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お客さんを無事に帰しフロントへ向かう。
…ふぅ…
あきらさんと杏理さん、なんか富永さんに言ってきたかなぁ…
なんとなく憂鬱な気分でフロント横のカーテンを開ける。
「おう。有里。おつかれさん。」
富永さんがいつもと変わらない様子で声をかけてくれた。
「お疲れさまです。…なんか言ってきましたか?」
ドキドキしながら聞いてみる。
「おう。杏理がな。言うて来たわ。」
杏理さんが?!
「え?!なんて?」
「うん。さっき有里といざこざしてしまったって自分から報告してきたわ。そんであきらがまだ怒ってるって。もう帰る言うてるって言ってきてな。」
「え?!あきらさんが?もう帰るって?」
なんだそれ。
もう帰るってなんだよ。
「おう。だからさっきあきらを呼んで話したわ。」
「で?!どうなりました?」
「まぁなんとか話して帰らんと仕事しとるわ。」
はぁ~…
よかった…
「有里が言うてくれたお陰であきらともちゃんと話せたしよかったわ。わしが腹割って話そうやないかって言うたんや。」
それに対してあきらさんは泣きながら自分の気持ちを話したらしい。
なかなかお店になじめないと感じていて不安だということ。
乙葉さんや理奈さんに比べて指名が続かなくて焦っていること。
その事を富永さんが冷たくて相談できないと感じていること。
そして「有里ちゃんを怒らせてしまった」と大泣きしていたらしい。
「…なんなの?それ。」
私はあきらさんの泣きながら話した内容を聞いて正直ドン引きしていた。
あきらさんの不安な気持ちや焦りがあの悪口を言わせてたってこと?
杏理さんを巻き込んで?
「不安だったってことですよね?ただ不安だったってことでしょ?」
私は怒りをあらわにしながら富永さんに聞いた。
「そうやな。そう感じさせてしまったのはわしの責任じゃ。店長として間違った態度をとってしまったってことやな。」
富永さんが「うんうん」と頷きながら反省をしている。
いやいやいやいや…
そういうことなの?
「いや…そうかもしれないけど、いや、そうなのかもしれないけど…。いや、でもなんかおかしいでしょ?!不安なら不安だって言えばいいやんか!なんで?!なんで悪口になる?!それに杏理さんを巻き込んで!!自分の不安をまき散らしてるだけやんか!おかしいやろ?そんなんおかしいやんか。なんで悪口とかになるん?結局泣くんやんか。私を怒らせてしまったて泣いてたんやろ?はぁ?!おかしいやろ?!」
あまりにも理解できずに泣けてきた。
ただ不安な気持ちがなんで悪口になるのか。
なぜ素直に言わないのか。
そしてなぜその不安を違うカタチに変えてまき散らすのか。
「まぁ有里。そう言うなって。あきらは弱いやつなんや。頭も有里みたいに良くないしな。あきらみたいになってしまう娘ぉはたくさんおるで。生い立ちとかも関係してると思うしな。」
富永さんが憤慨する私をなだめるように話す。
弱い?
あきらさんが?
じゃ私は強いっていうの?
頭が良い?
この私が?
違う。
そんなんじゃない。
なんで?
なんでそうなっちゃうの?
自分の気持ちでしょ?
不安が悪口になっちゃうのはおかしなことでしょ?
そもそも富永さんにすり寄っていったのだって不安だったからなんでしょ?
なんで素直に言わない?
「うぅ…わかりません…私にはわかりません…」
こみ上げる涙を手の甲でぬぐう。
「おう。有里は素直な奴やな。そこが良い所やな。まぁ泣くな。人間ってのはいろんなタイプがあるんや。まぁ許したってや。」
涙をぐいぐいぬぐっている私の頭をポンポンと優しく叩く富永さん。
私は完全に子供だ。
「…悪口言われてたの知ってるんですか?それはどう思ってるんですか?」
言葉に詰まりながら聞く私。
「ん?知っとるよ。そりゃ気分悪いわ。なんでお前に言われなきゃならんのや!と思うとるよ。でもあれや。そう言わせてしまったのもわしやからな。それに店にとってはいてもらわな困る奴やろ。せっかくここで働こうと思ってくれたんやしな。少しでも稼いでもらわなな。」
うぅ…
富永さんは大人だ…
そして優しい。
「…優しいんですね…」
「ん?わしは優しくないで。女の子に稼いでもらわなわしの給料出ないやろ?それだけや。」
…嘘だ。
それだけなはずない。
「控室戻ったらなんか言われると思うけどな。素直に聞いたってくれや。あきらも杏理も反省しとったで。な?」
「…はい…わかりました…」
「まぁ鼻でもかんでいけや。」
富永さんは私の頭をもう一度ポンポンと優しく叩いてティッシュを差し出した。
「うぅ…はい…」
私は子供のようにチーン!と鼻をかんだ。
「有里。がんばれ。」
富永さんが小さな声でそう言った。
「…あい…がむばりまず…」
泣き顔で鼻詰まりの私。
「わははは。すごい顔しとるで。この顔見たらお客さんもびっくりするわ!顔洗って化粧しなおしたほうがええわ!わははは。」
「…えへ…えへへへ…あい。顔洗ってぎばず…」
「おう。この後1時間後に予約入ってるからよろしくな。」
「あい。わがりばじた。」
「わははは。」
「えへへへ…」
泣き顔のまま個室に戻り片づける。
私は一旦服を全部脱いで熱いシャワーを浴びた。
泣いてすっきりはしたけどやっぱり私には理解できない。
不安から悪口…
まき散らす…
人を巻き込む…
素直に言えない…
どうしてそうなるんだろう…
あきらさんを許せないとかそういうことじゃなくて、どういう心の動きでそうなるのか私にはわからなかった。
熱いシャワーを浴びても泣き顔はあまり変わらなかった。
控室に行くの、緊張するな…
ドキドキしながら控室のドアを開ける。
「上がりましたー!」
なるべく元気に挨拶の声をかける。
…あれ?
緊張して入ってきたのに控室には誰もいなかった。
みんなお客さんに入っていた。
なんだ…
緊張して損したな…
まぁなるようになるか。
そんなことを思っていると理奈さんが控室に戻ってきた。
「上がりましたー。あ、有里ちゃん。お疲れー」
「お疲れさまでしたー!」
理奈さんの顔を見てホッとする。
「有里ちゃん、さっきすごかったなぁ。」
理奈さんが笑いながら私に言った。
「え?すごかった?」
「うん。私、あんな風に言えないから。有里ちゃんかっこよかったで。スカッとしたわ。」
「ほんま?ちょっと言い過ぎたかと思ったんやけど…」
「そんなことないで。冷静やったし言うてることもおの通りやったしな。よぉ言ったな。すごいわ。」
…理奈さんがそう言ってくれてよかった…
それから閉店までバタバタと忙しく、控室であきらさんと杏理さんと一緒になることがなかった。
閉店時間。
私は閉店ギリギリまでお客さんについていた。
控室にもどったのはちょうど12時。
控室のスピーカーから「お疲れさまでした」の声が聞こえてきた時だった。
「お疲れさまー!」
「お疲れさまでしたー!」
理奈さんと杏理さんとあきらさんがいそいそと控室の掃除を始めていた。
乙葉さんはまだお客さんについていて、終わるのが夜中の1時だと言っていた。
(ほんとは営業時間外だから違法になっちゃうんだけど…)
「お疲れさまー…」
私は小さい声でそう言いながら掃除の中に入っていった。
タオルを濡らしてテーブルを拭こうとしていた時、掃除機を片手に持った杏理さんが私に声をかけた。
「有里ちゃん。さっきはごめんやで。悪かったわ。有里ちゃんの言う通りやと思ったわ。ごめんな。」
いつものサバサバした口調のまま、杏理さんはすまなそうに私に頭を下げた。
「あ…いや。私も感情的になってしまってごめんなさい。」
「いや、有里ちゃんは謝らんでいい。許してや。」
「うん。もちろんですよ。言うてくれてありがとう。」
私は杏理さんに「ごめんなさい」と「ありがとう」を言った。
ほんとにそう思ったから。
その時、少し遠くにいたあきらさんが私に近づいてきた。
「あの…有里ちゃん…さっきはごめんやで。」
目を泳がせながらどぎまぎと謝るあきらさん。
…ほんとだ…ほんとに不安なんだ…
私はあきらさんのその姿を見て納得した。
「いや…ええですよ。こっちもちょっときつい言い方してしまってすいません。」
あきらさんにも「すいません」が言えた。
次の瞬間。
「いや、でもな、私が言いたかったことはな…」
あきらさんが言い訳を始めた。
…だめだ…こいつだめだ…
私はあきらさんの指名が続かない理由がわかった気がした。
こんな女とお金を払ってまで過ごしたくない。
「もうええやんか。その話しはもうええやろ?」
言い訳を始めたあきらさんを杏理さんが制する。
「え?!でもな、私がいいたかったことはな…」
あきらさんが食い下がる。
「もうええから掃除しよ。帰りに話し聞くから。」
杏理さんが再度制した。
「…うん。わかった…。でもな、有里ちゃん。これだけは言わせてや!理奈さんと有里ちゃんは特別扱い受けてると思うで!だからこの店を良いと思ってるんやで!そうやない私みたいなのもおるんやで!わかった?」
…チーン…
「なんでそんなん言うん?もうええやんか。」
杏理さんがあきれている。
「だってあんたかてそう言うてたやろ?そうやなって言うてたやん!」
あきらさんがしつこく食い下がる。
「もうやめてや。もうええやろ?!ごめん。有里ちゃん。」
杏理さんが情けない顔で謝る。
「…もうええわ。もうやめよう。掃除して帰ろうよ。」
「そうやな。掃除して帰ろ。な?」
私と理奈さんはなにも言い返さず、2人に掃除をしようと促した。
「うん…」
杏理さんが気まずそうに頷く。
「…そうやな…」
あきらさんが呟く。
居心地の悪い雰囲気の中控室の掃除を済ませ、それぞれ個室の掃除に入る。
「はぁ…」
溜息をつきながら個室の掃除をしていると『コンコン』とドアをノックする音が聞こえた。
「はい?どうぞ。」
ガチャと音を立ててドアが開く。
扉の隙間から笑っている理奈さんの顔が見えた。
「入っていい?」
いつも通りの笑顔。
この人はすごい。
「もちろん。どないしたん?」
来てくれて嬉しいくせに「どないしたん?」と聞いてしまう私。
「さっきのやつ…有里ちゃん気にしてるんやないかと思ってな。そうやろ?」
床にペタンと座りながら理奈さんがそう言った。
「…バレバレやな。あれ…なんやったん?」
「あきらちゃんなぁ。ほんまにビビりなんやと思うわ。誰かに文句言うてなきゃいられへんのやなぁ。そういう娘なんや。そやからあんまり気にせんでええと思うで。な?」
「そう…なんやなぁ…。でもな、それってすごく淋しいことなんちゃうかなぁと思ってしまってな。」
「そやなぁ。でも有里ちゃんが深く考えることやないやんか。」
「…うん…」
理奈さんは私を心配してそう言ってくれる。
その通りだ。
私が深く考えたって何が変わるわけじゃない。
気にせず流せばいいことなんだろう。
でも…
人ってなんでそうなってしまうんだろう?と考えずにはいられない。
答えなんか出ないのに。
「ちょっと飲んで行く?」
理奈さんが笑いながら私に言った。
コバくんが待ってる…けど…
「うん。飲んで行く!」
そう答えている私がいた。
つづく。
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