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原さんは麗さんのことについて淡々と話し続ける。
「だからな、麗ちゃんを呼び出して直接聞いたんや。
そんなことしても無駄だってわかってたけどな。」
当時、控室には不穏な空気が流れていたらしい。
みんなが麗さんの様子がおかしいと思っているのに、誰も本人には言わないし誰も確信をついたことも言わない。
みんながなんとなくザワザワしているような状態だったみたいだ。
「みんな『あれはヤッてるな』と思ってるんよ。でも言えない。誰か口火を切ってくれないかなぁ~と思ってる雰囲気やってなぁ。でも怖いやん?」
そりゃ怖いでしょ?
バックの男が出てきちゃっても怖いし、何より本人がどう反応するのかわかんないから怖いよー。
「で?どうしたんですか?!」
私は怖がりながらもワクワクとしてきていた。
「まぁ…動揺してたわなぁ…。もうキョロキョロよ。口では否定してたけどな。『そんなわけないじゃないですかぁ』とか言ってたけどなぁ。」
原さんは少し目を細めて淋しそうに言った。
「私な、いろんな女の子見てきたんや。若い子がこの世界に入ってきて、ボロボロになっていく姿、めっちゃ見てきたんよ。」
原さんは今33歳。
この世界に入ったのは19歳だった。
14年もこの世界にいることになる。
「神戸でな、めっちゃ可愛がってた子ぉがおってん。その子も若い子ぉでな。有里ちゃんくらいかなぁ。その子がある時からおかしくなってきてな。麗ちゃんと同じ感じやな。」
原さんが目をかけていた子が、いつの間にかだんだんとボロボロになっていく。
仲良くしてた子がだんだんと変わっていく。
そんな姿を見ているのはさぞかし辛かっただろう。
「でな、なんとか説得しようとしたんや。その子は結局『コレ』をヤッてることも認めたんや。最初は男にヤラれたってこともちゃんと話してくれたわ。でもな…。」
原さんは少し涙ぐんだ。顔は笑ったままなのに。
「どうしても止められなかったんよ。だから本気で何度も話したんや。そしたらその子、こう言ったんよ。」
原さんはふぅ~…とため息をついた。
「え…?なんて…言ったんですか…?」
少しの間を置いて原さんは口を開いた。
「あんた!本気で私を止めたいなら一本打ってみぃ!私の気分を味わってから、それでも止めたいと思うなら止めや!て言われたんや。」
え?えーーーーー?!
どういう理屈?
なんだそれは!
「今思えばそんなことに乗っからなくていいってわかるんよ。でもな、その時はもうなんとかその子をこっちに連れ戻さなきゃって思ってたしな。若かったしなぁ。」
「え?で、原さんは…どうしたんですか…?」
私は恐る恐る聞いた。
「打ったで。一本だけな。」
タバコを吸いながらボソッと言った。
「え?え?え?え?それで?!だだだだ大丈夫だったんですか?!」
私は動揺していた。
一本打った?!
その後どうなっちゃうの?!と。
「すぅっと血の気が引いていくような…スカッとするような感じなんよ。このままどこまでも起きてられるぞ!なんでもできるぞ!みたいな気分になったなぁ。」
「で?で?その後は?また打ちたくなるんですか?大丈夫だったんですか?」
私は原さんが辛い思いをしたんじゃないかと思い、早く次の言葉が聞きたかった。
「あはは。一本くらいじゃなんともないよ。でな、『打ったで!でもな、私がこれを打ったのはここまで本気であんたを止めたいからや!』って言うたんよ。」
なんだこれ?
ドラマだ。
ほんとにそんなことがあるんだ。
もう私の脳みそはパンパンだったし、目は見開きっぱなしで乾いてきた。
「そしたらな、その子はワンワン泣き崩れたんや。で、『もう止める!もう絶対止める!』って言うてくれたんよ。だから私、安心してなぁ。男と別れる手段も話し合って、逃げる方法もいっぱい話し合ったんよ。」
やった!
逃げられるしこっちに戻ってこられるかもしれない!
私は原さんの話しを聞いていて、ちょっとホッとしていた。
「でもなぁ…」
原さんが遠い目をして「はぁ~」とタバコの煙を吐いた。
「え?でもなぁ?なんですか?」
身を乗り出して聞く私。
「…死んでしまったんや…」
…え?
えーーーーーーーー!!!
「なんでですか?!なんで?!どうして?!だって止めるって言ったんですよね?!だって、原さんその子の為に一本打ったんですよね?!どうして?!」
なんかもう、なんともやるせない気持ちだった。
「結局死因はわからないんよ。身内でもないしな。自殺かもしれんし、『コレ』やり過ぎかもしれんし。あとは…男に殺されたのかもしれんしな。」
一生懸命こっちに連れ戻そうとした、可愛がっていた後輩が死んでしまった。
どんな気持ちだったんだろう。
どうやってその気持ちを処理したんだろう。
「まぁな、そんなことがあったからなぁ。私も麗ちゃんにあんまり強く聞けなくてなぁ。でも、なんとかしたいという気持ちもあるんや。私にはどうにもできひんことやってわかってるんやけどな。」
そりゃそうだろう。
絶対「クロ」だとわかってる。
でも何もできない。
どんどんボロボロになっていく様を見る。
入店した時とどんどん変わっていく様子を目の当たりにする。
これ、どんだけ辛いだろう。
「麗ちゃんに何度も聞いたし、何度も言ったんよ。強くやないで。『もう結構ヤバいで。』とかな『あんた死ぬで』とかな。でも…もう無理やろなぁ…。」
みんないろんな事情を抱えて雄琴にいるんだ。
人のことを構ってる余裕なんてないのが現状。
でも…
私はこのどうにもならない、どうすることもできない出来事に、ただただ茫然とするしかなかった。
「…麗さん…『花』に戻ってくるんですかねぇ…。」
茫然としながら原さんに聞いてみた。
「…まぁ…戻っては来るやろなぁ…。広田さんがちょくちょく連絡とってるみたいやからなぁ。」
ふぅ~…
原さんのタバコを吐く息の音。
はぁ~…
私の溜息。
しばらくそんな音しか聞こえない時間が過ぎた。
「あ、そうや。有里ちゃんお休みはいつなん?」
原さんが急に明るく言った。
「え?お休み…ですか?…えーと…あれ?いつなんだろ?お休み…あるんですかね?…」
そういえば私のお休みはいつくるんだろう?
そんな余裕がなくて広田さんと話してなかった。
「そりゃあるやろう。あははは!ちゃんと聞かなあかんよー!」
「…あはは…そうですよねぇ。私はド素人すぎるからお休みもらえないのかと思いましたよー。」
「そんなんしたらアソコぼろぼろになるで!擦り切れてまうで!あははは!」
なんとなく麗さんの話から離れて少し楽しい雰囲気がもどってきた。
「有里ちゃん、お休みがもし一緒の日ぃやったら今度どっか出かけへん?
有里ちゃんまだ来たばっかりやし、ゆっくりしたいと思うからすぐやなくてもええしなー。」
原さんが誘ってくれた。
お休みの日に出かけようと誘ってくれた。
それも全くおしつけがましくなく。
「え?嬉しいです!この辺のこと何も知らないですし!ありがとうございます!」
「うん。」
原さんはニコニコしながら焼酎の水割りを飲んでいた。
深夜2時。
原さんがタクシーでお店まで送ってくれた。
「有里ちゃん、お疲れさま!また明日な。」
「はい!ほんとにありがとうございました!また明日。」
タクシーが見えなくなるまで見送った。
店の三階の自分の個室に戻る。
ふぅ…。
お酒のせいで耳鳴りがする。
グオングオングオングオン…
その耳鳴りを聞きながら、朦朧とする頭で麗さんと原さんと原さんの後輩のことを思う。
「なんか切ないなぁ…」
涙が出てきた。
「みんな幸せになりたいだけなのになぁ…」
ベッドを背もたれにして床に座りながら、だらりと手と肩の力を抜く。
首の力も抜けてしまって頭がガクンと下を向く。
太ももにハラハラ落ちる涙。
私には幸せはこないかもなぁ…
そんなことを思いながらそのまま床で眠りについた。
つづく。
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