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泣きながらお酒を飲んだ。
観るつもりのないテレビをつけ、わずかなアテをつまみながらお酒を飲んだ。
「花」の個室に置いておいたほとんど減っていないウイスキー。
それを氷を入れたコップになみなみと注いで飲む。
酔いがまわってくるとますます泣けてくる。
私は酔っぱらいながらノートを取り出した。
ボールペンで書きなぐる。
自分の気持ちを書きなぐる。
文字になっていないような文字で狂ったように書きなぐる。
私に生きてる価値なんてあるんだろうか。
親不孝者で裏切者で薄情者の私は消えてなくなった方がいいんじゃないか。
生きてるってなに?
どうして生きてるの?
早く死にたい。
私は私が嫌いだ。
私を指名してきたお客さんは私なんかのどこがいいんだ?
今度の店に行ったっってうまくいきっこない。
きっと私はまた逃げ出すんだ。
私は最低の人間だ。…
気付くとノートはぐちゃぐちゃの文字で真っ黒になっていた。
涙が止まらない。
私は私が大嫌いだ。
こんな私を本気で好きになる人なんかいるわけがない。
泣きながらノートに顔を突っ伏した。
ゴロンと床に寝そべり、泣き続けた私はいつの間にかそのまま寝てしまっていた。
朝、身体の痛みで目が覚める。
のそのそとベッドに移動し、布団にくるまり再び寝た。
起きたのは昼過ぎだった。
飲み過ぎて頭が痛い。
猛烈に喉が渇く。
水をがぶ飲みすると気持ち悪くなってトイレに向かった。
昨日は少しのつまみで飲んでたから吐くものが胃の中にない。
今飲んだ水と胃液だけを絞り出すように吐き出す。
涙とよだれと鼻水で顔がぐちゃぐちゃになった。
「…はぁはぁ…最低だな…はぁはぁ…」
ぐちゃぐちゃの顔をトイレットペーパーでぐいぐい拭きながらトイレに座り込んで呟いた。
私は汚くて最低な女だ。
口と顔を洗い、リビングへ戻る。
さっき全部を吐き出してしまったから、また水が飲みたくなる。
がぶ飲みしたくなる衝動を抑え、今度はゆっくりと水を口に含み、少しずつ飲み込んだ。
ソファーに倒れこみ、特に観たいとも思っていないテレビをつける。
気持ち悪い。
頭が痛い。
身体がだるい。
そして…
…すごく孤独だ。
しばらくボーっとテレビを観ていた。
私は急に思い立って携帯電話を持った。
「…電話しよう…」
私は携帯の電話帳に登録してある番号を探した。
「…あ、あった。」
ドキドキしながら呼び出し音を聞く。
しばらく待つと落ち着いた男性の声が向こうから聞こえてきた。
「はい。お電話ありがとうございます。シャトークイーンです。」
私は孤独感や虚無感に耐えられず、昨日「花」を辞めたばかりなのに早速シャトークイーンにTELをしていた。
「あ、あの、有里と申しますが…あの、富永さんの…」
なんて言うかなんて全く考えもせずTELをしていた私は、恥ずかしいくらいしどろもどろになっていた。
「あぁ!聞いてますよ。有里さんですね?連絡ありがとうございます。高橋と申します。前のお店は辞められましたか?」
落ち着いた丁寧な対応に私は安堵した。
「あ、はい。…昨日…辞めてきました。」
「え?!昨日?辞めてすぐに連絡下さったんですねぇ。なるべく早く勤務したいと思ってますか?」
昨日辞めて今日すぐに連絡するって…
どれだけお金に困ってるんだと思われるよねぇ…
そういう訳じゃないんだけど…
「えと、そちらではいつからが都合がよろしいですか?」
「え?えーと…なるべく早い方がいいんですよぉ。一度面接にいらしてくださいませんか?明日は?いかがですか?」
シャトークイーンは女の子が足りていないと聞いていた。
むこうも早く勤務してもらいたい様子だった。
あ、明日…は小林さんが来る日だ。
でも来るのは夜だし…
あーでもお料理に時間かけたいし…
どうしようかなぁ…
「…はい。明日伺います。何時に伺えばよろしいですか?」
なるべく早く自分の落ち着き先を決めたかった。
富永さんが言ってくれてるとはいえ、絶対にお店に入れるとは限らない。
そして小林さんが来るのは夜だ。
それまでの時間、何も予定がないのは時間を持て余しそうだった。
「では午後1時にいらしてください。タクシーでいらっしゃいますよね?お店の駐車場に入ってしまって構いませんから。」
「はい。わかりました。…あの…どこから入ったら…」
「あ、お店の入口から入って来て構いませんよ。大丈夫です。」
お店には必ず裏口がある。
女の子たちはその裏口から出入りするので一応聞いてみた。
「では明日。簡単な面接だけですから、そんなに時間はかからないと思います。
お待ちしてます。」
「はい。よろしくお願いします。」
電話を切り、溜息をついた。
「…ふぅ~…」
明日の予定が2つできた。
「花」を辞めてしまって何も確定したものがないということに不安を覚えた。
これで明日の面接を無事に終えればなんとか私の居場所ができるかもしれない。
少し安心したけどまだ頭は痛いし吐き気もする。
「あー…もぅ~…」
ソファーにバタンと倒れこみ、右腕を目の上に乗せた。
その時。
携帯電話が鳴った。
見たことない番号だった。
「はい?もしもし?」
「有里か?富永です。」
電話の相手は富永さんだった。
そいえばTEL番号を教えていた。
「あ、富永さん!今お店にTELいれたんですよ。」
「おー。そうやってなぁー。無事に「花」は辞められたか?大丈夫やったか?」
富永さんのゆっくりとした口調が私をますます安心させた。
「はい。まぁ…なんとか…あはは…」
「よぉ言えたなぁ。明日面接やって?」
「あ、はい。」
「勤務する曜日やら時間やらを決めるだけのもんやから、心配せんでも大丈夫やからな。」
よかった。
面接で落とされたらどうしようかと若干思ってたところだった。
「ところで…」
「はい?」
「今日は何かあるんか?」
「え?今日ですか?特に何もないですけど…」
「わし早上がりなんや。夜どっかで飲まへんか?これからのこと話したいしな。」
富永さんから飲みの誘いを受けた。
昨日飲み過ぎて気持ち悪いけど…
これは行った方がいいだろう。
「あ、はい。わかりました。どこに行けばいいですか?」
「ふく田やと誰かに見つかるかもしれんからなぁ。20時に堅田駅に来られるか?」
富永さんはあえて比叡山坂本駅ではなく堅田駅を待ち合わせに選んだ。
比叡山坂本駅にはお客さんの送迎のため、雄琴村のお店の車がたくさん並んでいることが多いからだ。
思いがけず今日の予定も決まってしまった。
富永さんと二人で飲むのは初めてだ。
これで一人の夜を過ごさなくてすむ。
「これからのこと」を話せるのが嬉しい。
私は頭の痛みと吐き気を感じながらも、夜の時間を楽しみにし始めていた。
「じゃ、20時に堅田で。」
TELを切る。
今度は溜息が出なかった。
人と待ち合わせをするということが久しぶりなことに気付く。
原さんと美紀さんと出かけた時以来だった。
私は…友達もいない。
彼氏もいない。
家族も…捨ててきたようなもんだ。
K氏からも逃げだし、「花」も辞めた。
私が今ここで死んでも、きっと誰も心からは悲しまないんだろうなぁ…
親や姉兄だって、私のことを軽蔑するに決まってる。
こんな娘、妹なんか、いなくなったってせいせいするだけだろう。
そんなことをぐるぐると考える。
そんな私だから、だからこそ…
決めたことはやろう。
お金だけは返そう。
それだけが今、私が生きてる意味だと思うから。
いつの間にか私はまたソファーで眠りについていた。
つづく。
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