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「有里ちゃーん!おはようー!」
次の日、私は比叡山坂本駅で理奈さんと待ち合わせをしていた。
今日から一泊の旅行だ。
「おはようー!うー、寒いねー。」
1月の滋賀県は寒い。
琵琶湖から吹く風が冷たくて、身を切られるような鋭い寒さだ。
「ほんまやなぁ。でも晴れてよかったね。」
理奈さんはすっぴんの顔でニコニコと笑っている。
子どもみたいで可愛い。
「行き方わかるん?調べたん?」
理奈さんに聞く。
理奈さんが「調べておくでー」と言っていたので任せてしまった。
理奈さんがあまり計画を立てられないと知っていながらも、「やっておくからええで」と言っていたので全て任せてしまったのだ。
「え?ちゃんと調べたで!あはは。じゃ私に着いてきてやぁー!」
理奈さんは得意げな顔で私にそう言った。
「あははは!ほんまに大丈夫なんかぁ?」
「なによぉ!大丈夫やでぇー!あはは。」
「あははは。頼みますよぉ!」
始まりから楽しかった。
私たちは電車の中もずっとおしゃべりをしてずっと「あははは」と笑っていた。
そして名古屋に着いたとき、理奈さんが「乗り換えの電車が来るまで2時間ちょっとあんねん。名古屋をちょっとぶらぶらしてお昼ご飯食べよー。」と言った。
理奈さんは名古屋のピンサロで少しだけ働いたことがあるとらしく、「ちょっとだけなら名古屋のこと知ってんねん。」とはにかんだ笑顔で言った。
駅の周りの街をプラプラと歩き、なんとなく良さそうな店に入る。
可もなく不可もなくの味のご飯を2人で食べ、「まぁまぁやな」「うん、そうやね」と言い合った。
そんなやりとりでさえ私には宝物のようだった。
「有里ちゃん、まだ時間いっぱいあるわ。どないする?」
電車の時間までまだ1時間ほどある。
「そうやなぁー。あ!さっきゲーセンあったなぁ。ゲーセン行く?」
私はさっき見たゲームセンターに行こうと言い、理奈さんは「ええよー。」と笑いながら答えた。
2人で昼間のゲームセンターに入る。
「なにやるー?」
「そうやねー。」
広い店内をぐるぐると周り、いつの間にか私たちは別々のゲームをそれぞれがやる形になっていた。
久しぶりのゲームセンターにちょっとワクワクして、対戦ゲームと車のレースゲームをやった。
私は相変わらずゲームが下手で、すぐに終わってしまう。
理奈さんを捜しに行くと、メダルゲームのコーナーでスロットを打っていた。
理奈さんは休みの日に必ずパチンコに行く人だ。
スロットもいつもやっていると言っていた。
片一方の足を床につけ、もう一方の足をスツールチェアの足掛けにひっかけて座っている理奈さんがかっこよく見える。
「スロットやってんの?いつもやってるんやないの?」
私は理奈さんの隣に座って話しかけた。
「え?うん。スロットおもろいで。有里ちゃんもやりぃや。」
私のことをチラッと見て理奈さんはそう言った。
「理奈さん、これお金に変えられないで。しっとる?」
「しっとるわ。なんにもならんのやろ?メダルが増えるだけやろ?」
「うん。それでもおもしろいの?」
「ひまつぶしやんか。」
「あーそうかぁ。」
「有里ちゃんもやりぃ。」
「うん。でも一回しかやったことないねん。」
「教えたるわ。」
「うん。じゃメダル持ってくる。」
そんな会話をして、私はお金をメダルにかえた。
私はパチンコというものを2回くらいしかやったことがない。
スロットも一回だけ兄に連れて行ってもらってやっただけだ。
その時に兄に『目押し』というものを教わったのだけれど、私の性格がパチンコにもスロットにも合わなかったらしくハマることはなかった。
「もってきたで。で?どうするん?」
「ここにメダル入れるやろ?そしたらスタート押して、あとはこの3つのボタンを押すだけや。マークが揃ったら当たり。それだけ。」
「あー…なんか『目押し』っていうのがあるんやろ?」
「なんや有里ちゃん。目押しなんて知ってるんや。そうそう。」
理奈さんは私に目押しのやり方を教えてくれた。
私はこういうことを教わると『メダルを増やす』という目的を忘れてしまう。
目押しを教わった時点で『いかにマークを綺麗に一直線に並べられるか』のゲームになってしまうのだ。
マークの種類が違ってようがなんだろうが構わない。
ただ『私の目押し』で『マークを綺麗に一直線に並べられるか』のゲームになってしまうのだ。
私は顔をスロットの画面にグッと近づけて、真剣に『目押し』をした。
「あぁー…ここがずれたぁ…」
「あー!おしい!もう少しで綺麗に並べられたのにぃー」
「うお!めっちゃ綺麗に並んだ!!」
私はこんな言葉をぶつぶつと呟きながらスロットに集中していた。
本来の遊び方とは違うけど。
「有里ちゃん、何言うてるの?」
理奈さんがニヤニヤ笑いながら私に聞く。
「え?あはは…これ難しいなぁー」
私は顔をスロットに近づけたまま理奈さんに言った。
「何が?何が難しいん?」
理奈さんはリラックスした姿勢でポンポンポンとボタンを押している。
私はグッと顔と身体をスロットに近づけて「えい!」と言いながらボタンを押している。
「あははは!有里ちゃんなにやってるん?」
理奈さんは私のその姿を見て笑った。
「え?このマークが綺麗に揃わないんよー。これ難しくない?」
私は「このマークを綺麗に一直線に並べたいんよー。」と口をとんがらせて言った。
それを聞いた理奈さんが笑う。
「あははは!有里ちゃん、別のゲームになってるやん!マークが同じやないと意味ないんやでぇ!」
「そんなん知ってるわぁー。でもなんや綺麗に揃えたくなるやんかぁ。」
「あははは。有里ちゃんは真面目やなぁ。」
理奈さんがポンポンとスロットのボタンを押しながら私に言った。
「えーー?真面目やないよぉ。お!今度は綺麗に揃った!」
「アホやなぁ。そんな遊び方する子ぉ初めて見たわ。」
私は綺麗に並べることに没頭し、理奈さんはひまつぶしに没頭した。
結果、結構な数のメダルが私たちの目の前に積み上がってしまった。
「有里ちゃん、そろそろ行かんと。でもこれなくならんなぁ。」
理奈さんが時計を見て私に言う。
「ほんまやな。これどうする?」
メダルを増やそうとしていないのに増えている不思議。
私はただなんとか綺麗にマークを並べようとしていただけだったのに。
「うーん…あの人にあげてくるか?」
理奈さんは2つ席を開けてスロットを打っているおじさんを指差した。
「うん。そうやね。私言うてくるわ。」
私はメダルの入った箱を2つ抱えておじさんのところに行った。
「あの…もしよかったらこれ使います?」
スロットに夢中になっているおじさんに話しかける私。
「え?あ…いいんですか?」
突然話しかけられてメダルをやると言われたおじさんは驚いている。
「はい。もう行かなきゃいけないんで。よかったらどうぞ。」
「あー…ありがとうございます。あ、じゃあこれ。よかったら。」
おじさんは自分の目の前にある缶コーヒーを私に差し出した。
「さっき買ったばかりなんで…よかったら。」
おじさんはおずおずと私に缶コーヒーを差し出した。
「あー…ありがとうございます。じゃ…もらいます。」
「あ…じゃあ。」
お互いがおずおずとしている時間が流れた。
このおじさんは私がソープ嬢だと知ったらどんな反応をするんだろう?
「あげてきたでー。」
「うん。喜んでた?」
「うん。これ貰った。」
「へー。やったな。」
缶コーヒーなんていくらでも買える程お金を持っている理奈さんが「やったな」と言うのがなんだか可愛らしかっった。
「有里ちゃん、急ごう。電車来てしまうわ。」
理奈さんと私は小走りで駅に向かった。
「あ!電車来てるわ!あれあれ!」
理奈さんがホームを指差して走り出した。
「え?ほんま?!」
私も本気で走る。
「間に合ったぁー!はぁはぁ。」
「よかったなぁー。はぁはぁ。」
電車に乗り込み、息を切らせながら4人掛けの席に隣同士で座る。
「あははは。さっきまで余裕やったのになぁ。はぁはぁ…」
「ほんまやなぁ。あはは。はぁはぁ…」
2人で「暑くなったわ」と言いながらコートを脱ぐ。
楽しい。
まだ下呂温泉に着いてないのに、もう楽しい。
「さっきの有里ちゃんのスロット、おもろかったわ。あははは。」
「え?なんで?」
「あんな遊び方誰もせぇへんで。」
「そうかなぁ。」
「だってメダル増やそう思ってないやろ?」
「あー。うん。いかに揃えるか!しかないで。肩凝ったわ。」
「あははは。有里ちゃんらしいわぁ。なんでも真面目やな。まぁ真面目の方向がちゃうけどな。あっははは。」
「あーそうかぁ。あっはははは。」
理奈さんと私はさっきのスロットのことについて話した。
理奈さんが「有里ちゃんらしいなぁ」と言うと私は嬉しくなる。
私のことを知っていてくれることが嬉しい。
「あれ?!有里ちゃん!この電車間違ってるかもしれん!!」
理奈さんが向こうのホームの電車を窓から見ながら大きな声で言った。
「え?!そうなん?!」
「うん!はよ出よう!」
「えーーーー!!」
私と理奈さんの一泊旅行はこうやって始まった。
つづく。
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