115
「…うーん…」
私は腕組みをして考えている富永さんの横で正座をして待っていた。
富永さんの口からどんな言葉がでてくるか。
純さんと二人っきりの控室にはもどりたくない。
「…検査の結果もシロやったし、お客さんと何かトラブルがあったわけじゃないし…
急に辞めさせる訳にはいかんのやぁ。もうすぐ理奈も杏理も降りてくるで、もうちょっと様子みてみようや。な?有里。」
…やっぱり…
富永さんはそう言うんじゃないかと思ったんだ。
「…そうですよねぇ…。」
「うん。まぁ特に危害をくわえるとかはないと思うんじゃ。ただの後遺症やと思うしな。な?すまんがもうちょっと様子みてくれ。頼むわ。」
富永さんはそう言い終わると「うーん…困ったのぉ」と小さく呟いた。
「もし後遺症ならこれからだんだん良くなっていきますよね?もうヤッてないなら良くなっていくしかないですもんね?」
私は純さんのあの姿は純さん本来のものではないんだ!と強く自分に言い聞かせた。
そして良くなっていくことを信じたかった。
まどかさんのあの姿。
麗さんのあの姿。
どれもあの人たちの本当の姿じゃないんだ。
そう思いたかった。
そして治るものなんだと信じたかった。
「そうやのぉ。ただな、後遺症ったいうのはどえらぁ長く続くものらしいんや。それがどう出るかやなぁ。あ、まぁアレの後遺症かどうかはまだわからんことやけどな。ただのわしの憶測やからのぉ。」
…そうか…
アレのせいなのかどうかはまだわからないんだった…
「まぁでもおかしいのは事実やからの。ちっと様子見てくれ。そしたらわしにまた報告してくれるかのぉ?ええか?」
「…はい。理奈さんや杏理さんにさっきのこと話してもいいですか?」
「んー…。そうやな。ええか。話しておいた方がええか。お?理奈が降りてきたで。」
富永さんはそう言うと私をフロントの下にすっぽりと隠した。
カーテンからはみ出ていた私の身体をグッと中に入れて、お客さんから見えないようにした。
「おあがりでーす!」
理奈さんの元気な声が聞こえてきた。
「ほななー。」
「ほな、ありがとうなぁ。」
お客さんと別れる声が聞こえ、上がり部屋のドアが閉まる音がした。
「上がりましたー。」
そう言いながらフロント横のカーテンをシャッと開けて理奈さんが富永さんの横に膝まづいた。
「りーなーさん!」
私は富永さんの足元、フロントの台の下に隠れたまま顔を出し理奈さんを呼んだ。
「うわ!え?有里ちゃん?!びっくりしたぁー!」
「えへへへ。驚いたでしょ?」
「びっくりしたわー。なんでこんなとこにおるんや?あははは。」
やっぱり理奈さんは和む。
「あんなぁ、理奈。さっき有里がな…」
富永さんがさっきの一部始終を理奈さんに話す。
理奈さんは富永さんの話しを聞きながら「えぇ?!」「へぇ?!」「うわぁ…」と声を上げた。
「それはヤバいなぁ。有里ちゃん、怖かったなぁ。」
理奈さんは私の頭をよしよしと撫でてくれた。
「めっちゃ怖かったー。もう泣きそうやったよぉー。」
「そうやろなぁ。もうすぐ杏理ちゃん上がってくるんやろ?」
理奈さんが富永さんに聞く。
「おう。もう…お?!今個室のドアが開く音がしたで。上がって来るわ。」
富永さんはそう言うと「入れ。」と言いながら私たちをカーテンの中に入れた。
私と理奈さんは二人で「せまーい!」と言いながらフロントの台の下に二人で隠れた。
「んふふ。せまいな。」
「うん。あはは。せまいね。」
2人でくすくす言い合いながら隠れる。
「しっ!」と富永さんに怒られる。
「怒られたな。あはは。」
「怒られたね。あははは。」
結構大変な時なのに、さっきはあんなに怖い思いをしたのに、今は楽しい。
「純ちゃん、そんなに変やったん?」
「うん。ほんまにヤバかった。」
「そうかぁ。控室行くん、怖いな。」
「うん。あれ見たらほんま引くで。」
「そうやろ。杏理ちゃんだいじょぶかな。」
「杏理さん?」
「杏理ちゃん、ああ見えて結構怖がりやで。一番騒ぐんちゃうかな。」
「あー…そうかぁ…」
「私もめっちゃ怖がりで気がちっさいからな。何も言えへんくなると思うわ。有里ちゃん、頼むわな。あはは。」
「え?!なんで私が?!ほんま困るわー。」
「私気ぃちっさいの知ってるやろ?ほんま怖がりやんか。」
「んー…そうやねぇ。あはは。」
理奈さんは結構怖がりで気の小さいところがある。
付き合っていてだんだんとわかってきた。
まどかさんの一件があってから私がグイグイ行くタイプだと感じた理奈さんは、前よりも私に心を開いたのかだんだん私に甘えるようになっていた。
「有里ちゃん、頼むで。ついていきます!あはは。」
「なんやそれ!ナンバー1の人が言うセリフかぁ?あはは。」
フロント下の狭い場所でコソコソと話す私たち。
「しっ!」と富永さんにまた怒られた。
「あはは。また怒られた。」
「あはは。理奈さんがうるさいんですよぉ。」
「はぁ?!有里ちゃんやろ?!」
「理奈さん!うるさいですよ!あはは。」
「あははは。」
今お客さんとSEXをしてきたナンバー1ソープ嬢とフロント下の狭いスペースでふざけ合っている不思議。
控室にはアレの後遺症でめちゃくちゃ怖い行動をとる女性がいるという変な状況。
(アレの後遺症かどうかはまだ定かではないけれども。)
よく考えたらすごい場所にいてすごいことが起こっているんだよなぁと冷静に考えている自分がいる。
ほんの数か月前まではこんなことになるなんて思ってもいなかった。
フロント下で理奈さんとじゃれ合いながら、そんなことをうっすらと思う。
「上がりましたぁ。」
杏理さんがフロント横のカーテンをシャッと開ける。
「杏理さーん!」
「杏理ちゃーん。」
理奈さんと二人で富永さんの足元から顔を少し出す。
「ひぇ!なに?!びっくりするやんかぁ?!」
杏理さんが膝まづこうとした体勢からぴょんと飛び上がって驚いた。
「あははは!今杏理ちゃん『ひぇ!』言うたで!あはは!」
「あははは!今ぴょんって飛び上がった!あははは。コントかっ!」
「もー!なんやのー?!どないしたん?」
富永さんが杏理さんにもう一度さっきの話しをした。
杏理さんは「えぇ?!」「なんやそれ?!」「ちょっと!どないすんの?!」と言いながら話しを聞いていた。
「…怖いな。有里ちゃんひとりやったんやろ?怖かったやろ?」
杏理さんは綺麗な大きな目で私をジッと見た。
「怖かったですよぉー!ほんま震えましたよ!」
「そやんなぁ…。可愛そうになぁ。」
杏理さんがお母さんのように優しい口調で私に言う。
私は杏理さんのこういうところが好きだ。
「申し訳ないけど、みんなでちょっと様子みてくれや。な?
なんかあったらすぐわしに報告してくれ。頼むわ。」
富永さんがそう言うと、私たち3人は顔を見合わせて「…そやな」と言い合った。
「…怖いけど控室もどろっか。」
理奈さんが引きつった笑顔で言う。
「うん…そやな。」
杏理さんも不安そうな顔で答える。
「さっき寝てはったから今はなんともないと思いますよ。」
2人が一緒にいてくれるだけで心強くなった私は余裕な感じでそう言った。
3人でのそのそと控室に向かう。
純さんはどうしてるのか。
ガチャ。
私が控室のドアを開けると純さんはグーグーと大きないびきをかいて寝ていた。
「…めっちゃデカいいびきやな…」
杏理さんが憐れむような目で純さんを見ながらそう言った。
「…ほんまやな。よぉ寝てるわ。」
理奈さんが少しホッとした顔で純さんを見た。
「しばらくゆっくりできるね。」
私は2人にそう言うと持ってきていた本を開いた。
「…うん。」
「…そやね。」
実際に体験せずに話ししか聞いていない2人の方が不安そうだった。
純さんは起きたらどんな行動をするのか。
怖いけど…
ちょっとだけワクワクしていた。
人の闇の部分を見るとすごく切ないし胸が痛い。
ドキドキするし後ですごく嫌な気分になる。
気分が落ち込み、なんともいえない気持ちになる。
なにか私に出来ることはないか?と強く自問自答する時間がやってくる。
そしてなんとかしたい!と思ってしまう浅はかな自分に出会う。
自己嫌悪に陥るし、自分の偽善者っぷりに吐き気すら催す時もある。
でも。
目が離せなくなる。
私は自分がそんなことを感じていることを恥じた。
恥じる気持ちを持ちながらもワクワクしていた。
これからどんな時間がやってくるのか。
怖い。
けど
『楽しみ』でもあった。
つづく。
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