私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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泣きながらタクシーを降り、涙を拭いながら部屋に入る。

 

「…ただいまぁ…」

 

コバくんがまだ寝ていると思って小さな声でドアを開けた。

 

 

シーン…

 

静まり返っている早朝のキッチン。

空気が動いていないリビング。

コバくんはまだ寝室で寝ているみたいだ。

 

まだ余韻の涙がポロポロと流れているのをそのままにして、バッグを置いて冷蔵庫を開けた。

まだこの状態を終わらせたくない私は冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップを引き上げる。

ふらふらとソファーに座り、ビールをゴクッと飲む。

 

「…はぁーーーー…」

 

脱力している。

身体の力が抜けてしまった。

酔いと眠気で朦朧とした私が動いていなかったリビングの空気を乱す。

 

 

「ゆきえ?」

 

コバくんが寝室のドアから顔を出した。

 

「あぁ…起こしちゃった?ごめん。…ただいま。」

 

私は流れている涙をぬぐわずに笑顔で挨拶をした。

 

「…おかえり。お疲れさま。」

 

コバくんは私の横に座り、優しく抱きしめた。

 

「どうやった?楽しかった?」

 

パジャマのまま、眠そうな目で私に聞くコバくん。

この人は優しい人だ。

 

「うん…。そうやね。楽しかった。うん。楽しかったで。」

 

私は涙をぽろぽろ流しながら笑って答えた。

 

「そうか。うん。よかったなぁ。お疲れさま。うん。ほんまよかったなぁ。」

 

「うん。よかった。うん。」

 

私はコバくんの腕の中で何度も頷いて、何度もよかったと言った。

 

「今日はゆっくり休んで。俺が帰ってきたらまた明日からの話しをしよう。な?」

 

私はコバくんが言った『明日からの話し』という言葉を聞いて身体を強張らせた。

 

明日から…

明日…

あぁ…私の決めてた本番は明日なんだ。

 

「…うん。…そうやね。うん。うん。」

 

コバくんの顔を真剣に見る。

コバくんは私を優しい笑顔で見ている。

 

「俺、大丈夫やから。俺さ、ずっとゆきえの味方でおるって決めてるから。もちろん怖いし待ってる間どうなっちゃうかわからんけど、この部屋でゆきえの帰りを待とうって決めてるから。それだけ!」

 

「…え…?」

 

「まぁこの話は帰ってきてからまたしよう!ゆきえ眠いやろ?ゆっくり寝て。俺そろそろ仕事行く準備するから。な?急いで帰って来るから、そしたら夜は2人のお疲れさん会やろうな!な?」

 

コバくんが急に照れたように早口になった。

 

「あ…うん…わかった…お仕事がんばって。気をつけて行ってきてな。」

 

「うん。ゆきえもできるだけ寝てやぁ。夜には元気になっててもらわな俺寂しいもん。な!」

 

「うん。もう寝るわ。じゃあ…待ってるね。」

 

「おう。行ってきまーす!おやすみー!」

 

「うん。おやすみ。」

 

 

私はビールを飲み干し、寝室のドアを開けた。

部屋着に着替え、布団に潜り込むと耳鳴りがした。

お酒を飲み過ぎると聞こえてくるあれだ。

 

ウオンウオンウオンウオン…

 

『花』の寮を思い出す。

あの淋しい部屋でこの耳鳴りを何度聞いただろう。

あの時の私と今の私は同じ『私』。

その『私』と明日にはお別れするのかもしれない。

 

 

 

耳鳴りを聞きながら私はいつの間にか眠っていた。

携帯の着信音で起こされた時、時刻は午後3時を過ぎていた。

 

「…もしもし…」

 

「お?アリンコか?俺や。上田。」

 

「あ…上田さん…」

 

「まだ寝てたんか?」

 

「…あはは…うん。」

 

頭が痛い。

そして身体が動かない。

完全に2日酔いだ。

 

「もうすぐそっち行くわ。あ、部屋の前に荷物置いておくから。ピンポンもせんから気にせんでええで。それだけや。」

 

「…え?いいの?」

 

「おう。俺かて忙しいんや。置いて帰るだけやから。」

 

「ありがとう…。」

 

「おう。アリンコはいつまでそこにおるんや?」

 

「え…?えと…まだわからん。」

 

「そうか。まぁええわ。じゃあな。荷物置いたらまた電話するわ。」

 

「うん…お茶もださんとごめんやで。」

 

「いらんいらん。部屋に入ったら何いわれるかわからんやろ。」

 

「あはは。そうか。うん。じゃ、お願いします。」

 

「おう。ほなな。」

 

上田さんからの電話を切り、私はシャワーを浴びた。

そして洋服を着替え、お水を飲んだ。

 

ふと昨日使っていたバッグを見る。

 

あ…

昨日富永さんがくれた小さな木箱…

あれ、なんだろう?

 

私はガサガサとバッグを探り、昨日渡された小さな木箱を取り出した。

 

『帰ってから開けて♡』のシールをジッと見る。

富永さんがハートマークを書いたことにプッと笑う。

 

私はピタッと蓋を留めてあるセロハンテープを丁寧に剥がした。

 

なんだろう…?

何が入ってるんだろう…?

 

「有里がどう思うかわからんけどどうしても渡したかった」と富永さんが言っていたもの。

 

ドキドキしながら蓋を開ける。

 

 

「…え?」

 

 

小さな木箱の中には『有里』の文字のついた薄いハンコが入っていた。

 

「…あぁ…これを渡したかったんだ…」

 

 

このハンコは予約票に名前を押すためや、名刺やチケットに名前を押すために作られたもの。

私がシャトークイーンに入るときに「『有里』という名前でお願いします」と言い張ったから作ってくれたもの。

私が直接このハンコを使ったことはないけれど、富永さんは私が出勤する度にこのハンコをフロントで押していたはずだ。

 

これをどうしても渡したかったという富永さんの真意はわからないけれど、じわりと何かが伝わってくる。

 

「…ふふ…そうかぁ…これだったんだぁ…」

 

私はそのハンコを手に取り、じっくりと眺める。

 

『有里』

 

この名前は私の一部だ。

忘れたくない一部。

 

私は「あ!」と声を出し、携帯電話を手に取った。

 

最後の仕事を忘れていた。

私の『有里』としての最後の仕事。

 

私は携帯を片手に文面を考える。

HPでの最後の挨拶。

感謝とさようなら。

どう伝えようか。

こんなソープ嬢としても人間としても未熟で中途半端すぎる私を励まし、応援してくれた優しい人たちにどうやったら感謝を伝えられるだろうか。

 

「…うーん…」

 

私は何度も文字を打っては消し、「うーん」と唸った。

何度も何度も文字を打っては消し、あげくの果てにはノートを取り出し文章を何度も書きだした。

 

結局出来上がった文章はありきたりなシンプルものだった。

 

このページをご覧になって下さっているみなさま。

いつもありがとうございます。

昨日、無事に有里としての最後のお仕事を終えることができました。

会いに来てくださった方々、ほんとにほんとにありがとうございます!

このページに遊びに来てくれて、そして書き込んでくださったみなさま。

ほんとにほんとにありがとうございました。

こんなソープ嬢としても人間としても未熟で中途半端すぎるくらいな私に、こんなに素敵なページを与えてくれたシャトークイーンのみなさまにも心から感謝しています。

私はこの場所を去りますが、今後ともシャトークイーンをよろしくお願いいたします。

こんなに素晴しい店はありません!

絶対に忘れません。この場所での思い出を。

 

ありきたりな言葉でしか感謝を伝えられないことを歯がゆく感じています。

 

もう一度。

ほんとにありがとうございました!

心から感謝しています!

 

有里

 

 

私はこの文章を掲示板に投稿し、「ふぅ…」とため息をついた。

そして部屋のドアを開けて、外の廊下を確認した。

 

まだ上田さんからの電話はかかってきてなかったけど、外の廊下には大きな段ボールといくつもの花束が置かれていた。

 

私はその段ボールと花束を部屋に運び、段ボールの中のプレゼントを一つ一つ丁寧に並べた。

 

「こんなことがあるんだなぁ…」

 

部屋に並んでいるいくつものプレゼントと花束。

 

こんな私になんでこんなことをしてくれたんだろうなぁ。

 

ボーっとその光景を眺めながら明日のことに思いを馳せる。

 

明日の今頃はどうなってるのかなぁ…

 

プレゼントと花束に囲まれた私は、しばらくその中に座り込んでいた。

 

 

 

つづく。

 

 

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