかった。

 

「はぁ。そうですね。あんまり興味ないんで。」

 

「へー。お酒が好きだって言ったからトキには行ってるんだと思ってたよ。あ、そうそう。その南ってやつがね、有里ちゃんのファンなんだって。」

 

え?

は?

南さんって人が私のファン?

 

「は?そう…なんですか…」

 

「うん。南さんて富永さんと仲がいいらしいんだけど、前から有里ちゃんの話しを富永さんから聞いてたんだって。それで前に店まで見に来たらしくて、そんでファンになっちゃったんだって。有里ちゃんのこと。で、今回俺が写真見せたらもっとファンになっちゃったらしくてさ。一緒に飲みたいんだって。今日来るからさ、一緒に飲んでやってよ。」

 

あー…

私を誘ったのはこれだったのかぁ…

 

「はー。そうなんですかぁ。わー。なんか嬉しいなぁ。他の店のボーイさんが私のファンだなんて嬉しいなぁー。行きます行きます!飲みに行きますよー!」

 

高須さんが私を飲みに誘った真意がわかって気が楽になった。

俄然飲みに行くのが楽しみになってきた。

 

「ボーイさんっていっても南はおじさんだよ。若くないよ。大丈夫?」

 

高須さんは私がやけに喜んでいるのをみて、心配そうに言った。

 

「あはは。私おじさん大好きなんで大丈夫です。若い子よりおじさんのが好きなんで。あはは。」

 

「えー!そうなんだ!南さん喜ぶよぉ。じゃ今日終わったら連絡するからメアド教えておいてよ。」

 

「あ、はい。わかりましたー。」

 

「なんか有里ちゃん、急に明るくなったなぁ。なんか感じ悪いなぁ。あはは。」

 

バレてた。

まぁいいか。

 

 

「じゃ後でねー。」

 

高須さんはそう言うと姉妹店のほうに帰って行った。

 

「有里。今南のこと話しとったやろ?」

 

フロントのすぐ後ろで話しをしていた私たち。

富永さんに話しが筒抜けだった。

 

「あ、そうそう。富永さん仲良しなん?南さんと。」

 

「まぁたまに一緒に飲むで。ええ奴やでぇ。あいつ、ずっと有里のことええって言うとったわ。何度も会わせてくれって言うとったんや。一緒に飲みたい言うてな。」

 

「あはは。じゃあなんで私に言わんかったん?友達やろ?」

 

「なんでわしが有里を紹介せなあかんのや。うちの可愛い有里を紹介することなんかないやろがぁ。向こうに引き抜きにでもあったら困るがな。」

 

「あはは。何言うてるん?アホやな。」

 

「今日一緒に飲むんか?」

 

「うん。そうらしいな。」

 

「うーん…。引き抜かれんなよ。困るで。なんかしてきたらすぐ言うんやで。」

 

富永さんはちょっと心配そうに私に言った。

 

「え?だってええ奴なんやろ?そんなことせんやろー。」

 

「まぁそうやけど…男は何するかわからんで。」

 

「ファンいうてるけどお父さんみたいな感覚やろ?あはは。」

 

南さんは50代半ばの男性だと聞いた。

きっと私のことを娘みたいな目で見てるに違いない。

もしくは富永さんのような感覚で。

 

「…男はいつまでたっても男やでな。有里のことだって女として見てるんやで。きっと。」

 

富永さんが私から目を逸らしてそう言った。

そんなわけないのに。

 

他の店のボーイさんがこっそり私を見に来ていたことがなんだかちょっと嬉しい。

そしてファンだと言っている人が雄琴にいることに喜んでいた。

 

えへへ。

ファンだって。

私のファンだって。

お客さんに好きだとかファンだとか言われるのとはなんだか違う嬉しさだった。

 

その日の夜、仕事を終え高須さんの案内で一軒の飲み屋に行った。

2台のタクシーに分かれて乗り込み、大津のおしゃれなバーの個室で飲むことになった。

 

「ここよく来るんだ。綺麗でしょ?女の子はこういうとこ好きでしょ?」

 

高須さんはシルバーのブレスレットをジャラつかせながらそう言った。

 

「おしゃれやなー。こんなとこあったんやなぁ。高須さんよく女の子連れてくるんやろ?」

 

理奈さんがニヤニヤ笑いながら高須さんに聞いた。

 

「いやぁ店の子ぉばっかりだよ。」

「またまたぁ~。モテそうやもんなぁ。あはは。」

「いやいや。彼女いないからさぁ。」

「作らんのやろ?それのが都合いいんやろ?そうやろ?あはは。」

「ちがうって!理奈さんにはかなわないなぁ。あはは。」

「高須さんはタヌキやなぁ。あはは。」

 

理奈さんと高須さんが気さくにやりあっている。

私はその姿を見て「理奈さんやるなぁ」と思っていた。

 

私の目の前には黒いジャケットに白いシャツを着たおじさんが笑顔で座っていた。

彼が南さんだ。

 

「あ、有里ちゃん。こちら南さん。有里ちゃんのファン。あはは。」

 

高須さんが私に南さんを紹介した。

 

「あ、初めまして。有里です。よろしくお願いします。」

 

「あ、南です!ちょっとー高須店長ー!ファンとか言わないで下さいよぉ。恥ずかしいやないですか!ごめんねぇ。有里ちゃん。」

 

南さんは細身の男性でとても優しそうな顔をしていた。

腰が低く、落ち着いたしゃべり方をする好感のもてる人に感じた。

 

「いや、嬉しかったですよ。ありがとうございます!」

 

私は南さんにぺこりと頭を下げた。

 

「うわぁー。やっぱりこういう子だったんだ!思った通りの子ぉやった!有里ちゃんはええ子やぁ。うわぁ。嬉しいなぁー。」

 

「え?なんで?ただお礼言うただけですよ。普通ですよね?」

 

「いやいやいや…大きな声では言えないけどね…小さな声では聞こえない!ってね、ははは!」

 

南さんは自分で言ったことに大笑いをしていた。

THE・おじさんだ。

こういうの結構好きだったりする。

 

「ていうのはいいんやけどさ、なっかなかいないんだよぉー有里ちゃんみたいな子!ね?高須店長!理奈ちゃんみたいな子ぉもなっかなかいないんだよぉー!ね?」

 

南さんはそのことを力説した。

 

「もうね、ここだけの話し。うちの店の子ぉたちなんて顎で使うわけ!『ちょっと!部屋掃除しといてや!』ってな感じよぉ。ね?高須店長!そうですよね?」

 

それを聞いた高須さんは苦笑いをしてこう言った。

 

「いやぁ…いい子たちばっかりだよぉ。ははは…南さん!そういうことは…もっと言って!なんてねー。ははは。あ、この話しはシーだからね!有里ちゃん理奈さん。」

 

「ははは!いーねぇ高須店長!」

 

南さんが「よっ!」と言いながら高須さんを持ち上げる。

もう一人のボーイさんは若くて無口だった。

南さんの隣で頷いたり笑ったりしているだけだった。

 

「あ、ちょっとごめん。」

 

そのとき高須さんの携帯が鳴り、そとに電話をしに行ってしまった。

 

「いやぁー、ほんとに今日は良い日だなぁー。有里ちゃんと一緒に飲めるなんてなぁ。いやぁーもうどうしよう。あ、富永さん怒ってなかった?大丈夫だった?」

 

南さんはずっとニコニコ笑いながら私に聞いた。

 

「あーなんか気ぃつけろって言うてました。あはは。引き抜かれないようにって。そんなわけないのにねぇ。」

 

「え?富永さん心配しとったん?有里ちゃんのこと?」

 

理奈さんが驚いた顔で私に言う。

 

「うん。なんかやたら心配しとったわ。行かんほうがええ、みたいなこと言うてな。」

 

「えー!そんなん私には一回も言うたことないわ!あははは。」

 

「私が頼りないからやろ?世間知らずやしな。理奈さんの事はもう絶対的に信頼してるんや。うらやましいわ。」

 

本心だった。

私はまだ信頼されてないのかと思い、ちょっと不本意だった。

 

 

「富永さん、有里ちゃんのこと好きなんちゃう?」

 

理奈さんが思いもよらないことを言った。

 

「うんうん。私もそう思うんですよ。」

 

南さんが理奈さんの言葉に同意した。

 

「は?!何言うてるん?富永さんが?あはははは!ただ娘みたいに思ってるだけやろ?そんなわけないやろ!」

 

もう一人のボーイさんも「うんうん」と頷いている。

南さんも理奈さんも真剣にそう言っていた。

笑ってるのは私だけだった。

 

「だってね、私が有里ちゃんと飲みたいって何回も言ってるのに会わせてくれなかったんですよ!おっかしいでしょー?!」

 

「うん。私もちょっと富永さんの態度はおかしい思う事ちょいちょいあるで。」

 

「あ、僕も前に聞いたことあるんですよ。富永さんが一番入れ込んでるのは有里さんだって。」

 

…なんかおかしな話しになってきている。

富永さんが私を好き?

は?

なにがどうなってそんな話しになるんだろう?

私は22歳。

富永さんは…えと…いくつだっけ?

多分50代後半ぐらいでしょ?

 

「有里ちゃんはどうなの?富永さんのことどうなの?」

 

南さんがぐいぐいと聞いてきた。

 

「は?富永さん?ちょっと!おかしなこと言わないでくださいよぉ!もー!あるわけないでしょ!あははは。」

 

笑いながら否定する私。

まさかそんな事を言われるなんて思ってもみなかった。

 

 

「いやーごめんごめん。」

 

その時電話を終えて高須さんが店に戻ってきた。

 

「大丈夫ですか?何かありました?」

 

私がそう聞くと高須さんは「申し訳ない!」と言いながら頭をかいた。

 

「ちょっと別件が入っちゃって…ここの支払いは俺に回してくれていいから飲んでって。俺行かなきゃ。ほんとにごめん。これタクシー代ね。これ帰りに使って。ね?また穴埋めするから。ほんとにごめん!」

 

高須さんはそう言うと急いで店を出て行った。

 

「あらー…じゃあここじゃなくてもよかったやんねぇ。」

 

理奈さんが呟いた。

 

「ほんとだねぇ。なんかここおしゃれ過ぎておじさん落ち着かないよ。ははは。」

 

南さんが笑いながら言った。

 

「…雄琴に帰りましょうか?」

 

私がそう言うとみんな「うん!そうしよう!」と頷いた。

 

 

 

「今日は飲もう!ね?有里ちゃん!理奈ちゃん!」

 

南さんがタクシーの中で嬉しそうに私たちに向かって言う。

 

「南さんは有里ちゃんと2人で飲みたいんやろー?お邪魔ですよねー?ねぇ?」

 

理奈さんが助手席に座っているボーイさんに「ねぇ?」と話しかける。

 

「そうですよねー!!」

 

若いボーイさんは可愛い顔をひょこっと出していたずらっぽく答えた。

 

「違う違う!そうやないって!理奈ちゃんとも飲みたいって!まぁ…有里ちゃんと2人でもいいんやけど…いやいや!違うって!あははは。」

 

「やっぱりそうやんかー!気ぃ悪いわ!帰ろか?」

 

「いやいやいやいや、帰らんといて!一緒に飲みたいなぁー!理奈ちゃんと!」

 

「うっさいわ!あははは。」

 

私のことなんかそっちのけで盛り上がっている姿をみるのが楽しかった。

私はずっと笑っていた。

 

「トキに行く?トキで富永さんが有里ちゃんのことを好きだっていう話し、もう一回ちゃんとしようや!な?」

 

理奈さんがふざけてそんなことを言いだした。

 

「そうやな!その話しははっきりさせなあかん!トキでその話しをしよう!まぁくんにも聞いてみよう!」

 

南さんが大盛り上がりでその話しに乗った。

 

「それいいですね!」

 

助手席のボーイ君も何故かその話しに乗った。

 

「は?!なんで?だからそれはないって!絶対ないって!みんな何言うてんの?」

 

タクシーの中は大騒ぎだった。

ソープ嬢と店のボーイが22歳の小娘と50代後半の店長の仲を疑う話しをしている。

これは一体なんだ?

 

「よーし!今日は飲むぞー!有里ちゃんは富永に渡さないぞー!」

「そうだそうだー!有里ちゃんは私のものだぞー!あははは!」

 

理奈さんが拳を上げて「私のものだぞー!」と言ったことが嬉しかった。

けど、なんともない顔をした。恥ずかしいから。

 

なんだかおかしなことになっている。

この後トキでどんな時間を過ごすんだろう。

 

私はタクシーの後部座席で小さくなって笑っていた。

 

 

つづく。

 

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164 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

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はじめに。 - 私のコト

162

 

「有里。なんや今日写真撮ることになったんやな。1時間後言うとったで。大丈夫なんか?」

 

個室から控室に戻ろうとしている時、廊下で富永さんが私を呼び止めた。

 

「あー…なんやそうみたいやねぇ。まぁええんちゃう?」

 

私はなんとなく他人事のような言い方で答えた。

もしかしたらこれでK氏にバレてしまうかもしれないけど、それならそれでいいやと思っていた。

どうせ3月には会いに行くんだし、バレるのが嫌で今回の話しを断るなんて格好悪いような気がして。

 

「まぁ有里がええならええんやけどな…。そしたらそれまで予約とらんようにするから。頼むわな。」

 

「あぁ、はい。わかりました。」

 

下着姿で写真を撮られるなんて初めてだ。

こんなことなら昨日から何も食べないでおけばよかった。

お腹の出っ張りがちょっと気になる。

今日持ってきた下着はあんまり気に入ってないヤツだ。

こんなことならもう数組下着を持って来ればよかった。

 

自分がちょっとワクワクしていることに驚く。

写真を撮られて自分のページを持てるかも知れないことを少し喜んでいる。

 

控室に戻ると理奈さんが「有里ちゃんこれから写真撮る言われた?」と聞いてきた。

私は「なんかそうらしいなぁ」とそっけなく答えた。

理奈さんは私の次に写真を撮られるらしい。

 

「なんやせわしないなぁ」

 

理奈さんが笑いながら言った。

 

「うん。そうやねぇ。」

 

私はちょっとだけドキドキしているのを悟られないようにそっけなく言った。

 

控室でしばらく本を読んだりテレビを観たりしていると、スピーカーから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「有里さん。有里さん。」

 

「はい。」

 

「高須店長が来てます。」

 

 

私は理奈さんに「ちょっと行ってくるわ」と言い、控室を後にした。

 

 

「有里ちゃん。お待たせねー。」

 

店の入り口に行くと高須店長が白い歯を見せて笑って言った。

 

「あ、はい。」

 

「じゃ、行こうか。」

 

高須店長はまた同じボーイさんを引き連れてやってきた。

 

「おい。これ丁寧に運べよ。」

 

「あ、はい。」

 

若いボーイさんは高須店長に顎で使われている。

その様子は見てて不快なものだった。

 

「じゃ有里ちゃん。まずは洋服のままで撮ろうかー。」

 

高須店長は私にポーズの指示をして、その度に「いいねー。それいいねー。」と言いながら写真を撮った。

私は口元を手で隠してポーズをとった。

 

「じゃ今度は下着になってもらおうかなー。こっち向いてた方がいい?」

 

「あー…じゃあお願いします。」

 

私は高須店長とボーイさんに後ろを向いていてもらい今つけている下着を外し、持って来ていたピンクのレースの下着に付け替えた。

 

「あ、もういいですよ。」

 

「え?もういい?見るよ。」

 

「あ、はい。」

 

「おー!いいじゃん。可愛いよぉー。」

 

「あ…ありがとうございます。」

 

「じゃーねー…まずベッドに腰かけてもらってぇ…」

 

高須店長はまたいくつかポーズの指示を出した。

 

私は四つん這いになったり壁に手をついてお尻を突き出したりするポーズをとって何枚も写真を撮られた。

口元を手で隠すのを忘れずに。

 

「有里ちゃーん。よかったよぉ。明日にはなんとなくページ作ってみるから一回見て見てよ。ね?」

 

高須店長はにこやかにそう言いながら私の肩にポンと手を置いた。

 

「あ、はい。わかりました。」

 

「うん。お疲れさまー。あ、明日にでも飲みに行かない?」

 

高須さんは軽やかに私を飲みに誘った。

 

「あー…明日ですか?」

 

「うん。ダメ?お疲れさま会ってことで。」

 

なんのお疲れさま会だ?

 

「こっちのボーイも誘うからさ。ね?」

 

「あー…はい。いいですけど…」

 

「じゃ明日また来るわ。いいの作るからねー。」

 

 

高須さんはボーイさんに「行くぞ。」と言い、私に「じゃ明日ねー!」と言いながら個室を出て行った。

 

 

「…はぁ…」

 

いつの間にか飲みに行く約束をしてしまった…

理奈さんも誘われるかな…

そうだといいなぁ…

 

そんなことを思いながら脱いだワンピースを着た。

 

高須店長の感じがなんとなく好きになれない。

絶対に本心を人に見せない人だと感じる。

女の子のことも『商品』としてしか見ていないようだった。

 

私を飲みに誘ったってなんの意味もないのに…

 

フロントに行き、富永さんに撮影が終わったことを報告する。

 

「お疲れさん。どやった?」

 

富永さんが私に聞いた。

 

「あぁ…まぁなんとなくな。あれでいいのかどうか知らんけどとりあえず終わったわ。」

 

撮影は楽しくもなく、嫌でもなかった。

いつの間にか終わったという感じだった。

 

「おう。そうか。で?高須はなんて言うとった?」

 

「あー…よかったって言うとったで。明日にでも一回サンプルとして作ってくるって。」

 

「そうか。まぁ…よかったのぉ。」

 

富永さんがなんとなく淋しそうにそう言った。

 

「うん…。まぁな。そんでな、明日飲みに行こう言われたんや。向こうのボーイさんも一緒にって。なんでやろ?」

 

高須店長が私を飲みに誘った真意がいまいちわからなかった。

自分の店の子を誘うならなんとなくわかる。

でも私は実質関わりのない立場だ。

とりあえず富永さんに話しをしておいた方がいいと思って言ってみた。

 

「え?有里を飲みに誘った?あいつ…有里に気があるんちゃうか?」

 

「いや、それはないわ。そういう感じやないと思うで。」

 

「んー。いや、多分気ぃがあるな。で?どないするん?」

 

「いや、ほんまにそれはないわ。行く言うてしまったんや。だから理奈さんも一緒に行かへんかなぁと思うて。」

 

「そうやな…。んー…」

 

富永さんは自分の店の子が飲みに誘われているのがちょっと気にくわない様子だった。

その気持ち、なんとなくわかる。

 

「そや。富永さんも一緒に行ったらええんや。姉妹店交流会?みたいな感じ?それええやん。なぁ?」

 

私がそう言うと富永さんはことさら嫌な顔をした。

 

「誘われてもおらんのに行けんやろぉー!そんなんで行ったらアホじゃ。」

 

「あぁーそっかぁ…」

 

富永さんはすこし間を置いてこう言った。

 

「断ったらええが。」

 

こんなことを言うのは珍しい。

そして富永さんは更にもう一言付け加えた。

 

「行かんでええが。な?」

 

私に行って欲しくないと言っている。

姉妹店の店長の誘いを断れと言っている。

 

「そんなん富永さんが言うの珍しいなぁ。」

 

私がそう言うと冨永さんは下を向いたまま「そうか?」と小さな声で呟いた。

 

「…有里は可愛いうちの子ぉやからな。」

 

不安なんだ。

富永さんは今不安なんだと感じた。

 

「あはは。ありがとう。まぁちょっと様子見るわ。またなんか言うて来たらちゃんと言うからな。」

 

「おう。わかった。高須には気ぃつけよ。」

 

「うん。わかった。ありがとう。」

 

 

しばらく控室で過ごしていると理奈さんが撮影を終えて戻ってきた。

 

「有里ちゃんどんなポーズで撮った?」

 

理奈さんは笑いながら聞いてきた。

どうやらちょっと楽しかったらしく、自分がどんなポーズをしたのか控室でやってみせてくれた。

 

「こんなんとかな、こんなことしろ言うねんでー。おもろかったわ。高須さんおもろいなぁ。あはは。」

 

笑ってるよ。

この人はほんとに無邪気だ。

 

「なぁ、高須さんに飲みに誘われた?」

 

私は率直に理奈さんに聞いた。

 

「え?誘われへんで。なに?有里ちゃん誘われたん?」

 

…誘ってないんかい…

なんで?

 

「あー…うん。なんでやろ。」

 

高須さんは絶対私に気があるわけではない。

それは絶対の自信があった。

あの人のタイプは私のような女じゃない。

 

「有里ちゃんに気ぃがあるんやな。」

 

理奈さんは富永さんと同じことを言った。

まぁそう言うのが妥当な出来事ではある。

 

「いや、絶対ちゃうねん。それはわかるんや。」

 

「えー?なんでわかるん?」

 

「いや、これはほんまにちゃうねん。わかるねん。」

 

理奈さんは何度も「そんなんわからんやろがぁ」と言った。

でも絶対にそんなんじゃないのがわかる。

 

「理奈さんも一緒に行こうや。明日飲みに。」

 

私は理奈さんを誘った。

理奈さんは「行ってもお邪魔やないならええで。」と笑っていた。

 

「明日また来る言うてたから、そんとき理奈さんも一緒にって言うわ。向こうもボーイさん連れてくる言うてたから。な?」

 

「へー。まぁええけど。どこ行くんやろな?」

 

理奈さんはあっけらかんと私の誘いに乗ってくれた。

 

高須さんの誘いを断ってもよかったんだけど断る理由もさほどない。

そして高須という男がどんな奴なのかをちょっと知りたくもあった。

 

 

「じゃ、明日よろしくね。」

 

「うん。わかったわぁ。」

 

私と理奈さんはそんな約束をした。

 

私は自分のページがどんな風に出来るのか、高須さんがどんな奴なのか、好奇心でいっぱいになっていた。

 

 

つづく。

 

 

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163 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

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はじめに。 - 私のコト

 

161

 

ミーティングで私が部屋持ちになったという発表があった後、杏理さんとあきらさんが突然店を辞めた。

私はその事実に結構なショックを受けた。

お店には理奈さんと私とななちゃんだけになってしまった。

 

富永さんが言うには杏理さんもあきらさんも指名がなかなか伸びないことに悩んでいたらしく、たまに2人を呼び出して話しをしていたらしい。

あきらさんはそんな時いつも「理奈ちゃんと有里ちゃんに良いお客さんばっかりつけてるんとちゃう?」と言っていたみたいだった。

杏理さんはいつもその横で小さく頷いていたと富永さんは言った。

私が文句を言ってから控室では何もいわなくなったものの、相変わらず2人で店の悪口や富永さんが贔屓しているという話しをトキでしていたそうだ。

 

「口ではいつも偉そうなこと言うたけど結果が出んくて格好つかなくなったんやろなぁ。」

 

富永さんは下を向いたままなんとも言えない表情でそう言った。

 

それから数日後。

新しい女性が2人入ってきた。

 

ねねさんと小雪さん。

 

ねねさんは3人の子持ちの女性で、どうしようもない旦那さんから逃げてきたと言った。

高島礼子にそっくりな美人さんだ。

明るく気風の良い彼女を私はすぐに好きになった。

歳は33歳。

彼女は「子供たちのために風俗誌にもバンバン出るし、指名もどんどんとっていかなあかんねん!あはは!後がないからなぁ!」と笑いながら明るく言った。

誰からも好かれるだろうその雰囲気と笑顔はいるだけで場が明るくなる、そんな女性だった。

 

もう一人の小雪さんは小柄で小悪魔的な雰囲気を醸し出していた。

なかなか打ち解けられなそうな感じの彼女は現在27歳。

大学生のころシャトークイーンでアルバイトをしていたことがあると言った。

その頃お客さんで来ていた男性と結婚し、ソープ嬢のアルバイトも辞め普通に働いていたと彼女は言った。

 

「でもSEXが下手やねん。それに女としてみてくれなくなってしまったんよ。だからもう一度ここにこよう思って。んふふ。ダンナには内緒やけどな。」

 

小雪さんはどこまでが本心でどこからが作っているキャラなのかわからない女性だった。

小雪さんは旦那さんには内緒だと言いながら、どんどん顔出しでの雑誌に載りたいと言った。

 

「旦那さんにバレたらどうするんですか?!」

 

私がそう聞くと小雪さんは小悪魔的な笑顔でこう答えた。

 

「んふふ。バレるのを待ってるのかもしれへんな。」

 

 

新しい女性が入ってきたと同時期に姉妹店の店長が変わったと噂を聞いた。

今までの店長をあまり知らなかったので特に驚きはしなかった。

でも富永さんの慌てようが尋常じゃなかったのを見て「何かが大きく動いたんだろうなぁ」と感じていた。

 

そんな時富永さんが私を個別に呼び出し、個人面談のようなことが行われた。

 

「有里。ちょっと相談があるんやけどな。」

 

富永さんが淡々と話し出す。

 

「はい。なんでしょう?」

 

なんとなくドキドキしながら私は聞いた。

 

「あのな、店のホームページ?ってやつを作ることになってな。わしにはそのホームページってのがよくわからんのやけど、有里にも出て欲しいいうてるんや。」

 

ホームページ…?

私が出る…?

 

「あー…そうなんですねぇ。え…と顔出しとかはできひんけど…それでええのかなぁ。」

 

「そうか。うーん…口元だけ隠してとかならええんか?どうも向こうの新しい店長がそういうことに詳しくて、店のホームページつくりを早速始めたいらしいんや。」

 

「そうなんですかぁ…。いや、別にいいんですけど…。でも私、3月で辞めちゃいますよ。それでもいいんですか?」

 

「まぁそれはとりあえず伏せておいてやな。…ところでホームページいうのはなんや?わしはよぉわからんのや。それを作ったらお客さんが増えるもんなんか?」

 

富永さんは戸惑った顔で私に聞いた。

私もホームページのことはあまりよく知らなかったけど、なんとなくはわかる。

 

「まぁ…増えるんちゃうかなぁ。結構他の店もちゃんと作り始めてるやろ?」

 

「そうなんやなぁ。時代は変わってきてるんやな…。」

 

「そうやねぇ。で?私はどうしたらええの?」

 

「あ、そうや。向こうの店長の高須ってやつが今日か明日にこっちにくるから会ってくれ。直接話し聞いてくれるか?」

 

私は「わかりました。」と答え、少し複雑な気分を味わった。

 

 

杏理さんとあきらさんが辞め、ねねさんと小雪さんが入店した。

そして姉妹店には新しい店長がやってきて、ホームページを作ると言い出している。

 

何か流れが大きく動いているような、大きな変化が起こっているような、そんな気がして私はなんとなく不安に駆られていた。

 

 

「有里ちゃん。ホームページの話し聞いた?」

 

控室に戻ると理奈さんが私に聞いた。

 

「うん。今聞いたで。理奈さんも出るんやろ?そりゃそうやな。顔出しは?どないするん?」

 

今まで理奈さんはどこの雑誌にも出たことがなく、ネットで雄琴全体の情報を乗せているページにも『殿堂入り最強人気泡姫』のコーナーに名前と後ろ姿しか載っていなかった。

 

「そうやなぁ。口元かくして撮るかなぁ。別に載らんでもええんやけどなぁ。」

 

理奈さんはあっけらかんと「どっちでもええんやけどなぁ」と言った。

それを聞いて私は「まぁ貴女はそうでしょ」と言った。

そして2人で「あはは」と笑った。

 

ねねさんと小雪さんは「自分のページを作って欲しい」と言っていて、小雪さんはパソコンに強いらしく「自分で作りたい!」とまで言っていて驚いた。

 

それから数時間後。

姉妹店の店長がシャトークイーンにやってきた。

1人のボーイさんを連れて。

 

「有里ー!ちょっとこっち来てくれー。」

 

富永さんが控室に私を呼びに来た。

 

「高須店長がきてるから、個室に案内して話ししてくれ。」

 

富永さんは複雑な表情をしながら私に言った。

 

「あ、はい。」

 

「有里さんですか?高須です。よろしくお願いします。」

 

富永さんの後ろからひょいと高須店長が顔を出した。

 

黒光りしている顔、胸元を少し開けた白いシャツ、シルバーのネックレスはクロムハーツ

薄い茶色のツイードのジャケットをサラッと羽織っている。

髪をジェルで綺麗にセットしていて、眉毛は綺麗に整えられていた。

歳は多分20代後半か30代前半。

ニコッと笑うと白い歯が綺麗に並んでいた。

 

…遊んでそうな男だな…

 

礼儀正しいけどちゃらちゃらとした雰囲気が漏れている。

そんな感じの男性だった。

 

「有里さん。ちょっとお話しいいですか?」

 

にこやかに私に聞く高須さん。

腰が低い。

次の瞬間。

 

「おい。あれ用意してあるか?」

 

後ろにいるボーイさんに聞く態度は私に対するそれとはまるで違っていて、高須という男がなんとなくわかる一場面だった。

 

「有里です。はじめまして。こちらへどうぞ。」

 

私は高須さんを2階の部屋に案内した。

 

「いやぁ~、有里さんにぜひホームページに出て欲しくてねぇ。若いし人気急上昇だし。ねぇ?」

 

階段を上がりながらにやけた顔で私に言う高須さん。

この言い方で気持ちよくなる女の子もたくさんいるんだろうなぁと感じる。

私は胡散臭く感じてるけど。

 

個室に入り高須さんは私をベッドに座らせた。

自分は床に胡坐をかいて座り、ボーイさんは立たせたままにした。

 

「でね、有里さん。あ、有里ちゃんって呼んでいいですか?」

 

白い歯を見せながら笑顔で話しを進める高須さん。

 

「あ…あぁ、はい。」

 

その笑顔があまりにも胡散臭くてちょっと引いてしまう。

 

「有里ちゃんは顔出しはNGなんですよね?ちょっと口元隠すとかはいいですか?せっかく綺麗な目ぇしてるんやから載せたほうがいいと思うんですよぉ。ねぇ?」

 

終始ニヤけた笑顔で話す。

全てが嘘臭い。

 

「あぁ…そうですねぇ…。まぁ…いいですけど…」

 

あまり乗り気ではないけど、どうせもうすぐいなくなるし、もうすぐ死んじゃうかもしれないんだからやってみてもいいかと思う。

 

「ほんと?!よかったぁ~。そうだ。有里ちゃんのページを作ろうかと思ってるんだけど、どんなタイトルがいい?『有里の部屋』とか?『ALI’Sルーム』とか?どうかな?」

 

話しがどんどん進んでいっている。

私はちょっと写真が載って、私のプロフィールが載るだけだと思っていた。

もうすぐいなくなる私が自分のページを持つなんていいんだろうか?

 

「日記とか書ける?自分の日記を書くコーナーとかも作るつもりなんだけどさ。泡姫の日常とかみんな見たいんだよ。ほんのちょっとしたことでいいからさ。携帯で書けるようにするから。あと掲示板つくるから、お客さんとやり取りとかもできるよ。」

 

私はネットに弱く、知識もなかったから高須さんの言っていることがあんまりわからなかった。

掲示板?

日記?

携帯で書く?

そして私のページってどういうこと?

 

「はぁ…え…と、よくわからないんですけど…」

 

頭が混乱している。

次々と自分の知らない話が展開していることに戸惑っている。

 

「あーそうだよねー!じゃあなんとなく作ってみるから、自分のページの名前だけ決めようか?有里ちゃんは何が好き?」

 

高須さんは笑顔で私に聞いた。

 

何が好き?

何が…?

 

「あ…お酒が好きです。」

 

ふいに口からそんな言葉が出た。

 

「あーお酒かぁ。俺も好き。今度飲みに行こうよ!そうか、お酒…お酒かぁ…」

 

高須さんは軽く「今度飲みに行こうよ!」と言い、私の返事なんかお構いなしに考え始めた。

 

「あ!これは?」

 

胸ポケットにしまってあったメモ帳を取り出して何かを書き出す。

 

「見て!これどう?」

 

メモ帳にはこう書いてあった。

 

『Ari‘s bar』

 

「これよくない?」

 

 

Ari‘s bar…

うわぁ…

なんかカッコイイかも…

 

そう思ってしまった。

 

「…かっこいいですねぇ。」

 

「そうでしょ?!これでいこうよ!とりあえず作ってみたいから有里ちゃんの写真を撮りたいんだ。今日これから撮ってもいい?」

 

え?!

今日?!

これから?!

 

戸惑っている私に高須さんは「とりあえずだから!また撮り直してもいいし!ね?」と強引に話しを進めた。

 

「あ…あぁ…はい。わかりました。」

 

高須さんのペースにいつの間にか巻き込まれた私は「はい」と返事をしていた。

 

「じゃ機材もってくるから!あと…1時間後ね!富永さんに言ってくるわ。じゃよろしくー!」

 

サッと立ち上がると高須さんはさっさとドアを開けて下に降りて行こうとした。

 

「あ!下着姿で撮るから!準備よろしくね!有里ちゃん。」

 

ニコッと笑って個室を出る高須さん。

「あ!よろしくお願いします!」と頭を下げて追いかけるボーイさん。

 

「あ…はい…よろしくおねがいし…ます」

 

個室に一人取り残された私は小さな声でもごもごとそう答えた。

 

 

この後私はあれよあれよという間に写真を撮られることになる。

 

 

 

つづく。

 

 

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162 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

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はじめに。 - 私のコト

 

160

 

お正月気分がだいぶ落ち着いてきた1月8日。

今年最初のミーティングがあった。

 

私はまたナンバー2の賞金をもらい、そして部屋持ちになったことをみんなの前で発表された。

杏理さんとあきらさんは引きつった笑顔で拍手をし、ななちゃんは「すごいやないですかー!」と嬉しそうに拍手をした。

理奈さんは「有里ちゃん、よかったなぁ。」とニコニコしていた。

 

私は「ありがとうございます。」と頭を下げ、少しだけ照れた。

 

理奈さんの部屋が1号室。

私はその理奈さんの部屋から1部屋隔てた3号室を選んだ。

シャトークイーンに入店して、一番使わせてもらっていた部屋だったから。

 

理奈さんの1号室と同じくらいの広さのある部屋。

シックで落ち着いた雰囲気が気に入っていた。

 

 

「有里さん!部屋持ちになってどんな気分です?」

 

ミーティングが終わって控室にちょっとだけ寄ろうと向かっている時、ななちゃんが嬉しそうに聞いてきた。

最近のななちゃんはまだあんまり指名がとれず、いつも悩んでいる風だった。

 

「えー…そうやなぁ。うーん…まぁ嬉しいは嬉しいで。」

 

12月はトータルで48本の指名がついた。

50本を超えられないことが悔しい。

こんな私がシャトークイーンで部屋持ちになれたことは素直に嬉しかったけど、この先のことを考えると憂鬱な気分にならないこともない。

もうこれから一回も40本を切ることは許されないという約束をしてしまったかのような気分だった。

 

40本以上を今月もとれるのかどうか…

これで来月すぐに部屋持ちじゃなくなったらどうしよう…

 

そんな不安が私にのしかかってきていた。

 

「えー!なんでそんなに嬉しそうやないんですかぁ?!部屋持ちですよ?!すごいことやのに!!」

 

ななちゃんは私の返事を聞いて驚いていた。

 

…すごいこと…

そうだよね。

これって割とすごいことなんだよね。

 

「ありがとう。そうやね。すごいことやんねぇ。ほんまほんま。」

 

「そうですよぉ!私なんて全然指名とれないんやからぁ。こないだも富永さんによびだされちゃって…私だって頑張ってるんですよぉ。」

 

ななちゃんは自分がいかに指名をとることで悩んでいるかを語った。

私は自分を指名してくれる人がなんで私を指名してくれるのか未だにあんまりわからなでいた。

それが50本以上の指名がなかなかとれない理由なんじゃないかと思っている。

 

「有里さん。どうしたら指名とれるんですかぁ?」

 

ななちゃんが少し泣きそうな顔で私に聞いた。

 

「え?え…と…そうやなぁ…」

 

私がそんなことを聞かれる立場になるなんて思ってもみなかった。

そんなこと私が聞きたいくらいだ。

 

「どうしたら…うーん…それは理奈さんに聞いた方がええんちゃうかなぁ。」

 

私はななちゃんの質問には答えられない。

だってわからないんだから。

 

「理奈さんにも聞いたことあるんですよ。でも理奈さんは『ぼちぼちやってけば指名とれるってー』って軽く言うだけなんですよ。あははー!って笑ってね。」

 

ぶっ!

理奈さんらしいな。

そんなんで指名がとれたら苦労しないわ。

 

「あははは。そうやな。理奈さんに聞いても無駄やったな。あはは。」

 

「そうですよぉ!もー。誰も答えてくれへんなぁ!」

 

どうやったら指名がとれるか。

その質問に答えられるソープ嬢なんているんだろうか。

きっとどこかにはいるんだろうなぁ。

 

「あ!有里ちゃーん!そこにおったん?ちょっと控室寄っていくやろ?旅行の話ししようやー。」

 

理奈さんが控室の前の廊下で呼んでいる。

 

「はーい!ちょっと寄ってくわー。今行くー!」

 

ななちゃんはその様子を見てこんなことを言った。

 

「理奈さんと旅行行くんですか?うわ!すごい!ナンバー1とナンバー2が旅行行くってすごいわぁ!」

 

私はその言葉を聞いてまんざらでもない気分だった。

私が理奈さんと並んだ立場になったような錯覚を起こす言葉だったから。

 

「えぇ?そんな。すごないよ。へへ。」

 

理奈さんとの差は歴然としている。

指名の数なんてまるで及ばない。

それはちゃんと自覚している。

だけどななちゃんの様な後輩にそんなことを言われると、ちょっと勘違いしそうになってしまう自分がいた。

 

こうやって捨てられないプライドって作られていくんだろうなぁ、と頭の片隅で思う。

この無意味なプライドに侵略されるのはいとも容易いことなんだろう。

 

「有里ちゃん。これ見てー。」

 

ハワイ帰りで真っ黒になっている理奈さんが下呂温泉のパンフレットを数枚私に見せた。

 

「うわ!こんなん用意してくれたん?嬉しいわぁー。理奈さんこういうの用意しない人やないの?」

 

「そうやでー。私こういうの自分でやらん人やねんで!それだけ有里ちゃんと一緒に行きたいいうことなんやでぇ。わかってるかぁ?」

 

チラッと私を見る目がいたずらっ子のようで可愛い。

私はこの人がナンバー1であろうとなかろうと関係なく大好きだ。

 

「嬉しいわぁ。で?どこ泊まりたい思ったん?もうだいたい決まってるんやないの?」

 

「へへへ。わかる?あんなぁ、ここかここがええと思ってるんやけど…。有里ちゃんはどう?」

 

理奈さんはパンフレットの中から2軒の旅館をピックアップして私に見せた。

 

「おー。ええやんええやん。どっちもええなぁ!」

 

どちらもとても綺麗で料理も美味しそうだった。

 

「温泉も良さそうやろぉ?どうする?」

 

理奈さんはとびきり楽しそうな顔で私を見た。

もうその顔を見せてくれただけでいいかぁと思わせるような顔だった。

 

「んふふ。私はどっちでもええよ。理奈さんがええ方にして。」

 

これが私の最後の旅行になるかもしれない。

理奈さんが私と行きたいと思ってくれただけでありがたいし嬉しい。

それにこんなに楽しそうな顔を見せてくれた。

もうこれで充分だと思った。

 

「有里ちゃん。ほんまに3月いっぱいで辞めるん?」

 

小さな声でふいに理奈さんが聞いた。

一緒に福田で飲んだとき、3月いっぱいで辞めるのが目標だと伝えていた。

ただ私が殺されるかもしれないということは言ってないのだけれど。

 

「あー…うん。そうやな。」

 

私は笑顔で答えた。

 

「そうかぁ…。店辞めても友達でおってくれるやろ?」

 

「え?!もちろん!!」

 

生きてればだけど。

 

「よかったわぁ。それやったらこれが最後の旅行やないな。辞めても一緒に行かれるやろ?」

 

笑いながら聞く理奈さん。

 

「そうやね。うん。あたりまえやろ。理奈さんさえ良かったらな。」

 

笑顔で返す私。

 

「ほんなら旅館私が決めてしまうで!ええんやな?ほんまにええんやな?」

 

ニヤニヤしながら聞く理奈さん。

この人はなんとも可愛い。

嫌になってしまうくらい。

 

「楽しみにしてるわ。日程は生理休暇のときやね?えーと…このへんかな?」

 

「そうやね。1月の後半やね。」

 

「じゃあ早速富永さんに言うてくるわ。」

 

「うん。別々で言うた方がええかな?2人で旅行行くってバレへんほうが休みとれるかな?」

 

「あー、そうかもしれんなぁ。」

 

「じゃ有里ちゃん帰りに言うていくやろ?私は夜言うわ。な?」

 

2人でコソコソと話す。

楽しかった。

まるで自分が普通の女の子になったかのような気分だった。

やってることがまるで普通じゃない毎日なのに。

 

「じゃまたなー。」

 

「うん。ほなねー。」

 

お店のみんなに挨拶をして控室を出た。

そして私は店を出る前に富永さんに生理休暇の申請を出した。

 

 

「この辺りでおねがいしまーす!」

 

「おう。わかった。有里。部屋持ちになってどうや?快適か?」

 

富永さんは申請をあっさりと受け入れ、すぐに話題を変えた。

 

「えー…と、そうやねぇ。快適ですよ。あはは…」

 

なんとなく気恥ずかしいのと、快適かどうかなんてわからなくて笑ってごまかしてしまう。

 

「まぁあと3ヶ月もないけどな。頑張ってくれ。わしもなんとか有里に稼がしてやりたいからな。頑張るで!な?」

 

富永さんにも3月いっぱいで辞めることは伝えてある。

富永さんはいつも「稼がせてやりたい!」と言ってくれていた。

ほんとにありがたい。

 

「はい。できるだけ頑張りますよ。あはは…なんか…プレッシャーもかかってますけどね。あはは…」

 

「プレッシャーはあった方がええ。そうやなきゃあかん。この仕事はそうやないとあかんのや。な?」

 

そうなのかもしれない。

でもこのプレッシャーってやつはあんまり好きになれない。

 

「まぁがんばってくれ。きっとお前のことやから3月で辞めてしまったらもう二度と戻って来ないやろう。それまでのことや。気張らな。な?」

 

富永さんは下を向きながら少し淋しそうな顔でそんなことを言った。

 

「…はい。そうやね。うん。がんばるわ。」

 

「おう。じゃゆっくり休め。またな。」

 

「お疲れさまです。また。」

 

 

もう1月だ。

3月までもう少し。

雄琴に降り立った時が遠い昔のことのように感じる。

目標金額の700万円まであと少し。

目途は立ちそうだった。

 

コバくんのことどうしようかなぁ…

親には連絡したほうがいいのかなぁ…

K氏にはなんて言って連絡しようかなぁ…

ほんとに殺されるのかなぁ…

 

私、どうなるんだろうなぁ…

 

タクシーの中でそんなことを考える。

バックからチラッと『賞金』と書かれた封筒が見える。

封筒を取り出すと『賞金』の下に『2位』と書かれている。

 

「2位かぁ…」

 

小さな声で呟く。

 

2位のまま死ぬのかぁ。

1位になりたかったなぁ。

1位になってみたかったなぁ。

 

ふと窓の外に目をやると琵琶湖が見えた。

いつの間にかその琵琶湖にも驚かなくなっている。

 

私の毎日は確実に過ぎていっていて、確実に変わっていっていることに気付き、静かに驚く。

この私の毎日がもうすぐ終わるかもしれない。

 

「それならそれでいーかぁ…」

 

窓の外の景色に向かって呟いた。

 

 

つづく。

 

 

 

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161 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

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