私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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夕方になり、私はコバくんとの『お疲れさま会』の準備を始めた。

いつも通り平和堂まで買い物に行き、献立を考え、キッチンに立つ。

料理をしている時が一番平安かもしれない。

今までのことも明日のこともこれからのことも考えずにいられるから。

料理をしている時は目の前のことだけに集中できるから。

 

こういう状況の時、私はいつも料理を作り過ぎる。

この時間を終えたくない私は次々と料理を作ってしまう。

明日のことが頭をよぎりそうになるとまた新たな食材を手にとってしまうのだ。

 

ピンポーン

 

玄関からチャイムの音がする。

 

「はーい!」

 

私は玄関に駆けていき、ドアの鍵を開けた。

 

「ただいまー!ゆきえー!」

 

コバくんが相変わらずの子犬のような顔をして立っていた。

 

「んふふ。おかえり。」

 

「うわー!ええにおいやなぁー!」

 

「えへへ。今日もたくさん作っちゃった。」

 

「やったー!」

 

子どものように無邪気に喜ぶコバくん。

この料理は私の気を紛らわすために作ったのもなんだよ。

知らないでしょ?

 

「お風呂すぐ入る!すぐ出るから!ちょっと待っとって!」

 

コバくんは急いでスーツを脱ぎ、いそいそとお風呂場に向かった。

 

私はお風呂の音を聞きながら、冷凍庫でキンキンに冷やしていたグラスを出すタイミングを見計らう。

お料理を温め直し、テーブルを整え、「ふぅ…」とため息をつく。

 

「出たー!」

 

バスタオルで頭を拭きながらコバくんがリビングにやってきた。

 

「うわー!すっげーうまそう!」

 

テーブルに並んだお料理を見て、コバくんが大喜びしている。

この顔を何度見ただろう。

この無邪気に喜んでいる顔を見るたびに、『私にも生きる価値があるのかもしれない』と感じていた。

でもそれはほんの一瞬のことなんだけれど。

 

「うはー!これもうまそう!えー?!これなに?めっちゃうまそー!」

 

コバくんが全身で喜んでいる。

私はその姿をみて笑う。

 

「あはは。たいしたもん作ってないでー。そんなに喜んでくれて嬉しいわぁ。」

 

「だってめっちゃうまそうなんやもん!はよ食べよー!」

 

「はいはーい!」と言いながら冷蔵庫からビールを出し、グラスに注ぐ。

 

 

「ゆきえ。お疲れさま。ほんまによぉやったな。お祝いさせてな。」

 

ビールの入ったグラスを掲げ、コバくんが笑顔で言う。

 

「うん。ありがとう。コバくんがたくさん助けてくれたからやで。今日は飲もうな。」

 

「うん。かんぱーーい!」

 

「かんぱーーーい!」

 

グラスをカチンと合わせ、私たちはビールをゴクゴクと飲み干した。

 

「んはーーー!!うまい!さぁ!くうぞーー!!」

 

「んはーーーー!!二日酔いだけどうまい!さ!くえー!あははは。」

 

明日のことについてはどちらも触れない。

今はなんとか楽しい時間を過ごそうとしていた。

 

 

私たちはできるだけいつもどおりの時間を長引かせようとして、テレビを見てケラケラ笑ったり、お料理について話したり、今日のコバくんのお仕事の話しをしたりした。

ビールを飲んでワインを飲んでそしてウイスキーを飲んだ。

 

したたかに酔い、ふと沈黙の時間がやってきた。

そしてコバくんが口を開いた。

 

「…ほんまは怖いんや。俺…ほんまはめっちゃ怖いんや。」

 

私はドキッとして黙り込んだ。

コバくんの気持ちをちゃんと聞かなきゃいけないと思ったから。

 

「朝言うたことはほんまや。俺、ゆきえが帰ってくるまでここで待っとるよ。帰って来るって信じてここで待っとるよ。絶対ゆきえは帰って来るって思ってるし。でもな…」

 

「うん…」

 

「ほんまはめっちゃ怖い。でも…俺待ってるから。だから…。」

 

「うん。だから?」

 

「…だから…ゆきえが満足するように、納得できるように…がんばってきて。俺…ここで応援してるから。」

 

 

コバくんは自分の思いを話しながら涙を流した。

私はその涙を見ても何も感じていない自分を心の中で嘲った。

 

コバくんが涙を流して感情的に話せば話すほど、ますます私は冷静になる。

「へぇ…泣くんだぁ…」と他人事のように見ている自分に嫌気がさす。

 

 

「ありがとう。…でもな…待ってなくてもいいんやで。私のことなんて待ってなくていい。明日早めにここを出るわ。その後のことはまったくわからへん。どうなるか全くわからへんから。ここに帰ってくるかもわからへん。K氏に会ってみないとな。

向こうがどう出るか、ほんまにわからん人やねん。私だってそこでどうするかわからへん。

そやから…もしも私がここに帰ってきて、コバくんがいなくてもなんとも思わへんから。

待ってる間、そりゃ辛いやろ。待つ方が辛いと思うわ。そやから待ってるの辛くなってやっぱり待たへんって思ったとしても、それが当たり前やと思うから。

それに私はほんまに死ぬ覚悟で行くんやから。それを待ってる必要なんてないから。」

 

話していると私の目からも涙が出てきた。

なんの涙かはわからない。

これは私の本心。

コバくんに待ってて欲しいなんて思わないし、そんなことを願えるような女じゃない。

私は単身で運命に身を任せるのだから。

 

「そんなこと言うなやぁ…。なんで…?なんでそんなこと言うん…?嘘でもいいから『待っとって』て言うてやぁ…。うぅ…うぅぅ…。なんで?なんでやぁ…」

 

私の言葉を聞いて、コバくんの泣きはますます激しくなった。

嘘なんて言えない。

嘘でも『待っとって』なんて言えるわけがない。

 

「…ごめん…ごめんやで…。」

 

私は涙を少し流しながらコバくんに謝った。

巻き込んでごめん。

私のこんなめちゃくちゃに巻き込んでごめん。

 

「…うぅ…泣いてしまってごめんやで…俺…泣くつもりなんてなくて…怖いんや…ゆきえを失うのが怖いんや…一番怖い思いするのはゆきえなのに…情けないわ…ゆきえの方が大変なことするのに…うぅ…ごめんやで…」

 

そんなことない。

私は私が決めたことをやるだけだもん。

待ってる方が辛いよね。

待たなくていい。

私のことなんて待たなくていい。

私なんていなかったことにすればいいんだ。

こんなしょーもなくて冷たい私なんて。

 

「…コバくん。ほんまにありがとうな。こんな私になぁ。私は私が決めたことをやってくるから、コバくんはコバくんが決めたようにしてな。コバくんが決めたらええから。

明日、私はK氏に会って、お金を返して謝罪をする。それだけや。

返さんでもええようなお金を返して、逃げ出したことを謝罪してくる。

どんな状況であったとしても、逃げ出すっていう卑怯なことをしたんや。謝らんとなぁ。そうやないとあかんねん。

バカげたことをしてるのかもしれん。そんなことわざわざせんでもいいのかもしれん。

でもなぁ…何度考えてもやらなあかん気ぃがするねん。…アホでごめんなぁ。」

 

 

私はコバくんの決めたことを変える権利なんてない。

コバくんに私の決めたことを変える権利がないように。

 

コバくんが私を待つと決めたならそうすればいい。

そう決めたなら引き受けなきゃならないことがたくさんあるだけだ。

怖さも辛さも『待つ』と決めたなら引き受けなきゃならないだけ。

 

私は私が決めたことを引き受けなきゃ。

怖さも、震えも、破裂しそうな鼓動も、やるせなさも、非力さも、情けなさも、悲しみも、申し訳なさも、惨めさも。

 

「…うん…俺、俺が決めたようにするわ。もしかしたら変わるかもしれん。決めたことが変わるかもしれん。でも今はぜったい変わらんと思ってる。…それでええやんな…?なぁ?」

 

「それでええよ。変わるのは当たり前や。今は変わらんと思ってたとしても変わるときは変わるんや。それでええよ。当たり前の話しや。私はコバくんに待っとってなんて言わんし、望まんよ。コバくんが自分で決めたらええよ。」

 

私は笑顔でコバくんにそう言った。

これももしかしたらズルい言い方なのかもしれないと思いながら。

 

「…俺…ゆきえのことが大好きや。離れとぉない。ゆきえがいない毎日なんて考えられんのや。ごめんな。俺、こんなに好きになってしまってごめんなぁ。」

 

 

『こんなに好きになってしまってごめんなぁ』とコバくんは泣いた。

私はこんな謝り方がこの世にはあるんだなぁと知った。

 

 

「…コバくん。もう寝ようか。私、片づけるわ。」

 

時計を見ると夜中の1時を過ぎていた。

 

「…うん。そうやな…。手伝うわ。」

 

「ありがとう。」

 

私たちは2人でテーブルの上を片づけ、食器を洗った。

カチャカチャと鳴る食器の音を聞きながら、黙ったまま宴の後片付けをする時間。

私はこの時間とこの空気を忘れたくないと思っていた。

 

片付けを終えて「寝ようか」と言いながら2人でお布団に入る。

コバくんは私を抱きしめ「抱いていいか?」と聞いた。

私は「うん。ええよ。」と小さく言い、カラダを預ける。

コバくんは切実な思いを私になんとか伝えようとしているかのような愛撫を私のカラダ全身に施した。

私はその切実な思いを受け止めることが出来ず、コバくんが熱心になればなるほど心が引いていくのを感じていた。

頭では明日のことを考え、カラダはコバくんの愛撫をただただ受けていた。

 

そんな私を「やっぱり私はサイテーだな。」と思う。

 

感じてる演技はお手の物だ。

私は渾身の演技でコバくんの愛撫に応え、そして切ないSEXは終了した。

 

「ゆきえ…愛してる…」

 

耳元で囁くコバくん。

 

「うん…私も。」

 

嘘。

だって私は『愛』がどんなものか知らないんだから。

 

 

 

携帯の目覚まし音で起こされる。

 

コバくんはまだ寝ている。

私はゴソゴソと起き出し、これが最後かもしれないお弁当を作る。

 

「おはよう!」

 

コバくんが起きてくる。

 

「おはよう。」

 

笑顔で挨拶をする私たち。

まるでこの毎日が続いていくかのように。

 

「お弁当つくったよ。はい。」

 

「いつもありがとうー。めっちゃ味わって食べるー!」

 

「はい、コーヒー。」

 

「ありがとうー。美味しいなぁ。」

 

静かな時間。

なんともない日常。

この時間が一番の奇跡なのかもしれない。

 

 

「じゃそろそろ…俺行くわ。」

 

「うん。いってらっしゃい。気をつけてね。」

 

「うん。…ゆきえも気をつけて。帰ってきてな。」

 

淋しい笑顔のコバくん。

私もほんのちょっとの笑顔で応える。

 

「んふふ。…わかった。」

 

嘘。

私は嘘ばっかりだ。

 

「じゃ!行ってきまーす!ゆきえ、いってらっしゃーい!」

 

「うん!いってらっしゃーい!いってきまーす!」

 

コバくんは私を抱きしめてからキスをして、そして笑顔で部屋を出て行った。

私はそんなコバくんの気遣いに応え、笑顔で元気に送り出した。

 

パタン…

 

部屋のドアが閉まり、シーンと静まり返った空間が広がる。

 

「…さて。準備するか。」

 

私は自分に言い聞かせるようにそう言うと、シャワーを浴びて身支度を整え始めた。

 

 

いよいよだ。

いよいよ私の決着をつける時がやってきた。

 

あと数時間後、私はどうなっているのだろうか。

 

 

 

 

つづく。

 

 

 

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