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耳元でTELが鳴り、私は飛び起きた。
昨日富永さんと飲み過ぎて若干頭が痛い。
誰からのTELなのか確認せずに慌てて出る。
「もしもし?」
「あ!ゆきえ?俺やけど…」
TELの向こうから小林さんの声が聞こえてきた。
「あ…おはよー…」
二日酔いのボーっとした声で答える。
「ごめん!まだ寝とったやんな?ごめんやで!」
小林さんはほんとにすまなそうに何度も謝った。
時計をみると10時半だった。
「ふぁ~…ううん、いいのいいの。起こしてくれてちょうどよかった。」
「ほんま?…声聞きたくなってしまって。はははは。」
小林さんは照れくさそうにそう言った。
「どないやった?新しい店。」
「うん。あんな…」
私は小林さんに昨日の出来事をかいつまんで話した。
小林さんは「うんうん」とずっと優しく聞いてくれた。
「ゆきえ、新しいお店でも頑張ってな。俺、応援してるし、できることがあればなんでもするで。無理せんと、なんでも言うて。」
ちょっと照れながら、でも真剣にこんなことを言ってくれた。
「え…?うん。ありがとう。」
素直に嬉しい。
昨日あった出来事の話しをできる相手がいることも嬉しいし、優しい言葉をかけてくれるのもほんとにありがたい。
K氏の元からも親からも逃げ出して来た卑怯な私に、現在ソープ嬢の私に、こんな言葉をかけてくれる人がいるなんて信じられない。
でも…
私は優しい言葉をかけられればかけられるほど「どうせ偽善者なんでしょ?」と心のどこかで思っている自分に出会う。
こんな私に本気で優しくするわけない、と思っている自分に出会う。
そしてそんな自分が一番嫌だった。
「ゆきえ。また火曜日の夜にそっち行ってもええか?」
小林さんは小さな声で「おねがい!」と言った。
「え…?」
戸惑う。
一人になりたい気もするけど、一人は嫌だとも思う。
「…ええよ。来て。」
一瞬迷ってから私は「来て」と答えていた。
「やったー!ありがとう!うわ!めっちゃ仕事やる気になってきた!やったーー!」
無邪気に喜ぶ小林さんの声を聞いて、私は笑顔になる。
「ふふ。大袈裟やな。」
「大袈裟やないわ!じゃ、俺仕事もどるわ!やったー!あ…また…TELしていい?」
小林さんは「迷惑にならないようにするから!おねがい!」とまた小さな声で懇願した。
「ふふ。ええよ。」
「やったーー!じゃ、またTELするから!また!ゆきえ!大好きやー!」
「うん。うん。わかった。はははは。またね。」
TELを切った後、私はしばらく笑っていた。
小林さんと私…って…
“付き合ってる”ってことになるのかな…
来年には殺されてるかもしれない私。
そんな私が“彼氏”なんて作ることは出来ない。
こうやって小林さんに「会いたい」や「大好き」と言われることは嬉しいし、TELでお話しすることも楽しい。
でもそれまでだ。
これ以上付き合いを深くしていくのは止めておいた方がいいと思った。
「…どこかで止めておかないとな…」
笑顔だった私は真顔に戻り、小林さんとの関係をちゃんとコントロールしていこうと決めた。
今日はシャトークイーン2日目。
理奈さんにやっと会える。
ずっとナンバー1でいる理奈さんどんな方だろう?
ちょっとだけ緊張してきた。
「おはようございまーす。」
シャトークイーンの控室に挨拶をしながら入る。
と…まだ誰も出勤していなかった。
「お!アリンコか?おはよう!」
控室の前の廊下を通りかかった上田さんが私に気付いて話しかけてきた。
「あ、おはようございます。」
「おう!アリンコ、実はもうお客さんが一人待ってるんや。いそいで支度してくれへんかなぁ。常連さんなんや。頼むわ。」
まだ11時半だった。
お店が開くのが12時。
30分も早く来て待ってるお客さんって…
しかも常連さんで?
「え?はい。わかりました。」
入店したての私には断ることなんて出来ない。
「わ!助かった!頼むわ!控室のセットは後でええから、準備してくれる?」
上田さんはいそいそとフロントに報告に行った。
私はなんだか慌ただしい心持で個室に上がった。
今日は理奈さんが出勤してくる日だから、昨日とは違う個室を指定された。
3番個室。
昨日杏理さんが使ってた個室だ。
中に入ると理奈さんの個室と同様、とても広くて綺麗だった。
理奈さんの個室とは左右反対のような作りになっていて、壁紙や絨毯が微妙に違っていて、私はこの個室がとても気に入った。
いそいで個室のセッティングをし、準備を整えた。
「おはようございます。」
挨拶をしながらフロントの中に入ると富永さんが座っていた。
「おー有里。おはよう。昨日はお疲れさま。」
富永さんは仕事モードなのか、昨日とは違う態度だった。
女の子と特別に仲良くはならないというスタンスのようなものが感じられた。
「早めに用意してくれて助かったわ。すまんのぉ。」
富永さんは私の方をチラッと見ながらペコっと頭を下げた。
「いえ。大丈夫です。」
私はそう言いながら2千円を富永さんに手渡した。
朝出勤した時、フロントに来て2千円払うのがシャトークイーンのやり方だった。
この2千円は『雑費』だと説明を受けている。
お店の運営に関わる『雑費』。
「ありがとうございます。じゃ準備よかったら声かけてな。」
富永さんは2千円を受け取ってお礼を言った。
「はい。今日もよろしくお願いします。もう準備いいですからこのままお客さんにつけますよ。」
「お!そうか?助かるわ。じゃあお願いします。」
富永さんはグッとカラダを傾けて頭を下げた。
私はそのままカーテンの後ろに行き、上田さんがチケットを持ってくるのを待った。
「アリンコー。お待たせ。ありがとうな。じゃ、頼むわ。」
「はい。おねがいします。」
カーテンから出て、片膝をついてお客様を出迎える姿勢になる。
上田さんが待合室へ入っていく姿を目で追う。
「○○さま。お待たせしました…」
待合室の中で上田さんがお客さんに声をかけているのが聞こえる。
ドキドキドキドキ…
昨日の初日を終えた時の自分の出来なさ加減に落ち込んだ記憶がよみがえる。
お願い。
お願い。
今日は昨日より少しだけでもお客様に満足してもらえますように。
お願い。
お願い。
心の中で繰り返す。
ドキドキがますます強くなる。
スッと待合室から若目の男性が出てきた。
その姿を一瞬だけ確認すると、私はサッと頭を下げた。
「いらっしゃいませ。有里です。」
そしてスッと顔を上げて「お二階へどうぞ。」と笑顔で言った。
私のシャトークイーン2日目の時間が始まった。
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