私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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いつの間にか始まってしまった同棲生活はなんとなく慌ただしかった。

 

私が仕事から帰ってくるのはだいたい夜中12時40分から1時ごろ。

帰ってきてビールを飲み、お布団にはいるのはだいたい2時過ぎ。

そして朝はコバくんがまだ寝ている時間に起きてお弁当を作り、7時にコバくんを起こす。

珈琲を淹れ、一緒に飲んで7時半ごろにお見送りをする。

その後ホッとして少し寝てから10時ころ起き出してコバくんが帰ってきた時に食べられるように夕飯の支度をしてから出勤の準備をする。

 

温めて食べてくださいね。

お仕事お疲れさま♡

 

用意したコバくんへの夕飯にそんなお手紙を添えておく。

 

私は「疲れるなぁ…」と思いながらもそんなことをしてしまう。

これが女のやることだと思っているから。

こうやらないといけないと感じているから。

私がこうやることでコバくんが大喜びすることを知っているから。

 

同棲生活って疲れる…

 

いつしか私の中にそんな気持ちが芽生え始めていた。

 

でも帰って来た時の安堵感や、仕事が辛かった日の帰ってきてからの癒され度が思っていたよりも大きくて『しんどい同棲生活』を辞める気はなかった。

それに『同棲生活を辞める』というエネルギーを使う気も起らなかった。

 

コバくんの私への愛情表現は衰えることを知らず、私は毎日毎日「大好きやで」の言葉や「ずっと一緒におろうな」の言葉をザバザバと浴びていた。

 

 

コバくんは私のカラダをいつも気遣い、SEXの誘いもほんのたまにしかしてこなかった。

ときおりお店で精神的に消化不良の時に私から誘うこともあったけど、そんな時は「ええの?大丈夫なん?」と心配そうに聞きながらも嬉しそうに誘いに乗った。

 

私の話しにいつも耳を傾け、どんな話しにも「うん。うん。」と親身に聞いてくれる。

そして自分の強い意見をいう事や、私を諭すようなことは一切せずにいてくれた。

 

「ゆきえ。無理せんでな。俺といるときはゆっくりしてほしいねん。」

 

コバくんはいつもこんなことを言っていた。

 

私は完全にコバくんの善意?に甘えていた。

 

 

「旅行に行かへん?」

 

 

同棲生活を始めてから半月ほど経ったある日。

コバくんがそんなことを言った。

 

「旅行かぁ…」

 

私は毎日が旅行のような日々だったし、「付き合っている人と旅行」なんてそんな『幸せそうな娯楽』をしてはいけないと思っていた。

『旅行に行く』という行為を自分がしてもいいなんて発想がなかった私は、コバくんのその言葉にパーッと目の前が拓けるような感じがした。

 

「ゆきえと一緒にどこか行きたいねん。どこがいい?」

 

「え?どこ?…えー…どこでもいい。」

 

『旅行に行く』という行為を私がしてもいいというならどこでもいい。

本気でそう思った。

 

「えー!ゆきえが行きたい所に連れて行きたいねん。考えてよぉー。」

 

コバくんは駄々っ子のようにそう言った。

 

「えー…そうやなぁ…」

 

行くとしても1泊か2泊しかできない。

私の生理休暇とコバくんの休める日を合わせるとそれくらいの日程だった。

 

「…岐阜県に行きたい…」

 

飛騨高山に行きたいと思った。

近くて行ってみたい場所。

 

「岐阜?!なんで?」

 

「わかんない。ずっと飛騨高山には行ってみたいと思ってたんやもん。あかん?」

 

「ええよええよ!調べておく!!」

 

コバくんは嬉しそうにそう言った。

 

 

その日、仕事から帰るとコバくんは『飛騨高山』と大きく書かれたガイドブックを真剣に読んでいた。

 

「おかえりー!今お勉強してるとこやから!」

 

満面の笑み。

 

「うわ!うれしい!ありがとう。」

 

ほんとに嬉しかった。

でもそのコバくんの姿を見て泣きそうになるんだけど。

なんだか切なくて。

そして自分が嫌で。

 

 

コバくんはいくつかの宿を候補に挙げて、最終決定は私にゆだねた。

 

「ゆきえが泊まりたいところでええから。金額も気にせんでええから。言うてな。そんであっちでまわるところは内緒。へへへ。」

 

どこに連れていくかは内緒らしい。

そんなところもコバくんらしくて切なくなる。

 

「ありがとう!わー!すごい楽しみ!!」

 

旅行に行く。

旅行に行ってもいいんだ。

 

ほんとに?

行ってもいいの?

私が?

逃げ出して来た私が?

まだちゃんとK氏に謝罪もしてない、目標のお金も返していない私が?

 

…殺されちゃうかもしれない私が?

 

心から喜べない。

心から楽しめない。

 

心から愛せない…

 

いつも明るく振る舞っているし、いつもケラケラと笑っている。

でもそのすぐ裏にはいつもこの思いがつきまとう。

 

「ゆきえ。楽しもうな。」

 

コバくんは私のその心情を知ってなのか、真剣な顔でそう言った。

 

「うん。そうだね。」

 

 

 

10月に入り、私たちは待ちに待った旅行に出かけた。

たった1泊2日の旅行だけど、私にとってはすごいことだった。

コバくんは愛車をピカピカに洗車してくれていた。

 

見たかった合掌造りを見せに連れて行ってくれて、郷土料理のお店でランチ。

おみやげもの屋さんに入ってぐるぐると見て回る。

コバくんがこっそり小さな『さるぼぼ』のお人形のついたストラップを買って私に「はい。あげる。」と言う。

私は「え?!なにこれ?こっそり買ったん?これ?あはは。」と笑う。

 

全てが嬉しくて、そしてやっぱりすごく切なかった。

 

夜。

私が選んだ宿は正解だった。

ロビーにある囲炉裏がすごく素敵な落ち着いた宿だった。

温泉も気持ちよくてお料理も美味しい。

仲居さんは素朴で親切。

部屋もシンプルで清潔だった。

 

「はぁー…。コバくん、ありがとうね。」

 

「え?なんもしてへんよ。…ゆきえ、楽しい?」

 

コバくんがニコニコしながら私に聞いた。

 

楽しいかって?

今楽しいかって?

 

「…うん。楽しいよ。」

 

嘘。

ほんとの答はこう。

 

『わかんない』

 

私は『楽しい』がわからない。

『楽しい』ってどういうことなんだろう。

 

 

「コバくんは?楽しい?」

 

「え?俺?楽しいに決まってるやろー!ゆきえと一緒ならずっと楽しいんや。ゆきえが楽しそうだったらもっと楽しい!!」

 

即答だ。

 

コバくんは楽しいんだ。

そうか。

それならよかった。

 

 

「夜のドライブ行く?」

 

コバくんがそう言った。

 

「え?うん!楽しそうやね。」

 

ちょっとワクワクした。

 

宿の浴衣のまま外に出る。

裸足で草履を履いてペタペタと車に向かう。

 

「ちょっと寒いね。」

 

「なぁ。ゆきえ、平気か?」

 

コバくんは自分の丹前を脱いで私に着せようとした。

 

「平気平気!コバくん、自分で着てなって!」

 

「ええから。俺暑いし。」

 

嘘だ。

コバくんはすぐそういうことを言う。

さっき寒いって言ったくせに。

 

「じゃ行くでー!」

 

「おー!しゅっぱーつ!」

 

コバくんは車を走らせた。

どこに行くとも決めず「こっち行ってみようかー。」とか「あっちよさそうやなぁ。」とか言いながら、私のことをチラチラ見ながら。

 

「ゆきえ!あっち行ってみよう!」

 

コバくんがそう言って指差したのは小高くなっている丘の上だった。

建物がないもない、ただの丘。

周りは林のようになっている場所。

 

「うん。行ってみよう!」

 

「サンルーフ開ける?」

 

コバくんが車のサンルーフを指差した。

 

「うん!開ける開ける!」

 

ウイーンと音を立ててサンルーフが開く。

 

「こうやって乗ってよーっと。」

 

私は助手席の上に立ち上がり、お尻をヘッドレストの上にちょこんと乗せた。

サンルーフから顔を出し、両手を車の天井に乗せた。

 

「気持ちいいーーー!!」

 

風を浴びて丘の上までのクネクネ道を登る。

 

「気持ちよさそうやなぁ。」

 

コバくんが嬉しそうな声でそう言った。

 

 

「うおーーーー!!わーーーーー!!気持ちいいーーーー!!」

 

 

周りには民家もないし誰もいない。

私は大声を出したくなり「わーーーー!!」と叫んでいた。

 

「あはははは!うおーーー!!!」

 

コバくんも笑いながら運転席で大声を出していた。

 

「到着ー!」

 

コバくんがそう言いながら車を停めた。

 

「…すごい…」

 

私が呟く。

 

「何が?」

 

コバくんが立ち上がって私の隣に顔を出す。

 

「ほら…見て。」

 

サンルーフから見上げる空。

 

そこには満点の星空が広がっていた。

澄んだ空気にまっさらな夜空。

ありきたりな表現だけど、ほんとに降ってきそうな星空だった。

 

「すげー!」

 

コバくんは星空を見上げて感嘆の声をあげた。

そして私の頭をポンポンと優しく撫でた。

 

なぜか急に涙がこみ上げる。

 

でも急に泣くなんて恥ずかしい。

 

堪える。

 

堪えるためにずっと上を見続ける。

満点の星空が滲む。

 

「ゆきえ?大丈夫?」

 

もうだめだ。

限界。

 

「う…なんか泣けてきた…」

 

「うん。そうか。」

 

コバくんがまた私の頭をポンポンと優しく撫でた。

 

「うぅ…うー!うぅ…」

 

コバくんはしばらく私の様子をそばで見ていた。

そして「車、走らせる?」と言った。

 

「うん。うぅ…うー…」

 

泣きながら答える。

 

「じゃゆっくり走らせるで。」

 

コバくんはそう言うとゆっくりと車を走らせた。

 

丘を降り、車が一台も走っていな国道に出る。

私はずっとサンルーフから顔をだしたまま泣き続けた。

 

「ううーー!!うわーーーん!ううーーー!!うえ!うえ!うわーーーん!!」

 

大声を出して子どものように泣きじゃくる。

コバくんは何も言わず、人も車もいなそうな道を選んで走り続けてくれた。

 

「うわーーーん!うーーーーー!!」

 

私は自分がなんでこんなに泣いているかわからないまま、夜の岐阜県で泣き続けた。

サンルーフから顔をだしたまま。

 

 

 

だんだん気持ちが落ち着いてくる。

夜風が顔に当たって気持ちいい。

 

「うぅ……ふぅ…」

 

やっと涙が止まった。

寒くなってきた。

 

 

「…落ち着いた。」

 

そう言いながら助手席に戻る。

 

コバくんが私の方をチラッと見る。

 

「そうか。うん。よかった。」

 

ニコッと笑いながら優しく言う。

 

「うん。…ありがとう。」

 

「え?俺なんもしてへんよ。」

 

してくれてるよ。

たくさん。

 

「…そろそろ宿帰ろうか?帰ってビール飲む?」

 

コバくんが優しく聞く。

 

「…うん。そうやね!ビール飲もう!」

 

明るく答える。

 

「うん!ビール飲もう!飲もう飲もう!」

 

私の明るい声を聞いてコバくんも明るく返す。

 

コバくんは泣いた訳を何も聞かず、宿に帰ってからもただただ明るくそして優しく私に接していた。

時にふんわりと抱きしめたりしながら。

 

 

いくら優しくされても私の気持ちはコバくんに向かない。

私の中に入って来ない。

 

そんな事実に胸が痛む。

 

…ごめん…

 

心の中で謝りながらもコバくんの優しさに甘える。

そして「大好きだよ。」と言ってしまう。

 

私は私を嫌いになることを重ねていた。

 

 

 

 

つづく。

 

 

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127 - 私のコト

 

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