154
「なぁ、ゆきえ。クリスマスどないする?」
もう寝る時間。
お布団に入りながら子どもみたいな笑顔で聞いてくるコバくん。
「えぇ?!クリスマス…かぁ。そうだねぇ。」
私もお布団に入りながら答える。
その顔があまりにも無邪気で戸惑ってしまう。
もう12月も半ば。
街はクリスマス一色だ。
そういえばお店もなんとなくクリスマスっぽい装飾をしていた。
私は毎日が相変わらず落ち着かなくて、そんなことも言われないと気づかなかった。
「24日は仕事やろ?あぁー25日も仕事やもんなぁ。」
コバくんはちょっとだけガッカリした態度を見せた。
「あ!じゃあ26日は?26日は普通に休みやろ?」
すぐに気を取り直して提案してくるコバくん。
1人でなんだかはしゃいでいる。
「ん?うん。その日は普通にお休みやで。でも火曜日でコバくんは仕事やろ?」
「うん!そやけど休みとる!有給いっぱい残ってんねん!どっか行こう!な?ゆきえ!」
笑顔がめちゃくちゃマックスだった。
「あはは。うん。ええよ。」
ほんとは唯一の1人になれる休日がなくなるのが嫌だった。
普通にお付き合いしているカップルのようにクリスマスを過ごすことが嬉しくもないけど、私がそんなことをしていいいのだろうか?という思いがすぐに湧いてしまう。
そしてそれはほんとに楽しいのか?と思う。
「どこ行く?ゆきえは何したい?」
わくわくした顔で聞いてくるコバくん。
「えぇ?…そやなぁ。あ!あそこ行ってみたい。フェスティバルゲート!!あとスパワールド!!」
フェスティバルゲートは大阪の通天閣の近くにある屋内型遊園地。
そしてその隣にあるのがスパワールド。
プールや温泉がある施設だ。
いつもテレビのコマーシャルで流れていてなんとなく行ってみたかった。
「おーフェスゲかー。いいやんか!行こう行こう!」
コバくんは私が乗り気なことが嬉しいらしく、満面の笑みでそう言った。
「わー!はよ26日にならへんかなー。楽しみやなー!ゆきえ、なに乗りたい?ジェットコースター乗るん?!うわー!怖いなー!」
お布団にもぐりながらはしゃいでいるコバくん。
「あはは。もちろんジェットコースターは乗るでー!怖いん?!ジェットコースター怖いん?!そうなんや!」
私もお布団にもぐりながらコバくんに言う。
「いや!いやいやいや!大丈夫やで!ゆきえが一緒なら大丈夫やで!ほんまやで!」
手足をバタつかせながら「大丈夫やで!ほんまやで!」と繰り返す。
「あははは。わかったわかった!えぇー?ほんまにぃ~?」
わざとからかう私。
コバくんは小学生みたいだ。
「…でもゆきえが一緒やないとあかんで。俺ゆきえと一緒がええねん。」
急に真剣な顔で言い出すコバくん。
「ゆきえと一緒がええねん!」
コバくんが抱き着いてきた。
「うん。わかったわかった。一緒やで。」
私は頭を撫でる。
「…ゆきえ…一緒にジェットコースター乗ろな?な?」
懇願するような目。
まるで捨てられるのを恐れている子犬のような目だ。
「うんうん。乗ろな。一緒にな。」
私は頭を撫でながら何度もそう言った。
「あぁ~…よかった。安心した。もう眠いやろ?寝ようか。」
「うん。そうやね。安心したんならよかった。」
「うん。ゆきえ。一緒やで。ずっと一緒やで。」
「そうやね。うん。」
「おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
そう言うとコバくんはすぐにいびきをかき始めた。
「…ずっと一緒かぁ…」
そんなことはありえないと思いながら「そうやね」と答えている私。
最近のコバくんはますます“確認”が増えてきていた。
「ずっと一緒やで。な?」
「ゆきえがいないと嫌やねん。ええやろ?な?」
「俺はゆきえしかいらんねん。それでええやろ?」
そんな言葉をちょくちょく言う。
私はその度に「うん。そうやね。」や「うん。ええよ。」と答える。
嘘だけど。
あと3ヶ月。
私はK氏に連絡をいつ取ろうかと考え始めていた。
そしてそのことを考えると胸が爆発しそうなほどドキドキする。
「…怖い…怖い…怖いよぉ…」
K氏はなんて言うだろう。
そして私に何をしてくるだろう。
めちゃくちゃに殴られるかもしれない。
もしかしたら拷問にかけてから殺すかもしれない。
売り飛ばされるかもしれない。
K氏は元殺し屋だ。
それがほんとなら何をしてくるかわからない。
「…怖い…うぅ…うー…」
コバくんの隣で声を殺して泣く。
そんなに怖いなら逃げてしまえばいいのにと何度も思った。
でも逃げても逃げても逃れられないと知っている。
ここで自分から決着をつけに行かなければ私は一生この思いに追いかけられるんだから。
逃げて生き続けたとしても一生この思いから逃れられないんだったら死んだ方がマシだ。
「…うぅ…」
ひとしきり泣くと眠気が襲ってきた。
涙を拭いて布団に再度潜り込む。
こんなに怖がっていても私は眠くなる。
殺されるかもしれないと思っていても私は眠くなるし笑う。
そんな自分が嫌いだ。
「…フェスゲ行ってる場合かよ…」
自虐的に呟いて眠りに落ちた。
次の日から26日当日まで、私はいつも通り仕事に励んだ。
24日と25日はどうせ暇なんだろうと思っていたけど、予想に反してお客さんがたくさん来た。
「有里ちゃーん。これ。」
「有里。来たで。」
「有里に会いに来てしまったわ。クリスマスやからな。」
そんなことを言いながら私に会いに来てくれるお客さんがプレゼントを持って来てくれた。
純粋に嬉しかった。
松ちゃんこと山下さんも来てくれて、「これ。」とぶっきらぼうにプレゼントをくれた。
ハンカチとお菓子だった。
そして私は指輪を返そうとしたけどこの日も受け取ってくれなかった。
「クリスマスに返そうとすんなや!まったくお前はアホやな。」
相変わらずの返しに笑ってしまう。
私は山下さんの扱いにだいぶ慣れてきていることに気付く。
24日と25日、両日ともたくさんのお花とプレゼントを抱えてお家に帰ると
コバくんは「すごいやんかー!」と言いながらも不安そうな顔をした。
「…みんな有里ちゃんのこと好きなんやなぁ…プレゼント全部見せて!」
どうやら自分が一番いいプレゼントをあげたいと思っているらしく、持って帰ってきたプレゼントを全部チェックしていた。
「ねぇコバくん。私プレゼントいらんから。ていうかくれたら嫌やねん。プレゼントなんて渡さんといてや。」
必死にチェックしているコバくんにそう呟いた。
「え?!なんで?!俺ゆきえになんかあげたい!」
驚くコバくん。
「…いや、だってほら…私3月にはいなくなるかもしれんのにもらってもしゃーないやんか。物より時間にお金使ったほうがええと思って。」
普段の生活では『死ぬ』とか『いなくなる』の言葉は何となく避けているフシがある。
コバくんが嫌がるから。
でもそれが事実だし私はその覚悟でここにいる。
「…そんなん言うなやぁ。ゆきえはおるって。3月になってもおるって。そやろ?だから俺ゆきえが喜ぶプレゼント探したいねんて。」
コバくんが泣きそうだ。
私はその泣きそうなコバくんを見てもなんとも思わない。
「いや、でもな、私がいらん言うてんねん。欲しいもんなんてないし、なんも喜ばへんよ。ごめんな。」
ほんとのことだった。
お客さんからのプレゼントやお花も、来てくれたことが嬉しかっただけでどのプレゼントにも心が動くことはなかった。
「…そうかぁ。ゆきえは欲しいもんないんかぁ。ほんまに?」
悲しそうなガッカリした顔。
打ちひしがれたような顔。
「うん。なんもないで。ほんまにない。」
欲しい物なんてなんにもない。
物があったって平安は訪れないんだから。
「…じゃあなんか食べたいものは?飲みたいお酒は?」
こっちの方がまだしっくりくる。
食べたら無くなるし、飲んだら無くなる。
「じゃあ美味しい物ご馳走してくれる?お酒もいいやつ飲みたいなぁ。」
ほんとはこれもどうでもいい。
だってどうせ太ることを気にして落ち着いて楽しめないんだから。
でもコバくんがちょっとかわいそうになり、そう答えただけだった。
「うん!ご馳走するする!なんでもする!ゆきえが喜ぶやつにする!」
無邪気で素直。
その素直さが眩しくもあり、痛くもあった。
「ありがとう。明日、楽しみやな。」
「うん!めっちゃ楽しみ!!」
25日の夜。
少しだけ気分を味わうために2人でワインを飲んだ。
明日の話しをしながら。
世間では楽しくクリスマスを過ごしている家族やカップルがたくさんいるんだろう。
でも私には無縁の世界だった。
プレゼントを渡し合ってケーキを食べて笑い合う。
部屋を飾り付けて乾杯をしあう。
綺麗にライトアップされた街を手をつないで歩く。
そんな日は私には永遠に訪れない気がする。
笑いながら明日の話しをコバくんとしている私の心はずっと固まっているようだった。
「あははは!」
私は私の笑い声を自分で聞いている。
何が楽しいの?
何で笑ってるの?
お酒を飲まずにいられない。
だって自分の声が聞こえてしまうから。
何が楽しいの?
貴女、なんで笑ってるの?
この声を消すために私はワインをガブガブ飲むんだ。
「明日、ほんまに楽しみやなー!」
思ってもいないことを口にしても大丈夫。
酔っぱらってるから。
ほら、もう声が聞こえなくなってきた。
「あはははは!」
ほら。
楽しくなってきた。
「もう一本飲む?」
私はその時間が終わるのが嫌でワインをもう一本開けるんだ。
そうしたら明日がほんとに楽しみなような気がしてくるから。
「ゆきえ。大好きやで。」
コバくんが私に向かってそう言った。
「私も大好きやでーー!!」
ほら、ほんとにそう思えてきたでしょ?
明日はコバくんとデートだ。
クリスマスを楽しむんだ。
頑張って。
つづく。
続きはこちら↓
はじめから読みたい方はこちら↓