私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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20時。

堅田駅の前で富永さんを待つ。

ぱらぱらと数人の人が行きかう堅田駅は少し淋しい雰囲気だ。

数台の列になって待っているタクシーの外で、何人かの運転手さんがタバコを吸いながら雑談をしている。

私は誰か雄琴村の人に会ってしまわないかとハラハラしながら富永さんを待った。

 

「有里ー。ごめんごめん。」

 

一台のタクシーが目の前に止まる。

窓を開けて富永さんが声をかけてきた。

 

「あ、お疲れさまです。」

 

窓越しに挨拶をすると富永さんは「乗って乗って!」と言いながらタクシーの運転手さんにドアを開けさせた。

 

「待ったか?すまんのぉ。」

 

富永さんは少しゆっくりとした岡山弁で私に謝った。

 

「いえ、大丈夫です。知り合いに会わないかドキドキしましたけど。あはは。」

 

「そうか。会わんかったか?」

 

富永さんは私の方を少し首をかしげながら向いた。

お腹がでっぷりと出た角刈りのおじさんが首をかしげる姿が可愛らしかった。

 

「はい。大丈夫でした!」

 

富永さんはニコッと笑って「うんうん」と頷いた。

 

「呼び出して悪かったなぁ。ちょっと話しておきたいことがあってなぁ。」

 

富永さんは前を向きながら真剣な顔で私に言った。

 

「いえいえ。富永さんと飲めるの嬉しいですよ!お店のこともいろいろ聞いてみたいですし。」

 

「そうか。うん。」

 

話しておきたいこと…ってなんだろう?

私は少しだけ緊張していた。

 

5分ほど走ったところにある居酒屋の前でタクシーが止まった。

 

「ここなら多分誰にも会わずに話せると思うからな。」

 

青いのれんにガラガラと音を立てる引き戸。

「いらっしゃい!」と気持ちいい女性の声が迎えてくれた。

 

「二人なんやけど…奥ええですか?」

 

富永さんが奥の座敷を指差した。

 

「はーい!いいですよー!」

 

女将さんらしき人が大きなよく通る声で返事をした。

 

 

「じゃ、まぁ飲もうか。」

 

ほどなくして運ばれてきたビールのジョッキを手に持ち、富永さんが言った。

 

「はい。お疲れさまです。」

 

「うん。有里。『花』お疲れさま。」

 

二人でグビグビとビールを飲む。

昨日飲み過ぎていたはずなのにこの時間になるともうビールが美味しく感じる。

 

「んはぁーーっ!美味しいー!」

 

思わず口にする。

さっきまであんなにドロドロだった私。

さっきまで「死にたい」なんて思っていた私。

そんな私は今、富永さんの前で嬉しそうにビールを飲んでいる。

 

「うまそうに飲むなぁ。有里は酒がすきなんやなぁ。」

 

ニコニコしながら富永さんが私を見た。

 

「え?あー、あはは。そうですねぇ。好き…ですねぇ。」

 

「まぁ今日は飲もうや。無事に『花』を辞められたんやし。な?」

 

「あー…あはは…まぁそうですねぇ…。」

 

「ん?なんや?なんかあったんか?」

 

無事に辞められたのだろうか?

まぁ無事は無事だ。

でも…

これが良い辞め方だったのだろうか?

私はずっともやもやとしていた。

辞め方に良いも悪いもないのかもしれないし、こんな最悪な私が今更何を言ってるんだ?とも思うけど…

 

私は「花」を辞めた時のあれこれや、「花」でのエピソードを言ってもいい範囲で富永さんにとつとつと話した。

 

「広田さんに悪い事しちゃったなぁと思って…すごく良くしてくれたんですよ。なのに…」

 

富永さんは「うんうん」とずっと私の話を落ち着いて聞いてくれた。

私は富永さんに話しながら自分の気持ちを整理していた。

だんだんと落ち着いてくる。

 

「そうかぁ。有里は偉いなぁ。スレてないんやなぁ。」

 

偉い…?

スレてない…?

 

雄琴に来た時もそう言われたけど意味がわからなかった。

 

「偉いって…どこがですか?!」

 

私がびっくりして聞くと、富永さんは目を細めてニヤリと笑った。

 

「有里。この業界は飛ぶ娘がほとんどやでぇ。ちゃんと頭を下げて辞めていく娘なんてほとんどおらんで。たまにはおるけどな、そういう娘はやっぱりちゃんと指名をとる娘ぉやなぁ。そんなんほんのちょっとやで。ここはわやくちゃな世界やで。」

 

 

『わやくちゃな世界』ってめちゃくちゃっていう意味だよな…

確かに『花』もわやくちゃな世界だった。

 

「広田のおっさんもなぁ。ええ奴やけどなぁ。あれもいろいろある男やねんで。

雄琴村に長くおるけどなぁ。」

 

富永さんは広田さんのことを少しだけ教えてくれた。

すごく良い家の出だということ。

防衛大学を首席で卒業したこと。

若いころ事故で頭を強く打ってから記憶が飛ぶようになり、言語に少し弊害が出るようになったこと。

それが原因でエリート家族から追い出されるような形で家を出されたこと。

 

「…そうだったんですか…」

 

「そうや。結構記憶が飛ぶことが多くてなぁ。根が良いヤツやし頭もええんや。でもそういう弊害で店長を一人ではできないんや。だから田之倉がいつも近くにいるやろ?

あそこの社長は広田のおっさんを店長にしておきたいんやけどな、田之倉がやいやい言うてるらしいわ。」

 

そういえば言ったことを忘れてることがたくさんあった。

そしてそのフォローを佐々木さんや猿渡さんがしていたこともあった。

 

「広田のおっさんは有里が来て嬉しかったんやろうなぁ。でもまぁ多分有里が思ってるような男やないと思うで。よぉ外で喧嘩もしてるしな。すぐに手が出るんや。」

 

喧嘩?

広田さんが喧嘩?

そんな感じには全くみえなかった。

いつも温厚だった。

たまに忙しい時にすごく焦ってイライラしてる時もあったけど、広田さんが手を出すようには見えなかった。

 

「あ、あと麗って娘おったやろ?」

 

麗さんのことはあえて私からは話していなかった。

話してはいけないことだと思ったから。

なのに富永さんの口から麗さんの名前が出たことに驚いた。

 

「…はい。あぁ…いましたね。」

 

私の様子を見て富永さんは「うんうん」と頷いた。

 

「あれはヤバいやろ。ヤバいバックがついてるんや。」

 

「え?!ヤバいバック?どういうことですか?!」

 

眉間にシワを寄せて富永さんに詰め寄る。

麗さんにヤバいバック…

 

「結構大きな組織の“コレ”の男やな。スカウトマンとしても雄琴内では有名な奴や。」

 

富永さんはほっぺに人差し指で傷をつくる真似をしながら“コレ”と言った。

 

「スカウトマン…?雄琴で有名って…どいうことですか?」

 

「おぉ。そうか。」

 

富永さんは「スカウトマン」について教えてくれた。

 

雄琴内で何人か有名なスカウトマンっていうのがおるんよ。まぁだいたいただのスケコマシやけどな。」

 

スケコマシ…って…

久しぶりに聞いたけど、なんだかぴったりと当てはまる言葉だなぁと思いながら聞いていた。

 

「“コレ”も多いな。女に稼いでもらうっていうのはこの世界では昔からの定番や。

今はスカウトマンは沖縄に出向くことが多いって聞いたわ。沖縄の娘は顔立ちもはっきりしてる子が多いし目立つしな。それに仕事もないし、それに…」

 

富永さんは私の方をチラッとみてから

 

「スレてない子が多いんや。」

 

と言った。

 

 

「え?!私にはいませんよ!ついてる男の人いませんよ!」

 

私は慌てて富永さんに言った。

 

「わかってるわ。“コレ”がついとったらこうやって飲みに来んわ。でもな、有里。気ぃつけなあかん。いつもウロウロおるんやからな」

 

富永さんはスカウトマンの話を続けた。

 

 

「田舎の娘を狙う言うとったわ。素直で信じやすい言うてな。最初はええこと言うんやで。楽でいっぱい稼げる仕事があるって。一緒に幸せになろうとか、俺を助けてくれとか、お父さんとお母さんを楽させてあげようとか、ほんの少しの間やとか…

まぁいろいろ言うわな。男の方も自分の生活がかかってるんやからなぁ。

そこにほだされたらもうアウトや。」

 

麗さんもそんなことを言われたんだろうと思うと胸が痛くなった。

何も知らない無垢な麗さんを騙した男がいる。

どうしてそんなことをするんだろう?

 

「それで…それでどうなるんですか?」

 

私は怖いと思いながらももっと聞きたかった。

雄琴村の…いや、こういう業界の男と女の話しはとても興味深かった。

 

「なじみのお店に紹介して働かせるんや。そのお店からも紹介料をちゃんと取ってな。

なじみのお店にはもう話が通してあることを女のほうは知らんわけや。お金をもらってることも知らん。お店の方は女の子が増えるし真面目に働いてくれるから儲かるし、男の方は女が働いて稼いで来てくれる。双方の利害関係が一致してるんやな。」

 

女の方は「二人の未来の為」に一生懸命働くから、お店側は嬉しいし儲かる。

男の方は女に優しくしていればたくさんのお金を持ってきてくれる。

で…?

それで…?

その後女の方はどうなるの…?

 

「それで…?それでどうなるんですか?」

 

「お店側と男の方が結託して辞めさせないように仕組むんや。逃げられないように毎日送り迎えは男がするし、お金の管理も男の方がするんや。ほんの少ししか女にお金を持たせないようにしてな。

今日何本入ったかお店に毎日聞く男もたくさんおるで。」

 

お店に何本入ったかを確認すればいくら持って帰ってくるかすぐにわかる。

女の方が嘘をついてお金を持たないようにそこまで管理することに驚いた。

 

「麗って娘は…あれやろ?もうヤッてるやろ?」

 

富永さんは注射を打つジェスチャーで聞いてきた。

私はドキッとしながら曖昧な返事をした。

 

「え…うーん…どう…なんですかねぇ…」

 

富永さんは私の返事を気にすることなく先を続けた。

 

「結構話しは広まってるで。雄琴村ではすぐに話しが広まるからなぁ。あれはヤバいな。もうすぐ警察も動くかもしれんな。」

 

警察?!

 

「え?!麗さんが捕まっちゃうかもしれないってことですか?」

 

「そうやなぁ。まぁそうなったら広田のおっさんも捕まる可能性があるわなぁ。」

 

…そうなんだ…

もう結構深刻な状態なんだ…

 

「今までそういうことあったんですか?雄琴村で。」

 

私はまるで物語を聞いているような気持になっていた。

映画の中のようなエピソードが私の今いる場所で実際に起こっているとは思えなかった。

 

「そりゃいろいろおったでー。“コレ”で捕まったヤツももちろんおるし、店で自殺は結構あるし店内で刃傷沙汰やら…もうわやくちゃやで。」

 

聞けば聞くほどすごかった。

私はそんな世界にいるんだ。

 

「“コレ”はもう最終手段やな。つなぎ留めておくには一番良い方法やし女の子の人気もでるしな。でもバレたら最後やしボロボロになっていくのも早いしなぁ。

死ぬまで使われるだけやな。」

 

死ぬまで使われる…

私はその言葉にゾッとした。

 

ゾッとしながらも富永さんの口から出てくる話しは私を引き付けてやまなかった。

 

 

つづく。

 

 

 

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64 - 私のコト

 

 

 

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