㊾
猿渡さんの運転で光営マンションに到着した。
「…ありがとうございました。遅くまですいません。」
私は「これが礼儀なんだ」と自分に言い聞かせながら二人にお礼を言った。
「…いや…他にもなにかあれば言ってください。手伝います。」
猿渡さんが小さな声で言った。
「…おー。また休み明けなー。お疲れー。」
田之倉さんは多少遠慮してるような様子で挨拶をしてきた。
まだムカムカしているのは事実だけど、ここまでいろいろやってくれたことはありがたかった。
光営マンションの郵便受け。
原さんの住んでいた部屋の号数が書かれた場所を探す。
「…あった…」
なんだか悪いことをしているような思いで郵便受けの小さな扉を開ける。
そこには小さな封筒が入っていた。
「有里ちゃんへ」
そう書かれた封筒を手に取ると中には手紙と鍵が入っていた。
エレベーターで10階の部屋に行き、鍵を鍵穴に差し込む。
なぜか周りをキョロキョロと見回してしまう。
人の家に勝手に入っていくような心境だった。
ガチャ。
「…開いた…」
当たり前のことなのに、なぜか呟く。
「…お邪魔します…」
小さな声で言いながら部屋に入る。
部屋の中は思った以上にごちゃごちゃだった。
ほんとに必要なものだけを持って出て行ったのがわかる。
散乱した洋服、ごみ袋にいっぱいのゴミ、使った形跡のあるタオル、ラーメンを作ったであろう鍋はシンクに置きっぱなしだった。
そんなごちゃごちゃな部屋にぺたりと座り込み、原さんからの手紙を読む。
有里ちゃんへ
お礼と言って渡された封筒の中身を見てびっくりしました。
あんなに入ってると思わなかった。
返そうかと思ったけど、遠慮なく受け取ります。
こんなことをできる子はなかなかいないんやで。
有里ちゃんに会えてよかった。
北海道から応援してます。
頑張って。
私もどうなるかわからんけど、とりあえず頑張ってみます。
また会おうな。
ありがとう。
原より
原さんが暮らしていた部屋で読んだからか、涙がボロボロ出てきていた。
「うー!」と言いながら一人でごちゃごちゃの部屋で泣く私。
ひとしきり泣くと涙が引いていく。
「はぁー!…よしっ!」
顔を上げて原さんが置いて行ってくれた段ボールを組み立て始める。
さっきまであんなに泣いていたのに、さっきまであんなに胸が苦しくて切なかったのに、今はてきぱきと段ボールを組み立てている私。
「…はぁ!生きるってなんなんだろうなぁ…」
自分の薄情さや無情さをしみじみと感じる。
さっきまでのあの泣きは何処へ行ったんだろう。
私はそんなことを考えながらも手が勝手に動いてることに驚く。
みるみると荷物が整理されていく不思議。
気が付くともう明け方だった。
窓の遮光カーテンを開けると空が白んじていた。
時刻は5時まえ。
「…少し寝ようかな…」
私は携帯のアラームを9時にセットして空いたスペースにゴロンと横になった。
人の部屋の匂い。
ごちゃごちゃの荷物の中で小さくなって眠る。
まどろみながら「…私、なにやってんだろうなぁ…」と呟いた。
アラームで起こされまた荷造りや片づけを始める。
部屋の片隅にあったタウンページを開き、引っ越し業者を調べる。
今日これからこの荷物を運んでくれる業者さんを探すために電話をかけた。
数件目の赤帽さんが引き受けてくれた。
「えー…これからだとー…12時には行かれますねー」
「はい。お願いします。」
ただ目の前のことをこなす。
感情を入れず、いや、入れることも忘れていた。
赤帽さんは親切だった。
丁寧に荷物を運び出し、小さなトラックに見事に積んでくれた。
「えー…あとの荷物は…いいんですか?」
私が必要な物を運びだしても、まだまだ部屋はごちゃごちゃのままだった。
「あー…はい。大丈夫…です。」
ドアを閉め、ガチャリと鍵をかける。
郵便受けに鍵だけを裸で入れる。
…もうここに来ることは二度とないんだ。
そう思いながら郵便受けの扉を閉めた。
マンションに着くと、荷物を運び入れるのは一瞬で終わった。
「ありがとうございましたー!」
元気よく赤帽のおじさんは帰って行った。
「ありがとうございました。」
パタンとドアを閉める。
荷物が積んである部屋。
テレビはまだつないでないから点かない。
カーテンもまだついていない。
かろうじてベッドに布団がおいてある。
シーツはまだつけていなかったけど、そのままバタンとベッドに倒れこんだ。
「…ここが私の家なんだなぁ…」
荷ほどきをする気力もなく私はそのままベッドで眠った。
これからここでの一人暮らしが始まる。
きっとますます孤独な予感がする。
でも、その予感に少しだけゾクゾクする自分がいた。
私を孤独のどん底に突き落としてください。
そして私を傷つけてください。
その時の私はどんな思いをするのか。
どんな痛みを感じるのか。
それが知りたいから。
私は、救われたいと願いながらも、そんなことを感じている自分が嫌で仕方がなかった。
つづく。
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