私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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トイレで紙コップにおしっこを採った私は、言われた通りにトイレ内の棚の上に紙コップを置き廊下で待った。

 

ただただ時間が過ぎる。

緊張もしない。

何の感情も湧かない。

さっきまで緊張していたはずなのに。

 

私はまた薄汚れた床の一点を見つめる。

 

気持ち悪い。

ずっと気持ち悪さが私につきまとう。

もしこれが『妊娠』というやつなら、こんな風に気持ち悪くなるのはなぜなんだろう?と頭の片隅で考える。

なぜ子を宿すと気持ち悪くなるんだろう。

早く逃れたい。

このずっとつきまとう気持ち悪さから早く解放されたい。

 

 

「こちらへどうぞー。」

 

抑揚のない声で看護師さんであろうおばさんが私を呼ぶ。

 

「あ、はい。」

 

私も抑揚のない声で返事をする。

 

「失礼します。」

 

丸椅子に腰かけておばあちゃん先生の方を見るとカルテに何かを書き記していた。

 

「うん。えーとね、妊娠してるね。」

 

おばあちゃん先生はくるりと椅子を私の方に向けてさらりと言った。

 

「あー…やっぱりそうですか。」

 

ショックも何も受けない自分に驚く。

ただただ「やっぱりな」と思うだけ。

 

「で?中絶を希望するの?」

 

おばあちゃん先生は私をグッと見ながら、またさらりと聞いた。

 

「あ、はい。お願いします。」

 

なんの躊躇もない。

お腹の子をどうこう思う自分がどこにもいない。

 

「あ、そう。まぁじゃあエコーみてみようかね。おしっこでは妊娠反応出てるけどちゃんと診てみようかね。」

 

「あ、はい。」

 

「じゃあこちらへどうぞ。」

 

おばさん看護師さんがカーテンの奥に私を誘導する。

 

「ここで下着を脱いでこちらの診察台に上がって下さい。じゃ。」

 

おばさんが私に指示を出し、サッとカーテンを引いて出て行く。

私は淡々とした気持ちで下着を脱いで診察台にあがった。

 

「じゃお腹にジェル塗るからね。」

 

おばさんが私の下腹にひんやりとしたジェルを塗る。

 

「じゃこっちの画面見ててねー。」

 

おばあちゃんが私のお腹にペタッと小さな機械をくっつける。

私は診察台の横にあるモニターに目をやった。

おばあちゃんはその小さな機械をちょっとずつ動かしながら画面を見ている。

 

「あーこれこれ。これが赤ちゃんね。」

 

黒とグレーだけの画面。

そこには明らかに小さな袋状になっている“何か”が見えた。

おばあちゃんはその“何か”を『赤ちゃん』だと言った。

 

「これが赤ちゃんの入っている袋ね。それでこの小さな点…見える?これが赤ちゃん。」

 

小さな袋状の中に小さな点。

確かに見える。

これ?

これが赤ちゃん?

 

「まだ小さいねー。まぁ妊娠しているのは確実だけどね。つわりは?」

 

おばあちゃんは淡々とした口調で聞く。

 

「はい。ずっと気持ち悪いです。」

 

「そう。うーん…」

 

おばあちゃんが小さな機械を私のお腹から外し、おばさん看護師さんがゴワゴワした紙でジェルを拭きとってくれる。

 

「じゃとりあえず下着つけて。」

 

おばあちゃんが診察台からスッと立ち上がった。

腰が曲がっているのに動きは鈍くないみたいだ。

 

「はい。」

 

私は素直に立ち上がり、淡々と下着を付け、さっき座っていた丸椅子に腰かけた。

おばあちゃん先生はカルテにまた何かを書いている。

 

「父親は?わからないの?」

 

おばあちゃんは椅子をくるりとこちらに向けながらそう言った。

 

「あ、えーと…はい。そうですね。わかりません。」

 

「そうか。これね、中絶するにあたって書いてもらう同意書なんだけど、父親のサインが必要なんよね。これ、書ける?」

 

え?

父親の同意書?

 

「えーと…」

 

私が戸惑っているとおばさん看護師さんが「父親じゃなくてもいいのよ。誰かに書いてもらってもいいんだけどね。」と小さな声で言った。

 

「あ、はい。なんとかします。」

 

まぁなんとかなるだろう。

 

「それでね、ちょっとまだ小さすぎるから手術は来週にするわ。えーと、来週の火曜日が手術ね。大丈夫?で、準備があるから前日に一度来てくれる?」

 

「え?あー…わかりました。」

 

「手術前日に子宮口を広げる処置をするから。ほんのちょっとの時間で済むからね。わかった?」

 

子宮口を広げる処置…ってなんだろう…

 

「あ…はい。あの…どんなことをするんですか?」

 

「ただ小さな錠剤を膣内に入れるだけだから。大丈夫やで。痛くないから。」

 

おばあちゃん先生は若干めんどくさそうに答えた。

 

「先生はすごく身体のこと考えてやってくださるから大丈夫やで。安心して。」

 

おばさん看護師さんが私の横で言う。

 

「…はい。じゃあ月曜日に。お願いします。」

 

「はい。じゃ月曜日にね。」

 

私はおばあちゃんから数枚の書類を手渡され、診察室を後にした。

 

同意書と手術の説明が書いてある紙。

私はその紙をチラッと見て、すぐにバッグにしまった。

 

「ふぅ…」

 

廊下の長椅子に腰かける。

自分の下腹をチラッと見る。

 

ここに?

いるの?

あかちゃんが?

 

ていうか、私、妊娠するんだ。

 

不思議な気分のままボーっと時間が過ぎる。

 

「じゃこちらへ来てください。」

 

受付の小さな窓からおばさんが顔を出す。

 

「はい。」

 

私はサッと立ち上がり、おばさんの前に顔を出した。

 

「じゃ今日の分は手術が終わったら一括で頂きますから。今日はお会計はいいですからね。で、月曜日はまた同じ時間で大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。3時…ですよね?」

 

「そう3時。大丈夫?」

 

「はい。大丈夫です。」

 

「じゃその時に同意書を忘れずに持って来て下さい。あと麻酔に関する書類があったと思うんやけど、よく読んで自分のサインを忘れずに書いて持って来て下さい。」

 

「あ…はい。」

 

「先生はね、極力麻酔の本数を少なく使うのよ。術後の身体の負担を減らすためにね。

前日に子宮口を開かせる処置をするのも身体の負担を極力減らすためなの。だから安心してくださいね。」

 

急に饒舌に説明し始めるおばさん看護師さんになにやら違和感を感じる。

私を安心させるために言っているとは何となく思えない。

 

「…わかりました。よろしくお願いします。」

 

私は違和感を覚えながらも病院を変えようとは思わなかった。

そんな気力もない。

 

「料金はお電話でもお伝えしましたけど11万円です。麻酔の追加がもしあったりしたらそれ以上になることもありますけど。これは手術当日にお持ちになってください。」

 

「あ…わかりました。」

 

「ではまた月曜日に。」

 

おばさんはニコリともせずにずっと同じ表情で話していた。

そして私がスリッパを脱いで靴を履こうとしている時にピシャリと受付の窓ガラスを閉めた。

 

病院を出ると4時を過ぎていて、赤とオレンジと青と少しの黒がコントラストになっている空がなんともいえず綺麗だった。

 

誰もいない路地で空を見上げる。

 

「はぁー…」

 

顔を上にあげながら息を吐く。

白くなった息が空に向かって消える。

 

「…私…妊娠できるんだなぁ…」

 

なぜか涙がぽろっと流れた。

悲しくもなんともないのに。

 

「…帰ろう…」

 

私はぽろっと流れた涙をそのままにして歩き出す。

たった一粒しか流れなかったからそのままにした。

 

 

 

来週、私は中絶手術をする。

 

 

 

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