私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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仕事は順調…なんだろうと思う。

 

嫌なお客さんに当たることもなく(少し嫌、くらいはあるけど。)、なんとなく指名も増え始めていた。

 

相変わらず仕事が始まる前の緊張感とお客さんにつく前の緊張感が吐き気がするほどだったけど、それにも少しずつ慣れてきた。

 

満足してもらえないと死にたくなるくらいショックを受けるけど、それをなんとか立て直す術も少しだけ、ほんの少しだけ、身に着け始めていた。

 

6月いっぱいで「花」を辞めようと思っている。

今は6月の半ばだ。

いつお店にそのことを言えばいいのか、私はずっと迷っている。

忍さんはまだ帰ってきていない。

 

 

「広田さん!」

 

お店の合間、廊下を歩く広田さんを呼び止めた。

 

「お?なんや?」

 

広田さんはひょいとこっちを向いた。

 

「…忍さんから連絡って…」

 

帰って来ないだろうと思っていながらも、私はちょくちょく広田さんに忍さんのことを聞いていた。

 

「おー…まだないなぁ…携帯にTELしても出ぇへんしなぁ。」

 

やっぱり…。

 

「そう…ですよねぇ…。」

 

「おー。寮の荷物もどうするんやろなぁー。」

 

広田さんは別段寂しそうでもなく、淡々とそう言った。

 

こんな出来事、ここではよくあることなんだろうなぁ…

 

私は雄琴村に来て、少しだけそんなようなことがわかるようになってきていた。

 

「そうや、有里。」

 

広田さんがひょうひょうとした顔でこっちを見る。

 

「はい?なんですか?」

 

「麗って知ってるやろ?」

 

麗さんの名前が出た。

麗さんが戻ってくるらしいと明穂さんが言ってから、控室では連日その話が必ず出るようになっていた。

 

「はい。話しだけですけど。」

 

「あ!そうか!有里は会ったことなかったか!」

 

広田さんはなぜかすごく嬉しそうな顔をした。

 

「すごい子ぉやねんでー!人気があってなぁ。年も有里と近いし、仲良ぉなれると思うでぇ!」

 

仲良くなれる?

…ということは…?

 

「戻ってくることになったんよ!」

 

やっぱり…

 

「はぁ…そうなんですねぇ。」

 

「まだ戻ってくる日ぃは決まってないんやけどな。近々やな!有里、よろしく頼むわー。優しい良い子やねん。でもな…」

 

でもな?

 

広田さんはちょっと目を伏せながら言葉を詰まらせた。

 

「…弱い子ぉやねんなー。」

 

誰に言うでもなく、広田さんは呟いた。

 

弱い子…

それは何?

意思?

気が?

身体が?

 

だから…「アレ」をやるっていうの?

 

「…弱い…。そう…なんですねぇ…。会えるの楽しみです!」

 

怖い。

麗さんに会うのが怖い。

でもどこか楽しみにしている自分がいた。

 

 

今「花」で指名をとるのは私と明穂さんと詩織さんだけ、と言っても過言じゃないくらいだった。

 

その中でも私の指名の数がどんどん増えているのは明白だった。

 

このまま一番になってここを去りたい。

 

そんな欲が出てきはじめていた。

と同時に「そんなこと無理に決まってんじゃん。」と思っている自分もいる。

控室の呼び出しコールが聞こえるたびに私はドキドキとしていた。

 

 

「有里さん。有里さん。」

と名前を呼んだあと、「はい」のこちら側の返事を待って

「ご指名です」や「お客様です」が聞こえるから。

 

この「はい」の返事の一拍の時間。

「ご指名です」と言ってくれ!と願う。

 

毎回控室に居る時の呼び出しコールは生き死にがかかってるくらいのドキドキだった。

 

麗さんが帰ってきたら私の一番はきっとなくなるだろう。

 

麗さんに会うのが怖いと思う理由の一つがそれだった。

いままでついたお客さんに何人も麗さんのファンがいた。

 

「細くてなぁ」

「可愛らしい子ぉやったなぁ」

「すごい良い子やねん」

「あんないい子、なかなかおらんわー」

 

そんな言葉をたくさん聞いた。

 

私はそんな言葉を聞くたびに嫌な気分になっていた。

そしてお客さんからそんな風に慕われてる麗さんがうらやましかった。

 

でも不思議なことに麗さんを慕うお客さんたちが私を指名したりしていた。

体型がまるで違うのに。

 

麗さんが帰ってきたらあのお客さんたちは私を指名しなくなるな…

 

考えると怖くなった。

目の前で差を見せつけられるのはやっぱり嫌だ。

 

 

不安だった。

 

 

 

数日たったある日。

 

出勤すると広田さんと田之倉さんがバタバタと動き回っていた。

 

「おは…ようござ…いまーす。」

 

そのバタバタの様子がなんだか異様で挨拶もままならなかった。

 

「お!有里!おはよう。」

 

忙しく動き回りながら通り過ぎ様に広田さんが言う。

なんだか広田さんが生き生きしていた。

 

控室に行くとおねえさん達の様子がおかしかった。

なんだかピリピリしている。

 

「おはよう…ございます…」

 

みんな立ったまま何か話している。

まだ全員私服のままだった。

 

「あ、有里ちゃん。おはよう。」

 

明穂さんがなんとか笑顔をつくって挨拶をしてくれた。

 

「どう…したん…ですか…?」

 

みんななんとなく暗い表情をしていた。

 

「麗ちゃん、今日これから戻ってくるって。」

 

裕美さんが淡々と言った。

 

「さっき店にちょっとだけ来てな。またどこかへ行ってしまったんやけどな…」

 

たまきさんが暗い顔をしている。

 

「…それが…めっちゃ細くなっててなぁ…」

 

麗さんが店にちょっと来た時、まだここにはたまきさんしかいなかったらしい。

麗さんのその様子をみたのはたまきさんだけだった。

 

「…あれは働かせたらあかんやつやで…やばいって…。」

「なんで広田さんは…」

「なんか怖いわ…」

「おしっこ検査…やっぱり見逃したんかなぁ…」

「…信じられんわ」

 

みんな立ったまま怖さを共有していた。

私はその話を聞いてるだけで胸がドキドキしていた。

 

「…でも…また人気が出たりしちゃうんやろなぁ…」

 

やるせない表情で裕美さんが言った。

 

みんなは「…そうなんよねぇ…」や「しゃーないわなぁ…」や「なんか嫌やわぁ…」と呟いていた。

 

 

「…とりあえず準備しよか?…」

 

明穂さんが空気を変えるように言う。

 

「あ!そうやね!」

「そうやったそうやった。」

「ま、しゃーないな。」

 

みんなは何かを打ち消すようにバタバタと準備を始めた。

 

 

これから麗さんがやってくる。

みんなが言うにはあきらかに「ソレ」をヤッている子だ。

でもお客さんも広田さんも原さんさえも「めっちゃいい子や!」と言う。

 

どういうことだろう…?

 

私は「ソレ」をヤッている子に会ったこともないし見たこともない。

 

「…怖いな…」

 

個室で準備をしながら呟いた。

 

 

 

夕方近く。

みんななんとなくピリピリしながら過ごしていた時、裏口近くでバタバタと音が聞こえてきた。

 

「…来たんやない?」

 

明穂さんが口を開いた。

 

「…え?来た?」

 

たまきさんが嫌な顔をした。

 

私はただただドキドキしていた。

 

バタン。

 

ドアが開いて広田さんがドスドスと控室に入ってきた。

 

「おー!みんなー。麗が戻ってきたでー!」

 

ニコニコしている広田さん。

声がひときわ大きかった。

 

「おう!こっち入れー!」

 

広田さんが手招きをする。

 

「…あ…おはようございます…」

 

広田さんの大きな身体の後ろから、ひょろっと細い色黒な女の子が顔を出した。

 

「久しぶりです…よろしくお願いします。」

 

ひょろひょろのカラダと小さな顔。

その女の子は、大きな目をぎょろぎょろと動かしながら恥ずかしそうに笑って挨拶をした。

 

 

「有里、麗や。麗、あの子は有里や。会ったことないやろ?」

 

広田さんは私に麗さんを紹介した。

麗さんにも私を紹介した。

 

「…えと…有里です…お噂はかねがね…です。」

 

緊張しすぎて変な挨拶になってしまった。

麗さんは私のその挨拶を聞いてケラケラと無邪気に笑った。

 

「あはははは!お噂って…悪いヤツばっかりなんやろ?あははは!有里ちゃん?可愛らしい子やね。よろしく。」

 

麗さんは骨と皮とほんの少しの筋肉とほんのほんの少しの脂肪がついた、シワシワと言ってもいいカラダでケラケラと笑っていた。

 

大きな目、整った鼻筋、小さな可愛らしい口。

肩先まである茶色に染めた髪はパサパサだけど、それをも愛らしく思えるような雰囲気を醸し出していた。

 

ノースリーブのワンピースから伸びた腕は枝のように細く、見ずにはいられなかった。

そして、そのびっくりするような細さの腕の肘あたりには不自然なほどの本数のシュシュがつけられていた。

 

あぁ…

あれか…

 

両肘につけられたカラフルな色の数本のシュシュ。

私は見ないようにしようと思ってもそこから目が離せないでいた。

 

 

どうしてノースリーブなんか着るんだろう…

 

目の前にいるのはほんとに人間なんだろうか?と思える程、麗さんは異様な雰囲気を放っていた。

 

 

つづく。

 

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53 - 私のコト

 

 

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