私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

205

 

翌日、私は待ち合わせの時間に遅れないように身支度を整え、初めて行く阪急塚口駅へ向かった。

 

比叡山坂本と違って人が多い。

そして街の『色』がカラフルに見えた。

 

「ゆきえー。こっちこっちー。」

 

駅前できょろきょろしているとコバくんが手を振り私を呼んだ。

 

「迷わへんかった?」

 

歩き出しながらコバくんが優しい笑顔で私に聞いた。

 

「うん。大丈夫。」

 

初めての場所はわくわくする。

もしかしたら私はここに住むかもしれないんだ。

 

「すぐやから。ここからすぐやで。」

 

横断歩道を渡り、すぐ先にローソンが見える。

 

「あ、あれあれ。ローソンの上やねん。」

 

ローソンの上は茶色の綺麗なマンションになっていた。

そこがコバくんが薦めている場所だった。

 

「うわ。ほんまに駅から近いんやねぇ。」

 

「うん。すぐやろ?それでこの家賃はなかなかないと思うんや。」

 

マンションの前に着くと、不動産屋の方が待っていてくれた。

 

「あ、どうもー。○○不動産の者です。よろしくお願いします。」

 

スーツを着た若い男性が深々と頭を下げた。

 

「急にすんません。こちらがこの部屋を検討している方です。」

 

コバくんが不動産屋さんに私を紹介する。

 

「あ、よろしくお願いします。」

 

私はどこか他人事のように感じながら挨拶をした。

 

「あのぉ~、まだ候補のお部屋に人が住んでましてねぇ。明後日には部屋を出るんですよ。その方が。でもまだいらっしゃるんで内覧ができないんですよぉ。」

 

スーツの男性が申し訳なさそうに言う。

 

部屋の中が見られない?

えー…

 

「え?そうなん?あれ?昨日中見せてもらえるかもって言うてましたよね?」

 

コバくんが驚きながら聞く。

 

「あー…そうなんですけど…住んでらっしゃる方がやっぱり部屋がぐちゃぐちゃだから無理だとおっしゃって…」

 

「えー!…まぁしゃーないか…ゆきえ、どないする?」

 

え…ーと…

中が見られない。

で?どうする?と。

 

「中は凄い綺麗ですよ。もちろん今住んでらっしゃる方がでましたらリフォームもきちんとしますし。間取りもいいですし日当たりもいいですよ!」

 

不動産屋の若い男性が頑張って薦めている。

 

「この家賃では珍しくトイレとお風呂も別ですし、なんといっても駅が近いですからねぇ。この物件はすぐに埋まってしまうんですよ。なので決めるなら今かと思います。

手付だけしておいてもらえれば押さえておきますよ!このレベルの物件はなかなかないですよー。」

 

駅は…すごく近い。

お風呂とトイレが別なのはありがたいし、それがいい。

日当たりがいいと言っている。

…うーん…

 

「敷金と礼金は一ヶ月ずつなんやな?仲介手数料は?」

 

コバくんが話しを薦めている。

私をこの部屋に住まわせたい気持ちが強いことがわかる。

 

「はい。手数料は一ヶ月分です。で!オーナーさんが今決めてくれれば礼金はいらないと言っています!お得ですよねぇー。」

 

「え?そうなん?それすごいな。ゆきえ、どない?」

 

「…うーん…そうやねぇ。コバくんはここがいいと思ってるん?」

 

「…うん。俺はここがいいと思ってるし、はよ決めたいと思ってる。外観も綺麗そうやし、リフォームもしてくれるいうてるから…どうかな?」

 

私たちがごにょごにょと話していると不動産屋の若い男性が数枚の写真を見せてきた。

 

「こちらが内観です!綺麗じゃないですか?」

 

マンションの内部を映した写真。

確かに綺麗だし日当たりも良さそうだった。

 

「…うん。綺麗やね。」

 

私は新しい街に来て、綺麗なマンションの外観を見て、心が揺らいでいた。

そしてすぐにでもこの身をこの場所に移したくなってきていた。

新しい生活を考えるとわくわくする。

この場所で1人暮らしができるかと思うと、なんだか明るい未来が待っているような気がしてくる。

 

「…ここに決めない?」

 

コバくんが私の背中を押す。

 

他の場所を見てるヒマなんかない。

私は早く自分の居場所を確保したいと思っていた。

そして早く滋賀県から出たいと思っていた。

 

 

「…うん。そうやね。ここにするわ。」

 

内覧をしていない不安はあったけど、もしなにかがあったらどうにかしよう。

場所に慣れることはできるだろう。

 

「ほんま?ほんまに?いいん?やった!そうしよう!」

 

コバくんは嬉しそうに笑った。

 

「じゃ、ここにします。お願いします。」

 

コバくんが不動産屋の男性に言う。

 

「あ、ありがとうございます!では書類の説明をしますね。」

 

マンションの入口の前でずっと立ち話をしている私たち。

書類の説明も立ったまま聞いているのがなんだかおかしかった。

 

「で、ここに保証人さまのお名前と印鑑が必要です。保証人さまはどなたか身内の方でお願いしたいのですが大丈夫ですか?」

 

あ…

保証人…

 

すっかり忘れていた。

保証人の存在を。

 

「え…と…どうしょう…」

 

親には連絡したくない。

というかできない。

姉や兄にももちろんできない。

そして連絡したからといって保証人になってくれるわけもない。

 

胸がドキドキする。

私は一人では何もできないことを再確認する。

部屋すら借りられない。

 

なす術もなく、さっきまでわくわくしていた気持ちも萎み、胸の中に冷たい風が吹き抜ける。

 

 

「あ、僕婚約者なんですけど、僕じゃだめですか?」

 

コバくんがふいにそんな事を口にした。

 

「え…と。そうですね。多分…大丈夫だと思います。ちょっと聞いてみますね。」

 

不動産屋の男性がおもむろに電話をかけ始める。

 

 

「コバくん…いいの?保証人なんて…いいの?」

 

小さい声でコバくんに聞く私。

 

「おう。俺がなるで。大丈夫。俺、婚約者やから。ははは。」

 

照れたように鼻を触るコバくん。

申し訳なくて泣きそうだ。

 

「あ、大丈夫みたいです!ではここに婚約者さまのお名前捺印、それから…」

 

いつの間にか保証人の件は片付き、契約に関する話しがどんどん進んでいた。

 

「では書類の方、お願いいたします!で敷金と仲介手数料と最初の一ヶ月分の家賃をここに振り込んで頂けますか?書類は持って来ていただいても郵送でも大丈夫です。」

 

「あ…はい…わかりました…」

 

「すぐやります。よろしくお願いします。」

 

まるでコバくんが部屋を借りるみたいに話しを進めている。

私は契約がほとんど決まっているのに、ずっと他人事のように見ている。

 

「では。わからないことがあったらいつでもご連絡ください。ありがとうございましたー!」

 

不動産屋の男性がにこやかにその場を去った。

私は頭を下げながら、ポカンとしていた。

 

「よかったな。決まって。」

 

コバくんがニコニコしながら私に言った。

 

「え…うん。ありがとう。私、何にもしてない…」

 

ポカンとしたまま答える。

 

「ええやん。これからたくさんいろんなことするんやろ?俺は場所を整えるだけや。あ、ゆきえ。書類書いておいてな。帰ったら保証人の欄に記入するから。」

 

「あ…うん。ほんまにええの?」

 

「ええんやって!俺がやりたいの!あ、それから帰ったら引っ越しのこと話し合おう。いつどうやってやるか考えておくから。な?」

 

「あぁ…うん。そうやね。」

 

「あ、それから敷金とかもろもろ俺が払っておくから。俺かて積み立てとかあるんやで!ゆきえ、K氏にお金たくさん払ってしまったからもうあんまりないやろ?そやからそれだけ払わして。ゆきえはこれからの生活があるんやから。俺はどうにでもなるしな。な?」

 

「え…?」

 

コバくんは引っ越しにかかる諸々を自分が払うと言ってきた。

ニコニコと笑いながら。

 

私はこの人と一緒には住まないと言ったのに。

苦痛だと言ったのに。

 

この人は一体何なんだろう。

 

「そんな…。あかんて。それはあかんやろ。なんで?」

 

私はポカンとしたままコバくんに「あかん」と言った。

目の前で起こっていることに着いて行けず、私はいつまでもポカンとしていた。

 

「あかんくないって。そうさせてや。俺がそれのがいいんやって。ゆきえかてそれのが楽やろ?お金少しでも持ってた方が気持ちが楽やろ?それにその方が思う存分次の仕事を吟味できるやんか。な?」

 

確かにK氏にお金を渡してしまって、手元にあるお金は心もとない金額だけになっていた。

先のことなんて考えていなかったから。

 

「…うん…コバくんがそうしたいん?」

 

「そうやって!俺がそうしたいの!ゆきえには色々お世話になったからな。ゴハンとかお弁当とか。掃除に洗濯やろ?どこかに遊びに行くときもよくゆきえが払ってくれたやんか。俺の高速代を心配してくれたやろ?そやからお返しやで。な?」

 

コバくんは兵庫県から滋賀県まで毎日通っていた。

高速代を払いながら。

その額を私は知らないけど、なんとなく気にして、家賃や光熱費をもらうことはなかったし、どこかに遊びに行くときにも私が先回りして払っていることが多かった。

私の方が格段に稼いでいたから当たり前の話しなんだけれど。

 

「…なんか申し訳ないわ…」

 

いたたまれない。

自分が情けない存在に感じる。

ズルいし小さいし無力だ。

 

私は有里ちゃんじゃなくなって、これからやっていけるのかと不安になっていた。

 

「申し訳なくなんか感じなくてええ。ゆきえはこれからのことを考えたらいいんや。な?じゃ、俺仕事戻らな。また帰ったらゆっくり話そう。帰り気ぃつけてや!」

 

「…うん。わかった。ありがとう。」

 

「ゆきえ!大好きやで!」

 

「んふふ。ありがとう。私もやで。」

 

手を大きく振って歩き出すコバくん。

すごい笑顔だった。

 

「…はぁ…」

 

阪急塚口駅に戻る道。

綺麗な駅前の道を歩きながら、私は今起こった出来事がやっぱり他人事のような気がして心がポカンとしたままだった。

 

この街に住むことになりそうだなぁ…

 

そんなことを思いながらきょろきょろと周りを見回す。

 

私はここで買い物をするのかもしれない。

私はこの道を何度も何度も通るのかもしれない。

 

どこに向かっていくんだろう。

私はどうやって生きていくんだろう。

 

足がちゃんと地に着いていないような感覚のまま私は電車に乗り、自分の部屋に帰って行った。

 

 

 

つづく。

 

 

続きはこちら↓

206~最終話~ - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

はじめから読みたい方はこちら↓

はじめに。 - 私のコト