164
みんなで大騒ぎをしながらトキに行った。
「有里ちゃんは私の隣やからなー!なぁ?有里ちゃん。」
理奈さんが上機嫌で私と腕を組んだ。
「えー!僕も隣になりたいよぉ~!」
50代半ばのおっさんが駄々をこねる。
今日の私は大人気だ。
悪い気はしない。
「青年!君も飲んで行くんやろ?」
理奈さんが若いボーイさんに話しかける。
「あ、はい!ご一緒していいですか?姉さん!」
若いボーイさんが理奈さんに聞く。
「ええよ!行こう行こう!」
「行くぞー!」
理奈さんと南さんが楽しそうにトキのドアを開けた。
「いーーらっしゃいませーーー!!!」
トキの店内から大きな声が聞こえてくる。
相変わらず雑多な店内。
この感じは嫌いじゃないんだけど、なんとなく自分からは行こうとは思えないだよなぁ。
「まぁくん、4人!入れる?」
南さんが慣れた様子でまぁくんに話しかける。
「わ!理奈さんに有里ちゃんやんかー!ひっさしぶりやんかーー!南さん!やっと有里ちゃんと飲めたん?やったやんか!入って入って!ボックス席空いてるで!」
まぁくんはカウンターの中から出てきて私たちをボックス席に案内した。
「そうなんよぉ~。やっと有里ちゃんに会えたんよぉ。もう嬉しくて嬉しくて…うぅ…」
南さんは大袈裟に泣きまねをした。
「なに言うてるんですか!からかわんといてくださいよ!もー。」
「有里ちゃん、ほんま久しぶりやねぇ。全然来てくれないんやもんなぁー。」
まぁくんは相変わらずの金髪頭で、相変わらずのくしゃくしゃになる笑顔で私に言った。
名前をちゃんと覚えているところがさすがだ。
「理奈ちゃんはちょいちょい来てくれてるんやで。なー?」
まぁくんはおしぼりを配りながら理奈さんの顔を覗き込んだ。
「そうやんなー!有里ちゃんがいつも帰ってしまうから私1人で来るんやでー。なー?」
理奈さんはふく田に行った帰りにちょっとトキに寄ることがあると言っていた。
理奈さんから淋しいという言葉は聞いたことがなかったけど、もしかしたら淋しいのかもしれない。
結局私は理奈さんの隣に座り、南さんは私の目の前の席に落ち着いた。
「南さん、もうさ、富永さん呼びだしちゃえば?おもしろない?」
理奈さんが笑いながら南さんに言う。
「おー!それいいねぇ!あー…でも有里ちゃんと近づけなくなるなぁ。うーん…」
「近づくってなんやねん!有里ちゃんは私のもんやねんからなぁ!なー?」
理奈さんと南さんは今日はずっとこのノリでいく気のようだった。
私はなんとなくそのノリに合わせていた。
「ねぇ有里ちゃん。有里ちゃんは好きな人いるんかな?」
南さんが身を乗り出して突然私に聞いた。
好きな人?
好き…な人?
私の好きな人…
その時私の脳裏にK氏の顔が浮かんだ。
え?!
なんで?!
あんなにひどい事たくさんされたのに、なんであの人の顔が浮かぶんだ?
「え…えーと…」
答えに困っていると南さんはすかさず
「いや!いやいや!やっぱいい!そりゃ有里ちゃんは若いし可愛いんやから彼氏の1人や2人はおるわな!いや!ちゃうねん!僕はそういうんじゃなくていいんです!有里ちゃんとたまに一緒に飲めたらそれでいいんです!そうそう!」
と笑いながら一生懸命言っていた。
はは…
50代半ばのおじさんがそんなことを一生懸命言っている姿が可愛かった。
「あはは。ありがとう。また一緒に飲みましょね。」
「ほんとに?わー!…でもなぁ…やっぱり気になるなぁ…有里ちゃんの好きな人ぉ。
あ!いやいやいや!いいのいいの!やっぱやめとく!ここで富永さんとか言われたらショックだし!」
「え?有里ちゃんそうなん?」
また訳の分からない話のなってきている…
「ちょっとぉ。あんな、富永さんはそりゃ好きやで。でもちゃうやんか。そういう“好き”ちゃうやろ?」
「いやぁ~。でも富さんはちがうでー。有里ちゃんのこと絶対好きやから。もうやっぱり呼んじゃおう!」
南さんがおもむろに携帯を取り出して富永さんに電話をかけ始めた。
「そうやな!呼べ呼べー!」
理奈さんも面白がってる。
「まぁくーん!もしかしたら富永さん来るかもしれないんやけどー!ここに椅子もってきてええ?」
4人掛けのボックス席にお誕生日席をつくるように理奈さんが頼む。
「今持ってくわー。」
カウンターの中からまぁくんが言う。
「富さん?今トキ。有里ちゃんと理奈ちゃんとあと○○も一緒。うん。うん。今ふく田?こっち来てよ。一緒に飲もうよ。富さんに聞きたいことあんねん。え?もう眠い?そんなんええやんか。な?今から来てや。うん。うん。有里ちゃんも来て欲しいって言うてるから。な?待っとるで。じゃ。」
別に私は来てほしいなんて言ってないよ。
もう今日はこの遊びが楽しいらしいからしょーがない。
「どうしたぁ?来るって?」
理奈さんがへらへらと笑いながら南さんに聞く。
理奈さんはもうだいぶ酔っぱらっているようだった。
それがまた可愛いんだよなぁ。
「今来るって。有里ちゃんが来てほしい言うてる言ったらすぐ来る言うたで!やっぱりそうやぁ。なぁ?」
絶対嘘。
そんなわけない。
「そうやろ?富永さんは絶対有里ちゃんに気ぃがあるんや。だってな、こないだ私がな…」
「そうなんだよ。だってな、僕がこないだこんなこと言うたらな…」
「僕も前ここで飲んでる時聞いたことあります。鎌倉の○○さんがこう言ってたんですけど…」
3人がそれぞれに私と富永さんについてを語り出す。
いろいろなエピソードを持ち出して。
私はその度に「そんなわけないやろぉ~」とか「気のせいやって!」とか「んなあほな!」とかの言葉を連発していた。
そのやりとりが面白いらしく、みんなその流れを変えようとしなかった。
私はその流れ自体を「今日の流行りだな」と感じ、大げさにツッコミを入れるように務めた。
『好きな人』を聞かれた時にK氏の顔が浮かんだことの驚きが残っていて、笑って話しの仲間に入っていないとその驚きと戸惑いに全てを持っていかれそうになっていた。
3月には会えるんだ…
え?
会えるんだ?
会いたいの?
殺されるかもなのに?
殴り倒されるかもなのに?
ドキドキドキ…
K氏に会えることを考えると胸がドキドキし始める。
おかしい。
絶対におかしい。
そんなわけない。
私は「アホなこといいなやぁ!」と大袈裟にツッコミ、「あははは!」と大袈裟に笑いながらK氏のことを考えないようにしていた。
「お疲れさーん。」
トキの入口のドアが開き、富永さんがのっそのっそと入ってきた。
大きなお腹を揺さぶりながら。
「おー!富さん来たなー!お疲れさまです!!」
「お疲れー。よぉ来たな。あはは。」
南さんと理奈さんが大きく手を挙げて富永さんに挨拶をした。
「お疲れさまです!」
若いボーイさんが立ちあがって頭を下げて挨拶をした。
「おー。来てたんか。めずらしいなぁ。」
富永さんは若いボーイさんに店長らしく挨拶をした。
「お疲れさまです。ちょっと富永さん!この人たちうるさいんよぉ!」
私は笑いながら富永さんに文句を言った。
「なんやぁ。有里、このおっさんに変なことされへんかったか?ん?わははは。」
「ちょっと富さん!するわけがないでしょう!!わはははは。」
…仲良し。
この2人が仲良しなのが一目でわかった。
私たちは笑い合いながらしたたかに飲んだ。
「ねぇ富さん。有里ちゃんとまた一緒に飲んでもいいでしょ?」
南さんが富永さんに頼んでいる。
「お?そりゃあかんわー。2人はあかん。」
富永さんは子供みたいなかわいい顔で「あかん。」を繰り返した。
「なんでよぉー。2人で飲みたいわぁ。」
「それはあかん。有里は可愛い大切なうちの娘じゃ。おっさんとなんかあったら困るやろがぁ。」
「なんもないわ!…うーん…保証はできひんけどなぁ。わははは。」
「そりゃそうやろー!保証なんて出来る奴おらんやろがー。」
「富さんも保証できひんやろ?」
「わしか?わし?そりゃできひんわ!わははは!」
「わはははは!富さん変態やな!淫行やで!捕まるわ!」
「それやったらおっさんもやろがー。わははは!」
あはは…
仲良しだ。
「なぁ富永さん。富永さんも有里ちゃんとどうにかなりたいとか思うんか?」
理奈さんが酔っぱらったトロンとした笑顔で富永さんに聞いた。
「ん?わしか?」
富永さんも酔っぱらってほっぺが赤くなっている。
昔のお人形みたいで可愛い。
何かのキャラクターみたいだ。
「うん。富永さんって女好きな匂いがせんからなぁ。したくなるん?SEX。」
私も常々思っていた。
富永さんはずっと独身だ。
昔ギャンブルで大借金をつくってしまい、家族から縁を切られてしまった富永さんは天涯孤独。
女の影もなく、男の匂いがまるでしない。
「そりゃなるわぁ。あたりまえやろがぁ。」
富永さんは水割りをグイッと飲みながら答えた。
「へー。じゃどうすんの?風俗行くん?」
理奈さんがぐいぐい質問する。
「ん?行くで。たまにやけどな。」
「どこ行くん?雄琴では行かれへんやろ?」
「雄琴で行くあほがおるかぁ。すぐ噂が広まるわぁ。あの富岡って男のちんちんはちっさかったとかすぐ言われるやろがぁ。」
「富さんちんちんちっさいの?」
「ん?ちっさいで。まぁこんくらいやな。」
富永さんは自分の指で大きさを示した。
「あははは!ちっさくてかわいらしいなぁ。」
理奈さんが笑う。
「まぁ行くんわ金津か三ノ宮やな。」
富永さんは近郊の風俗街の名前を言った。
「えー!金津まで行くん?!そうなんやぁー!どんな女がタイプなん?」
「ん?わしは若いのはあかんからおばはんや。若いのは話しができんでな。おばはんとちょっと酒でも飲んで風呂でも入ってちょっとチョメチョメできたらそれでええんや。そんなもんやろ?な?おっさんもそうやろ?」
富永さんは乾きものを口に入れながら「わははー」と笑ってそんなことを言った。
「チョメチョメって!あははは!」
「へー!富さんはおばはんでいいんやー。僕は有里ちゃんがいい。」
「お?有里はあかんで。有里はあかん。」
「じゃ理奈ちゃんは?」
「そりゃ理奈もあかん。うちの娘はあかん。」
富永さんが南さんに「あかん」を連発した。
「富永さん、結婚せぇへんの?したいと思わへんの?」
理奈さんがどんどん富永さんに質問する。
私も聞いてみたい質問だった。
「ん?結婚?わしにできるわけないやろがぁ。おるか?こんな奴と結婚したいいうのんが。そりゃわしだってできるもんならしたいで。でもあかんわ。わしは寅さんと一緒や。観たか?寅さんとリリーの話し。あの浅岡ルリ子のやつ。あれと一緒やな。結婚してもあかんやろな。なんだ?理奈が結婚してくれるのか?」
富岡さんはそれから寅さんとリリーの話しを楽しそうにし始めた。
「あれは名作じゃ。寅さんは好きじゃったんや。リリーのことをな。今までで一番好きじゃったと思うで。あのバス停の言葉、よかったやろー?有里、観たか?あれ。」
私はK氏の元で寅さんを何作か観ていて、K氏も浅岡ルリ子のリリーさんの回が一番好きだったことを思いだす。
私もあの話3部作が大好きだった。
「あれは名作やな!ほんっまにあれはよかった!」
私は富永さんとこういう話しをするのが好きだった。
「おー!有里!お前ほんまに22か?ごまかしてるやろ?有里はいつもこうなんや。わしと話しが合うんよ。なぁ?」
富永さんがことさら嬉しそうな顔をする。
「えー?有里ちゃん寅さんなんて観るん?意外やなぁー。ますます好きになったわー。」
途中、若いボーイさんが「明日早いんでお先に失礼します!」と言って帰って行き、理奈さんが「もう限界やわぁ」と言いながらタクシーに乗って帰ってしまった。
「有里ちゃんはもう少しええやろ?」
南さんはそう言いながら私を引き止め、結局富永さんと南さんと3人で飲むことになった。
「ちょっとトイレ。」
南さんが席を外したその時。
富永さんが思いもよらないことを私に言った。
つづく。
続きはこちら↓
はじめから読みたい方はこちら↓