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「クマさんなぁ。はははは!あのおっさん、おもろいやろ?研修どやった?」
富永さんは「あはは」と笑いながらクマさんのことを話す。
社長…ですよね…?
「研修ですか?なんか…すごかったですよ。すごいことをたくさん教えてもらいましたよ!」
私は今日習ったことを頭の中でくるくると思い出しながら言った。
「おーそうか。そりゃよかったな。あのおっさん、真面目は真面目やからなぁ。わははは。」
富永さんはなんとなくバカにしたような笑い方をしていた。
「クマさんは…何者なんですか?」
私はそのバカにしたような笑いと控室での女の子たちからの扱いが、社長へのそれではないなぁと感じていた。
「クマさんか。あれはな、仮の社長の役目をかって出てるんや。」
え?!
仮の社長…?
「…どういうことですか?なんで仮?」
「もともとは姉妹店のボーイをしてたんや。もう何年も、いや何十年もやで。雄琴村が大繁盛の時からいるんちゃうかな。」
「はぁ…。そんなに長く…。」
「おう。まだ明け方まで営業してたころからやろなぁ。それでな、ほんとの社長がおんねんけどな、その社長がクマさんに『仮の社長』をやってくれないか?と頼んだってわけや。」
「ほんとの社長はいつもどこにいるんですか?」
「東京にも姉妹店があるんやけどな、いつもはそっちにおるんや。」
「東京?ってどこですか?」
「川崎やで。」
んー…
川崎は神奈川県だ…
関西圏の方、とりわけ滋賀県の人たちは神奈川のことも『東京』と言う。
こないだはお客さんと「横浜に行って…」なんていう会話をしていたら
「あー東京ね」と返されたくらいだ。
最初の頃はそれにすごく違和感を感じたけれど、最近はあまり気にならなくなってきた。
東京も神奈川もまぁ同じでいいか。
「いつもこっちにいないから『仮の社長』をたてたってことですか?」
「んー。まぁそういう言い方もあるけどな。ほんまはそうやないんや。きっと川崎にも『仮の社長』がおると思うで。」
「え?じゃあなんで…」
「警察に捕まるようなことがあった時のためや。」
え?
富永さんの口から思いもよらない言葉が出てきた。
「え…?意味がわかりませんけど…」
頭がついていかない。
警察に捕まる様なことがあった時の為…?
どういうことだ…?
「例えば薬やってるような子が店にいたり、実は未成年の子だったなんてことがあったら捕まるかもしれへんやろ?そんなときに自ら出て行って捕まる役目なんよ。」
えぇっ?!
「なんですか?!それ?!」
「クマさんは経験も長いし、新人の研修もできる。でも店長にはなられへんのや。わかるやろ?店長はできんじゃろ。だから『仮の社長』なんやな。」
「え?え?え?…でも…クマさんはそれをいつも覚悟しているってことですか?」
「んー、覚悟いうてもなぁ。そんなことなかなかないことやし、その役目を背負うってことで結構な金もらってるんやで。あの人はそんな『覚悟』なんてそんなんないやろー。わははは。」
えー…えー…えー…
でもでもでも…
もしそんなことがあったら捕まっちゃうのはクマさんなんだ…
「まぁ死ぬまでそんなことないかもしれへんことやから。いい金もらって毎日ブラブラしてるんやからええんじゃ。クマさんは。」
富永さんはゆっくりと酒を飲みながらニヤリとした顔でそう言った。
「じゃあ…毎日特にやることないってことですか?」
「まぁそうやな。だからうちの控室でゴロゴロしてるやろ?暇なんやな。」
「でもでも、研修ほんとにすごかったですよ!あんなにすごいことできるのに…」
「まぁな。だからクマさんがいないのも困るんや。たまには役にたつんや。わははは。」
ショックだった。
そんなことがあるなんて、ほんとにショックだった。
いつくるかわからない警察の為に身代わりを立てておくなんて。
そして捕まる要員にクマさんを使うなんて。
「はぁ…。」
思わずため息が出る。
「なんや有里?ショックやったか?」
富永さんが私の方をチラッと見て聞いた。
「…はぁ。なんかびっくりしちゃって。…まぁ雄琴に来てからびっくりすることだらけなんですけどね。ははは…。」
「そうか。まぁそうやろな。でもクマさんのことは毎日顔合わせてたらなんともなくなるで。いつもフラフラしとるだけやから。ははは。」
そう…なのかなぁ…
「そういえば…富永さんはなんでここの二階に住んでるんですか?女将さんとご親戚とかなんですか?それともここが下宿とかになってるんですか?」
富永さんは『ふく田』の二階に住んでいる。
そのことがなんとなく疑問だった。
「お?今度はわしの話か?長くなるでぇ。ええんか?はははは。」
富永さんは話すのが大好きな人だ。
話し出したら止まらない。
ニヤリと笑いながらまんざらでもない様子で富永さんは長い語りに入った。
ここにも一つのあらがえないような物語があった。
つづく。
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