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久々に来たふく田での時間は私をホッとさせた。
話しの内容はなかなか重いものだったけど、理奈さんのずっと変わらない自然な感じと富永さんの酔っぱらってきた時のいつも通りの口癖で私は自然に笑顔になっていた。
「なぁ有里!だからわしはな頑張らなあかん!と思ってるんじゃ。頑張って!頑張って!頑張るんじゃ。な?だからな…」」
富永さんは拳をグッと握り絞めながら「頑張って頑張って…」と繰り返した。
「あはは!でたなぁ。富永さんのこれが。」
理奈さんが小さな声で私にそう言った。
「あははは。これ、なんか安心する。」
理奈さんと顔を見合わせて笑い合う。
「理奈!有里!笑いごとちゃうで!聞いとるか?サブちゃんの歌にもあるやろ?知っとるか?サブちゃん。あの歌にもあるやろ。サブちゃんはな…」
「あははは。今度はサブちゃん出てきたで。聞いとるよぉ。ちゃんと聞いてるで。」
理奈さんが無邪気な顔で笑う。
「あははは。サブちゃんはええもんなぁ!なぁ富永さん。」
私も笑いながら富永さんに言う。
「ん?そやろ?ええやろ?サブちゃん。なぁ有里。わしはお前になんとか稼がせてやりたい思うてるんやで。わかっとるか?今はこんなんですまんのぉ。でもな、わしは頑張って頑張って…」
富永さんはいつも私にこう言っていた。
『なんとか私に稼がせてやりたい』と。
私はそのたびに「いや、十分稼がせてもらってますよ!私がもっと指名とらないと。」と言っていた。
「富永さん。私、十分稼がせてもらってますよ。なんでいつもそう言うんですか?」
今日もいつも通り返してみた。
でも今日は質問付きだ。
「そうかぁ?ん?なんで?なんでかって?」
富永さんが私のなんで?に引っかかった。
「いつもそう言いますよね?なんでですか?」
「そりゃそうやろ。原がわざわざわしに連絡とって預けてくれた娘ぉやないか。原はわしを名指しで指名したようなもんやろ?そりゃ男として責任ってもんがあるやろがぁ。
店に女の子が少なくて困ってるって知っとったんやろう。
でもな、ただそれだけやないと思うんや。お前はここがいいって原が判断したんやろ。
わしに預けたいってお前を見て原が判断したんやろ。
わしはそう思ってるんじゃ。だからわしは全力でやるで。ここでやらな男やないやろ?!」
驚いた…
富永さんがそんなことを思っていたなんて。
久しぶりに聞いた原さんの名前。
富永さんに会わせてくれたのは原さんだ。
わざわざ私の為に連絡をとってくれて、ふく田にも連れてきてくれて…
「その原さんって人が有里ちゃんを紹介してくれたんやろ?私もその原さんに感謝するわぁ。有里ちゃんが来てくれて嬉しいもんなぁ。」
理奈さんが笑いながらサラッとそんなことを言った。
…なんだろう。
泣きそうだ。
「えー…2人ともそんなこと思ってくれてたんですねぇ。やだ、なんかヤバい。あはは。」
泣きそうなのを笑ってごまかす。
「そうやで。知らんかったん?!有里、知らんかったん?!なんやぁお前。まだまだやのぉー!」
「そうやで!私、今まで女の子とこんなに仲よぉなったことないねんでぇ。有里ちゃんだけや。知らんかったん?まだまだやのぉー!あははは。」
2人は「まだまだやのぉー!」と言いながら私をからかった。
泣きそうな私を気づかっての言葉だった。
「ちょっとー!まだまだってなんやのぉ!まぁ私はまだ誰かさん達とは違って若いですからぁー。あははは。」
「ちょっと!富永さん今の聞いた?ほんま言うわなぁー!あははは。」
…う…楽しい…
私、やっぱりシャトークイーンに来てよかった。
富永さんと理奈さんに会えてほんとによかった。
この時間がとてもありがたかった。
そして同時にあきらさんも乙葉さんも本当はこんな時間を持ちたいと思ってるんじゃないかと思った。
「…あきらさんも乙葉さんもきっと淋しいんだろうね。」
小さく呟く。
「そやろなぁ。気持ちはわかるわ。」
理奈さんが答える。
「まぁなぁ。でもそうだとしてもあきらのあれはあかんわ。乙葉の働き方もわしはどうかと思うしな。」
富永さんは男の人らしい反応を見せた。
「ま、2人とも控室でなんかあったら言うてくれ。頼むわ。な?」
富永さんが小さく頭を下げた。
「そうやな。な、有里ちゃん。」
「はい。そうですね。わかりました。」
今日ふく田に来てよかった。
3人でしたたかに飲んだこの時間は私にとってとても貴重な時間だった。
それから数日たったある日。
控室には私と理奈さん、そしてあきらさんと杏理さんがいた。
私と理奈さんはいつもどおり隣同士に座っていて、あきらさんと杏理さんは炬燵を挟んだ向かい側に2人で並んで座っていた。
あきらさんと杏理さんはコソコソと何やら話している。
私と理奈さんは特に話すでもなく、テレビを観たり本を読んだりしていた。
あきらさんと杏理さんのコソコソ話しはいつものことだったけど、今日はその『コソコソ』がだんだん『コソコソ』のレベルを超え始めていた。
「そやろ?昨日も富永さんにこう言われてな。ひどいやろ?そんでな、昨日トキに寄って話し聞いたんや。シャトークイーンヤバいって言うてたわ。そんでな…」
「え?!そんな言われたん?!それはひどいなぁ…え?!シャトークイーンヤバいって?うそやろ…それで?」
聞こえてくるのは明らかに富永さんの悪口とシャトークイーンの良くない噂。
聞きたくなくても耳に入ってくる。
「そうやで!トキに来てた○○さんが言うとったわ。富永さんが店長やってるからあんなんなってるんやって。ほんま、ここも店長変わったほうがええんちゃうかなぁ。これやから売り上げ上がれへんのやで。なぁ。杏理ちゃんもそう思うやろ?」
「まぁそうやなぁ。確かに売り上げはあがってへんもんなぁ…。」
こんな話を延々としている。
最初は聞き流そうとしていた。
だって根も葉もない噂だろうし、あきらさんがそんなことを言うのは自分が富永さんにかまってもらえなかったからだって知ってるから。
でも無理だった。
ムカムカムカムカ…
あきらさんと杏理さんの話の内容があまりにもくだらなすぎてどんどん腹が立ってくる。
うー!
なんか言いたい!
でもなんて言ったらいいかわからない。
私が何か言ったことによってあきらさんと杏理さんが辞めてしまうようなことがあったらそれはそれで店に迷惑をかけてしまう。
変に富永さんを庇うようなことを言ったらなんかおかしく思われるかもしれない。
どうしよう。
なんて言ったらいいかわからないけどめっちゃ腹立つ。
私は何に腹を立ててるんだろう?
「そんでな前にも富永さんがこんなこと言うてきたんやで。私も言い返したったんやけどな、あのおっさん話し通じひんやんかぁ。あはは。そやからな、私の方が折れたったんよ。」
「そうやな。話し通じひんとこあるやんな。あはは。」
あきらさんと杏理さんの話しはどんどんエスカレートする。
こっちに私と理奈さんがいることなんてお構いなしに。
ムカムカムカムカ…
もうダメだ。
「あのさ…」
ガマンしきれなくなった。
何かがプチッと切れた。
「え?なによ有里ちゃん。」
あきらさんが笑いながら私の方を見た。
私が文句を言うなんて思ってもいないみたいな笑顔だった。
「そういう話しは店が終わってから2人だけの時にして欲しいんやけど。」
「え?」
「えぇ?!」
杏理さんが驚いた顔をしている。
あきらさんも驚いた後に嫌悪をあらわにしている顔をした。
「ここは女の子が休む場所やろ?リラックスして少し休んで、それからお客さんに向かう準備をするところやろ?あきらさんと杏理さんが富永さんのこととお店のことをどう思うかはそれぞれのことやし関係ない。でもな、ここでそんな話しするのは違うやろ?!富永さんのことも店のことも良く思ってる娘もおるんやで。少なくとも私はそうや。だからここでそんな話ししてもらいたくない。するなら店が終わってからとか2人だけの時とかにしてくれへんかな?!」
…はぁはぁ…
言ってしまった…
怒りと緊張で胸がドキドキする。
でももう止まらない。
間髪を入れず、憤慨しながらあきらさんが言い返して来た。
「有里ちゃんと理奈ちゃんはええやんか!富永さんに良くしてもらってるからな!私はな…」
私はそのあきらさんの言い返しかたにまたカチンときた。
でもなるべく冷静に私も言い返した。
「違う!論点が違いすぎる。そんな話してない。私はここでそういう話しはしないでくれる?言うたんや。今のあきらさんの話は論点が全く違う。」
あきらさんの目をまっすぐ見ながら言った。
杏理さんがわたわたしているのが目の端に映る。
「そんなこと言うたって…ただ私はな!」
引っ込みがつかなくなったあきらさんが何かしら言おうと試みている。
その時…
「有里さん。有里さん。」
控室のスピーカーから私の名前を呼ぶ声がした。
「…はい。」
一瞬でシーンとなった控室に私の返事だけが響く。
「ご指名です。スタンバイお願いします。」
「…はい。」
しばしの沈黙。
「…はぁ。とにかく控室でそういう話しは辞めてもらいたいんよ。するなら店が終わってからにしてくれる?」
私はお客さんにつく準備をしながらあきらさんにもう一度同じことを言った。
「えぇ?!いや…あのな…」
まだ引っ込みがつかないあきらさんがもごもごと何か言おうとしている。
「いや…有里ちゃんのいう通りやな。ごめんやで。」
杏理さんがすまなそうな顔をして仲を取り持とうとした。
「有里ちゃん、もう行かんと。」
理奈さんが場の空気を変えようと私に声をかける。
「…うん。じゃ、行ってきます。」
「うん。いってらっしゃい。」
「いってらっしゃい。」
理奈さんと杏理さんが私に言う。
あきらさんはそっぽを向いたままだった。
「ふう!」
控室のドアを閉め、大きな息を一つついた。
とりあえず早めに今の出来事を富永さんに言わなければ。
私はお客さんを出迎える場所には行かず、いそいでフロントに走った。
「ちょっと富永さんごめん。」
フロント横のカーテンをバッと開けて富永さんの足元にしゃがみ込む。
「お?有里、どうした?」
いきなり私がフロントに入ってきて驚いている。
「あのな、今あきらさんとちょっといざこざしてしまってな…」
まくしたてるように話す私をジッと見ながら「うん。うん。」と聞く富永さん。
「そんで、冷静に話したつもりなんやけど結構きつかったかもしれん。このあとあきらさんと杏理さんがなんか言うてくるかもしれんから、とりあえず報告先にした方がええと思って。もしこれで辞めるなんて言い出してしまったらごめんなさい!」
お客さんが待ってるかと思い、早口で話してしまう。
そんな私の肩をポンポンと優しく叩く富永さん。
「おう。そうか。まぁ気にすんな。よぉ言うてくれたやんか。あとはこっちでなんとかするから。有里は気にせんとお客さんについてきぃ。言うてくれてありがとな。行ってこい。」
「は、はい。お願いします!」
私は富永さんの言葉に少し安心してお客さんを迎える場所についた。
「はぁ…はぁ…」
胸がドキドキしている。
お客さんを迎える緊張なのか、言い返したことへのドキドキなのかわからなかった。
あきらさんと杏理さん…
この後どうするかな…
「…だめだ…今はそのことを忘れよう…」
お客さんの足が見える。
「いらっしゃいませ!どうぞ!」
笑顔で見上げる。
このお客さんには今あった出来事なんて関係ないんだ。
今はこのお客さんに集中しよう。
そう思いながら二階の個室へと入っていく。
「○○さん、久しぶりやないですかぁ!元気でした?忘れちゃったかと思いましたよー!あははは…」
私はソープ嬢だ。
小娘だけど、プロなんだ。
つづく。
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