私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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2人とも無言のまま夜を過ごした。

私はベッドで眠り、コバくんはソファーで寝た。

その“ソファーで寝る”という選択をしたコバくんにちょっとだけ腹が立っていた。

 

朝が来て、隣の部屋でコバくんが起きた気配がする。

しばらくの間私は布団の中でどうしようかと考えていた。

このままベッドから出ず、会話のないまま仕事にいってもらおうか。

それとも言葉を交わそうか。

 

ごそごそと朝の支度を始めるコバくん。

息を詰める私。

 

さて、どうしようか。

 

居心地が悪い。

自分の部屋なのにすこぶる居心地が悪い。

 

このままコバくんが仕事に行ってしまったら、この居心地の悪い時間を引きずるのかと思うといたたまれなくなった。

 

「…おはよう…」

 

私は寝室のドアを開けてコバくんに挨拶をした。

 

「あ…おはよう…」

 

コバくんのバツの悪そうな顔。

こういう時間が私は嫌いだ。

 

「…コーヒー…どうする?」

 

もうスーツを着始めているコバくんに聞く。

 

「…あ…もらおうかな…」

 

「時間大丈夫?」

 

「あー…うん。大丈夫。」

 

ほんとは大丈夫じゃない時間。

コバくんが私とコーヒーを飲みながら話したがっているのがすぐわかる。

 

私はコーヒーを無言で淹れ、コバくんの目の前にコーヒーカップをコトンと置いた。

コバくんは小さな声で「ありがとう」と言い、2人ともしばらく無言でコーヒーを飲んだ。

 

 

「…ゆきえ…」

 

コバくんが下を向きながら口を開く。

 

「…うん?」

 

私は横目でチラッとコバくんを見て返事をした。

 

「…俺…今日もここに帰って来たい。…ええか?」

 

この人は何を言っているんだろう。

昨日の話しを聞いていなかったのだろうか。

私はK氏に心が揺らいで、コバくんとの未来がわからないと言ったのだ。

それなのにそんな私のところに今日も帰って来たいと言っている。

 

「…なんで?」

 

この「なんで?」にはいろんな「なんで?」が含まれている。

でも私の口から出た言葉はたった一言だった。

 

「…俺…どうなろうともゆきえのそばにおりたいねん。これからどうなろうと、ゆきえのこと見守りたいねん。…昨日はごめん…感情的になってもうた。ほんまにごめん。俺、自分のことしか考えてなかった。ゆきえがどれだけの決心でここに来たのか、どれだけのことがK氏との間にあったのか、いつも考えてるつもりだったけど…やっぱり昨日みたいにはっきり言われてしまったらショックで…。ほんまにごめん。」

 

コバくんが謝る必要なんて全然ないのに。

謝るべきは私の方だ。

「こんなめちゃくちゃな私でごめんなさい」という言葉はどんなにたくさん言っても足りないくらいだ。

それはコバくんだけにではなく、私の親や姉兄、そして知り合った全ての人に言って周りたいくらいだった。

 

 

「…コバくん…謝るのは私の方やで。ほんまにごめんな。付き合わせてしまったんやんなぁ。私のめちゃくちゃなことに。ほんまに悪いと思ってる。そやから…もうやめようか。私に付き合わんでええんねん。今までほんまにありがとう。めっちゃ感謝してる。ほんまに感謝しきれんくらい感謝してるで。…そやから…もうやめよう。」

 

気付くと私はコバくんに別れの言葉を言っていた。

もうこれ以上付き合わせてはいけないと思ったから。

もっと早くこれを言えればよかった。

私はとことんズルい。

 

「…嫌や。俺、そういう決心をしているゆきえを好きになったんや。こんな女他におらんと思ったからそばにおったんや。そやから俺が納得するまでそばにおらしてくれ。

ゆきえがK氏に心が揺らいでたってかまへん。ゆきえがK氏に会ってる間、俺ここでゆきえの帰りを待ちたいねん。見たいねん。ゆきえのこと。ずっと見たいねん。頼むわ。な?」

 

コバくんは半泣きの状態で私に懇願した。

この人はなんでこんなことを懇願するのだろう。

私の何を見たいというのだろう。

「この時間はなんだろう?」と冷め始めている自分に気が付き、さっさとこの時間を終わらせたくなっていた。

私はとことん酷い。

 

「…私はK氏に心が揺らいでいて、そして殺されるかもしれへんねんで。それでもいいって言うん?」

 

私はコバくんに冷たい言い方で問う。

もうどうなってもいい。

 

「…そうや。俺がそうしたいねん。」

 

コバくんが涙を引っ込め真剣な顔で私に言った。

 

「…コバくんがそうしたいならそれでええよ。帰ってきてもええ。でも、やっぱり無理やと思ったら遠慮なく言って。そして遠慮なく私から離れてくれてええから。」

 

私はコバくんの意思に任せようと思った。

私は私の決心通りに行動し、コバくんはコバくんの決心通りに生きればいいと思ったから。

 

「…ありがとう。うん。わかった。ゆきえ。ありがとう。」

 

私はコバくんが「ありがとう」という理由がわからない。

私が言われるような言葉ではない。

 

「…うん…まぁ…どうなるかわかれへんけど…なんとか決めたことはやり遂げるわ。」

 

私はコバくんにちょっとだけ笑いながらそう言った。

コバくんが私を見つめて「抱きしめてええか?」と聞いた。

 

「え…?うん…」

 

私は抱きしめたいなら抱きしめれば?と冷めた気持ちで「うん」と答える。

コバくんは私を強く抱きしめながら「好きやで。大好きや。」と何度も言った。

 

「…そろそろ行かないとあかんのちゃう?」

 

私はコバくんの「好きやで。大好きや。」の言葉が暑苦しく感じ、コバくんを仕事へと促した。

 

「あ!そうや!ヤバい!!ゆきえ、俺行くわ!そんで帰って来るから!な?!じゃ行ってきます!!ゆきえも頑張って!じゃー!!」

 

 

コバくんは私にキスをして、笑いながら仕事に出かけて行った。

 

私はさっきの『よくわらない時間』から解放された安堵で「ふぅ…」とため息をついた。

メロドラマのような時間が流れると私はどんどん冷静になる。

相手のいう事が演技じみて見えてくるとその時間から解放されたくなる。

そしてそんな自分を「冷たい酷い奴だ」と責める。

 

結局コバくんは変わらずここに帰ってくることになり、私は私の決めたことを遂行する。

後のことなんてわからない。

それはその時に考えよう。

 

疲れた。

昨日から今日にかけて、緊張と興奮、戸惑いと怒り、イラつきと困惑…ありとあらゆる感情が私を襲って来て疲れていた。

 

K氏との電話のやりとりを思い出す。

心がざわつく。

実際に会ったら私はどうするのだろう。

どんな感情が湧くのだろう。

 

あと1週間で仕事が終わる。

今はこの1週間の仕事に専念しなくては。

ちゃんと終わらせなければならない。

そうじゃなきゃ美しくないから。

食べ吐きをしまくり、毎日がぐちゃぐちゃな私は“美しさ”に固執する。

めちゃくちゃでぐちゃぐちゃな汚くて醜い私は“美しさ”に憧れる。

せめて仕事の終わり方くらいは、私の人生の終わり方くらいは、美しく在りたいといつも強く思っていた。

何が“美しい”のかなんてまるでわからないまま。

 

あと少し。

あと少しでこの仕事とお別れだ。

もしかしたら私の人生ともお別れになるかもしれない。

 

 

 

 

つづく。

 

 

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