私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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疲れた身体と心を引き締めて仕事に向かう。

あと何回この道を通るんだろう?と思いながら。

 

タクシーの窓から外を眺めると、見慣れた寂びれた道が続き、そしてその先にうっすらと琵琶湖が見える。

琵琶湖がすぐそばにあるのがいつの間にか当たり前になっていることを感じ、そしてタクシーの運転手さんに「最近店忙しい?」と車中で聞かれるのが普通のことになっている不思議を感じていた。

 

私はこの約11か月の間でれっきとした『雄琴ソープ嬢』になっていた事実にハッと気づく。

私は雄琴に来る前の私とまるで変わっていない『私』のままなのに、いつの間にか『雄琴ソープ嬢』として見る人たちが周りに増えているし、こともあろうか私が私を『雄琴ソープ嬢』として扱っている時間が増えている。

 

 

「ぼちぼちですかねぇ。運転手さんは?忙しい?」

 

私は『雄琴ソープ嬢』らしい返事を運転手さんに返す。

 

「いやぁ~、お姉さんたちほどやないわぁー。ぼちぼちって答えるってことはお姉さんは売れっ子ってことやなぁ~。綺麗やもんなぁ。お姉さんみたいな人が出てくるんやったらおじさんも店に行きたいわぁ。」

 

ほら。

運転手さんも私を『ソープ嬢』として扱うでしょ。

 

雄琴に来たばかりの時はタクシーの運転手さんに『ソープ嬢』だとわかってはいけないのかもしれないとさえ思っていたのに、今はこの町ではソープランドと運転手さんは共存しているということを知った。

 

 

「もう~!うまいやんからぁー。そんなこと言うてほんまに来てくれた人おらんでぇー。嘘ばっかりやなぁ~。あははは。」

 

「ちゃうちゃう!おじさんたちの給料安いんやから!お姉さんくらいの人がいる店は高いやろぉ?なかなかいかれへんのやで。ほんまは行きたいんやでぇ。」

 

「はいはい。たくさん稼いだら来てな。」

 

「ほんまに行くで!名刺持ってるん?おじさん欲しいわ。」

 

「あはは。名刺は持ち歩いてないねん。シャトークイーンにおるから。」

 

「名前は?名前教えてくれる?」

 

「んふふ。有里です。覚えた?有里。」

 

「え?アリ?アリンコのアリ?」

 

「もー!里が有るで『有里』!」

 

「へー!珍しい名前やなぁー!もう覚えたで!絶対行くから!」

 

「はいはい。ありがとうなぁー。」

 

 

こういう会話を何度交わしてきただろう。

私はいつも『有里』というキャラクターを演じる。

ソープ嬢の有里ちゃん』のキャラクターに一瞬にしてなれるようになったのだ。

そしてそれが嫌いではない。

むしろ好きな方だ。素の自分ではないから。

それももうすぐ終るのかと思うとなんだか胸がキュッとなる。

この日常がもうすぐなくなる。

 

 

「おはようございまーす!」

 

店の裏口から控室に向かう。

 

「あ、有里ちゃんおはよー。」

「有里ちゃんおはよう。」

「あ、有里さん。おはようございます。」

 

先に来ていた女の子たちが挨拶を返してくれる。

たったこれだけのことにグッとなにかがこみ上げる。

 

 

「おはようございまーす。」

 

フロントのカーテンを開け、富永さんに挨拶をしながら雑費の2千円を渡す。

 

「お!おはようございます。今日もよろしくお願いします。」

 

富永さんは頭を下げて挨拶をした。

富永さんはいつも朝の挨拶をきちんとする。

『わしらは女の子に食べさせてもらってるっていうことを忘れたらあかんのや』といつも言っている富永さんが守っている礼儀の現れだ。

この人はほんとに真面目で頑固な人だ。

そして優しい。

 

「有里。あと少しやな。もうほとんど予約で埋まってるで。最終日はもう予約でいっぱいじゃ。すごいなぁ。愛されとるなぁ有里は。」

 

富永さんが私に予約表を見せた。

最終日の31日の予約表をみると、予約が全部埋まっていた。

 

「え?ほんま?すごいな。」

 

私はその予約表を見て驚いた。

私の最後の日に来てくれる人がそんなにいるなんて思っていなかったから。

 

「最終日を狙って電話かけてくるお客さんまだまだおるで。有里がHPで辞めること書いてからいきなり増えたんじゃ。今日ももう何人も最終日に予約取られへんくてがっかりしてたわ。」

 

「えー!ほんまぁ。ありがたいなぁ。」

 

私がHPで店を辞めることを書いたのはほんの2日前。

掲示板にも日記にも感謝の気持ちを込めて文章を綴った。

それを読んで予約を入れようとしてくれた人がいたことが嬉しかった。

 

 

「で?最終日の最後の時間は誰になったん?」

 

「ん?この最後の予約はだいぶ前に入ってたで。えーと…小林さんや。」

 

え?

小林…さん?

ん?

まさか?

 

「小林さん?」

 

「おう。前に来たじゃろ。あの若いちょっと小太りのあの人じゃ。」

 

…あー…

絶対コバくんだ…

 

以前私の体調が悪い時に、心配して店に予約を入れてきた時があった。

「ゆきえは何にもしなくていいから。この時間はゆっくりしておきぃ。」と言いながら個室で休ませてくれた。

 

最終日の最後の時間の予約を入れてたなんて知らなかった。

しかもだいぶ前に予約をいれていたなんて。

 

「こりゃ絶対有里に気があるで。辞めた後付き合おうと思ってるんやろが。のう。」

 

「あはは…そりゃないわー。」

 

…いや、もう付き合ってるんだけどね。

 

「まぁあと少しじゃ。みんな有里に会いに来るんや。がんばってくれ。のう。」

 

「はい。がんばります。」

 

「日記も最後まで書くんじゃろ?わしはあれを楽しみにしてるんじゃ。書いてくれ。のう?」

 

「うん。ありがとう。書くよ。最後まで書くよ。」

 

「じゃ、今日もよろしくお願いします。」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

コバくんが最終日の最後の予約を入れていたことに少しだけ感動を覚えている自分がいる。

でもその反面、違うお客さんも入りたがっていたのに!と怒りも感じていた。

コバくんなりの気遣いであり、コバくんなりのケジメの付け方なのかもしれない。

 

 

「うーん…なんかモヤモヤするな…」

 

ほんの少しだけ感じていた感動も時間が経つにつれ薄まる。

そしてモヤモヤが際立ち始めた。

私を思って入れてくれた予約なんだろう。

コバくんの優しさなんだろう。

モヤモヤするなんて酷すぎる。

 

私は自分のモヤモヤをなかったことにして「コバくんは優しいな」と思うことにした。

 

 

「有里ちゃん。もう最後まで忙しそうやなぁ。予約いっぱい入ってたでー。さすがやな。」

 

控室に行くと理奈さんがニコニコしながら私にそう言った。

 

「びっくりしたわぁー。みんな優しいなぁ。ありがたいわ。」

 

「私のお客さんも有里ちゃんに会いに来る言うてたで。私に確認とってる人ばっかりやから気ぃ使わんでもええからな。みんな有里ちゃんに一回会いたい言うてる人ばっかりやから。」

 

「え?!そうなん?うわぁーありがたいなぁ。」

 

「よろしくなぁ。ええ人たちばっかりやから。」

 

「うん。緊張するけどなぁ。」

 

「あははは。よぉ言うわ。」

 

 

理奈さんとのこのたわいもない会話ができるのもあと少し。

私はこの人にどれだけ助けられただろう。

 

「理奈さん。」

 

「ん?なに?」

 

「えへへ。」

 

「なによぉ。気持ち悪いなぁ!」

 

「えへへ。あのな」

 

「うん。なによぉ。」

 

「理奈さん大好き。」

 

「えぇ!急になによぉ。びっくりするやんかぁー。恥ずかしいやんかぁー。」

 

理奈さんが笑いながら照れている。

 

「あははは。だってほんまにことやもん。大好き。理奈さん大好き。」

 

「いややぁー!有里ちゃんがおかしなったわ!あははは。」

 

「えへへへ。」

 

その後理奈さんは笑いながら声を少し小さくして私にこう言った。

 

「私も。えへへ。私も有里ちゃん大好きやで。えへへ。」

 

「いやぁーん!嬉しいーー!大好き!」

 

私は照れ隠しで理奈さんに抱き着いた。

そして泣きそうになっていることをふざけて隠していた。

 

 

もう十分だな。

優しい人たちに囲まれて、思っていたようなひどい出来事にも見舞われず、私はこの雄琴ですごい時間を過ごせたんだな。

 

店の控室で座ってる私。

この場所に座ることももうなくなるんだ。

 

私はこの一瞬を忘れたくないと思っていた。

 

スピーカーから聞こえてくる声。

テレビの音。

「ほんま今のお客さんムカついたわー」の女の子の愚痴。

「いってきまーす」「いってらっしゃーい」のやりとり。

上田さんの「アリンコー」。

控室に響く誰かのいびき。

急に控室にやってくる下着屋さんの女性。

デカいコンドームの箱。

ローションが入っている麦茶ポット。

個室の匂い。

階段の下で待つ緊張感。

「いらっしゃいませー!」と言う私の声。

個室でのお客さんとのやりとり。

ローションのベタベタ。

マットの感触。

コンドームの感触と匂い。

お客さんを帰した後のホッとする時間。

 

これが私の毎日からなくなる。

だから覚えていたいと思っていた。

 

私は毎日クッと切なくなる瞬間を味わいながら、丁寧に時間を過ごそうと意識していた。

 

シャトークイーンでのお仕事が、終わっていく。

 

 

 

つづく。

 

 

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