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忙しい土日が終った。
毎日緊張しながらも理奈さんや杏理さんや富永さんの存在に助けられている。
「アリンコー」と私を呼ぶ上田さんから毎日からかわれているのもなんとなく息抜きになっている。
店長の高橋さんは最近お店に来ていない。
体調不良だと聞いたけど、杏理さんが言うには「結果がなかなか出ぇへんから逃げたんやで」だとか。
富永さんと上田さんだけでは店が回らない。
なので新しいボーイさんが入ってきていた。
そのボーイさんは『ひろし』と呼ばれていて「へへへ」と笑う男性だった。
女の子たちにも気さくに話しかけるボーイさんで、みんなにすぐに「ひろしー」と親し気に呼ばれるようになっていた。
入った頃とは少しずつ変わってきていたけど、理奈さんと杏理さんと富永さんがいてくれることでどんどん居心地が良くなっていた。
中島さんの件で2人の前で弱音を吐いて泣いてしまったのが良かったのかもしれない。
前よりも理奈さんと杏理さんのことを信頼している自分がいた。
そして「私はここにいていいんだ」という自信のようなものが芽生えていた。
9月の半ばの月曜日。
コバくんからのTELで起こされる。
この『朝からテンション高いコバくんからのTEL』は毎日のように続いている。
そしてそれが私の毎日の中にいつの間にか溶け込んでいた。
「ゆっきえー!おっはよー!まだ寝てたん?」
これも毎日のセリフだ。
「うん…。今起きた…おはよう…」
この返事も毎回のお約束のようになっていた。
「ごめんやでー。昨日忙しかったん?」
私はコバくんの質問に答えているうちに目を覚ます。
これも毎日のことだった。
「うん…忙しかってん…もう全身が痛いわぁ…」
「そうかぁ。頑張ってるんやなぁ。ゆきえは偉いわぁ。よぉやったなぁ。」
コバくんなこうやっていつも私を褒める。
私がクタクタになるまでやってることはSEXだよ。
(もちろんそれだけじゃないけど。)
この人わかってるのかな?と思うことがしばしばある。
「ありがとう。そんで…明日はどないするん?」
今日は月曜日。
明日は私のお休みの日だ。
コバくんは毎週火曜日の夜に仕事を終えるとすっとんでここに来る。
そして木曜日の朝まで一緒に過ごし、ここから出勤していくというスタイルでなんとなく落ち着いてきていた。
毎週コバくんがここに来るということも、いつの間にか私の日常に溶け込んでいた。
「行く!行ってええやろ?」
即答。
「多分19時には着くから!待っとって!」
「あはは。元気やねぇ。うん。わかった。待っとるよ。」
「やったーー!!あー早く明日にならんかなー!」
「あはは。そうやね。」
コバくんはずっとこの調子だった。
毎日毎日「ゆきえーゆきえー」「大好きー大好きー」と言い続ける。
私が仕事の話しをしても「そうなんやぁ。大変やったなぁ…。ゆっくり休んだらええよ。な?」といつも私を肯定してくれる。
そんなコバくんの言葉にいつの間にか心地良さを感じている自分がいる。
その言葉を信じられないのに「もっと言って」と思っている自分がいる。
「そんでな…ゆきえ…お願いがあんねんけど…」
コバくんが遠慮がちに小さな声でそんなことを言った。
「え?なに?なんかそんなこと言うの珍しいな。なんやろ?」
「…あんな…ダメって言わないでほしいねんけどぉ…ダメって言わん?」
「え?なによ。そんなん聞いてみないとわからんやんかー。なに?言うてみて。」
「えー…ダメって言わんっていうて。そしたら言うから。」
「あははは。そんなんずるいわー。」
「お願い!ダメって言わんって言うて!」
「えー…よくわからんけど…じゃあダメって言わんよ。」
「ほんと?!やったー!あんな、あんな、」
ダメって言わんって言ってしまったけど…
なんだろう?
コバくんがこんなことを言うのは珍しい。
え?
もしかして…
お金貸してほしいとか…
いやいやいや。
それはないでしょ。
でもでもでも私ソープ嬢でしょ。
何回も引き出しから大金出してるとこ見せてるでしょ。
もしかしたら…
もしかするかも…
「あんな、あんな!」
「うん。なに?」
なんかドキドキする。
もしお金の話しならどうする?
私、どうするかな。
「…木曜日もゆきえんとこ帰ってきてもええ?」
え?
「…ん?なに?」
一瞬コバくんが何を言ってるのかわからなかった。
「…だから…木曜日の夜も一緒にいたいって言うたんや。あかん?あ!ダメって言わんって約束したんやからね!ダメ言うたらダメなんやで!」
なんだぁ…
そんなことか…
ん?
『そんなこと』か?
「わかった。ええよ。」
「やたーーー!!じゃ木曜日の夜の分の洋服も持っていく!やたーーー!!」
ドキドキして損した。
コバくんは大喜びだった。
私はその大喜びの声を聞いてなんだか嬉しくなった。
「じゃ、明日!待っとってよーー!!」
コバくんはテンション高いままTELを切った。
「…はぁ…」
TELの余韻でニヤニヤしながらため息をつく。
そしてすぐに真顔に戻る私。
明日から3泊かぁ…
しかも木曜日の仕事を終えて帰って来たときにここにコバくんがいることになるのか…
うーん…
これどうなんだろう…
コバくんは私が立っている周りを嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる子犬のようだった。
そんな子犬を見ればニヤニヤするのが普通でしょ?
愛着も湧くし情も湧く。
そしてなにより必要とされていることに喜びを感じてしまう。
でも
そこにコバくんと同じように返せるほどの愛情を持ち合わせていない自分に気付く。
ボーっとコーヒーを飲みながら「私なにやってるんだろう」と何度も思う。
コバくんという存在に甘えてる自分に嫌気がさす。
「さ。準備しよう。」
グルグルとその思いに巻き込まれそうになることを回避するために店に行く準備を始める。
なるべくそのことについては考えないようにしようとしている。
仕事から帰って来たときに誰かが待ってるってどんな感じだろう…?
ちょっとだけワクワクしていることに気付く。
私、最低だな。
次の日からコバくんは私の部屋に居続けた。
木曜日の夜、つい渡してしまった合鍵で先に部屋に帰っていたコバくんに「お帰りー!」と迎えられた感じが思っていた以上に心地よかった。
「ただいま。」
小さな声でそう言うと、なんだか『幸せ』を感じてしまったようで焦る。
「お疲れさまー!会いたかったわぁー!」
私の周りをぴょんぴょん飛び跳ねる子犬…
「んふふ。朝会ったばっかりやろ。」
「でもずっと会いたかったんやもん。」
優しく抱きしめるコバくん。
キスも優しい。
私はこの優しさや無邪気さに甘えているんだ。
好きでもないくせに。
愛してもいないくせに。
その日からコバくんはずっと家にいることになる。
いつの間にかコバくんとの『同棲生活』が始まっていった。
つづく。
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