私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

 

次の日。

早朝から起き出した私は買っておいたインスタントコーヒーを淹れた。

気付けば昨日からほとんど食べ物を口にしていない。

 

「…お腹空いたなぁ…」

 

荷物がそこかしこに置いたままの部屋。

カーテンがついていない窓から入ってくる太陽の光が眩しかった。

 

コーヒーを飲み終えると、私はお風呂掃除をしてせまいユニットバスにお湯をためた。

バスタブいっぱいにためたお湯にザブンと身体をしずめる。

 

「はぁ~…」

 

窓のないせまいお風呂。

でも白い壁がとても綺麗だった。

 

お風呂から出るとなんだかやる気になっていた。

空腹も忘れ、黙々と荷解きを始めた。

 

たくさんあるなぁと思っていた段ボールも荷解きをするとそれほどでもなかった。

テレビの配線をなんとかこなし、テレビも点くようになった。

 

「…やればできるじゃん…」

 

私はだんだんと整っていく部屋をみて喜びを感じていた。

 

10時になると、私は「待ってました!」とばかりに家を出た。

 

早く!早く!

 

私は一刻も早く部屋を整えたくなっていた。

 

カーテンを買って、ベッドカバーも買って、そしてお花と花瓶も買うんだ!

お米も買ってお味噌も買ってお茶碗もお椀もお箸も…

 

自分の場所をちゃんとしたい。

一刻も早く。

 

平和堂での買い物は猛スピードだった。

なぜかずっと小走りで、ゆっくり吟味なんてしている余裕がなかった。

 

早く!早く!

 

買いそろえた物を抱えて急いで部屋に戻る。

 

カーテンをつけ、ベッドカバーをかけ、お米を砥いだ。

お花を花瓶に生け、お箸とお茶碗とお椀を洗った。

 

お味噌汁を作り、魚を焼いた。

原さんから頂いた一人暮らし用の小さな炊飯器を綺麗に洗いお米を炊いた。

 

食卓を整え、テレビを点ける。

 

「…いただきます…」

 

そう言った瞬間、また寂しさが募った。

 

部屋を見渡す。

きちんと整った部屋。

ちゃんと暮らせるように、全てがある。

清潔な床、真っ白な綺麗な壁紙、新品のエアコン。

 

「…広いな…」

 

2DKの部屋は私には広すぎたかもしれない。

隙間がいっぱいある。

 

実家に居る時は6畳の部屋が与えられてたけど、摂食障害がひどくなってからは元々苦手だった掃除や片づけが全くできなくなっていた。

部屋はいつもごちゃごちゃでひどい状態だった。

K氏の元に居る時は事務所兼住居のような2LDKのアパートに一人だったけど、

いつ誰がくるかわからない緊張感とK氏への恐怖でいつもお布団の上にいた。

というか、その部屋に居る時間じたいがなかったのだけれど。

 

 

「私…こんな整った部屋に住むの、初めてだ…」

 

来年の3月か4月には殺されちゃうかもしれない私。

未来がないかもしれない私。

 

 

「…やればできるじゃん…」

 

部屋を整えられたことと食卓をちゃんと作れたことがなんだかすごく嬉しかった。

 

その日は「食べ吐き」に移行せずに済んだ。

散歩に出かけたり、またテレビを見たり…そんな過ごし方をした。

 

夜も久しぶりにぐっすり眠れた。

 

出勤日の朝。

何時もよりも早く店に行こうと思い、タクシーを呼ぶ。

 

お店に着くと台所に駆け込んだ。

 

「おはよう!」

 

台所ではおばちゃんが料理をしていた。

 

「あらー!有里ちゃん!最近顔見なかったやないのぉー!」

 

ご飯を作って置いてくれるおばちゃんは女の子たちの出勤時間には帰っていることがほとんどだった。

「花」に来た当初は毎朝おばちゃんに挨拶に来て少しお話しをしていたけど、だんだん慣れてきてしまいちょっとおざなりになっていた。

 

「ごめんごめん!おばちゃん、これあげるわ。」

 

私は昨日平和堂で買っておいたエプロンをおばちゃんに渡した。

 

「え?!これなにや?!なんで?!」

 

おばちゃんは困惑していた。

リボンと小さな花の飾りがついているプレゼントの包みを見て、あんぐりと口を開けていた。

 

「あんな、私、寮を出たの。だからなかなかおばちゃんに会えなくなると思って。

いつもありがとう。」

 

おばちゃんのご飯は美味しくないけど、おばちゃんとお話しできたことは私にとってすごい助けられたことだった。

 

「…有里ちゃん…ありがとう。こんなんしてもらったの初めてや。ありがとうな。」

 

おばちゃんは少し涙ぐんだ。

たった千円ちょっとのエプロンで泣かれてしまった。

 

「あはは…いやだー、泣かんといてよー。」

「ありがとうな。ありがとう。」

 

それからしばらくおばちゃんとお話をした。

 

「いろんな女の子がくるわー。挨拶もせん子ぉもおるで。男に無理やり連れて来られる子ぉもようけおるんやで。有里ちゃん、気ぃつけなあかんで!」

 

男に無理やり…

おばちゃんは女の子のそんな姿も見てるんだ…

 

「うん。大丈夫!ありがとう!」

 

私はしばらくおばちゃんと話した後、「花」から歩いて国道に向かった。

国道沿いの店、「龍宮御殿」に行くためだ。

 

龍宮御殿の駐車場の入り口に行くと、ひげのおじさんが私に気付いて声をかけてきた。

 

「有里ちゃん?有里ちゃんやないかぁー!」

 

毎朝乗っていたマウンテンバイクを盗まれてしまい、朝のサイクリングに行けなくなっていた。

ひげのおじさんに会うのも少し間が空いていた。

 

「久しぶりでーす!」

 

「どないしてたん?有里ちゃんの姿見えへんから淋しかったやないかー。」

 

ひげのおじさんは相変わらず優しかった。

 

「あんな、私、寮を出たの。一人暮らし始めたんよ。」

 

私は少し誇らしげに言った。

 

「おー!そうかぁー。よかったなぁー。で?店は?辞めてへんの?」

 

私はドキッとした。

ひげのおじさんにお店を辞めるつもりがあることなんて言ったことなかったから。

 

「えっ?!辞めてへんわー!なんで?!」

 

おじさんはニヤニヤしていた。

 

「いやぁ~、有里ちゃんみたいな子ぉがずっと「花」におるほうが変やわ。

あ!こんなこと言ったことは内緒やで!」

 

…そうなんだ…

「花」ってやっぱりそういう感じの店なんだ…

 

「…まぁ…まだあそこにいるつもりだよ。みんないい人たちだよー。」

 

ごまかしながらそう言った。

ほんとのことだ。

 

「そうかー。まぁでも、ここでこうやって有里ちゃんと朝しゃべることもなくなるんやなー。そうや!前言ってたお客さん!有里ちゃんのこと紹介してもええか?」

 

おじさんは話しをするたびにそのお客さんの事を言っていた。

おじさんが「龍宮御殿」に来る前から知っているお客さんで、とても仲が良いらしい。

そのお客さんはひげのおじさんがお店を変わる度に追いかけてやってくるんだと言っていた。

 

「あはは!女の子を追いかけるんやなくて、おじさんを追いかけてるんや!面白い!」

 

「そやろ?そのお客さんの好みを知ってるからな、俺のとこ来たら安心なんやって!」

 

なるほど。

そういうこともあるのかー。

 

「で?ええか?有里ちゃんのこと紹介するわ。絶対タイプやねんって!」

 

私は少し戸惑った。

ここで紹介されてもそのお客さんに満足してもらえるかわからなかったし、そんな自信がなかったから。

 

「…うーん…なんか…いいんですかねぇ…」

 

国道沿いのソープランドの店先でソープランドの駐車場案内のおじさんと立ち話しをしている私。

何人もの人が私たちの前を通り過ぎていく。

その度にこちらをチラッと見ていく。

 

この光景…

なんかすごい…

 

「ええって!大丈夫やって!じゃ、今日にでも言っておくから!な?しばらくしたらお店に行くと思うでー。名前は中田さん!優しいおじさんやでー!」

 

ひげのおじさんはバンバンと私の背中を叩いた。

 

「…あははは…あー、はい。ありがとうございます…」

 

「うん。有里ちゃん。がんばりやー。」

 

おじさんは私に握手を求めた。

おじさんが差し出した右手をギュッと握る。

 

「うんうん。」

 

ニコニコしながらおじさんはギュッと私の手を握り返した。

 

国道沿いのソープランドの店先でおじさんと握手をしている私。

 

この光景も…

なんかすごいな…

 

 

ちゃんと挨拶をすませたことに満足をしていた。

なんとなく「門出」のような気分だった。

 

「花」に戻るとたまきさんと裕美さんが控室で準備を始めていた。

 

「おはようございます!」

 

元気に挨拶をする。

 

「あ、有里ちゃん!おはよう!」

「おはよー!」

 

次々と女性たちが出勤してくる。

 

「おはようございまーす!」

 

アニメ声の明穂さん。

 

「おはようございます。」

 

小さなアンニュイな声の詩織さん。

 

「あ!有里ちゃん!おはよう!」

 

明るい元気な声は最近入った綺麗なおばさん?の加奈さん。

加奈さんは色っぽい雰囲気を醸し出している綺麗な人だった。

歳は多分30代後半か40代前半くらい。

でもその見た目とは違い、とても無邪気で明るい子どもみたいな女性だった。

「花」が初めての風俗らしい。私と一緒だ。

 

「有里ちゃーん!これ渡そうと思ってなー!」

 

加奈さんが大きな荷物を抱えている。

 

「え?!なんですか?それ?!」

 

「んふふふ。引っ越し祝い!」

 

大きな荷物を受け取ると、それはスリッパラックだった。

籐のラックにスリッパが五足かかっていた。

趣味がいいとはいえなかったけど、とても立派な物だった。

 

「えーー?!なんで?!いや、いいですよー!」

 

私は突然のことに驚いていた。

加奈さんとはそんなにたくさん話したわけではない。

すごく仲良くなったわけでもない。

 

なのに…

なんで…

 

「あ、有里ちゃん。私からもこれー。」

 

明穂さんが小さな包みを私に渡した。

 

「え?!なんですか?え?」

 

「引っ越し祝い。」

 

え?

え?

 

困惑する私。

 

「あ、有里ちゃん。私からはこれ。」

 

たまきさんは私に『お祝い』と書かれた封筒を渡した。

あきらかにお金だ。

 

「え?!なんで?!」

 

「有里ちゃん、これは私から。大したもんじゃなんやけど…こんなんでごめんやで。」

 

 

私は結局全員から引っ越し祝いをもらった。

何が起こってるのかさっぱりわからなかった。

 

「…えー…どうしたんですか…?なんで…?」

 

ありがとうの言葉も出ないほど驚いていた。

 

「まぁええやん。気持ちやから。」

 

みんなはそうあっさりと言い、どんどん個室の準備のため二階に上がって行ってしまった。

 

私の周りにたくさんのプレゼントが置いてある。

 

「…えー…」

 

困惑したままその場に立っていると広田さんが控室にやってきた。

 

「有里ー、おはよう!引っ越し無事に済んだんかー?」

 

振り返り返事をする。

 

「あ…はい。なんとか済みました。ありがとうございます。」

 

「おーそうかー。よかったなぁー。ん?どうした?」

 

広田さんは私のまわりに置いてあるプレゼントを見て言った。

 

「…あー…なんかみんなが引っ越し祝いって言って…くれたんです。」

 

広田さんは驚いた顔をしていた。

 

「…ほー…よかったなぁー!これは帰りに車で持って行ってやるわな!」

 

「…あ、はい…ありがとうございます。」

 

茫然としている私に広田さんが話しかける。

 

「有里。最近忍と話したりしてるか?」

 

広田さんはちょっと小声で意味ありげに聞いてきた。

 

「…え?忍さん?…いや…特には…なんかあったんですか?」

 

私に怒りをあらわにした忍さん。

あれからほとんど口をきいていない。

 

「…もしかしたらなんやけどな…」

 

広田さんが言いにくそうに口を開いた。

 

 

 

 

つづく。

 

 

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51 - 私のコト

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