私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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「みんな宜しくたのむなー!」

 

広田さんは大きな元気な声で言いながら控室から出て行った。

麗さんはその後を追って「個室の準備してきまーす」と言いながら出て行った。

 

「…ガリガリやな…」

 

明穂さんが小さな声で言った。

 

「…そうやろ?…」

 

たまきさんが答える。

 

「…あれ…見た?腕の…あれ、おかしいやろ?」

 

裕美さんが苦笑いをしながら言う。

 

「…大丈夫…なんですかねぇ…」

 

新人の加奈さんが遠慮がちに呟く。

 

控室に変な空気が流れる。

妙な緊張感だった。

 

私はただただ怖かった。

 

その時、珍しく詩織さんが控室にやってきた。

 

「お疲れさまー。麗ちゃん…戻ってきたなぁ。」

 

詩織さんが控室に来るなんて今まで一回もなかった。

詩織さんはなんの躊躇もなく控室に足を踏み入れ、みんなと普通に話し出した。

 

「そうやねん…。もう会った?」

 

明穂さんも普通に詩織さんと話し始めた。

私が「花」に来たとき、詩織さんの話しをするとあれだけ嫌な顔をしたのに。

 

「さっき廊下で会ったわ。…あれさ、みんなはどう思ってるの?」

 

詩織さんはいつの間にか控室の座椅子に座り込み、肘をつきながら自然に会話をしていた。

 

「…まぁ…なぁ…今回も長くは続かんと思うけどなぁ…」

「前回よりもひどくなってると思うでぇ…」

「腕…見たやろ?…きっついなぁ…」

 

みんなの言葉が私のドキドキを一層強くした。

 

「そうやんなぁ…。広田さん、なに考えてるんやろう?アホやなぁ…」

 

詩織さんは頬杖をつきながらため息交じりにそう言った。

 

「はぁ…」

 

みんなが溜息をついた。

どうにもならない。

誰もどうすることもできない。

 

黙るしかなかった。

 

「…ま、なるようになるわなー。有里ちゃん、何かあったら教えてくれる?」

 

詩織さんが私に向かって言った。

 

「え?…あ…はい。」

 

何かってなんだろう?

そしてなんで私なんだろう?

 

「じゃ、行くわ。急にごめんなぁ。」

「うん。また。」

「お疲れさまー」

 

詩織さんが個室に戻っていく。

あんなに詩織さんのことを良く思ってない感じだったおねえさん達が、普通に詩織さんと話をしていた。

そして今も詩織さんが来たことにたいして誰もなにも言わない。

 

麗さんという強烈な相手が表れたことで、「花」がなんとなく団結していってるように見えた。

 

 

 

 

その日の控室はいたたまれない空気に包まれていた。

そんな日に限ってお客さんが少ない。

私は見ないようにしようと思いながらもつい麗さんを目で追ってしまっていた。

 

「お腹空いちゃったなー」

 

そう言いながら台所に行く麗さん。

私は(『アレ』をやってるとお腹が空かないて聞くけど…)と思いながら、麗さんがどれくらいの量のものを食べるのかチラとみてしまう。

 

見ると小さなお皿にほんの、ほんのちょこっとのご飯とおかずを乗せていた。

台所にあるダイニングテーブルに座り、少しずつ食べ物を口に運ぶ麗さん。

ゆっくりゆっくりとほんの少量の食べ物を口に入れていく。

 

「…麗さん、それだけですか?少なすぎませんか?」

 

私は近づいて話しかけてみた。

 

「そう?いつお客さんつくかわからんやろー?私、食べてしまうと出来ないんよぉ。有里ちゃんは?食べても平気なん?」

 

屈託のない笑顔で答える麗さん。

声も明るくて人懐っこい。

 

…かわいいな…

 

そう思ってしまった。

 

「私もあんまり食べないようにしてるんですよー。まぁ私の場合はダイエットですけどねー。あははは!」

 

明るく答える私。

麗さんの近くでもっと話したいと思っていた。

 

「有里ちゃん人気あるらしいなぁー。可愛らしいもんなぁ。ダイエットいらんてー。」

 

嫌味の無い本気のやつに聞こえた。

この人、ほんとにいい子なんだと思う。

 

「また!麗さんの人気っぷりはもう十分ってほど聞いてますよ!何人もお客さんに言われたんですから!ほんま、たまらんですよー!」

 

私は麗さんの肩にポンと触れた。

その肌は冷たくて骨ばっていた。

 

「えー!そんなん言うてくれるお客さんおるー?そうなんやー。」

 

 

普通だった。

悲しいくらい普通だった。

 

私は「アレ」をやってるなんてただの噂なんじゃないの?と疑いたくなっていた。

そう思いたい私の目に、両腕に付けられた色とりどりの数本のシュシュが飛び込んでくる。

 

「『コレ』をやってる子ぉは甘い独特の匂いがするんや。」

 

原さんの言葉を思い出す。

私はその独特の匂いを知らない。

麗さんからその甘い匂いがするか確認したかった。

…でも麗さんは香水をつけていてその匂いは確認できなかった。

 

私は麗さんがヤッてないという証拠を集めたい気持ちになっていた。

そんなのは噂だ!と自分の中だけでも思いたかった。

 

「ごちそうさま!ちょっとトイレー!」

 

麗さんが食器を片づけトイレに立った。

私が控室に戻るとたまきさんが私に話しかけてきた。

 

「有里ちゃん、どやった?」

 

みんなが聞き耳をたてる。

 

「どやった…っていうか…『アレ』やってるなんてほんとなんですか?」

 

ほんとにそう思いたくなかった。

 

「あぁ…有里ちゃん…みんなそう思うねん。あの子と話すとみんなそう言うねん。私も何度もそう思ったんよ。あの子ほんまにいい子やから…。でもなぁ…」

 

明穂さんが切なそうな顔でそう言った。

 

「…今トイレ言うて二階に上がったやろ?ここにもトイレあるのに…。今多分個室で打ってるで。」

 

たまきさんの冷たい口調が突き刺さる。

 

え?!

今?!

個室で?!

 

「…これからの行動見とき。そのうちわかるから…。」

 

裕美さんがなんとも言えない表情で言う。

 

 

そのうちわかる…。

まさか…。

 

しばらくして麗さんがトイレから戻ってきた。

確かにトイレにしては長い。

でも今までだって個室で少し休むおねえさんもいたし、別にそんなにおかしいことでもない。

 

「信じたくない!」の気持ちが一層強くなっていた。

 

 

座椅子に膝を少し曲げてちょこんと座る麗さん。

背もたれに身体を預け、太ももの上に分厚いマンガを乗せていた。

 

私はチラチラと麗さんを観察していた。

別段変わったところは、ない。

挙動不審でもないし目も泳いでたりしない。

そこには少し細い、可愛らしい女の子がただ座ってるだけのように見える。

 

…やっぱり噂だけかもしれないな。

だって誰も確認してないし、その現場を見たわけでもないし。

肘に巻いているシュシュはただの趣味かもしれない。

痩せてるけど、ただそういう体質かもしれないじゃん。

 

そんなことを思っていた。

その時。

 

シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!…

 

 

すごい速さでその音が繰り返されていた。

私はその光景が信じられなくて目を見開いたまま動けなくなっていた。

 

麗さんは太ももの上に置いた分厚いマンガのページをものすごい速さでめくっていた。

そこにはただページを狂ったようにめくり続けている麗さんの姿があった。

 

分厚いマンガをすごい速さでめくり終えた麗さんは「もう終わっちゃったー」と言いながら次のマンガを太ももの上に置いた。

 

 

シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!シュッ!バサッ!…

 

明穂さんが私に目配せをする。

たまきさんが私のとなりで「な?」と小声で言う。

 

私は怖くて身動きができなくなっていた。

 

その時、シュッ!バサッ!の音が急にやんだ。

麗さんがマンガのページを突然凝視し始めた。

 

バンッ!

バンッ!

バンッ!

バンッ!

 

麗さんがマンガのページのそこかしこを急に叩き始める。

だんだんと両手を空中でパンッ!と会わせ始める。

 

パンッ!

パンッ!

バンッ!

ダンッ!

ダンッ!

 

空中で手を叩く。

テーブルを叩く。

マンガを叩く…

 

その動きが止まらない。

 

「…麗さん!…どうしたんですか?」

 

私はいたたまれなくなって声をかけた。

 

「…え?虫!…虫が…いるんよ!」

 

麗さんはそこかしこを叩きながら答えた。

 

怖い…

私は背筋にゾッとするものを感じた。

 

「麗さん!虫、います?こっちからは何にも見えませんよ!」

 

つい大きな声で言ってしまった。

もうやめて欲しかった。

いますぐそんな姿を見せるのをやめて欲しかった。

 

「…え?…そう?…あー…よかったぁ。やっといなくなったわぁ。」

 

麗さんは本気でホッとしたような顔で言った。

 

控室はずっとピリピリとした緊張感に包まれていた。

 

 

「麗さん。麗さん。」

 

控室のスピーカーから呼び出しの声が聞こえる。

 

「はぁい!」

 

麗さんが元気な声で答える。

 

「ご指名です。」

「はぁい!」

 

久しぶりの出勤で指名。

噂では広田さんが顧客に連絡を入れまくっていると聞いた。

麗さんが帰ってくるのを待っているお客さんはたくさんいる。

 

その時の私の中には「嫉妬」という思いは微塵もなく、ただただ「心配」と「切なさ」だけがあった。

 

「いってきまーす!」

 

明るく控室を出て行く麗さん。

個室でも明るく接客をするんだろう。

 

私はなんだか見てはいけないものを見てしまった怖さを全身で感じていた。

 

 

 

つづく。

 

 

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54 - 私のコト

 

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