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一人目のお客さんを無事に帰し控室に戻ると誰もいない状態だった。
杏理さんはお客さんについている。
さっき個室の前を通った時にハスキーな喘ぎ声が聞こえた。
何度か杏理さんの喘ぎ声は聞いているけど、聞くたびに「エロいなぁ」と思っていた。
今日もエロかったなぁ。
一体私の声ってどうなんだろう?
エロいかなぁ…。
そんなことを考える。
そういえば理奈さんの個室の前を通っても喘ぎ声が聞こえてきたことは一度もない。
前に「外に聞こえんように小さい声出してるんや。恥ずかしいからな。」と言っていたことを思い出す。
そうだ…
まどかさんはすごく大きい喘ぎ声だったなぁ。
廊下中に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいの声だった。
しかも「おおう!」とか「んあっ!!」とか、たまに「ヒャー!!」みたいな激しい喘ぎ声だったなぁ。
私は一人の控室でそんなことを考えていた。
カバンからノートを取り出し、『私の喘ぎ声ってどうなんだろう?魅力的な喘ぎ声とは?』と書き出す。
雄琴村に来てからちょこちょこ書いているノート。
もうだいぶいろんな言葉が綴られている。
でも未だにどの項目にも“答え”らしきものは書かれていないし何もまだわかってはいない。
…3月にはいなくなるのに…それまでにどれだけのことがわかるんだろう…?
パラパラとページをめくり、自分が綴った言葉を見る。
『“私”ってなんだろう?』と書かれたページに目が止まる。
…“私”ってなんなんだろうねぇ…
「ふぅ…」
顔を上げて辺りを見回す。
横にテレビ、前には杏理さんが座っていた座椅子、その奥にはハンガーラックがあって誰のかわからない洋服がたくさんかかっている。
目の前には炬燵。
炬燵の上にはお菓子やマンガや飲み物が乗っている。
テレビとは反対側の横を向く。
奥にテーブルがあり、その上に横置きのカラーボックス。
そこにマンガや小説が雑多に置いてある。
…シーン…
一瞬全てがホログラムのように見える。
全ての物がそこに「在るように見えている」だけのように感じる。
…私…なんでここにいるんだろう…?
…何をやってるんだろう…?
どうして私はここに居るのか、そして一体何をやっているのかわからなくなった。
それはたまに訪れる、時が止まったかのような瞬間だった。
“私”ってどこにいるんだろう?
見ているようで何も見ていない。
聴いているようで何も聴いていない。
考えているようで何も考えていない。
そんな瞬間。
ガチャ。
控室のドアが開く音が聞こえ、私はハッとした。
「おー。お疲れ。」
クマさんがどかどかと控室に入ってきた。
「…はぁ…お疲れさまでしたぁ…」
びちょびちょに濡れた髪のまま、さつきさんが疲れた顔で入ってきた。
「あ…」
一瞬何が起こっているのか理解が出来なかった。
私が今どこにいて何をしていたのか思い出すのに少し時間がかかった。
「お?有里?どうした?」
はっ!
そうだ。
私は有里だ。
「あー…いえいえ…お疲れさまです。どうでしたか?」
「おー。ちゃんとやったでぇ。」
クマさんがしわがれ声で得意げに言う。
「えー?ほんまぁ?いじわるせんかった?さつきさん、だいじょうぶやった?」
よかった。
いつものペースに戻れた。
「え…はい。大丈夫でした。えへ…」
さつきさんの顔を見るとびちゃびちゃに濡れていた。
髪も顔もびちゃびちゃだ。
「さつきさん!顔、びちゃびちゃだよぉ!」
あまりにもびちゃびちゃに濡れているので驚いてしまった。
「え?あぁ…あはは…そうですねぇ。」
さつきさんは私に指摘されたにもかかわらず、濡れた顔も髪も拭こうとしなかった。
「え?なんで拭かないの?」
髪から水滴がぽたぽたと垂れている。
絨毯にもさつきさんの服にもぽたぽたと垂れ続けている。
「服が濡れちゃうよ!」
私が更にそう言うとさつきさんは引きつった笑顔を浮かべてこう言った。
「あぁ…えと…タオルがないので…えへへ…」
あー…
富永さんが言っていた天然ってこういうこと?
「あそこの棚にいっぱいおいてあるやん。ほら。」
控室をでてすぐ目の前にカーテンがかかっている場所がある。
そこにタオルが山ほど置いてある。
私はさつきさんを連れてその場所に行った。
「あ…さっき教えてもらいました…でも…」
「え?でも?」
「使っても…いいんですか?」
顔からも頭からもぼたぼたと水が垂れたまま、さつきさんは小さな声で言った。
「え?いいよ!使いなよ!」
私はちょっとイラつきながらさつきさんにタオルを渡した。
「あ…ありがとうございます。えへへ…」
なんだこの人?
私が言わなかったらずっとびちゃびちゃなままでいたのかな?
使っていいタオルの場所聞けばいいだけなのに。
「有里さん。ありがとうございます。私…グズなので…えへへ。」
さつきさんはゆっくりとした口調で首をかしげながら私にお礼を言った。
グズ…
うーん…
これはグズっていうのか…
「え…と、ここにたくさんあるタオルは使っていいんですよ。ね?」
「はい…えへへ。」
タオルで髪と顔を拭いているさつきさんを見る。
黒いシンプルなワンピースを着て、足は生足だ。
細くて白い足。
ウエスト辺りはすこしダブついているいるけれど、全体的に線が細い。
え?
あれ?
私はさつきさんの胸に目をやり驚く。
めっちゃ大きい!!
さつきさんは手足の細さ、線の細さからは想像できないほどバストが豊かだった。
うわ!
めっちゃデカい!!
「さつきさん…おっぱいめっちゃデカいですね。」
思わず口に出してしまった。
「え?!やだ…恥ずかしい。でもねぇ…垂れてるんよぉ…えへへ。」
さつきさんが恥ずかしそうに身をよじりながらそう言った。
髪を拭く仕草も、恥ずかしそうに身をよじる仕草も、声も全部可愛かった。
…これはお客さんがすぐつくなぁ…
さつきさんの持っている魅力は私には皆無のものばかりだった。
女の子らしさ、天然、守ってあげたい雰囲気、そして細くて真っ白なカラダに…巨乳…
そのどれも私が持っていないものだった。
そこに私は少しだけ不愉快な気分になっていた。
その『不愉快』の中身の大半は“焦り”だ。
さつきさんがすぐに指名を取り始めたらどうしよう…。
「有里さんは優しいんですねぇ。私、グズだから…これからもよろしくお願いします。えへへ…」
私のそんな思いも知らず、さつきさんは可愛らしい笑顔でぺこりと頭を下げた。
「はい。こちらこそ。」
私は焦っている自分を隠して笑顔で挨拶をかえしていた。
つづく。
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