私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

196

 

泣きながらタクシーを降り、涙を拭いながら部屋に入る。

 

「…ただいまぁ…」

 

コバくんがまだ寝ていると思って小さな声でドアを開けた。

 

 

シーン…

 

静まり返っている早朝のキッチン。

空気が動いていないリビング。

コバくんはまだ寝室で寝ているみたいだ。

 

まだ余韻の涙がポロポロと流れているのをそのままにして、バッグを置いて冷蔵庫を開けた。

まだこの状態を終わらせたくない私は冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップを引き上げる。

ふらふらとソファーに座り、ビールをゴクッと飲む。

 

「…はぁーーーー…」

 

脱力している。

身体の力が抜けてしまった。

酔いと眠気で朦朧とした私が動いていなかったリビングの空気を乱す。

 

 

「ゆきえ?」

 

コバくんが寝室のドアから顔を出した。

 

「あぁ…起こしちゃった?ごめん。…ただいま。」

 

私は流れている涙をぬぐわずに笑顔で挨拶をした。

 

「…おかえり。お疲れさま。」

 

コバくんは私の横に座り、優しく抱きしめた。

 

「どうやった?楽しかった?」

 

パジャマのまま、眠そうな目で私に聞くコバくん。

この人は優しい人だ。

 

「うん…。そうやね。楽しかった。うん。楽しかったで。」

 

私は涙をぽろぽろ流しながら笑って答えた。

 

「そうか。うん。よかったなぁ。お疲れさま。うん。ほんまよかったなぁ。」

 

「うん。よかった。うん。」

 

私はコバくんの腕の中で何度も頷いて、何度もよかったと言った。

 

「今日はゆっくり休んで。俺が帰ってきたらまた明日からの話しをしよう。な?」

 

私はコバくんが言った『明日からの話し』という言葉を聞いて身体を強張らせた。

 

明日から…

明日…

あぁ…私の決めてた本番は明日なんだ。

 

「…うん。…そうやね。うん。うん。」

 

コバくんの顔を真剣に見る。

コバくんは私を優しい笑顔で見ている。

 

「俺、大丈夫やから。俺さ、ずっとゆきえの味方でおるって決めてるから。もちろん怖いし待ってる間どうなっちゃうかわからんけど、この部屋でゆきえの帰りを待とうって決めてるから。それだけ!」

 

「…え…?」

 

「まぁこの話は帰ってきてからまたしよう!ゆきえ眠いやろ?ゆっくり寝て。俺そろそろ仕事行く準備するから。な?急いで帰って来るから、そしたら夜は2人のお疲れさん会やろうな!な?」

 

コバくんが急に照れたように早口になった。

 

「あ…うん…わかった…お仕事がんばって。気をつけて行ってきてな。」

 

「うん。ゆきえもできるだけ寝てやぁ。夜には元気になっててもらわな俺寂しいもん。な!」

 

「うん。もう寝るわ。じゃあ…待ってるね。」

 

「おう。行ってきまーす!おやすみー!」

 

「うん。おやすみ。」

 

 

私はビールを飲み干し、寝室のドアを開けた。

部屋着に着替え、布団に潜り込むと耳鳴りがした。

お酒を飲み過ぎると聞こえてくるあれだ。

 

ウオンウオンウオンウオン…

 

『花』の寮を思い出す。

あの淋しい部屋でこの耳鳴りを何度聞いただろう。

あの時の私と今の私は同じ『私』。

その『私』と明日にはお別れするのかもしれない。

 

 

 

耳鳴りを聞きながら私はいつの間にか眠っていた。

携帯の着信音で起こされた時、時刻は午後3時を過ぎていた。

 

「…もしもし…」

 

「お?アリンコか?俺や。上田。」

 

「あ…上田さん…」

 

「まだ寝てたんか?」

 

「…あはは…うん。」

 

頭が痛い。

そして身体が動かない。

完全に2日酔いだ。

 

「もうすぐそっち行くわ。あ、部屋の前に荷物置いておくから。ピンポンもせんから気にせんでええで。それだけや。」

 

「…え?いいの?」

 

「おう。俺かて忙しいんや。置いて帰るだけやから。」

 

「ありがとう…。」

 

「おう。アリンコはいつまでそこにおるんや?」

 

「え…?えと…まだわからん。」

 

「そうか。まぁええわ。じゃあな。荷物置いたらまた電話するわ。」

 

「うん…お茶もださんとごめんやで。」

 

「いらんいらん。部屋に入ったら何いわれるかわからんやろ。」

 

「あはは。そうか。うん。じゃ、お願いします。」

 

「おう。ほなな。」

 

上田さんからの電話を切り、私はシャワーを浴びた。

そして洋服を着替え、お水を飲んだ。

 

ふと昨日使っていたバッグを見る。

 

あ…

昨日富永さんがくれた小さな木箱…

あれ、なんだろう?

 

私はガサガサとバッグを探り、昨日渡された小さな木箱を取り出した。

 

『帰ってから開けて♡』のシールをジッと見る。

富永さんがハートマークを書いたことにプッと笑う。

 

私はピタッと蓋を留めてあるセロハンテープを丁寧に剥がした。

 

なんだろう…?

何が入ってるんだろう…?

 

「有里がどう思うかわからんけどどうしても渡したかった」と富永さんが言っていたもの。

 

ドキドキしながら蓋を開ける。

 

 

「…え?」

 

 

小さな木箱の中には『有里』の文字のついた薄いハンコが入っていた。

 

「…あぁ…これを渡したかったんだ…」

 

 

このハンコは予約票に名前を押すためや、名刺やチケットに名前を押すために作られたもの。

私がシャトークイーンに入るときに「『有里』という名前でお願いします」と言い張ったから作ってくれたもの。

私が直接このハンコを使ったことはないけれど、富永さんは私が出勤する度にこのハンコをフロントで押していたはずだ。

 

これをどうしても渡したかったという富永さんの真意はわからないけれど、じわりと何かが伝わってくる。

 

「…ふふ…そうかぁ…これだったんだぁ…」

 

私はそのハンコを手に取り、じっくりと眺める。

 

『有里』

 

この名前は私の一部だ。

忘れたくない一部。

 

私は「あ!」と声を出し、携帯電話を手に取った。

 

最後の仕事を忘れていた。

私の『有里』としての最後の仕事。

 

私は携帯を片手に文面を考える。

HPでの最後の挨拶。

感謝とさようなら。

どう伝えようか。

こんなソープ嬢としても人間としても未熟で中途半端すぎる私を励まし、応援してくれた優しい人たちにどうやったら感謝を伝えられるだろうか。

 

「…うーん…」

 

私は何度も文字を打っては消し、「うーん」と唸った。

何度も何度も文字を打っては消し、あげくの果てにはノートを取り出し文章を何度も書きだした。

 

結局出来上がった文章はありきたりなシンプルものだった。

 

このページをご覧になって下さっているみなさま。

いつもありがとうございます。

昨日、無事に有里としての最後のお仕事を終えることができました。

会いに来てくださった方々、ほんとにほんとにありがとうございます!

このページに遊びに来てくれて、そして書き込んでくださったみなさま。

ほんとにほんとにありがとうございました。

こんなソープ嬢としても人間としても未熟で中途半端すぎるくらいな私に、こんなに素敵なページを与えてくれたシャトークイーンのみなさまにも心から感謝しています。

私はこの場所を去りますが、今後ともシャトークイーンをよろしくお願いいたします。

こんなに素晴しい店はありません!

絶対に忘れません。この場所での思い出を。

 

ありきたりな言葉でしか感謝を伝えられないことを歯がゆく感じています。

 

もう一度。

ほんとにありがとうございました!

心から感謝しています!

 

有里

 

 

私はこの文章を掲示板に投稿し、「ふぅ…」とため息をついた。

そして部屋のドアを開けて、外の廊下を確認した。

 

まだ上田さんからの電話はかかってきてなかったけど、外の廊下には大きな段ボールといくつもの花束が置かれていた。

 

私はその段ボールと花束を部屋に運び、段ボールの中のプレゼントを一つ一つ丁寧に並べた。

 

「こんなことがあるんだなぁ…」

 

部屋に並んでいるいくつものプレゼントと花束。

 

こんな私になんでこんなことをしてくれたんだろうなぁ。

 

ボーっとその光景を眺めながら明日のことに思いを馳せる。

 

明日の今頃はどうなってるのかなぁ…

 

プレゼントと花束に囲まれた私は、しばらくその中に座り込んでいた。

 

 

 

つづく。

 

 

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197 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

 

はじめから読みたい方はこちら↓

はじめに。 - 私のコト

195

 

ふく田の店長さんに何度もありがとうを伝え、店を後にした。

 

「有里ちゃん。辞めても店に来てな。待ってるから。応援してるからね。」

 

何度もそう言う店長さんに「うん。うん。また来るから。」と言った。

生きてたらまた来るね。と心の中で思いながら。

 

二次会は雄琴の入口付近にある、カラオケスナックの『ピカソ』。

 

「今ピカソの店長に連絡入れといたから。個室にしてもらったわ。朝まで歌おうや。のぉ?有里。」

 

富永さんは歌う気満々だ。

 

「南にも連絡いれたがぁ。あいつは有里の大ファンやからのぉ。すぐ行くー!言うとったわ。わはは。」

 

南さんとは『トキ』で一緒に飲んだ後、数回一緒に飲みに行っていた。

南さんはその度に「有里ちゃんが大好きやぁー。」と言い、「いつまでもそのままでいてねぇ。」と何度も言っていた。

私は南さんの優しい雰囲気が好きで、いつしか『南パパ』と呼ぶようになっていた。

 

「あ!南パパ来るん?へー!」

 

「おう。すぐ飛んでくる言うとったで。あいつ、今日は泣くやろなぁ。」

 

「あははは。泣くかなぁー。」

 

「そりゃ泣くわ。わしかてほんまは泣きそうなんやで?知っとるか?」

 

「知らんわ!」

 

「有里は冷たいのぉー。」

 

「あははは。」

 

タクシーの中まで楽しい。

私はたまに泣きそうになるものの、かなりの時間ずっと笑い転げていた。

 

 

「あー!有里ちゃーん!!」

 

ピカソに着くと南さんが私を見て駆け寄ってきた。

 

「南パパー!来てくれたんやぁー!」

 

「ほんまに飛んできたんやないやのぉ?こりゃ飛んで来たでぇ。」

 

富永さんがとぼけた口調で南さんをからかう。

 

「ほんまに飛んできたわー。会いたかったぁー。」

 

南パパは優しい笑顔で私にそう言った。

 

「あはは。ありがとう。」

 

「もう今日は有里ちゃんのとなりから離れへんから!絶対となりに座るから!」

 

南さんがそう言うと富永さんと理奈さんがすかさず返す。

 

「有里はわしのとなりじゃあ。何をいうとるんやぁ。」

 

「私のとなりが有里ちゃんやでー。なぁ?有里ちゃん!」

 

ちょっと。

私、大人気じゃん。

嬉しいんですけど。

 

「あはは。みんなありがとう。人気者になったみたいで勘違いしそうやわぁー。あははは。」

 

みんなでワーワー騒ぎながらピカソの個室に入る。

THE・昭和!な店内。

薄暗い照明に変な花柄の壁紙。

薄汚れた茶色のビロード地のソファーにちょっとガタガタするテーブル。

タバコの匂いとエアコンの埃が混ざったような匂い。

一段高くなっている場所がステージのようになっていて、その頭上には小さなミラーボールがぶら下がっていた。

 

私はこういう場所が割と好きだ。

なんだかワクワクする。

 

「じゃ歌うかー!」

 

富永さんはノリノリでサブちゃんの歌を入れている。

南さんは私のとなりにぴったり座り、「お疲れさま。で?ほんまに辞めちゃうの?」と聞いてくる。

富永さんがステージに立って歌いだすと、みんなは盛り上がりながら自分の歌う歌を探し出した。

 

「あはは。ほんまやで。最初から決めてたからな。」

 

みんなが盛り上がってるのを笑いながら見つつ、南さんと話す。

 

「ちゃんと決めてた通りにするんやなぁ。有里ちゃんはすごいなぁ。ぼくはね、有里ちゃんのそういうところを尊敬するんや。だから大ファンなんやぁ。がんばってな。ぼくはね、ずっと有里ちゃんのファンやから。また連絡してくれるかな?あ!いやいや。そんなこと言うたらあかんな。それはあかんな。ごめん。」

 

南さんはバツが悪そうな顔で水割りを飲んだ。

 

「え?なんで謝るん?あはは。おかしいなぁ。南パパー。」

 

私は南さんの肩を叩きながら笑った。

 

「いやいや。ファンとしてあるまじきことを言うてしまった。ほんまはまた会いたいで。ほんまはな。そりゃそうやろ。ファンやねんから。でもな、有里ちゃんはこの世界の人とは関わらんほうがええやろ。すっぱり辞めるんやから。関わりは持たんほうがええとぼくは思う。…さびしいけどなぁ。」

 

南さんは優しいトーンで話す。

この世界に長く居る人の言葉。

優しいトーンだけど、なんだか強い。

南さんにそう言わせるだけの“何か”があるのがこの世界なのかもしれない。

 

「ありがとう。でも…私は理奈さんとも富永さんともふく田の店長さんとも付き合いは続けていきたいと思ってるで。相手が望んでくれるならやけどな。あはは。だから南パパとも関わりを持たん!なんて決めないつもりやで。あかん?」

 

 

もしかしたら南さんの言ってることは正しいのかもしれない。

ソープランドの世界は特殊といえばそりゃそうだし、何かやっかいなことに巻き込まれてしまう可能性も高いのかもしれない。

私はこの世界から『足を洗う』立場になるのだから、南さんはまっとうなことを言ってるんだろう。

でも…と私は思う。

どの場所にいたってやっかいなことに巻き込まれる時は巻き込まれるし、いわゆる『普通の世界』で生活してようと『ソープランドの世界』で生活してようと、そこにはただ『自分の日常』があるだけだ。

『関わりを絶つ』と決めるのもいい。

でも『関わりを絶つなんて決めない』もいいと思う。

まぁそれも私が『生きていたら』の話しなんだけれど。

 

「有里ちゃん…。ほんまにええ子やなぁ。泣けてくるわ。うぅ…。」

 

南さんがふいに泣いた。

きっと酔っぱらってたからだ。

 

「お?!なんじゃ?泣いとるんか!南が泣きよるが!どないしたん?!まだ早かろうがぁ。はははは。のぉ?有里。言うたやろ?南は泣きよるよー言うたやろ?のぉ。ははは。」

 

歌い終わった富永さんが南さんの隣に座って笑っている。

 

「泣いてしもうたわー。泣かんとー!なぁ?パパー。あははは。」

 

南さんの肩をポンポンと叩く私。

 

「有里ちゃん泣かしたん?なんで?あははは。」

 

理奈さんが私の隣で言う。

 

「うぅ…。有里ちゃん…うー…あかん。なんか歌うわ!泣いてる場合ちゃうな。なんか歌う!」

 

「そうやそうや!なんか歌いやー!」

 

理奈さんがはやし立てる。

ステージでは上田さんが小さな声でボソボソと暗い演歌を歌っている。

 

「上田さーん!聞こえへんわー!」

「聞こえんわー!あははは!」

「暗いわー!」

「南ー!歌入れろー!」

小雪!お前も歌え!」

「ねねさんは?何歌うん?」

「ななちゃんは歌うの?」

「有里ちゃーん!なんか歌ってー!」

「わしは次何を歌ったらええが?サブちゃんの何を聞きたい?のぉ?有里。」

「理沙さんは歌わへんのやろ?」

「私は音痴やからえーねん。恥ずかしいしなぁ。」

「上田さーん!聞こえへんわー!」

「あー甘いお酒頼んでもええ?ねぇ富永さーん!」

 

 

ピカソでの二次会は朝の5時まで続いた。

その間、寝てしまう人もいれば泣き出してしまう人もいればずっと歌ってる人もいた。

(ずっと歌ってたのは富永さんだけど。)

だけど誰一人として帰ろうとしなかった。

 

「はぁー…。飲んだなぁ…。」

 

理奈さんが眠そうな顔で言う。

 

「そうやなぁ…。もう朝やで。」

 

笑いながら私が答える。

 

「おもろかったな。あはは。」

 

「そうやな。おもろかったな。あはは。」

 

南さんと富永さんは歌いながらステージの近くでじゃれ合っている。

小雪さんもねねさんもななちゃんもソファーで寝てしまった。

上田さんともう一人のボーイさんもはじっこで寝ている。

 

「こんな送別会、もうないと思うわ。今までもこんなことなかったしな。」

 

理奈さんがポツンと呟く。

 

「え?そうなん?」

 

小さく返す私。

 

「ないわ。こんなこと。有里ちゃんやからやろぉ。おもろかったわ。奇跡やな。こんなん。あはは。」

 

ソファーにもたれかかりながら笑う理奈さん。

 

「ありがたいなぁ…。そうなんやなぁ。あはは。雄琴に来てよかったわ。ほんまに。」

 

隣で水割りをちょっと飲みながら言う私。

 

「そうかぁ?来てよかった?」

 

「うん。来てよかったし、この店でよかった。楽しかった。ほんまに。」

 

「そうかぁ。ならよかった。」

 

「うん。理奈さんに会えてよかった。」

 

「あはは。そりゃ私もやで。有里ちゃんが来てくれてよかった。」

 

「あ!これからもよろしくな。」

 

「ほんまやでー。私はずっと有里ちゃんとなかよぉしたいと思ってるんやで。有里ちゃんはしらんけどな。」

 

「アホか。私かてそう思ってるわ。あはは。」

 

「あはは。ならよかったわ。…有里ちゃん。」

 

「ん?」

 

「…ほんまにお疲れさま。よぉやったなぁ。偉いわぁ。」

 

お酒のせいだ。

絶対お酒のせい。

ガマンしていた涙がぶわっと流れたのは。

 

「…アホか。そんなん言わんといてぇや。」

 

「…ごめん。あはは…泣いてもうた。」

 

泣きながら理奈さんを見ると、理奈さんも涙をぽろぽろと流していた。

 

「…おもろかったなぁ。」

 

「うん…おもろかった。」

 

2人で「あはは」と笑いながら泣いた。

 

 

「お?泣きよるんかー?」

 

ステージの上から富永さんが声をかける。

 

「泣いてもうたー!」

 

私は泣きながら富永さんに向かって言った。

 

「わしも泣きたいわー!」

 

「あはは。泣けるもんなら泣いてみぃー!」

 

「泣けんから歌うわー!」

 

「ずっと歌っときー!あはは。」

 

 

おもろかったなぁ。

ここで過ごした時間。

おもろかったな。

 

私と理奈さんはひとしきり泣いて、ぽつぽつ話して、また泣いた。

 

「そろそろ帰るかー。」

 

富永さんが声をかけた。

もう6時だ。

 

「みんな帰るでー!」

 

寝てしまったみんなを起こす。

 

「えぇ…今何時ぃ?」

「帰る?どこに?」

「え?ここどこやったっけ?」

 

みんな寝ぼけている。

その姿を見て私は「はは」と笑う。

 

みんなでふらふらと店を出ると太陽が眩しかった。

早朝の雄琴は静かだ。

 

「店に泊まりたいやつはおるか?」

 

富永さんが聞く。

 

「あ、私このまま店で寝るわ。」

「あー…私もいいですかぁー?」

「あ、私も店で寝るー」

 

ねねさんを除いた女の子たち全員が店にこのまま泊まると言った。

 

「そうか。じゃあ…有里とはここでお別れやな…」

 

「あ…うん。そうやね。」

 

「お客さんからもらったお花とかプレゼントは今日にでも届けるから。おるやろ?家に。」

 

「え?ええの?」

 

「そりゃええが。上田が届けるから。のぉ?」

 

「おう。届けるわ。」

 

「ありがとう。」

 

「おう。」

 

「ほな。有里ちゃん。またな。」

 

「うん。理奈さん。またね。」

 

「有里ちゃん。ほなね。」

 

「うん。」

 

「アリンコ。じゃ後で。」

 

「うん。そうやね。」

 

「有里ちゃん。また店に遊びに来てや。」

 

「うん。わかった。」

 

「有里ちゃん…。またね。」

 

「うん。またね。」

 

「おやすみ。おつかれさん。」

 

「うん。おやすみ。おつかれさまでした。」

 

「ほなねー!」

 

「ほな!またねー!」

 

 

1人タクシーに乗り込み、みんながシャトークイーンの方に向かっていく姿を見る。

ぞろぞろと歩くみんなの後ろ姿。

私1人だけ反対方向に向かって進んでいく。

 

あそこに混ざりたい。

みんなと一緒にあっちの方向に行きたい。

 

雄琴村の中に吸い込まれて行くように、みんなの姿が見えなくなる。

 

「あ…」

 

タクシーの後ろの窓からその様子を見ていた私は声をあげてしまった。

 

みんなの姿が見えなくなった。

みんなは向こうに行って私だけこっち。

 

「あぁ…うぅ…うー…」

 

淋しい。

胸がえぐられるような淋しさ。

私はもうあっち側に歩いて行くことはできないんだ。

 

「うぅ…うぅ…」

 

タクシーの後部座席で泣いてしまう。

 

「…大丈夫?ティッシュありますよ。」

 

運転手さんに気を使わせてしまう。

 

「う…ありがとうございます…」

 

戻りたい。

あっちに戻りたい。

でも戻ってもどうにもならないことを知っている。

今だけだ。

こんなに悲しくて淋しいのは今だけだ。

 

「うぅ…うー…うぅー…」

 

えぐられたような痛みを放つ胸を押さえながら私は泣いた。

 

 

 

ソープ嬢の有里ちゃん』が終わってしまった。

自分で決めた通り、終わってしまった。

 

進むしかない。

それしかないんだ。

いつだって進んでいくしかないんだから。

 

「うわ…うぅ…うー…」

 

私は家に着くまでずっと泣き続けていた。

 

 

 

つづく。

 

 

 

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196 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

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はじめに。 - 私のコト

 

194

 

送別会の場所は私の大好きな『ふく田』だ。

 富永さんが今日の為に、広い綺麗な個室を予約したと言っていた。

 

「有里ちゃーん!いらっしゃーい!あー相変わらず観音様みたいやなぁー。」

 

店長さんが優しい優しい笑顔で私を迎えてくれる。

相変わらずのセリフと共に。

 

「あははは!いつもそれ言うなぁー。どこが観音様やねんなぁー。」

 

私は店長さんの柔らかい笑顔と優しい声が大好きだ。

そしてやっぱりこの店の凛としてるけど温かい空気が大好きだ。

 

「今日はね、有里ちゃんの門出をお祝いするために美味しい物たくさんだすからね。たくさん食べてやぁ。」

 

店長さんがそう言いながら個室の襖を開ける。

 

「うわぁー!」

 

そこには綺麗に並べられたお皿と共に、鯛の尾頭付きの塩焼きが二尾、ドーンとテーブルに置かれていた。

 

「えー!なにこれー!」

 

私はその光景に驚き、声をあげた。

 

「すごいでしょー?まだまだお料理たくさん出てくるからね。座って座って!」

 

嬉しそうな店長さん。

 

「ほー!こりゃすごいやないの。気張ったなぁ。やりよるやないの。」

 

富永さんが店長さんをからかうように言う。

 

「そりゃそうでしょ!可愛い有里ちゃんのためやんか。ねー!もう娘みたいなもんやから。ははは。」

 

「娘やないやろが。孫やろ?のぉ?有里。」

 

富永さんが座椅子に座りながらさらにからかう。

 

「それはないでしょー。ねぇ?有里ちゃん。」

 

店長さんが私に笑いながら聞く。

 

「店長さんは有里ちゃん大好きやもんなぁ。なぁ?」

 

理奈さんがニコニコしながら店長さんに言う。

 

「いやぁ、理奈ちゃんだって娘みたいなもんやぁ。ねぇ?富さん。」

 

「いや、絶対有里ちゃんには甘いで。笑顔が違うもん。なぁ?富永さん!」

 

「そうやのぉ。わしもそう思うわ。」

 

「やっぱりそうやんかぁー。」

 

「そんなことないわぁー。」

 

「いや、そうやって!」

 

「まぁそれはええわ。はよ飲みもの持って来てくれる?」

 

「あー!そうやね!ビールでいい?」

 

 

私はそのやり取りを聞いて笑っていた。

私をダシにしてじゃれ合っている3人の姿が愛しい。

こんなに幸せな時間、ある?と思う。

 

ねねさんも小雪さんもななちゃんもふく田には初めて来たこともあり、このやりとりをただ笑いながら聞いていた。

 

「有里ちゃんたちはここによぉ来てたん?」

 

小雪さんが「あはは」と笑いながら私と理奈さんに聞いた。

 

「まぁたまにやな。なぁ?有里ちゃん。」

 

「うん、そうやね。私、ここで初めて富永さんに会ったんよ。前の店のおねえさんがここに連れてきてくれて、富永さんを紹介してくれたのが最初なんよ。ここで富永さんに会わんかったらシャトークイーンで働いてなかったんやなぁ。みんなにも会うてなかったんやんなぁ。」

 

小雪さんもねねさんも「へぇーそうなんやぁー」と言いながら、ふく田の個室内をぐるっと見回す。

 

「…そうやな。そうやなぁ。ここで有里と会うたんやもんなぁ。」

 

富永さんがおしぼりで顔を拭きながらしみじみと言った。

 

「そのおねえさんの名前、なんやったっけ?」

 

理奈さんが私に聞く。

 

「ん?原さん。あ、その前は美咲さんって名前やったらしいけどな。」

 

私は理奈さんに答えながら原さんのことを思いだしていた。

原さんはなぜ私をここに連れてきたんだろう。

そしてなぜ富永さんに会わせてくれたんだろう。

たいしてしゃべってたわけでもない私に。

 

「あれは不思議やったなぁ。原とわしは1回か2回くらいしか飲んだことないんじゃ。しかもたまたまここで会うてやで。名前も忘れとったくらいの感じやったんじゃ。それが急に店に電話をかけてきてな、会ってほしい子ぉがおるんじゃ言うてなぁ。

まぁそれやったらふく田に来たらええが言うたんじゃ。そしたらほんまに連れてきたからのぉ。わからんもんやな。何が起こるかなんてな。」

 

富永さんがじっくり思い出すようにそんなことを話した。

私もその話しを富永さんから聞いたときはほんとにびっくりした。

原さんはわざわざ店にまで電話をかけてくれて、私と富永さんを引き合わせてくれたのだ。

 

「へー!その原さんって人、すごいなぁ。」

 

ねねさんが感心するように言った。

 

ほんとにすごいよ。

原さんは。

でも何が原さんをそうさせたのかはよくわからないんだよなぁ。

 

 

「はいはい!お待たせしましたー!」

 

店長さんが飲み物を持って来て、乾杯の音頭をとるために富永さんが立ちあがる。。

 

「じゃあね、今日で有里が店を去るってことで…淋しいけどな、これはお祝いじゃ。有里が新たなスタートを切るお祝いじゃ。ご馳走もたくさんでるから。のぉ。ほんまは淋しいんやで。のぉ。でもな、今日はお祝いしながら飲みましょう。のぉ。有里。ほんまにお疲れさん。乾杯。」

 

富永さんがグラスを掲げる。

みんながそれに答える。

 

「かんぱーい!!」

「有里ちゃんお疲れさまー!」

「おつかれさーん!」

「かんぱーい!ほんまにお疲れさまー!」

 

みんなが私のところに来てグラスをカチンと合わせていく。

 

「あー。ほんまにありがとう。ありがとう。」

「あ、ありがとう。おつかれさま。」

「あーうん。ありがとう。」

 

私…こんなことしてもらったの初めてだ。

嬉しいけど受け取れない。

「あはは…」と笑うのが精一杯だ。

 

 

「じゃ小雪。あれ渡して。」

 

「あ、はーい!」

 

富永さんが小雪さんに何か指示をだし、小雪さんが個室の襖を開けて出て行った。

 

「有里。みんなから渡したいものがあるんじゃ。」

 

富永さんが立ったまま私に向かって言った。

私はいたたまれなくなり、ビールのグラスを持ったままこう返した。

 

「え?なに?!やだやだやだ。いらないから。なんにもいらないし受け取らないから。」

 

ほんとにもう何にもいらないし、何にもしてほしくない。

だってもう十分すぎるほどだから。

 

「そんなこと言わんとー!受け取ってくれな困るわー!なぁ?」

 

理奈さんが私の隣で肩をポンポンと叩いた。

 

「やだやだやだ。いらないから。もう十分だから。」

 

私は戸惑いながら首をブンブン振っていた。

その姿を見てみんなが笑ってる。

 

「じゃ、有里。これ。」

 

富永さんがそう言うと同時に、小雪さんが大きな大きな花束を抱えて個室に入ってきた。

小柄な小雪さんの顔が見えなくなるほどの花束。

百合とバラと名前がわからない綺麗な花たちがたくさん。

 

「えーーー!!もう…ほんまにいらないのに。こんなんどうするん?なんにもお返しできひんよ!こんなことしてどうするん?!」

 

私には不釣り合いな大きな花束。

こんなのもらえない。

 

「今日買うてきたんやでー!有里ちゃんのイメージに合わせて作ってもらったんや。綺麗やろ?」

 

ニコニコ笑いながら私に大きな花束を差し出す小雪さん。

 

「綺麗やなー!有里ちゃんによぉ似合うわー!」

 

理奈さんが感嘆の声をあげる。

 

「ほんまに綺麗じゃ。これはな、女の子たちが企画して、みんなで買うたもんじゃ。みんなからの気持ちやから。受け取ってくれ。」

 

富永さんが私に受け取るように促す。

『女の子たちが企画した』。

その言葉に胸がグッと詰まる。

『みんなからの気持ち』。

その言葉に鼻の奥がツーンとしてきた。

 

「もー…なんでこんなこと…ありがとう。」

 

私は泣きそうになりながら花束を受け取った。

 

「よかったな。有里。」

「お?泣いてるんか?アリンコー。」

「え?有里ちゃん泣いてるん?」

「泣いてないわ!うっさいなー。」

「泣いてもええんやでぇ。ええ子ええ子ぉ。」

「そうやでぇ。泣いてもええんやでぇ。あとついでに辞めんでもええんやでぇ。」

「お?辞めるの止めるか?有里。」

「そうやな。辞めるの止めたらええわ!な?有里ちゃん。」

「もう!うっさいなー。飲むよー!今日は飲むでー!」

「あはははは。」

「あっはははは。」

 

 

ふく田での送別会はものすごく楽しいものだった。

ふく田の料理はどれも絶品で、みんなで飲むお酒も美味しかった。

 

 

「有里ちゃん。私も一杯頂いていいかな?」

 

宴会も終焉に向かっている頃、個室にお酒を持って来てくれた店長さんが私の隣にちょこんと座ってグラスを持ってそう言った。

 

「あ!もちろん!どうぞ!」

 

私は喜んで店長さんのグラスにビールを注いだ。

 

「そりゃ店長が有里に注ぐもんやろがぁ。なんで有里が店長にビールを注ぐんじゃ。」

 

その姿を見て富永さんがふざけて文句を言う。

 

「いやいやいや…。有里ちゃんが注いでくれるビールを飲みたかったんよぉ。ええやんねぇ?有里ちゃん。」

 

ニコニコと笑いながら言う店長さん。

 

「はい!喜んで!店長さん。お世話になりました。ここに来られてほんまに良かったです。この場所があったから救われたこと、何度もありましたよ。ほんまに。」

 

私は店長さんとグラスを合わせながら心からのお礼を伝えた。

店長さんは「あー!有里ちゃんに注いでもらったビールは美味しいわぁー!」と大袈裟に言いながらビールを飲んだ。

私は「そうだ。渡したいものがあるんです。」と言いながら、持ってきた紙袋の中から一つの包みを店長さんに差し出した。

 

「え?!なに?!」

 

驚く店長さんに「たいしたもんやないんです。」と言いながら私はプレゼントを渡した。

 

「うわぁ!ありがとう。遠慮なく頂くわー。うれしいなぁ。有里ちゃんはこういうことが出来る子ぉやねんなぁ。」

 

店長さんがほくほくの顔で喜ぶ。

私はその顔を見て嬉しくなる。

 

「あ、みんなにもあるんや。私からみんなへお礼がしたいから。」

 

私はこの日の為に全員にプレゼントを用意していた。

それはネクタイとかタオルとか下着とか、ほんとにたいしたものではないのだけれど。

なにか、そう、なにか形として渡したかっただけなのだけれど。

 

「えー!なんで?!」

「そりゃあかんわ。」

「えー!嬉しいー!」

「ええの?俺ももらってええの?」

「なに?これなに?」

「有里ちゃんありがとー!」

 

1人1人に手渡し、もう一度「ほんまにありがとう」と伝える私。

会えるのもこれが最後かもしれないから。

 

「有里。あけてもええんか?」

 

富永さんが私に聞く。

 

「え?ええよ。でもほんまにたいしたもんやないんやで。がっかりせんといてな。あはは。」

 

「がっかりなんかせんよ。するわけないやろが。」

 

富永さんはそう言いながら包みを開けた。

 

「ほー!これは…ええやないの。これは…つかえんのぉ。もったいなくて使えんわ。飾っとくかのぉ。こんなにええのをもらったことないが。のぉ?見てくれや。これは使えんわ。」

 

顔を赤くした富永さんが何度も「これは使えんが」と言っている。

あげたものはほんとにたいしたことのないネクタイなのに。

 

「あははは。そんな風に言うてくれてありがとう。使ってくれなあかんで。せっかくあげたんやから。たいしたもんやないんやって。あはは。」

 

「いや。これは使えんわ。わしはずっと飾っとくで。これをいれる額を買わなあかん。のぉ?わしはこれを眺めて酒を飲むが。そうじゃろ?のう?理奈。」

 

…可愛い。

酔っぱらっている富永さんが可愛い。

 

「富永さんはほんまに飾るで。あははは。」

 

理奈さんが笑う。

 

「おっさんはほんまに飾るわ。わははは。」

 

上田さんが笑う。

 

「富永さんはやるな。あははは。」

「ネクタイ額に入れるおっさんがどこにおるんや!あははは。」

「ここにおるやんかぁ。あははは。」

 

小雪さんもねねさんもななちゃんももう一人のボーイさんも笑う。

 

「富永さんが酔っぱらてるでー!あははは。」

 

私が笑う。

 

 

こんな店があるんだな。

ソープランドでこんな店があるんだな。

 

私は笑いながら、この時間を絶対に忘れたくないと思っていた。

 

「次の店行くやろ?カラオケでも歌うか?」

「あ!行く行くー!」

「有里ちゃん行くやろ?」

「そりゃ有里ちゃん来なきゃあかんやろ。」

「アリンコ行くやろ?」

「わしのサブちゃん聞きたいやろ?のぉ?」

「有里ちゃんが行くなら私も行くー。」

 

みんなが私を誘ってくれる。

みんなが私に良くしてくれる。

こんな奇跡みたいなことがあるんだな。

 

 

「うん。行くでー!富永さんのサブちゃん、聞きに行こうー!あははは!」

 

 

送別会はまだまだ続きそうだ。

まだまだずっと続けばいいのに。

このまま終わらなければいいのに。

 

そんな不可能なことを考えている私がいた。

 

 

 

つづく。

 

 

 

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はじめに。 - 私のコト

 

193

 

「お疲れさまでしたー!お掃除ごめんなさい!」

 

控室に挨拶をしながら入るとみんなが一斉にこっちを見た。

そしてにこにこ笑いながら「有里ちゃーん!お疲れさまー!」と言ってくれた。

 

「とうとう終わってしまったなぁー。」

「明日からも来てええんやで。」

「今日送別会でごちそうだけ食べて、明日また普通に『おはようございまーす!』言うて来てもええやんかぁ。あはは。」

「そうですよぉ。明日また来て『辞めるの嘘やったんやぁー』って言いながら来てくださいよぉ!」

「それは怒られるやろぉー!あははは!」

 

賑やかな控室。

今の女の子たちは驚くほどみんな仲良しだ。

ねねさんも小雪さんも気さくでとても明るい。

ななちゃんは2人が入ってきてくれたお陰でなんだか明るくなった。

理奈さんも小雪さんやねねさんととても仲が良い。

私は最後のメンバーがこの人たちでほんとによかったと思っていた。

 

「じゃあ早く個室の掃除終えて有里ちゃんの送別会行こー!」

 

理奈さんがそう言う。

 

「そうやそうや!はよしよー!」

「そうやったそうやった!」

「じゃちゃっちゃとやっちゃいますよー!」

 

ねねさんと小雪さんとななちゃんが控室から急いで出て、個室に向かう。

控室には私と理奈さんだけになった。

 

「有里ちゃん。ほんまお疲れさんやったなぁ。今日忙しかったやろ?疲れてへん?」

 

理奈さんが相変わらずのニコニコ顔で私に聞く。

 

「うん。大丈夫。ありがとう。」

 

私も笑顔で答える。

 

「終わってしまったなぁ。ほんまに。」

 

笑い顔のまま、理奈さんが言う。

 

「なぁ。ほんまに終ってしまったわぁ。」

 

私も笑ったままで言う。

 

「あ!そうや。みんなの前で渡すの嫌やから今渡すわ。これ。私からのプレゼント。」

 

理奈さんは見慣れたヴィトンの大きなバッグから包みを出し、私に差し出した。

 

「え?!何?!なんで?!」

 

今日は驚いてばかりだ。

なんでみんなこんなことをするんだろう。

 

「ほんまにたいしたもんやないで。気持ちやから。な?気持ち!」

 

理奈さんの笑顔が可愛すぎてジッと見てしまう。

私はこの笑顔が大好きだ。

 

「えー…なんやそんなこと言われたら受け取るしかないやんかぁ…」

 

「そうやろ?私の気持ち、受け取ってくれんの?ひどい!あははは。」

 

「あー…理奈さんからそう言われたらなぁ…ほんまにありがとう。ほんま、申し訳ないわぁ。ありがとう。」

 

「なんで申し訳ないねん。私もありがとう。あ、まずいわ。泣いてしまうやんか。あーでもあれやんな。辞めたって会えるやろ?な?そやから泣く必要ないやんな?そうやろ?」

 

理奈さんは泣くのを回避するためにわざと早口でそう言った。

その姿を見て私が泣きそうになる。

 

「そうやそうや!辞めたってお別れやないから!また会えるからな。泣く必要なんてないわ。なー?あははは。」

 

私も泣きそうなのを隠して早口そう言いながら笑う。

生きてたらまた会おうね。絶対ね。

 

「じゃ私たちもはよ掃除しよ。な?」

 

「そうやった!忘れとったわ!あはは。」

 

私たちは笑い合いながら個室へと駆け上がり、「じゃ後で!」と言いながら1号室と3号室のドアをそれぞれに開け、バタンと扉を閉めた。

 

理奈さんは1号室。

私は3号室。

真ん中の2号室を境に、私たちは二手に別れる。

それぞれの個室のドアをちょっとだけ開けて、個室の中から少し顔を出して見合わせて笑ったことが何度あっただろう。

小さな隙間から小さく手を振ったことが何度あっただろう。

 

私は掃除前の少し乱れた個室に立ち尽くし、そんなことを思いだしていた。

 

ぐるりと個室を見回す。

初めてシャトークイーンの個室を見た時はとても驚いた。

『花』と比べてあまりにも広くて豪華で怖気づいたことを思いだす。

浴槽があまりにも広くて「潜望鏡はどうやってやるんだろう?」と真剣に考えた。

 

私はここで何人の男性と会ったのだろう。

何人の男性とお風呂に入ったのだろう。

何人の男性とカラダを重ねたのだろう。

どれだけの会話をしてきたのだろう。

 

今までの思い出がすごい勢いで私の脳裏に浮かんでは流れる。

私はその脳裏に浮かんでは流れる思い出を「はぁ」と息を吐きながら確認しつつ、ベッドのシーツをガバッと外して掃除を始めた。

 

ぐるぐると浮かんでは流れる今までの出来事。

ぐるぐるぐるぐるぐる…

 

ここで起こった辛かったことも苦しかったことも悲しかったことも、もうおしまい。

おっぱいを強く握られて痛かったことも何度も挿入されて擦り切れてしまったアソコのヒリヒリも『自尊心』という言葉がカチ割られるような出来事も、流れていく。

 

私はまた出てきてしまった涙を知らんふりしてテキパキと個室を綺麗に整えていった。

 

 

コンコン…

 

ドアをノックする音が聞こる。

 

「はい?」

 

ドアをちょっとだけ開けると上田さんがひょこっと顔をだして「今ええか?」と言った。

 

「あ、うん。ええよ。なに?」

 

「あ、片づけ大丈夫か?備品とか整理するやろ?手伝うで。」

 

上田さんはぶっきらぼうにそう言うと個室に上がってきた。

 

「あー。ありがとう。じゃあ頼むわ。」

 

「おう。」

 

上田さんは個室のテーブルの上のカゴの中にある大量のタバコを指差し、「これはどうする?」と聞いた。

そして「これは?どうする?」と次々に備品を指差し、私の指示を仰いだ。

私は「これはいらん。お店にあげるわ。」「それもお店で使ってくれる?」と言いながら、ほとんどの物をお店に寄付した。

あまりにも私が全てのものをお店にあげてしまうのを見て、上田さんがこんなことを言った。

 

「アリンコ。お前、ほんまにこの世界に戻ってくる気ぃないんやなぁ。」

 

私はその上田さんの言葉にちょっとだけ驚く。

 

「え…うん。そうやで。なんで?」

 

私は備品の整理の手を止めることなく上田さんに言う。

 

「いや…ほんまにいなくなってしまうんやなぁと思ってな。アリンコはすごいなぁ。こんなに潔く辞めていく子ぉは知らんわ。寂しくなるなぁ。はは。」

 

いつもふざけているけど、不器用さがにじみ出てしまう上田さん。

照れ屋なゆえにいつもふざけているのがまるわかりの上田さん。

その上田さんが「淋しくなるなぁ」と多少ふざけながら言っている。

 

「ほんまぁ?そんなこと思ってへんやろぉー?まぁたすぐそうやってからかうんやからぁー!あはは。」

 

私はいつも通りふざけて返した。

上田さんとはそうやってお別れしたかったから。

 

「ほんまやって!まぁ明日から忘れるんやけどな!ははは!」

 

「ほら!そうやろうと思ったわー!ひどいわぁ!あははは。」

 

 

上田さんは私のいつの間にか増えていったたくさんの備品を段ボールに詰め、「じゃこれほんまに貰ってしまうでー」と言った。

 

「うん。もらってもらって。新人さんが来たらあげてよ。すぐ使えるものばかりだから。」

 

「おう。助かるわ。じゃ、あとで送別会で。」

 

上田さんは重そうな段ボールを抱えながら個室のドアを身体で開けて出て行こうとした。

 

「あードア閉めるからええで!じゃ後でなー!」

 

そう言いながら私は個室のドアを閉めるために立ち上がり、段ボールを抱えた上田さんんに笑いかけた。

その時。

 

「アリンコー。ありがとうな。」

 

上田さんが照れながら私の目を見てそう言った。

私は急に言われたお礼に戸惑う。

 

「え?なんで?なんでありがとう?」

 

閉めようとしたドアの取っ手に手をかけながら戸惑う私。

 

「え…?いや…まぁ、ありがとうな。」

 

上田さんはバツが悪そうな顔で私にもう一度お礼を言った。

 

「え?えーと…うん。こちらこそ。ありがとう。ほんまにありがとう。」

 

キョトンとした顔のまま、私も上田さんにお礼を言う。

 

「うん…。ほな。あとでな。」

 

上田さんはそう言うといつものようにひょうひょうとした様子で段ボールを抱えて廊下を歩いていった。

 

 

「ふふっ…」

 

個室のドアを閉めて笑う。

今のやりとりはなんだろう。

 

「ふふ…」

 

ガランとした個室で1人笑う。

 

「ふふふ。今のなんやったん?」

 

独り言を言いながら、仕事着から普段の洋服に着替える。

自分の荷物をまとめて、籐のハンガーラックの引き出しに無造作に入れてある今日の売り上げ金を取り出す。

 

1万円札がたくさん出てくる。

いや、厳密にいえば『1万円と書いてある紙』がたくさん出てきた。

 

私は引き出しから『1万円と書いてある紙』を手に取り、またまじまじとそれを見つめた。

 

私はコレを貯めるためにここで働き、そして大量のコレを明後日にはK氏に渡しに行く。

 

コレは一体なんだろう?

 

私がずっと考えていること。

 

この紙は一体なんだろう?

 

しばらくソレを見つめてから、私は自分のお財布にソレをしまった。

 

 

「有里ちゃーん!どう?仕度できたー?もうタクシー呼んでしまってええのー?」

 

個室のドアの前で理奈さんが私に話しかける。

 

「あー!ごめーん!もう行くわー!」

 

私は我に返り、理奈さんの問いかけに答えた。

 

 

私はもう一度ぐるりと個室を見回し、「ありがとうございました」と頭を下げ、パタンと扉を閉めた。

 

もうこの個室に入ることは二度と、ない。

 

 

つづく。

 

 

 

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194 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

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はじめに。 - 私のコト

 

192

 

「有里みたいにこうやってきちんと辞めていく子ぉは初めてや。」

 

富永さんが私をチラッと見ながらしみじみ言う。

 

「そうなんや。へぇ…。そうなんやなぁ。」

 

みんなどうやって辞めていくんだろう。

急にいなくなってしまう子ばかりなのかな。

もしそうなら、その度に富永さんは淋しい思いをしたんだろうなぁ。

 

「この店に来てまだ間がないころ、どこか旅行に行ったやろ?」

 

「ん?あぁ行ったなぁ。」

 

「その時有里が店用とわし用にお土産をくれたじゃろぉ?」

 

「え?あぁ。そうやったね。」

 

「わしはあの時驚いたんじゃ。この子はすごい子ぉやって思ったんやで。」

 

「え?!そうなん?!そんなん当たり前のことやろ?それにたいしたことないお土産やで?!」

 

「いや、そういうことが出来んようになってしまうんや。この世界にいるとな。もしくはそういう事が出来ん子ぉやからこの世界に入ってきてしまう子ぉがほとんどなんやで。有里は未だに知らんやろ?そういうことを。」

 

私は富永さんの話にぽかんと口を開いた。

 

「あー…そうなんやなぁ…。」

 

「有里はこの世界に来てもそういう『普通の感覚』を忘れないでいた貴重な子ぉや。すごいなぁ。この店に来てくれてほんまにありがたかったで。あんまり稼がせてやれんかったのは申し訳ないと思ってるで。ほんまにな。」

 

 

『この店に来てくれてありがたかったで』

 

私は富永さんのこの言葉に目を見開き、胸にグッと何かがこみ上げた。

 

「えぇ…?!ちょっと…もう…やだ…もー…なに言うてるん?もぅ…やだ…」

 

さっき一生懸命引っ込めた涙がぶわっと溢れる。

 

「うー…ありがとう…うぅ…うー…稼がせてくれたやんか…ていうか、そんなことより…めっちゃよくしてくれてありがとう…うぅ…」

 

私はボロボロとながれる涙をそのままにしながら富永さんにお礼を言った。

 

「ほら。鼻水出てるでー。」

 

「うぅ…ありがと…」

 

富永さんは私の方を見ないようにしている。

 

「お!有里。隠れて。」

 

富永さんが私をフロント下に隠れる様に促す。

 

「小林くんがおかえりじゃ。」

 

私は富永さんの足元にグッと身を隠した。

 

「ふふっ」

 

泣き顔のまま笑う私。

 

こうやって何度ここに身を隠しただろう。

お客さんに姿が見えないように。

そういえばこの場所に理奈さんとぎゅうぎゅうになりながら隠れたこともあったな。

 

「あー!ありがとうございました!またよろしくお願いいたします!」

 

富永さんが立ちあがってフロントの向こうにいるコバくんに挨拶をしている。

 

「ありがとうございました。」

 

コバくんも礼儀正しく挨拶をしている。

 

「あ、はい!有里はもういなくなってしまいますが、もしよかったらまたシャトークイーンをよろしくお願いします!」

 

富永さんが深々と頭を下げているのを身を縮こませながら下からジッと見る。

この人はこうやって生きてきたんだなぁ…なんて思いながら。

 

自動ドアの音が聞こえる。

「ありがとうございましたー!」の上田さんの声が響く。

コバくんが帰って行った。

 

富永さんはコバくんが帰って行ったことを確認すると私に向かって声をかけた。

 

「じゃお疲れさんのコールいれるからな。有里はもう少しここにいてくれ。」

 

「え?うん。」

 

富永さんはすぐ控室に『お疲れさま』のコールをいれた。

そのコールを聞いた女の子たちがバタバタと掃除を始める音が聞こえてくる。

 

「あ…私も掃除に行かなきゃでしょ?」

 

控室の掃除も今日が最後だ。

みんなと一緒に掃除をしなきゃと思い、富永さんに聞く。

 

「いや、今日はええやろ。有里は特別じゃ。」

 

「え?いや…そうなん?」

 

「おう。そうじゃ。みんなにやってもらえばええが。それでな、渡したいものがあるんじゃ。」

 

富永さんはそう言うと、封筒を2つと何かの包みを2つ、フロントの台の上に乗せた。

 

「まずこれじゃ。これは社長から。お疲れさまと言ってたで。」

 

「え?!なに?!」

 

富永さんが私の前に差し出した封筒はかなり豪華な飾りがついたもので、『餞別』と書かれていた。

 

「え?!なんで?!なに?!これ?」

 

私は驚いてその封筒を富永さんに押し返してしまった。

 

「いや、もらっていいんじゃ。ちゃんと辞めていく子ぉにはこうやって渡すもんなんじゃ。社長からのねぎらいやから。な。」

 

私は富永さんの言葉を聞いて、その豪華な封筒を驚きながら受け取った。

 

「あぁ…なんか…申し訳ないなぁ…ありがとう。」

 

恐縮する。

私はこれを受け取れるほど店に貢献していないから。

 

「あとこれはお店からじゃ。」

 

富永さんは恐縮している私にもう一つの封筒を差し出した。

社長からのものよりはシックな封筒に、また『餞別』と書かれている。

 

「え?!やだ?!なんで?もういいよ!!」

 

私はいたたまれない気持ちになり、また富永さんに封筒を押し返してしまう。

 

「いや、これはわしらからの気持ちじゃ。受け取ってくれな困る。な?」

 

なんで…

なんでここまでしてくれるんだろう…

なんだか困り過ぎて泣けてくる。

 

「うー…なんで?困るわぁ…私、こんなことしてもらえるようなこと、なんもしてへんのに…」

 

こんなことならもっと頑張ればよかった。

怠けたこともあきらめたこともたくさんあったのに。

 

「よぉ頑張ってくれたで。ほんまに。ほら。受け取れ。」

 

富永さんが優しい小さな声で私に言う。

 

「うぅ…ありがとう…うん…」

 

私は泣きながら『餞別』を受け取った。

 

「あとはこれじゃ。」

 

「え?まだなんかあるん?もうええわー…」

 

「そう言わんと。これはわしからじゃ。」

 

富永さんはそう言うと小さな包みを私に差し出した。

 

「何をあげたらいいかわからんくてなぁ。良さそうな茶碗があったから買うてきたんじゃ。よかったら使うてくれ。」

 

「うん…ふふ…ありがとう。」

 

何を買ったらいいかわからず茶碗を買う富永さんがなんだか可愛くて笑ってしまう。

この人のこういう可愛らしいところが好きだ。

 

「あとは…これなんじゃ。これは有里がどう思うかわからんのやけど…。わしは絶対にあげたかったんや。これは最後の日に絶対渡そうと思ってたものなんじゃ。ここにも書いてあるけどな、帰ってから開けて欲しいんじゃ。もしいらんかったら捨ててくれ。」

 

富永さんは小さな小さな木の箱を私に差し出した。

その小さな小さな木の箱の蓋には『帰ってから開けて♡』と書かれたシールが貼ってあり、セロハンテープで蓋が閉じられていた。

 

「えぇ?!なに?これ?」

 

「まぁ帰ってから開けてくれ。のぅ。」

 

「えー!気になるー!なんやろ?…でも富永さんが最後の日に絶対渡したいって思ってくれた物やもんなぁ。中身知らんけど、それだけで嬉しいわ。ありがとうな。ほんまに。」

 

「わからんで。開けてみて有里がどう思うか知らんで。でも渡すわ。」

 

「んふふ。どう思うかな。」

 

「…有里。お疲れさん。」

 

「うん。富永さんもお疲れさまでした。いろいろサポートありがとう。」

 

「いや…。わしの力不足でな。有里ならもっと人気がでたやろうにのぉ。」

 

「あはは。そんなことないわ。私の力不足や。もっと店に貢献できたんやろなぁ。ごめんやで。」

 

「…のぉ。有里。」

 

「え?なに?」

 

「…辞めても会ってくれるかのぉ。」

 

富永さんはことさら小さな声で私に聞いた。

胸がドキンと鳴る。

 

「…んふふ。そうやね。会おうね。」

 

生きてたらね。と胸の中で言葉を繋ぐ。

 

「…ほんまか?連絡くれるか?」

 

「んふふ。うん。するよ。」

 

生きてたらね。

 

「そうか。わしはずっと待っとるで。ずっとやで。」

 

「うん。ふふ。わかった。」

 

「はぁ…よかった。安心したわ。よし!じゃあこの後送別会やからな!着替えてみんなで行こうか。」

 

「うん。ありがとう。じゃみんなに挨拶してくるわ。」

 

「そうやな。そろそろ控室の掃除も終わるやろ。」

 

「うん。じゃあ後で。」

 

「おう。後でな。」

 

富永さんが私に手を差し出す。

私は笑いながらその手を握り、握手をした。

富永さんは私の手をギュッと握り、「うんうん」と頷いた。

 

私はまだ少し流れていた涙を拭い、控室へと小走りで向かう。

女の子たちにもたくさんありがとうを言おう。

 

 

 

つづく。

 

 

 

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193 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

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はじめに。 - 私のコト