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それからほんの数日後。
松ちゃんはすぐにお店にやってきた。
「ほんまに来たで。」
個室のベッドに腰かけながら、相変わらずそっぽを向いて吐き捨てる様にそう言った。
「ほんまにすぐ来たなぁ!びっくりしたわ!」
私は笑いながら明るく突っ込んだ。
「そやからまた来る言うたやんか!ほんっまにお前はアホか。来たら嬉しいてお前が言うたからやんか。」
松ちゃんは「ケッ!」と言いながらまた吐き捨てるような口調で拗ねた態度を見せた。
「あははは!嬉しいでー。ほんまほんま!来てくれてありがとう!」
なんだかその姿と言い方が可愛らしく感じ、私は笑いながらあしらってしまう。
「おっまえ…ほんまムカつくやっちゃなー。ほら!これ!」
松ちゃんはまだ着たままだったジャケットのポケットの中から大きなブラックパールのついたネックレスを取り出し、私に向かって見せた。
箱にもなんにも入ってない、裸のままのブラックパールのネックレスを片手でぶらーんとさせながら私の目の前に差し出す松ちゃん。
「へ?何?これ。」
私は突然のことに驚く。
「ほら!これ!やるわ。」
松ちゃんはそのネックレスをグッと私の方に差し出した。
「え…?これ…なんで?」
まったく可愛くないネックレス。
おばさんが付けるやつですか?というデザイン。
でもそのブラックパールの大きさに「本物だったらすごいな…」と思わないこともない。
「綺麗やったからお前、欲しいんちゃうかと思って。ほら、これもあるで。」
松ちゃんはもう一方のポケットから何かの紙を取り出した。
「え?なに?」
手に取ってみると鑑定書と保証書だった。
「ちゃんと本物やでな。これ、有里にやるわ。」
松ちゃんはずっと片手にネックレスをぶらーんと下げている状態で私に再度そう言った。
「へ?なんで?これ?え?なんでくれるの?」
なぜブラックパールのネックレス?
そしてなぜ私にくれるの?
へ?
へ?
私の頭のなかは『?』マークがいっぱいになった。
「ええから!わしがお前にあげたい思うただけや。ほら!」
松ちゃんは私の手の中にネックレスを握らせた。
「あー…えと…ありがとう…ほんまにええの?」
何が起こっているのかよくわからないままお礼を言う私。
「おう。ええんや。綺麗やろ?」
松ちゃんの照れながらもご満悦な顔がなんだか笑える。
「うん。綺麗やね。これ、どないしたん?」
一瞬お母さんのネックレスを勝手に持ってきちゃったんじゃないかと疑う。
だってお金ないはずだし。
「え?買うたに決まってるやろが。ほんまはこの箱に入ってたんや。」
松ちゃんは胸ポケットからネックレスの入っていた立派な箱を取り出した。
「こんな箱取り出したら引くやろ?だからこっから出しといたんや。」
いやぁ…
引くのは箱の問題じゃないかと思いますが…
十分驚いてて、若干引いてますけどね。
「そうなんやぁ。…高かったんやろ?大丈夫なん?」
お金ないのに…
「大丈夫やから買うたんやろが。ケッ!もっと喜ぶかと思うたのに。」
松ちゃんが拗ねている。
恥ずかしそうに拗ねている。
「違う違う!ちょっと心配になっただけやって!嬉しいで!なにより私を喜ばせようとしてくれたことが嬉しいで!ほんま!ありがとう。」
このネックレスはどうかと思うけど…
「ほんまか?嬉しいか?」
横目でこっちを見ながら私に聞く。
「ほんまやって!嬉しいで。ありがとうな。」
私は松ちゃんの横に座って膝の上に手を置いた。
「…そうか。それならいいんや。」
松ちゃんと私は一緒にお酒を飲み、お話しをしながらお風呂に入って、その後SEXをした。
松ちゃんのSEXは前回よりもさらに優しくなっていた。
「痛ないか?」
「しんどくないか?」
「これはやめておくか?」
そんな優しい気遣いがなんだか切なかった。
「また来てもええか?」
SEXが終わった後、松ちゃんが私に聞いた。
「もちろん。でもお金あんまり使わんほうがええんちゃうのかなぁ…?」
私はまた借金をしてしまうんじゃないかと心配になっていた。
来てくれるのはうれしいけど(指名の数も増えるしお金にもなるからね)、
松ちゃんの懐事情も気になる。
無理してくるところではないと私は思うから。
「お前…普通『もっと来て!』って言うやろ。お前やってそれのがえええやろ?
金になるんやから。」
「いや…でも無理して来んでもええと思ってるで。だって純粋に楽しめないやろ?
毎日の生活が大変になってしまったら。ましてや借金をまた作ってしまったらと思うと私も嫌やもん。」
私のところに来て借金を作ってしまうなんて嫌だ。
ほんとにそう思っている。
「有里…お前ソープ嬢としてそれはあかんわ。借金作ってでも私のとこ来い!いうんがプロやと思うで。お前…それはプロやないわ。」
松ちゃんは起き上がり、ベッドに腰かけながらぶっきらぼうにそう言った。
「そうなんかなぁ…。まぁそれやったら私はプロとちゃうんやろな。だってそんなこと言われへんよ。そんなんお互い幸せちゃうやん。と私は思ってしまうわ。それに私のところに来るために一生懸命お金貯めたんやとか、一生懸命働いたわーとか言われたほうが数倍嬉しいし、私もそのお客さんの為にめっちゃ頑張ろう!って思うけどなぁ…」
素の私をすでにさらけ出しているから本音もスラスラ出てくる。
『借金してでも来い!』なんてすっごく気持ち悪く感じてしまう。
そういう気概がプロだというなら私はプロじゃなくてもいーやと思っていた。
「お前…ええ奴やな。」
松ちゃんがボソッと呟く。
「え?そう?プロやないけどな。あははは。」
「…変なやっちゃなぁ。…借金はせんわ。お前がそう言うならせんわ。それでええやろ。」
松ちゃんは氷が溶けきった薄い水割りを口につけて小さな声で言った。
「うん。それのが嬉しいわ。また無理ない程度に来てや。な?」
「おう…。そうするわ。」
松ちゃんは時間ぎりぎりまで私とお酒を飲み、「またな」とぶっきらぼうに言いながら帰って行った。
「なんだ…これ…」
松ちゃんが帰っていってから、さっきもらったブラックパールのネックレスをまじまじと見る。
「マジでおばさんのやつやんか。こんなんいつするん?」
1人個室で呟く。
ほんとにこんなのいつするんだ?
そしてこれで喜ぶと思った松ちゃんの美意識って…
「ふっ!あははは。」
なんだかおかしくなり笑ってしまう。
まぁとりあえずありがたく頂いておこう。
私を思って買ってくれたんだから。
それから数日後。
「おう。また来たわ。でも平気やで!給料入ったばっかりやし無理してへんからな!」
そう吐き捨てる様にいいながら、松ちゃんはまた個室のベッドに座っていた。
そしてなぜかしばらくモジモジしていた松ちゃんがまたジャケットのポケットから小さな箱を取り出した。
「これ。やるわ。」
私の前に差し出された小さな箱。
見たことのあるブルーの箱。
「へ?今度はなに?」
なんとなくわかってはいたけど聞く私。
「ほら!受け取れや!ほら!」
私の前に箱をグッと突き出す。
「いや…そやからこれなんなん?」
若干腹が立っている私。
この人何をやってるんだろう。
「…指輪や。」
うはぁ~…
嫌な感じがする…
「なんで?なんで指輪くれるん?」
受け取らない私。
「…いいから受け取れや。」
グッと差し出す松ちゃん。
「いや、そやからなんで私に指輪をくれるん?」
これは受け取ってはいけないやつだ。
そんなことを思う。
「…受け取らないのか?」
小さな箱を差し出しながら私から目を逸らす松ちゃん。
「なんでくれるのか言うてくれな。」
引き下がらない私。
「…結婚してくれ。」
しばしの沈黙の後、松ちゃんはぼそっとそう言った。
つづく。
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