その日、理奈さんはずっとお客さんに入り続けていた。
お客さんとお客さんの合間の少しの時間控室に降りてきて、ほんの少しずつだけどお話しをした。
「有里ちゃん、冨永さんに聞いたんやけど『ふく田』に行くんやって?」
何回目かの会話の時、理奈さんが私にそう聞いた。
「え?あ、はい。行くっていうても、まだ何回かしか行ってないですけど。」
「そうなんやぁ。私もよぉ行ってたんよぉ。最近行ってないんやけどな。」
「へぇー!そうなんですか!あそこは美味しくて雰囲気も良くていいですよねぇ。」
「そうやんなぁ。あー、なんか話してたら久しぶりに行きたくなってきたわぁ。」
あれ?
なんかこれ、チャンスじゃない?
「久しぶりに行きたくなってきた」って言ってない?
誘う?
「一緒に行きましょう」って誘う?
いや、でもまだ初対面。
しかも相手はずーーっとナンバー1を張ってきた大先輩だ。
こんなペーペーの私が誘うなんておこがましい…よね…
でもなぁ…
理奈さんと一緒に飲みたいし話したい。
うーん…
どうするか…
私が頭の中でそんなことをぐるぐると考えている時、理奈さんが私にこう言った。
「今度一緒にいかへん?あ、よかったらやけど。」
え?!
今なんて言いました?!
「え?一緒に?!」
思わず声に出してびっくりする私。
「あれ?あかんかった?いつも誰かと行ってるん?」
理奈さんは笑顔で首をかしげた。
「あ、いやいや!そんなことないです!行きましょう!一緒に行きたいです!」
「え?ほんま?ほんまはコレと一緒に行くんやろぉ~?」
理奈さんは親指を立てて笑いながらそう言った。
「違いますよ!理奈さんから誘ってくれたからびっくりしただけですよ!行きたいです!一緒に行きたいです!」
「ほんまぁ~?あははは!今日はちょっと行かれへんから、明日以降な。有里ちゃんが都合よければ言ってな。」
「あ、はい!」
「うん。楽しみやな。」
理奈さんはすごく自然に「楽しみやな」と呟いた。
私はその一言がものすごく嬉しかった。
きっとお客さんも理奈さんのこんなさりげない一言に嬉しさを感じたりするのかもしれない。
「じゃ、行ってきまーす!」
理奈さんは少し会話をしては元気にお客さんの元に向かった。
私は理奈さんと約束を出来たことがすごく嬉しかった。
結局その日、私はフリーのお客さんに3本入り、理奈さんは指名のお客さんに5本入っていた。
控室の掃除を終え、個室掃除のために個室に戻る。
「フリー3本と指名5本か…」
個室で一人になった途端、理奈さんと私の差を痛感する。
この差を縮めるにはどうしたらいいんだろう?
縮めることがあるんだろうか?
今日のフリーのお客さんの反応は…
冷静に今日のお客さんの様子を振り返ってみる。
一人目は…
あぁ、あの理奈さんのお客さんか。
反応は悪くはなかったけど、あの人が指名になることはまぁないな。
二人目は…
三人目は…
私はベッドに腰かけて今日のことを逡巡した。
うん。
悪くはないと思う。
名刺を向こうから欲しいと言われたし、「次は絶対指名するから!」とも言われた。
椅子洗いもマットも昨日よりはまぁまぁスムーズだったと思う。
「うん。うん。まだ二日目だ。まだ二日目。うん。」
私は落ち込みそうな自分をなんとか励ました。
焦る自分をなんとか落ち着けようと「まだ二日目。まだ二日目。」と繰り返した。
個室掃除が終わり階段を降りようとしたとき、ちょうど理奈さんが個室から出てきた。
「あ、有里ちゃん。終ったん?」
理奈さんは何気ない言葉をとても気さくにかける。
そしてそれがとても心地いい。
「あ、はい。終わりました。理奈さん、疲れたんやないですか?」
5本の指名。
それもほぼ立て続けだ。
そりゃ疲れると思う。
「うーん。今日のお客さんはみんな楽な人やったから疲れてへんよ。休ませてくれる人ばっかりやったから。あはははは。」
え?
休ませてくれる人?
お客さんが?
「あーそうなんですね。それはよかったですねぇー。」
私は理奈さんに会話を合わせた。
でも意味が全くわからなかった。
「タクシー呼ぶんやろ?一緒に控室行こう。」
理奈さんはニコニコしながら私を控室に誘った。
「あ、はい。」
お客さんが休ませてくれる…
楽だった…
理奈さんは90分間個室でどんな接客をしているんだろう?
この人気はどこからくるものなんだろう?
理奈さんの私服はとてもシンプルなものだった。
少しよれっとした白いTシャツに黒い細身のパンツ。
肩にかけているヴィトンのバケツ型の大きなバックは雑に扱われている様子で、ところどころ傷がついていた。
「あ、タクシーお願いします。あ、二台来てほしいねんけど。シャトークイーンです。」
理奈さんは控室で体育座りをしながらタクシーを呼ぶTELをした。
これまたさりげなく私の分のタクシーも一緒に呼んでくれた。
「5分くらいやってー。」
私に向かってそう言うと、控室のテレビをつけ、炬燵の上におきっぱなしになっていた「梅しば」の子袋を開けた。
「これ有里ちゃんの?ちゃうやろ?」
子袋を開けながら私にそう言った。
「え?違います。」
「誰のやろ?まぁいっか。あははは。」
理奈さんは「お腹空いたわー」と言いながら誰のだかわからない『梅しば』をコリコリと食べはじめた。
「すっぱー。でも美味しいわー。」
体育座りをしながら『梅しば』をコリコリと食べる理奈さん。
その姿がとても可愛らしかった。
ほんとにこの人月収200万以上なのかな…
ずっとナンバー1なんでしょ?
「あはははは!」
そんなことを考えていたらその姿がなんだかおかしく感じてきた。
「え?有里ちゃん、なに?なに笑ってんの?おかしい?」
理奈さんは笑いながら私にそう聞いた。
「あははは!だって…理奈さんなんぼ毎月稼いでるんですか?ずっとナンバー1なんですよね?あはははは。」
不思議な人だと思った。
毎月200万以上稼いでいてそれを何年もやってるんだから…
もしかしたら億の貯金があるかもしれない人だ。
その人が「すっぱー。でも美味しいわぁ。」と言いながら誰かの忘れ物の『梅しば』を食べている。
「え?なんで?なにがおかしいの?あははは。」
理奈さんはなんで笑われてるのかわからないまま、私につられて笑っていた。
「理奈さん、ぜったい飲みに行きましょうね!」
私はこの人が一体どんな人なのか絶対に知りたくなっていた。
そしてぜったい仲良くなりたいと思った。
「うん。行こうな。」
理奈さんは食べかけの『梅しば』を人差し指と親指で持ちながらニコニコと私に向かって答えた。
「あ!タクシー来たみたいやで。」
「はい!」
急いで荷物を持ち、二人で裏口から表に出る。
「ほなな!また明日!気ぃ付けてなぁ!」
理奈さんがタクシーに乗り込みながら私に声をかけた。
「はい!理奈さんも気をつけて!また明日!」
タクシーがマンションに向かって走り出す。
真っ暗な車窓を見ながら「ふふっ」と笑う。
理奈さん…変な人だなぁ。
さっきの個室での重い気持ちがまったくなくなっていることに気付く。
そして明日お店に行くのが楽しみになっている自分がいることに気付く。
「ふふっ」
私は理奈さんの姿や表情を思い出しては笑っていた。
早く理奈さんともっと話したい。
シャトークイーンの毎日が楽しくなりそうな予感がしていた。
つづく。
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