私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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「こっち座りやー。」

 

広田さんは私を控室に呼んだ。

何かの書類らしき紙を数枚持っている。

 

「よいしょっと。有里もそこ座って。」

 

ニコニコしながら私に座るように促す。

かなり機嫌がいい。

控室には個室の掃除を終えた明穂さんとたまきさんがいて、二人で話しながら荷物を整理していた。

そして麗さんを無事に迎えに来た車に乗せ終わった田之倉さんと猿渡さんが台所のところで立ち話をしていた。

 

「おめでとう!まずこれな!」

 

広田さんはニコニコと笑いながら『金一封』と書かれた派手な封筒を私に渡した。

 

「え?なんですか?これ?」

 

「お祝いや。ナンバー1になるともらえるんやで。言わんかったか?」

 

知らなかった。

そしていらなかった。

私はここを去るんだから。

 

「えー…知りませんでしたよぉ…」

 

「そうか。言わんかったか。わははは。まぁええやんか!ナンバー1になると3万円もらえるんやで!」

 

3万円…

この金額は多いのか少ないのか…それとも妥当なのか。

よくわからなかった。

 

「…ありがとうございます…」

 

「うん!で?部屋は?決まったか?ん?一番綺麗で広い部屋は…何番やったかなぁ?

それでな、有里の今月の指名率はな、えーと…」

 

広田さんがどんどんと話を進めて行こうとしている。

私は「はぁ…」や「いやぁ…」とか言いながらなんとなく話を聞いてしまい、なかなか口を開けないでいた。

 

「でな、来月の目標とか立ててみるっていうのもいいと思うんや。有里なら来月は…」

 

もう言わなきゃ。

来月の目標の話にまでなっている。

もうダメだ。

もう言わなきゃ。

 

心臓がバクバクしている。

怖い。

はしゃいでる広田さんをガッカリさせることになるんだ。

私を拾ってくれて、とても良くしてくれた広田さんを裏切る様なことをするんだ。

私は薄情者だ。

恩をちゃんと返し切らないうちに去るような薄情なやつなんだ。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

 

 

でも、言わなきゃ。

 

 

「広田さん。私、今日でここを辞めます。」

 

言った。

言ってしまった。

 

「え?なに?」

「え?有里ちゃん?そうなの?」

 

明穂さんとたまきさんが驚いてこっちを見た。

 

「おい、有里。どういうことだ?」

 

台所にいた田之倉さんが大きな声で言った。

 

広田さんは口を開けてポカンとした顔をしていた。

 

「すいません。今日で辞めさせてください。」

 

私は広田さんに向かって深々と頭を下げた。

 

控室の空気が張り詰める。

私はバクバクする心臓の音を聞きながら、この時間が早く去って欲しいと願っていた。

 

 

 

「…そうか。…うん。そうか。わかった。」

 

 

広田さんは抑揚の無い声でそれだけ言って立ち上がった。

 

「広田さん!あの…すいません。ありがとうございました!」

 

私も立ち上がり広田さんにもう一度深々と頭を下げた。

 

「うん。そうか。」

 

広田さんはそう言うと控室から出て行ってしまった。

 

…泣きそうだった。

私が決めたことなのに、広田さんの態度を見てすでに後悔している自分がいた。

 

言わなきゃよかった…

言わなきゃよかったんだ…

もう少しここで頑張ればよかったんだ…

なんで広田さんにあんな顔させてしまったんだろう。

後悔の念が強くなる。

でもダメだ。

これ以上ここに居てはいけないんだ。

この後悔の思いもきっと今だけだ。

 

 

広田さんが立ち去った方を見ながら私は控室に立ちすくんでいた。

 

「有里。どうしたんや?どうして辞めるなんて言うんや?ほんまか?」

 

田之倉さんが私の隣に立って聞いてきた。

 

「…はい。すいません。」

 

「…富永か?前にふく田で一緒に飲んでたやろ?」

 

田之倉さんが小声で私に聞いてきた。

ドキッとした。

でも私は冷静にこう答えていた。

 

「いえ、違いますよ。そうじゃありません。」

 

ここで「そうです」と答えてしまうと富永さんが引き抜いたことになってしまう。

これは私が希望したことだ。

 

「…ほんまに今日で辞めるんか?もう少しいたらえええやないか。せっかくナンバー1になったんやし。なぁ?」

 

田之倉さんは猿渡さんに同意を求めた。

猿渡さんは下を向いたまま首をかしげた。

 

「…有里ちゃんがいなくなるの淋しいです…」

 

小さな声で猿渡さんが言った。

 

「そんなん言うたりなや!有里ちゃんが決めたことなんやろ?ちゃんと考えて決めた思うで。有里ちゃんは。引き止めたりなやー。」

 

思いがけずたまきさんが助け舟を出してくれた。

たまきさんがいなかったら今の部屋には住めなかった。

彼女も私の恩人だ。

 

「そうやでー。有里ちゃんまだ若いんやし。まぁ私もこの店にいてくれた方がええけどな。でも有里ちゃんが決心したことなんやから。本人が辞めたい言うてるんやから。」

 

明穂さんも援護してくれた。

明穂さんも来た時からずっと変わらず優しくしてくれた。

いつも「大丈夫?」と気遣ってくれた人だ。

 

「ありがとうございます。…はい。今日で辞めます。」

 

私はたまきさんと明穂さんに深々とお礼をして、田之倉さんと猿渡さんに改めて辞めることを告げた。

 

「…そうかぁ…。広田のおっさん、しばらく悲しむやろうなぁ…」

 

田之倉さんが溜息と共にそう言った。

 

「…荷物…結構ありますか?運びます。」

 

猿渡さんが下を向きながら遠慮がちに私に言ってくれた。

 

「ありがとうございます。ほんとにありがとうございました。」

 

私は控室にいる4人に頭を下げてお礼を言った。

 

「有里ちゃん。また遊びに来たらええよ。みんな喜ぶから。」

「そうやそうや。お茶だけ飲みに来たらええやん。なぁ?」

 

明穂さんとたまきさんは明るくポンポンと私の肩を叩いた。

 

「そうやな。またお茶でも飲みに来たらええよ。広田のおっさんもしばらくしたら元気になるから。な?」

 

田之倉さんも私の頭をポンポンと軽く叩きながらそう言った。

 

 

私は二階の個室に戻り、私物をまとめた。

 

ウイスキー、ブランデー、グラス、ポカリスエットのペットボトル二本、カゴいっぱいのタバコ、まだ箱に半分以上ある大量のコンドーム…

 

猿渡さんが段ボールを用意してくれたお陰で助かった。

個室の私物を運ぶことなんて考えてなかった自分があまりにも無計画で恥ずかしくなった。

 

黙々と作業を手伝ってくれる猿渡さん。

一切言葉を発せず、私の方を見ることもしなかった。

 

コンコン。

 

個室のドアをノックする音がした。

 

「はい?どうぞー」

 

返事をするとドアが静かにカチャっと開いた。

そこには佐々木さんが立っていた。

 

「あ!佐々木さん!ほんとにお世話になりました。ありがとうございました!」

 

作業をしている手を止めて立ち上がり、頭を下げた。

 

「辞めるんやって?…急やなぁ。もっと前に言われへんかったん?」

 

佐々木さんは怒ってる風でもなく、ただただ淡々とそう言った。

 

「あー…すいませんでした…」

 

ただ謝るしかできない。

ほんとにその通りだから。

 

「…広田のおっさん、落ち込んでるで。ま、しょうがないけどなぁ。お疲れさま。どっか次行くんやろ?どこか知らんけど。」

 

佐々木さんは相変わらず死んだ魚の様な目だった。

この人のことはずっとわからなかった。

謎の人だった。

 

「…はい。」

 

「次もがんばりや。」

 

「はい。」

 

「有里ちゃんならどこでもいけるやろ。」

 

え?

今…なんて言いました?

 

「え?…あ…ありがとうございます。」

 

「うん。お疲れさま。」

 

佐々木さんはニコッと笑いながら右手をあげて扉を閉めた。

 

佐々木さんがあんな風に言ってくれるなんて。

私は嬉しくて少し茫然としていた。

 

「…有里ちゃん…」

 

ずっと黙っていた猿渡さんが口を開いた。

 

「…え?はい。」

 

猿渡さんの方を振り返る。

 

「…頑張ってや。応援してるで。」

 

猿渡さんは作業の手を止めずに、私の顔を一切見ずにそう言った。

 

 

お店を去る時、一度広田さんの姿を探してみた。

でももう広田さんはいなかった。

 

「行きましょうか?」

 

猿渡さんに促されて車に乗り込む。

もう「花」に来ることはないんだ。

私はここにもう二度と足を踏み入れることはないだろう。

「お茶でも飲みに来たらええやん。」の言葉は嬉しかったけど、そんな機会は絶対にないことを知っている。

その言葉をもらえただけで充分だ。

 

「ありがとうございました。」

 

マンションの部屋まで荷物を運んでもらい、猿渡さんに再度お礼を言う。

 

「…有里ちゃん。また雄琴村の中で会ったら…挨拶ぐらいしてもええやろ?」

 

猿渡さんが下を向きながらおどおどと言った。

 

「えぇ?!もちろんですよ!!何言ってるんですか?!挨拶どころかお話ししましょうよ!」

 

私のこの言葉を聞いて、猿渡さんは淋しそうにニコッと笑った。

 

「うん。ありがとう。…お疲れさまでした。おやすみなさい。」

 

「うん。お疲れさまでした。おやすみなさい。」

 

パタンとマンションのドアが閉まる。

玄関に置かれた私物の入った段ボールをリビングに運ぼうと持ち上げる。

 

…重い。

すごく重い。

 

あの店に来たときは何も持ってなかったのに。

いつの間にかソープ嬢の私の個室にはこんなにも荷物が増えていたんだ。

 

あまりの重さに泣けてきた。

広田さんの最後の表情が頭から離れない。

新しい場所に行くときには今までの場所を離れる必要があるんだ。

そしてそれにはいくばくかの“痛み”が伴うんだ。

 

泣きながら荷物をリビングまで運び、ソファの近くに置いた。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

私は誰に謝っているのかわからないまま、何度も「ごめんなさい」と言いながら泣いていた。

 

 

 

つづく。

 

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62 - 私のコト

 

 

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はじめに。 - 私のコト