私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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「…おっまえ…」

 

K氏の大きな声。

私はその声で身体がますます強張った。

 

そりゃそうだ。

怒るに決まってる。

急に逃げ出したんだから。

私が提案した企画で新しい部署を作り、結構な経費をかけ、私にも結構なお金をかけて育てようとしてくれていたんだから。

 

「おっまえ…」

 

この後どんな言葉で私を罵るのか覚悟を決めたその時。

K氏がこんな言葉を私にかけた。

 

 

「…どれだけ心配したと思ってるんだよ。」

 

 

え…?

…心配?

私を?

 

優しい低い声。

 

私はその言葉を聞いて涙を流した。

 

「…す…すいません…」

 

「お前なぁ…みんなどれだけ心配したと思ってるんだよ。綾子なんかお前がいなくなってからしばらく何も食べられなくなったんだぞ。ずっと探し続けたんだぞ。」

 

優しい声で話し続けるK氏。

綾子さんとは私の直属の上司であり、K氏の秘書でもある女性。

厳しくも優しいその女性は私の憧れでもあり、どうやってもかなわない女性だった。

その綾子さんが私がいなくなった後そんなことになっていたとは思いもしなかった。

 

 

「ゆきえ。元気なのか?」

 

黙ってすすり泣く私にK氏が聞く。

 

「うぅ…はい…ほんとにすいませんでした…」

 

泣きながら謝る私。

謝ることしかできない。

 

「もうすいませんはいいよ。で?今どこにいるんだ?」

 

「え…」

 

急に居場所を聞かれて言葉に詰まる。

するとK氏が驚くことを告げる。

 

「まぁ…知ってるんだけどな。お前の居場所は。」

 

え?

知ってる?

私の居場所を知ってる?

 

「え…?」

 

滋賀県にいるだろ?」

 

え?

え?

え?

なんで?

 

「…なんで…?知ってるんですか?」

 

胸がドキドキする。

K氏は私の居場所を知っていながら連れ戻そうとも連絡を取ろうともしなかった。

どういうことだろう。

 

「お前な、俺の力を見くびるなよ。裏社会に精通してる男だぞ。ははは。雄琴の奥の方の店にいるんだろ?」

 

K氏はわざとなのか明るく笑いながらそう言った。

 

「…すごい…はい…その通りです…でもなんで…?」

 

 

私は居場所を知ってるのに何故ほっといたのかを知りたかった。

 

「お前のことだから、無理やり連れて帰ったとしてもまた逃げるだろ?気が済むまでやらないとダメだろ?俺はお前からの連絡を待ってたんだよ。お前はぜったい俺に連絡してくると思ってたんだよ。待ったぞー。ははは。」

 

私のことをお見通しだ。

私はK氏のこういうところにとても弱い。

何も言えなくなってしまう。

 

「あぁ…そうだったんですか…」

 

私はK氏の手のひらの上をぐるぐる回っていただけだったのかと思い、落胆した。

私がどれだけ逃げても、どれだけ決心をして何かをやったとしても、全てお見通しなのかと思うと情けなくなる。

でもその反面、待っててくれたのかと嬉しく感じている自分がいる。

 

 

「ゆきえ。戻ってこいよ。戻ってこい。俺のそばに戻ってこいよ。な?」

 

 

K氏が驚くような言葉を私に投げかける。

 

「え…?戻る…?私が…?」

 

まさかそんなことを言われると思っていなかった私は、ただただ戸惑った。

 

「俺はお前がいないと淋しいよ。お前はこれからもっといい女になっていく要素がある奴なんだよ。俺はお前を育てたいんだ。な?俺の元にいろよ。な?」

 

私がいないと淋しい?

私はいい女になっていく要素がある?

え?

え?

え?

 

戸惑いながらも喜んでいる。

私はK氏の声と言葉にときめいている。

この期に及んでときめいている。

 

知識が豊富でお話が上手くて物腰がスマート。

いつもおしゃれで女性のエスコートが上手い。

どんな場所でも馴染み、マナーを熟知している。

18歳で知り合ったときから、世間知らずの私はK氏に憧れている。

そんなK氏に「俺のそばにいて欲しい」と言われることがどれだけ嬉しいことか。

 

でもその反面、私はK氏の元にいると言いたいことが言えなくなる。

失敗すれば殴られ、蹴られる。

怒った時のK氏は尋常じゃない。

この舞い上がった状態でまたK氏の元に戻ったらビクビクしながらの毎日に戻ることになるんだ。

 

嬉しくてときめいている自分と冷静に判断しようとしている自分がせめぎ合う。

 

ここで「はい。」と答えてはいけない。

つい「はい。戻ります。」と言いそうになっている自分に気付き、グッとその言葉を飲み込む。

 

 

「…今は戻れません。ごめんなさい。」

 

 

グッとお腹に力を込めて、小さな声で言う。

 

「なんでだよ?なんでだ?俺のそばにいろよ。な?戻ってこいって。あ…男か?男がいるんだろ?そのことも帰ってきてから考えればいいだろ?もう一回俺のそばでやってみろよ。」

 

K氏は何度も私に戻ってこいと言った。

何がそこまでK氏にそう言わせるんだろう?

私は「戻ってこい」と言われれば言われるほどに冷静になっていった。

 

 

「…あの…直接お会いして謝罪したいんです。あとお渡ししたいものがあるんです。」

 

私はK氏の「戻ってこい」攻撃を遮って、なんとか自分の要望を伝えた。

K氏は少し黙り込み、そして冷静な声でこう答えた。

 

「…そうか。そうだな。一回会おう。会って話そう。俺もゆきえの顔見たいからな。

いつこっちに来る?俺はお前に合わせるよ。」

 

よかった。

私の要望が聞き入れられた。

 

気付くと胸の鼓動がさっきより小さくなっている。

気分は高揚しているけれど、鼓動は治まってきていた。

 

「3月いっぱいまでお仕事があるので4月2日はどうですか?

町田のホテルの一部屋を予約するので、そちらに来て頂いてもいいですか?」

 

「ちょっと待てよ。今スケジュール確認するから。…えーと…4月2日…」

 

電話の向こうでスケジュール帳をパラパラとめくる音がする。

私の意識はどんどんと冷静になっていく。

 

「…うん。わかった。4月2日な。だいたい何時ごろだ?」

 

「チェックインしたら連絡します。多分15時ころになると思います。大丈夫ですか?」

 

「おう。わかった。ゆきえの顔見られるの楽しみにしてる。あと、俺はあきらめないからな。お前は俺のそばにいた方がいいんだから。」

 

「…じゃあ…4月2日、よろしくお願いします。お時間とらせてすいません。ありがとうございます。」

 

私はK氏の言葉に反応をしなかった。

ちょっとでも反応してしまったらずるずると心を持っていかれそうだったから。

 

「おう。じゃあな。連絡ありがとうな。ゆきえ。」

 

優しい声と言葉に心がぐらぐらする。

 

「じゃあ、また。やすみなさい。」

 

「おう。おやすみ。」

 

 

電話を切って「…ふぅ…」と息を吐く。

床にぺたりと座り込み、宙を見つめる。

 

身体の力が入らない。

だらりと垂らした両腕。

ガクンと落とした肩。

放心している私。

 

連絡できた。

K氏に連絡することができた。

そして思ってもみないことを言われた。

 

あと少しだ。

あと少しで私の決めたことが達成できる。

 

 

コンコン…

 

 

放心しているとドアをノックする音が聞こえた。

 

あ…コバくん…

 

コバくんが隣の部屋で待っていることをすっかり忘れていた。

 

「はい…」

 

振り返り、返事をする。

 

「終わった?入ってもええか?」

 

ドアの向こうで小さな声で聞くコバくん。

 

「…うん。どうぞ。」

 

私は今の出来事をうまく話せる自信がなく、少し躊躇しながらドアを開けた。

 

「…どうやった?大丈夫か?」

 

心配そうな顔のコバくん。

私はこの期におよんでK氏にときめいている自分を恥ずかしく思い、そのことを伝えるべきなのか思い悩む。

まだ整理できていないまま、今のやりとりを話していいものなのかどうか思い悩む。

 

「…あ…うん…大丈夫…」

 

ちょっと下を向いてそう言うのが精一杯だった。

 

「…向こうの部屋…行く?」

 

コバくんはソファーに私を誘導した。

 

「ゆっくりでええから、話し聞かせてくれる?」

 

コバくんは私の様子を気づかい、優しい声でそう言った。

 

「…うん…わかった…」

 

「ビール飲む?」

 

「うん。飲もうかな。」

 

「俺持ってくる。ちょっと待ってて。」

 

「うん。ありがとう。」

 

 

私は目線が定まらないままコバくんにお礼を言った。

 

ビールをゴクゴクと飲み、「ふぅ~…」と息をつく。

 

「…で?K氏はなんて言ってた?」

 

コバくんが下を向きながら聞く。

 

「…うん…なんかね…」

 

いろんなことがまとまらないまま、私はぽつぽつとさっきの出来事をコバくんに話し始める。

話しの着地点がわからないまま、自分の気持ちがわからないまま、私は口を開き始めた。

この後自分の口からどんな言葉が出てくるのかわからないまま。

 

 

 

つづく。

 

 

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187 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

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