私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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「それでしたら…小切手になさってはいかがでしょう?」

 

男性は少し首をかしげながら私にそう言った。

 

小切手…

小切手か…

 

「あぁ…小切手ですかぁ…うーん…」

 

700万円の現金をドンッとK氏の前に差し出し、そして謝罪をする。

そんなイメージが私の中にずっとあったので、窓口の男性の申し出になかなか応じることができなかった。

 

「どうしても現金では無理ですかねぇ…」

 

私は私のイメージにしがみつく。

 

「うーん…無理ですねぇ…」

 

窓口の男性が私のイメージを壊す。

 

小切手か…

あの小ぶりの風呂敷に小切手を包むのか…

 

「…じゃあ…仕方がないですね…小切手でお願いします…」

 

私は自分の抱いてきたイメージを脳内でぶち壊す。

自分が監督している映画を作り直しているみたいな気分だった。

 

「はい。誠に申し訳ございません。今ご準備いたしますね。」

 

窓口の男性はペコっと頭を下げ、また首をかしげて私に言った。

 

しばらくすると、私の手元にはペラペラの紙切れが一枚だけやってきた。

 

これが700万円?

この紙切れが?

ただの紙切れにしか見えないけど。

でもこれが700万円だというんだから、きっと大事に扱わなければいけないんだろう。

私は丁寧にその紙っ切れをバッグにしまった。

 

「ご利用ありがとうございました。」

 

男性が深々と頭を下げる。

 

「あ、はい。ありがとうございました。」

 

私はペコっと頭を下げて、郵便局を後にした。

 

 

思ったような形ではないけれど、一応700万円が私の手元にある。

これを渡せばいい。

私は少しホッとして町田の街を歩いた。

時計を見ると14時半少し前。

もう約束の時間まで30分ほどしかない。

私は足早にホテルに向かった。

 

約束しているホテルは町田駅のすぐ近く。

ここで私の姉が結婚式を挙げたことを思い出す。

 

ほんの少しだけ時間が早かったけれどフロントでチェックインを済ませ、予約していたセミダブルの部屋に入ることができた。

 

荷物を置いてベッドに座る。

 

「ふう!」

 

大きな息を吐く。

 

いよいよだ。

さっきまでなんともなかった心臓が急にバクバクと音を出しはじめる。

 

「うぅ…」

 

何故か涙が流れる。

 

「うぅ…うーー!うぅーーー!!」

 

緊張からなのか、殺されてしまうかもしれない恐怖からなのか、自分の情けなさを感じてなのか、自分がいなくなってしまうかもしれない寂しさからなのか、涙の理由はわからない。

 

私はベッドに倒れこみ、ひとしきり泣いた。

 

 

「はぁ…!ふぅ~…」

 

息を吐き、呼吸と気持ちを整える。

サッと涙を拭き、ベッドに腰かけながら壁に取り付けられている姿見に自分の顔を映す。

泣き顔に見えないように顔を整えてから、「さ、やるよ。」と自分自身に声をかけ、ベッドから立ち上がった。

バッグから携帯電話を取り出し、K氏に電話をかける。

 

プルルルル…

プルルルル…

 

呼び出し音が鳴る。

私の鼓動はホテルの外にまで聞こえてるんじゃないかと思うくらいの音をたてていた。

 

「もしもし?!」

 

K氏の大きな声。

 

「もしもし。ゆきえです。」

 

「おう!今どこだ?!」

 

K氏は明るい元気な声で私に聞いた。

K氏は機嫌がすこぶるいい時にこういう声を出す。

でも逆にすこぶる不機嫌な時にわざとこういう話し方をする時もある人だった。

これはどっちだろう。

 

「ホテルエンプティの502号室にいます。お兄さんはどこですか?」

 

私はK氏のことをずっと『お兄さん』と呼んでいた。

そう呼べと言われたから。

 

「おう!今ホテルの目の前にいる。もう行っていいのか?」

 

明るい。

やたら明るくて元気だ。

声がやけに大きい。

 

「あ、はい。どうぞ。」

 

私は緊張しながら小さな暗めの声で答えた。

 

「じゃ今すぐ上がる!」

 

「お待ちしています。」

 

 

ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ…

 

「はぁ…はぁ…」

 

鼓動が激しくて息苦しい。

私の“これから”がもうすぐ決定してしまう。

“これから”が『ある』のか『ない』のか。

そしてK氏は私に何を言い、何をするのか。

 

私は姿見に全身を映し、身なりを整えた。

そして自分の顔をチェックし、マスカラとアイラインが崩れていないかを確認した。

 

 

ピンポンピンポーン

 

入口のチャイムが鳴る。

ドキッ!と鼓動がより激しくなる。

 

「はい。」

 

鼓動の音とは裏腹に、冷静を装った返事をしながらドアを開けた。

 

ガチャ。

 

「おう。ひさしぶりだなぁ~。」

 

「はい。お久しぶりです。お呼びだてしてすいません。どうぞ。」

 

「おう。」

 

K氏は上品な茶色のツイードのジャケットを着て、胸ポケットから柘榴色(ザクロいろ)のポケットチーフを美しく覗かせていた。

そして外出の時には欠かさないドルチェ&ガッパーナのサングラスをかけていた。

 

私はバタンとドアを閉めてくるりと振り返り、

 

「今日はわざわざすいませんでした。お久しぶりです。」

 

と深々と頭を下げてもう一度挨拶をした。

 

「頭をあげろよー。顔をみせてくれよ。」

 

K氏は優しい口調でそう言った。

私は頭を上げてK氏の顔を見据えた。

K氏はサングラスを外し、私の全身を上から下まで見た後こう言った。

 

「綺麗になったなぁ。」

 

笑顔で言うK氏。

戸惑う私。

「綺麗になったな」と言われたいと思っていたけれど、いざ言われるとひるむ。

 

「いや…そんなことないです…」

 

声が震えている。

 

「いや。綺麗になった。久しぶりなんだからハグぐらいさせてくれよ。」

 

K氏は私の両腕を掴み、私のカラダをぐいと抱き寄せる。

 

「え…」

 

私が返事をする間もなく、K氏は私を優しく抱きしめていた。

 

「ほんとに久しぶりだなぁ。俺はお前に会えて嬉しいよ。」

 

抱きしめながら私の耳元で囁く。

私のカラダは硬直し、「え…」と戸惑うことしかできない。

 

「とりあえず話そう。な?」

 

K氏は私のカラダを離し、「ここに座っていいか?」と一つしかない椅子を指差した。

 

「はい。どうぞかけてください。私はここに失礼してもいいですか?」

 

K氏が腰かけた椅子のすぐ横にあるベッドを指差し、K氏に訊ねる。

 

「おう。もちろんだよ。」

 

私は緊張しながらベッドの端に腰かけ、ドキドキしながら話し始めるきっかけを窺っていた。

 

「で?お前さんから何か話があるんだろ?」

 

K氏はどっかりと足を広げて椅子に座り、上半身を私の方にぐいと寄せ、笑いながら私を見た。

 

「あ…はい。あの…」

 

緊張しすぎてうまく話せない。

悔しい。

これじゃあかっこ悪すぎる。

 

私は心の中で「えい!」と唱え、K氏の目をグッと見た。

 

「今日はどうしても渡したいものがあったのと、きちんと謝罪がしたくてきました。

先にこちらをお渡しします。」

 

私はバッグから小さな長方形の形をした風呂敷包みを出し、K氏に差し出した。

 

「え?なんだよ。これ。」

 

K氏は受け取らず、両手を前に組んでいる。

 

「こんなものを今さら渡されても何にもならないかと思います。でもどうしてもお渡ししたくて。これを渡さなければ今後の私はありません。あ、いえ。これを渡した後なら殺されてもいいと思いながら今日まで生きてきました。」

 

私はK氏の目を真剣に見つめながら、必死になって自分の気持ちを伝えた。

 

「…お兄さんの元を逃げ出してしまって申し訳ありませんでした。」

 

私は涙をこらえながら頭を下げ、小さな風呂敷包みをもう一度グッとK氏の前に差し出した。

 

「…なんだよ。これ。」

 

K氏は私の手から風呂敷包みを受け取り、サッと広げた。

 

 

「…お前…これ…おい…なんだよ…おい…お前何やってんだよ…えぇ…?」

 

K氏は包みを広げて中身を見ると、驚いて頭を抱えていた。

 

「お…まえ…おい…えぇ…?…はぁー…」

 

K氏は机に小切手を置き、ジャケットの右ポケットからハンカチを取り出して

自分の目をぬぐっていた。

 

「え…?」

 

K氏が泣いている。

 

…なんで?

 

「おまえ…何やってんだよ…おい…」

 

私はK氏が泣いている姿を見て泣いた。

 

「ほんとに…ほんとにすいませんでした…私、殺されてもいいんです。殺される覚悟で来たんです。ほんとです…。」

 

泣きながら頭を下げる私。

 

「…おい…ゆきえ。」

 

涙を拭いズズッと鼻をすすった後、K氏は両手で私の両頬を挟み、私の顔を持ち上げた。

 

すぐ目の前にK氏の顔がある。

真剣な目で私を見ている。

 

「おまえなぁ…」

 

すごい力で私の顔を持ち上げるK氏。

怖い顔で私を見ている。

 

いよいよかもしれない。

いよいよ私はやられてしまうのかもしれない。

 

「はい…すいませぇん…」

 

両頬を挟まれながら泣きながら謝る私。

 

「おまえなぁ…」

 

鼻がぶつかりそうな距離でK氏が怖い顔で私にすごむ。

 

「は…はい…」

 

私の顔はもうぐちゃぐちゃだ。

このまま私自身も早くぐちゃぐちゃにしてくれ。

 

私は恐怖を感じながら、殺るなら早く殺ってくれと思っていた。

 

 

 

つづく。

 

 

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