私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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TELが鳴ってる…

 

私はまだ眠い目をこすりながら鳴っている携帯に手をのばした。

 

「はいはい…今出ますよー…」

 

鳴っている携帯に向かって返事をしながらボタンを押す。

 

「もしもし?」

 

寝ぼけた声でTELに出る。

TELの向こうからは元気な声が返ってきた。

 

「もしもし?ゆきえー?」

 

小林さんからだった。

 

「まだ寝とった?ごめんやでぇ。」

 

うん。

まだ寝てました。

 

「あ、大丈夫。今起きようと思ってたとこやから…」

 

時計を見るとまだ9時だった。

昨日寝たのが3時過ぎだ。

 

…まだ1時間以上寝られたのに…

 

「ごめん!どうしてもガマンできひんくて…声聞きたかってん。ごめんやで。」

 

「ううん。ええよ。…ほんとはまだ眠いけど…」

 

わざと意地悪言ってみた。

 

「ごめん!ほんまごめん!もう切るわ。もう一回寝て!ごめんごめん!ほな!」

 

小林さんはすぐにTELを切ろうとした。

 

「ちょっとちょっと!もう起きてしまったからええって!あははは!」

 

「えぇ?ほんま?うー…ごめん…」

 

小林さんは本気で落ち込んでいた。

私を起こしてしまったことを何度も謝った。

 

 

「…ゆきえ…どやった?昨日は。」

 

「ん?昨日?おもろかったよ。お店のナンバー1の理奈さんって言う人がおんねんけどな…」

 

私は小林さんに理奈さんのことをつらつらと話した。

理奈さんのことを思い出すだけでニヤニヤしてしまう。

 

 

「へー!そんなすごい人がおるんやー!すごいなぁ。」

 

「そうやろ?おもろいやろ?今度飲みに行く約束してるんだー!仲良くなれたらいいんやけどなー。」

 

小林さんは少しの沈黙の後、嬉しそうにこう言った。

 

「…ゆきえ。楽しそうやな!」

 

え?

あれ?

そうかな…

 

私はそう言われて戸惑った。

 

「え?…そう?」

 

私がそう答えると、小林さんはすごく嬉しそうな声でこんなことを言った。

 

「うん!こんな楽しそうなゆきえの声、初めて聞いたかも。ちょっと理奈さんに嫉妬するわぁ!」

 

 

え?

そんなに?

そんなに楽しそう?

 

「え…そうかなぁ…いや、そんなに楽しくもないんやけどなぁ…」

 

楽しそうだと言われるとなんだか罪悪感が湧く。

いけないことをしているようで「ごめんなさい」と謝りたくなる。

 

「え?なんでそんなこと言うん?俺、ゆきえが楽しそうで嬉しいんやで。もっと楽しそうな顔とか見たいし、嬉しそうな声聞きたいわぁ。」

 

「え…?そうなん?なんで?」

 

私が嬉しそうだったり楽しそうだったりする姿を見たいって…

どうして?

私のそんな姿を見たって面白くもなんともないでしょ?

 

 

「なんで?って…好きやからやろ?!何言うてんのやぁ。もー!」

 

小林さんは拗ねたような声でそう言った。

 

「あ…へぇー…そうかぁ。」

 

私はこんなとぼけた様な返事しかできなかった。

 

そうだよね。『好き』ってそういうことだよね…。

 

「へぇー…ちゃうわ!あーもう!はよ会いたいわ!」

 

小林さんは拗ねた口調で文句を言った。

 

「あー…あははは…ごめんごめん。」

 

 

小林さんは終始明るくこちらの話を聞いていた。

そして最後に「ゆきえー!大好きやで!はよ会いたいわ!ほなな!」と元気に言ってTELを切った。

 

私は…

「うん。ほなねー。」しか言えなかった。

 

「大好き」がわからないからだ。

 

TELを切った後、私は「ふぅ」と無意識に溜息をついていた。

私はモヤモヤとする気持ちのまま、もう一度布団にもぐった。

 

会うの…どうしようかな…

 

来週の火曜日が待ち遠しいような、めんどくさいような、そんな気持ちだった。

 

 

 

シャトークイーン3日目。

 

私はやっぱり緊張しながら出勤した。

理奈さんに会えるのは楽しみだけど、一刻も早く指名をとらなければという思いが強く、店に出る前には少し憂鬱になる。

 

 

「おはようございます。」

 

個室の準備を終え、フロントに雑費を払いに顔を出す。

フロントには高橋さんが座っていた。

 

「有里さん、おはようございます。少し慣れましたか?」

 

高橋さんは相変わらずの作り笑いで、雑費の2千円を受け取りながら話しかけてきた。

 

「あー…いや。まだ慣れないです。」

 

私は正直に答えた。

 

「そうですか。何かわからないことがあれば聞いてくださいね。」

 

作り笑顔に無機質な返事。

何かわかんないことがあってもあんたにゃ聞かないよ。と心の中で思う。

 

「そうそう。有里さん。今月中に少しでも指名をとれたらいいですねぇ。最初の月ですから…そうですね、10本くらいとれたらいいですねぇ。」

 

 

「え…?」

 

私は高橋さんの言葉に固まった。

 

まだ入店3日目の私にそんなこと言います?

こんなに心中焦っている私に追い打ちをかけるようなこと言います?

しかも10本って…

今月中にリピートしてくれる人がそんなにいると思いますか?

 

私…高橋さんのこと…嫌い!

 

「有里さんは経験者ですしねぇ。いけるんじゃないですか?そうすると来月の指名率も…」

 

高橋さんは得意の数字での目論見を意気揚々と話し始めた。

 

「理奈さんの指名率を超えるためには…」

 

話しが進み過ぎて理奈さんの指名率まで出てくる始末だ。

 

「この店も今が頑張り時なので売り上げ率を○パーセント上げて行かないといけないんですよ。その為にも有里さんの指名が必要で…」

 

もういいって。

わかった。

私は今日の接客を頑張るから。

もうそれ以上言ったら怒って帰ってやるんだから。

 

 

「…ということで!今日も頑張ってください。」

 

 

高橋さんは散々数字の話をしてから「頑張ってください!」と言った。

 

「…はい…」

 

そんな無機質な話しでがんばれるかー!!

 

「あ、そうそう。」

 

フロントから出て行こうとする私に向かって高橋さんが声をかけた。

 

まだなんか話があるっていうの?!

 

「はい?!」

 

私は不機嫌な顔で振り返った。

高橋さんは私のその不機嫌な顔に一切気付かずこう言った。

 

「中川さんって知ってる?」

 

え?

中川…さん?

 

あーー!

「花」に来てくれたおじいちゃんだ!

「龍宮御殿」の駐車場のおじさんから紹介されたあのおじいちゃんだ!

 

 

「はい!知ってます。」

 

「そう。さっきTELがあったで。今日の17時に指名でくるで。」

 

わーーーー!

嬉しい!

ほんとに来てくれるんだ!

期待してなかったのに!

 

「そうですか!ありがとうございます。」

 

私は高橋さんにペコっと頭を下げた。

 

「やるじゃないですか。」

 

高橋さんはニヤっと笑って私を見た。

 

 

…やっぱりこの人嫌いだ。

 

 

控室に行くとまどかさんと杏理さんが隣どうしに座り、なにやら話していた。

 

「おはようございます。」

 

「あ!有里ちゃん。おはよう!」

 

「おはよう。」

 

二人が話を中断してこちらを向いた。

 

「なぁなぁ、有里ちゃん。もう聞いた?」

 

まどかさんが舌ったらずな口調で私に話しかけた。

 

「え?なんですか?」

 

私がきょとんとしていると、杏理さんとまどかさんは顔を見合わせた。

 

「まだ聞いてへんか。」

 

杏理さんが真顔で言う。

 

「どうしたんですか?何かあったんですか?」

 

私はなにやら不穏な空気を感じて聞き返した。

理奈さんはまだ控室に来ていない。

 

「高橋さんな…新しいルールを作ろうとしているらしいで…」

 

え?

新しいルール?

 

「…そうやねんて。まだ噂なんやけどな。」

 

「でもそれはないわなぁ…。」

 

二人ともすごく嫌な顔をしている。

なんだか胸騒ぎがした。

 

「…新しいルールって…どんなルールですか?」

 

私の質問に二人がまた顔を見合わせた。

 

「…ノルマやって。」

 

杏理さんがボソッと答えた。

 

「え?ノルマ?」

 

「うん。指名のノルマやって。」

 

まどかさんが身を乗り出して私に言った。

 

「月に30本以上指名をとらなきゃ罰金なんやって。」

 

え?!

30本以上?!

罰金?!

 

「罰金って…いくらくらいとられるんですか?」

 

「それはまだわからへんねん。」

 

杏理さんが沈んだ顔で言った。

 

「理奈ちゃんは関係ない話しやけど…うちらはなぁ。」

 

「私はたまたま先月40本以上やったからよかったけどなぁ。」

 

まどかさんがさりげなく自分の指名が多いことをアピールしてちょっと自慢気な顔をした。

杏理さんはかなり落ち込んだ顔をしていた。

 

 

だから高橋さんはあんなに指名率の話をしたんだ…。

 

「…でも、まだ噂なんですよね?まだわかんないですよ。それに杏理さんもまどかさんも30本以上なんて全然大丈夫じゃないですか?!それより私ですよぉ!入ったばっかりでどうしたらいいんですかぁ!あははは!」

 

噂だけで落ち込んでても仕方がない。

私は私をネタにしてこの場の雰囲気を変えようとした。

 

「まぁ…そうやな…まだ噂やしな。」

 

「そうやな!もしこれがほんとになりそうやったらその時文句言えばええか!」

 

杏理さんもまどかさんも少し表情が明るくなった。

 

「そうですよぉ。もしそうなったら私が一番困るんですよぉ。もー!」

 

杏理さんもまどかさんも「そんなことないでー。」や「有里ちゃんならすぐやで!」や「一緒に頑張ろう!」の声をかけてくれた。

 

 

矛先が『私を助ける』に変わったことで控室の雰囲気が良くなっていた。

 

 

「おはようー」

 

その時、理奈さんが控え室に入ってきた。

 

「あ!理奈ちゃんおはよう!」

 

「おはようー!」

 

二人とも明るい顔で理奈さんに挨拶をしていた。

 

ふぅ…

よかった…

 

「おはよう。有里ちゃん。」

 

理奈さんが私の隣に座りながら無邪気な笑顔で挨拶をしてきた。

 

「おはようございます。理奈さん。」

 

私もつられて笑顔になる。

この人を見てるとなんだか笑ってしまう。

 

「今日はまた忙しいんですか?」

 

理奈さんに聞いてみた。

 

「ううん。今日はわりとのんびりやと思うわぁ。指名も15時まで入ってないしな。」

 

ニコニコしながら答える理奈さん。

 

「じゃ、今日もし疲れてなかったらどうですか?ふく田。」

 

私は小さな声で理奈さんに言った。

 

早くたくさん話したかった。

理奈さんに話しを聞いてみたかった。

 

「うん。ええよ。じゃ、終わったらな。」

 

りなさんも小さな声で返してきた。

 

「よかった。あ、でも疲れてたら言ってくださいね。」

 

「うん。有里ちゃんもな。」

 

二人で小声で話した後、「ふふふ」と二人で笑い合った。

なんとも言えない嬉しさがあった。

 

 

「有里さん、有里さん。」

 

控室のスピーカーから声が聞こえた。

 

「はい!」

 

一瞬にして緊張が走る。

 

「ご指名です。スタンバイお願いします。」

 

「はい!」

 

え?

指名?

 

中川さんは17時だよね?

 

誰だろう?

誰だろう?

 

 

「有里ちゃん、もう指名なんてすごいやんかぁ!」

 

まどかさんが反応している。

すごい演技クサい笑顔だ。

 

「すごいなぁ。がんばってや!」

 

理奈さんがごくごく自然な笑顔で応援してくれている。

 

杏理さんは…

真顔でテレビを見ていた。

 

「はい。行ってきます!」

 

私は指名の相手が誰だかわからないまま、緊張しながら控室を出た。

 

シャトークイーン初めての指名。

誰だか見当がつかない。

 

緊張感がただただ高まる。

 

 

つづく。

 

 

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90 - 私のコト

 

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