私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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夜中12時。

 

控室のスピーカーから「お疲れさまでした。」の声が聞こえた。

 

「お疲れー。」

「はーい!」

「お疲れさまです。」

 

三人で答えてからサッと立ち上がり、手早く控室の掃除をする。

 

「有里ちゃんはこれやってくれる?」

「有里ちゃん、こっちはこうやんねんで。」

 

杏理さんもまどかさんも親切に掃除の仕方を教えてくれた。

 

私は掃除の仕方も一回で覚えてしまおうと集中した。

 

「はぁー。お疲れさまでしたー。」

 

控室の掃除を終えた杏理さんがさっさと個室に上がって行った。

 

「おつかれー。」

 

まどかさんも自分のバッグをサッととって、二階へと上がって行った。

 

 

「お疲れさまです!」

 

二人にそう答えてから私は掃除機を片づけ、疲れた体を引きずるように二階へと上がった。

 

 

「はぁ…。疲れた…。」

 

 

個室のベッドに腰かけ、小さな溜息とともに独り言を言った。

 

 

シャトークイーンでの初日が終わろうとしている。

今日は結局3人のお客さんについた。

みんな常連さんで優しい人ばかりだった。

私の椅子洗いやマットがたどたどしくても、笑いながら「可愛いなぁ」と言って許してくれるような人たちだった。

それはとてもありがたくて素直に甘えてしまったけれど、私はまったく納得してなかった。

会話だってお客さんのリードがあったから成立したようなもんだ。

 

私は結局ソープ嬢としてできたことなんて一つもないことに気付く。

 

「SEXしただけじゃん…」

 

お客さんが喜んだのは私がちょっとだけ若くて、お店に入店したてだったからだ。

その「ちょっと初々しい」感じの女の子がもの珍しかっただけだ。

 

…私の“売り”ってなんだろう…?

 

私は「はぁ…」とため息をついて自分が『何も出来ない』ことを存分に思い知る。

 

「よいしょっと…」

 

私は立ち上がり個室の掃除を始めた。

 

今日使ったマットをスポンジで洗いながらシャワーで流す。

私は洗いながら「マットうまくなりたい、マットうまくなりたい…」とブツブツと言っていた。

 

スケベ椅子を洗い流しながら頭の中で「椅子洗い」のカラダの使い方をぐるぐるとイメージした。

「うまくなりたい、うまくなりたい…」

またブツブツと繰り返す。

 

掃除が終わり、身支度を整えながらなんだか涙が出てきた。

 

「私…何にもできないじゃん…」

 

個室の籐製のハンガーラックの引き出しにしまってあった今日稼いだお金をジッと見る。

 

 

 8万4千円。

 

 

このお金は私は何をやってもらったのだろう?

 

 

「このまま帰りたくない…」

 

 

涙をグッと拭いて、私は飲みに行くことを決めた。

「ふく田」に行こうと思った。

 

 

 

「有里!お疲れさーん。」

 

一回に降りると富永さんが声をかけてきた。

 

「あ、お疲れさまです。」

 

富永さんの顔を見ると何故かホッとする。

 

「今日は疲れたやろ?どやった?」

 

富永さんは細い目をますます細くして聞いてきた。

 

「いやぁ…なんか…ダメでしたね…ははは。」

 

私は泣きそうになるのをこらえて作り笑いで答えた。

 

「そんなことないやろー?お客さんを駅まで送って行った時すごく喜んでたでー。

有里のこと指名するって言ってた人もおったで。」

 

「え?…まぁ…ありがたいですねぇ。ははは。」

 

嬉しい気持ちもあるけど素直に喜べない。

 

「まぁ初日やし。焦らんとな。もう帰るんか?送って行こうか?」

 

富永さんは優しい。

その優しさに泣きそうになる。

 

「いや…『ふく田』に行こうかと思ってるんですよ。」

 

なんとか笑いながら答える。

 

「お?そうか。一人か?」

 

「はい。一人です。初めて一人で行きますよー。えへへ。」

 

「そうか。」

 

「富永さん後で来ますよね?」

 

「おう。あそこが家やからな。よかったら後で飲もうか?」

 

「はい。先行ってます。」

 

「おう。後でな。」

 

富永さんは嬉しそうに笑いながら片手を上げてお客さんの待合室に消えて行った。

 

私はこの後富永さんと飲めることに嬉しくなり、いそいそと控室に行ってタクシーを呼んだ。

 

 

クネクネとした坂を登ると『ふく田』の品の良い小さな看板が見えてきた。

 

 

久しぶりだな…

 

原さんと一緒に飲んだことが思い出される。

原さんがここに私を連れてきてくれたお陰でシャトークイーンに入ることができたんだ。

 

木の格子戸をカラカラと開けると、そこには相変わらずの居心地の良い空間があった。

 

「いらっしゃい。あれ?有里ちゃん?有里ちゃんやないのー!」

 

店長さんが私の顔を見てすぐに名前を呼んだ。

まだ二回くらいしか来てないのに名前を覚えてくれていたことが嬉しかった。

 

「よぉ来てくれたねぇ。一人?」

 

店長さんは優しいゆっくりとした口調で私に話しかける。

もうそれだけで今日の落ち込みがどうにかなりそうな気がしてくる。

 

「はい。カウンターいいですか?」

 

私はいつも富永さんが座る定位置の一番右端を空けて、その隣を指した。

 

「富さんと待ち合わせ?」

 

ニコニコと店長さんが聞いてくる。

 

「待ち合わせというか、私が勝手に待ってるというか…ははは。」

 

「そう。座って座って。」

 

お店にはまだ誰もいなかった。

 

「お飲み物は?どうする?」

 

私はビールを頼み、メニューをもらった。

お刺身の欄に『よこわ』と書いてあった。

 

 

よこわ?よこわってなんだろう?

 

ビールを持ってきてくれた店長さんに「よこわってなんですか?」と聞いてみた。

 

「よこわね。マグロの赤ちゃんの呼び名なんですよ。脂がちょっと乗っててね、美味しいよ。」

 

私はその『よこわ』というものを注文した。

 

「はいはーい。よこわねー!」

 

店長さんが奥の厨房に向かって注文を伝えた。

 

「はーい。」

 

奥から男性の声で返事が聞こえた。

 

板前さんが奥にいるんだな…

 

「有里ちゃんのお顔はゆで卵みたいやなぁ。つやっつややないの。」

 

店長さんが私の顔を見てニコニコとそう言った。

 

「え?テカってるだけですよ。恥ずかしいー。」

 

私は仕事終わりで顔がテカってるのかと思い、恥ずかしくなった。

 

「いやいや。ちがうよー。ほんまに有里ちゃんのお顔は観音様みたいやなぁ。拝みたくなるわー。」

 

 

でた。

店長さんの「観音様みたいやなー」を聞くのも久しぶりでなんだかむずがゆい。

 

「えー?そうですか?なんか恥ずかしいなぁ…」

 

「拝んどこ。」

 

店長さんは私に向かって手を合わせた。

 

「ちょっと!やめて下さいよー。あははは!」

 

さっきまでの落ち込みが嘘のようだ。

店長さんはやっぱりすごい。

 

「美咲ちゃんは?どうしてるん?」

 

店長さんが原さんのことを聞いてきた。

 

「いや…わからないです。札幌に帰るとしか聞いてないですし、その後連絡とってませんから…。幸せにしてるといいんですけどねぇ。」

 

「そやねぇ。はい!よこわ!」

 

しんみりとしそうになった私の前に、綺麗な薄いピンク色のつやつやな『よこわ』の刺身が置かれた。

 

「わぁ!きれーい!」

 

お醤油にちょっとつけるとぱぁ-っと薄く油の膜が広がった。

初めて食べる『よこわ』のお刺身はすこぶる美味しかった。

 

「美味しいー!」

 

ほんとに美味しくて思わず口にしてしまう。

 

「よかった!他は?なんか作ろうか?」

 

店長さんがニコニコと聞いてくる。

私は魅力的なメニューの中から、店長さんおすすめのスナップえんどうの炒め物と揚げ出し豆腐を頼んだ。

 

「はーい。じゃ、ちょっと待っててねー。」

 

そう言いながら店長さんが厨房に入った。

その時、入口の格子戸が開く音がした。

 

「お疲れー。」

 

振り向くと冨永さんが大きなお腹をゆさゆさしながら入ってきたとこだった。

 

「お疲れさまです。」

 

私はぺこりと頭を下げ、「先に飲んでます。」と言った。

 

「おー。『よこわ』か?美味いやろ?」

 

富永さんは「よっこらしょっと」と言いながらカウンターの定位置に座った。

 

「お?富さん。お帰り。ビール?」

 

店長さんが厨房から顔を出して聞く。

 

「うん。ビールで。」

 

「はいよ。」

 

そのやりとりはもはや“家族”のようでなんだかうらやましくなった。

 

「有里。今日はあんまりつけてやれなくてすまんかったなぁ。ほんとはもっとつけてやりたかったんやけどな。わしの力不足やな。すまんのぉ。」

 

富永さんはおしぼりで豪快に顔を拭きながら、チラッとこっちを見て申し訳なさそうにそう言った。

 

 

え?

もっとつけてやりたかった?

自分の力不足?

私…富永さんに謝られてる…?

 

私は富永さんの突然の言葉に驚いていた。

謝るべきは私のほうなのに(まるで力不足なのは私の方だ)、富永さんが謝ってきている。

 

「え?なに言ってるんですか?3本もついたやないですか。」

 

私のその返事に富永さんは少し下を向いて「うん。そうか?」と答えた。

 

「まぁ乾杯でもするか。のぉ?」

 

運ばれてきたキンキンに冷えたジョッキを掲げて富永さんが言った。

 

「はい。」

 

「うん。乾杯。有里、よぉきてくれたな。よろしくな。」

 

「乾杯。こちらこそよろしくお願いします。」

 

 

富永さんはお酒が進むにつれて饒舌になっていった。

私はそのころ合いを見計らってクマさんのことを聞いてみた。

 

 

「富永さん。クマさんって…社長なんですよね?」

 

そんな言葉から始まった私の質問にたいして、富永さんはたくさんの話を聞かせてくれた。

 

 

「ははは!クマさんなぁ。おもろいやろぉ?あのおっさんはな…」

 

 

 

つづく。

 

 

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83 - 私のコト

 

 

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