私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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「花」で勤務する最後の日がやってきた。

 

 

昨日は麗さんも私も割とお客さんについていたので、前回みたいな麗さんの奇行をみることはなかった。

時折控室に降りると忍さんはゴロゴロしているか、ヘラヘラとおねえさん達としゃべっているかのどっちかだった。

 

「…ほんま、あの子アカンわぁ…」

 

私のそばでたまきさんが一回だけ小声でつぶやいた。

忍さんが私に話しかけてくることは一度もなかった。

 

 

 

「花」の裏口から控室に入る。

今日が最後かと思うとなんだか感慨深い。

 

京都に降り立ち、これからどうしよう?と不安になっていたあの日がもう遠い昔のような、まるで自分のことじゃないような気分だった。

僅かな所持金しかなく、住む場所もなかった私がなんとか生きながらえてここにいる。

今は一人暮らしができる綺麗な部屋があり、貯金もたまってきている。

ここに拾ってもらえたおかげだ。

 

まだ誰も来ていない控室をぐるりと眺めた。

 

初めてここに来た時の気持ちがぶわーっと蘇る。

胸のあたりに何かがこみあげ、喉のあたりがグッと詰まる。

 

「…さて、準備するかな。」

 

原さんは今頃どうしているだろう?

美紀さんは?瑞樹さんは?

 

…そして私はどうなっていくんだろう?

 

そんなことを思いながら控室の準備を淡々としていた。

 

「おはよう!有里、早いなー!」

 

田之倉さんが控室に入ってきた。

相変わらず大きな声でうるさい。

でも、この人にもたくさんお世話になったのは確かだ。

 

「あ、おはようございます。」

 

チラッと見て挨拶をするとすぐに控室の準備を再開した。

 

「なんやぁ冷たいやないかぁ~。有里、すごいやないか。ナンバー1やって?部屋持ちになったんやろ?どこの部屋がいいんや?」

 

あ、そうだ…。

部屋持ちになると自分の好きな部屋を選ぶことができるんだ。

うわ…どうしよう。

私、もう明日からここには来ないんだよね…。

 

「ありがとうございます。そうですねぇ…帰りまでに考えておきます。」

 

私は辞めることを今日のいつ言うのか決めていなかった。

広田さんが出勤してきたら言うべきなのか、それとも最後に言うのか…

 

「おう!そうしてくれ。」

 

ヤバい…

どうしよう…

 

「あー…はい。」

 

私は返事をすることしかできなかった。

 

「おはよー!」

「おはようございまーす。」

 

裏口からおねえさん達の声が次々と聞こえてきた。

この声を聞くのも今日が最後だ。

 

「花」最後の日はお店全体はのんびりとしていたみたいだったけど、私はすごく忙しかった。

どうやら広田さんが麗さんと私をお客さんに強く薦めているみたいだった。

その忙しい中、何度か麗さんと二階の廊下ですれ違った。

 

「あ…有里ちゃん。お疲れー。」

 

明るい声で挨拶をする麗さん。

「お疲れさまです。」と返事をしながら顔を見ると、麗さんは尋常じゃない目をしていた。

焦点が合っていない。

そして吐く息からは甘い独特な匂いがした。

 

あ…甘い匂い…

これか…

 

「麗さん忙しいですね。大丈夫ですか?」

 

こんなことを言ってもなんにもならないことは知っている。

でも言わずにいられない。

 

「えー?大丈夫やでー。元気やもん!有里ちゃんは?へーき?」

 

麗さんは「へーき?」と可愛い声で私に聞く。

「平気?」じゃなく「へーき?」。

こんなとこがきっと可愛いんだろうなぁと思った。

 

「私は大丈夫ですよ!麗さん…あの…」

 

何か言いたい。

二人で話すなんてこれで最後かもしれないんだから。

 

「ん?何?有里ちゃん。」

 

麗さんはかわいい顔をしながら首をかしげて聞いた。

 

「…カラダ…大事にしてくださいよー。麗さんがカラダ壊しちゃったら悲しむ人たくさんいますよー。」

 

そのかわいい顔をみたらこんなことしか言えない。

この人が悪いんじゃないんだ。

この人はただ健気に生きてるだけなんだ。

 

「んふふふ。たくさん?いるかなぁー。ありがとねー。」

 

焦点の合わない目でかわいく笑う麗さん。

 

「じゃあ。」

「うん。まだまだ忙しそうやね。お互い頑張ろう!」

 

いたたまれなかった。

「頑張ろう!」って何を頑張るというんだろう?

 

いそいそと階段を降りる麗さんの後ろ姿を見て、私は溜息をついた。

 

 

その日は結局6本のお客さんにつき、私はほとんど控室にいなかった。

閉店間際、やっと控室に降りた。

閉店まであと10分。

麗さん以外のおねえさん達はみんな控室にいた。

 

「おつかれー!」

 

元気よく広田さんが入ってきた。

 

「みんな聞いてくれー。」

 

広田さんは立ったまま大きな声でみんなに言った。

「なに?」「どうしたん?」とおねえさん達はザワザワとし始める。

私は麗さんがどうかしちゃったんじゃないかと心配になっていた。

 

 

「有里がな、今月ナンバー1になったんや!でな、明日から部屋持ちやから、みんな協力してやってくれなー!」

 

 

へ?!

今?!

今言う?!

 

私はてっきり麗さんのことだと思っていた。

まさか急にこんなことを広田さんが言い出すなんて思ってもみなかった。

 

「おめでとー!」「よかったなぁ、有里ちゃん。」「どこの部屋がいいん?」

「5番が使いやすいんちゃう?」「えー私は8番のがええわぁ」「何本とったん?がんばっとったもんなぁ。」…

 

おねえさん達は口々にいろんなことを言った。

忍さんは…

引きつった顔でこっちを見ていた。

 

「あはは…あー…ありがとうございます。いろいろ教えてもらえたお陰です。ほんまに。」

 

私はぺこぺこと頭をさげてお礼を言った。

 

「じゃ、そういうことで!有里、片づけ終わったらちょっと話ししようや。これからのことな。」

 

広田さんは上機嫌で控室から出ていった。

 

 

「お疲れさまです。閉店です。」

 

控室のスピーカーから佐々木さんの声が聞こえた。

みんな一斉に掃除にかかる。

麗さんはまだ帰ってきていなかった。

きっとまだお客さんについてるんだろう。

 

 

控室の掃除が終わり、個室の掃除をするために二階へ上がった。

自分が使っていた個室のドアを開けようとしたその時、廊下の先の麗さんが使っている個室のドアが開いた。

 

ヤバい!と私はすぐに自分の個室に隠れる様にした。

他の女の子がついてるお客さんとはなるべく会わないように、個室のドアの音がすると隠れるというのがルールになっている。

 

「よいっしょっと!ほら!大丈夫か?!」

 

聞こえてきた声は田之倉さんの声だった。

ドアを開けて様子を見ると、ぐったりした麗さんを田之倉さんが抱きかかえていた。

 

「もう迎えが来てるから!帰るぞー!」

 

田之倉さんは引きずるように麗さんを個室から出していた。

 

「…もうっ!痛いー!やめてやぁ…」

 

ぐったりしながらも文句を言う麗さんの口調はろれつが回っていなかった。

髪はぼさぼさで身体はぐにゃぐにゃだった。

口の端からは白く泡立ったよだれが出ていた。

 

二階へ上がってきたおねえさん達がその様子を見てざわめいた。

 

「ちょっと…」「え?なに?」「麗ちゃん?だいじょうぶなの?」…

 

「大丈夫やから!ちょっとそこどいて!ほら!あぶないやろがー。」

 

田之倉さんが乱暴な口調で言いながら麗さんを抱きかかえて廊下を歩く。

下から猿渡さんが駆け上がって来て田之倉さんの手助けをした。

 

「遅いわ!ほら、そっち持って!」

 

田之倉さんは終始イライラしていた。

一刻も早く麗さんを帰したいみたいに見えた。

おねえさん達は少しの間遠巻きでその様子を見ていたけど、すぐにそれぞれの個室に入っていった。

 

私はその光景をみて、なんだか切なくなった。

誰も麗さんを本気では心配してないんだ。

そしてお店側も麗さんを利用してるだけなんだ。

 

「よいっしょっと!ほら!階段降りてー!」

 

田之倉さんが麗さんにむかって大きな声で言っている。

 

「もう…!うるさーい!」

 

ろれつの回らない口調で抗議をする麗さん。

何も感じていないような目で階段を降りる手助けをする猿渡さん。

 

自分の目の前で起こっている出来事がまるで映画のワンシーンのようだった。

私はまた自分が何の感情も湧いていない状態になっていることに気付いた。

 

パタン。

 

私は無表情まま個室に入っていった。

 

黙々と掃除を終わらせて廊下に出ると、もう誰もいなくなっていた。

何事もなかったかのようだ。

時折出てしまう溜息以外はただ淡々としていた。

 

「有里ー!終わったかー?」

 

下から広田さんが大きな声で呼んでいる。

 

「終わりましたよー!今行きまーす!」

 

 

これから私は「花」を辞めることを言いに行く。

 

 

 

 

つづく。

 

 

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61 - 私のコト

 

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