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高橋さんはクマさんに「ちょっと待っててください。」と言って、私を二階の個室に案内した。
古い洋館のような大きな階段を上がる。
真ん中が吹き抜けになっている二階部分には、壁側にぐるりと個室のドアが7つあった。
赤いビロードの絨毯。
濃い茶色のシックなドア。
吹き抜け部分の天井にはちょっと暗めなオレンジっぽい光のレトロなシャンデリア。
あぁ…「花」と全然違う…
私はその雰囲気にのまれてしまいそうだった。
「ここ、理奈の部屋やねんけど、今日はお休みだからここ使いましょうかね。」
高橋さんは階段を登り切ったところ、ドアが3つ並んでいる場所の左端を指した。
「ここが1番、隣が2番でここが3番。で…」
高橋さんが部屋の番号を説明する。
「この並んでる3部屋が広い部屋なんです。で、向こう側の4部屋がちょっと狭いつくりになってます。見て見ます?」
「あ、はい。お願いします。」
高橋さんは1番の理奈さんの部屋のドアを開けた。
2番の部屋からシャワーの音が聞こえる。
「あ、2番と3番は今他の娘が準備してます。あとで紹介しますね。」
「あー…はい。お願いします。」
個室のドアは床から少しだけ高くなっていた。
ドアの前でスリッパを脱ぐ。
「…失礼しまーす…」
いつも理奈さんが使ってると聞いたので、入るときになんとなくそんな言葉が出てしまった。
「え?…うわぁ…」
シャトークイーンの個室はとても広かった。
思わず声が出てしまうほど広かった。
10畳ほどの広さのお部屋とその奥には16畳ほどの広さのバスルーム。
フカフカのブラウンの絨毯が敷いてある部屋には籐とガラスの丸テーブルが置いてある。
入口付近に籐製のハンガーラックと小さな2ドアの冷蔵庫。
奥にはベッドがあった。
壁紙は濃いブラウンが基調のロココ調の柄。
照明はやっぱりちょっと暗めのオレンジがかった色味のものだった。
お部屋とお風呂場の仕切りは腰までの仕切り壁で、その壁には綺麗な深緑のタイルが貼ってあった。
お風呂場のタイルは黒い小さなもので、これも綺麗に貼り詰めてある。
奥には「THEソープランド」なゴールドの大きな浴槽が置いてあった。
「…お風呂…ひっろ…」
その浴槽はとても大きく「あれで潜望鏡できるのかな…?」と思ってしまったくらいだ。
壁にはパンパンに空気の入ったシルバーのマットが立てかけてある。
形も色も「花」で見たものと同じだった。
あれは同じなんだな…
それを見て私は少し安心した。
シャトークイーンの個室は驚くほど広くて綺麗だった。
「…綺麗ですねぇ…」
私はぐるりと何度も見回して高橋さんにそう言った。
「そうですか?まー…そうですねぇ。」
高橋さんはちょっとニヤリと笑いながら答えた。
その笑いはとても嫌な感じだった。
「『花』さんとは…まぁちょっとねぇ。」
バカにしたような笑い方。
私のことを見下しているのがわかる。
私はそれを察知してどぎまぎした。
「…全然違います。ほんとに…」
今の私は見下されて当然だ。
何の結果も出していないんだから。
それに結果が出せるかどうかもわからない。
というか、自信がない。
せめて私を雇ったことを後悔させないようにしなくては。
「じゃ、有里さん。ここで着替えてください。あと荷物を入口に置いておくので個室の準備をお願いします。終わったら控室に降りてきてくださいね。」
パタン。
高橋さんが個室から出て行った。
広い個室に一人。
もう一度ぐるりと見回す。
「…ほんとに広いな…」
私はベッドに仰向けに寝っ転がってみた。
天井のクロスは薄い茶色だった。
「…お客さんはこういう視界なのか…」
そんなことを思っていたら、なんとなくお客さんの目線で動いてみたくなった。
「…こうやって個室に入るでしょ…」
私は起き上がり、ドアから入るところからお客さん目線で動くことを始めた。
「で、だいたいベッドに座る…」
個室を見渡す。
「…ふんふん…そうか。やっぱりまずは私は床に座った方がいいなぁ…そうか…服を脱ぐときはあの場所で脱ぐといいかもしれないな…」
お客さんの目線でエアの私の動きを想像する。
「…お風呂か…」
私は着てる服を一旦全部脱ぎ、浴室の真ん中に置いてあるスケベ椅子に座った。
「そうか…こうやって女の子を見てるのか…やっぱり上目遣いを意識したほうがいいな…」
ブツブツ言いながら頭の中でシュミレーションする。
ここに来る男性が何をやってほしいのか、何を求めているのか、少しでも知りたかった。
「…お風呂入ってみよう…」
空っぽのお風呂に入ってみる。
「わー…ほんとに広い…」
「花」のお風呂は二人はいるとぎゅうぎゅうだった。
シャトークイーンのお風呂は二人は行ってもまだまだ余裕がある。
「…お風呂ではどうしてほしいかなぁ…」
空っぽの浴槽で考える。
私がお客さんだったら…
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえる。
ハッと我に返る。
「は、はーい!」
空っぽの浴槽から立ち上がり、大きな声で返事をした。
「アリンコー?ドアの前に荷物置いてあるでー!まだかかりそう?」
ドアの向こうから上田さんの声が聞こえた。
「あ、えと、はーい!ありがとうございます!もう少しです!すいませーん!」
「おー!クマさん待っとるでー!」
…そうだった…
準備の途中だったことをすっかり忘れていた。
私はこれから研修を受けるんだ。
お店と個室の広さや豪華さにやられてしまい、私はこの雰囲気に自分をなんとか早くなじませたくなっていた。
慌ててお店用の服に着替え、ドアの前に置いてある荷物を個室に入れた。
コンドームの箱を引き出しに入れ、ローションの入った麦茶ポットを浴室にセットする。
タバコがたくさん入ったカゴをテーブルに乗せ、ウイスキーとブランデーを冷蔵庫の上に置いた。
着てきたワンピースは籐のハンガーラックの引き出しに畳んでしまった。
「よし。」
もう一度部屋とお風呂を見渡してチェックする。
「うん。大丈夫。」
気分が高揚しているのがわかる。
緊張と期待。
ギャンブルをしたことはないけど、賭け事にはまる人はこういう気分なのかと思った。
「アリンコー!準備ええのんかー?」
ドアを開けると上田さんの声が聞こえた。
「はーい!今行きまーす!」
これから私のシャトークイーンでの時間が始まる。
つづく。
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