私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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その日のシャトークイーンはかなりのんびりしていた。

人気者の理奈さんでさえ指名の2本だけの稼働だった。

 

研修を終えた奈々さんはかなり疲れた顔をして帰ってきた。

そしてフリーのお客さんに一本入って帰って来た時には少し泣きそうな顔をしていた。

奈々さんは涙を溜めた目で「大丈夫です…。頑張ります…。」と言っていた。

私はその姿を見て胸が痛んだ。

そうまでしてこの仕事をしなければならない理由があるんだろうなぁと思っていた。

 

ソープランドという場所は女が“何か”の為に肚を括らなければならない場所なんだろう。

私は“私”を覚悟するために肚を括っていっている最中なのかもしれない。

奈々さんは“何”の為に肚を括ろうとしているんだろう?

 

「奈々ちゃん、大丈夫やろか?」

 

奈々さんがトイレに立った時、理奈さんが私に呟いた。

 

「うーん…どうですかねぇ…。」

 

「しんどいなぁ。最初は。」

 

理奈さんがちょっと真剣な顔でそう言った。

 

「理奈さんはどうやったんですか?最初のお客さんは。覚えてます?」

 

この人はどうだたんだろう?

落ち込んだりしたのかなぁ。

 

「最初?ソープの?うーん…どうやったかなぁ。なんや必死だったことくらいかなぁ、覚えてんのは。でも私はヘルスもやってたし特になんともなかったけどなぁ。」

 

そうか。

理奈さんがソープに来たときはもう風俗経験があったんだ。

 

「じゃあヘルスの時の最初のお客さんはどうでした?」

 

「え?うーん…時間のことばっかり気にしてたなぁ。焦ってしまってお客さんに笑われたわ。私も笑ってしまったけどな。あははは。」

 

うーん…

やっぱりこの人はなんか違うな。

奈々さんがどうして泣きそうになっていたのか理由はわからないけど、少なくともそういう経験をこの人はしてなさそうだ。

 

「じゃあこの世界に入って辛かったことってなんかあります?」

 

理奈さんが辛かったことってなんだろう?

この人にそんなことがあるんだろうか。

 

「え?えーと…そうやなぁ。マットが下手やってお客さんに怒られたことかなぁ?あははは!」

 

「え?怒られたんですか?結構な怒り方やったんですか?」

 

「そやなぁ。結構怒ってはったで。私も淡泊やしな。もっとねっとりしたSEXしたかったんやろなぁ。マットももっとねっとりして欲しかったんちゃう?でも私には無理やからな。めっちゃ怒ってはって怖かったわぁ。」

 

「で?結構落ち込みました?」

 

「え?そやなぁ。落ち込んだ…というか怖かったなぁ。」

 

「落ち込みはしなかったんですか?」

 

「んー…そやなぁ。そんなに落ち込まへんかったなぁ。すぐ忘れてしまうしな。」

 

「そうですかぁ…。うーん…なんか違うんだよなぁ。理奈さんはなんか違うんだよなー。」

 

私は理奈さんにそう言った。

 

何かが違う。

奈々さんが涙を溜めていた心情。

私が初めてお客さんに入った時に感じた落ち込み。

それと理奈さんの今の話しはなんだか全然違う。

 

「え?何が違うん?」

 

「いや、何かね、全然違うんですよ!あーわかんないだろうなぁー!理奈さんにはわかんないだろうなぁー。」

 

私は理奈さんのある意味でも天然っぷりを初めていじってみた。

 

「なんやの?有里ちゃん!なんかバカにしてるやろ?ちょっと?」

 

理奈さんは「あはは」と笑いながら私につめよった。

 

「理奈さんは特別やからなー!わかんないんだよなー!あははは!」

 

「ちょっと!ほんまやらしいわぁ。今夜じっくり話そうや!あはは。」

 

 

ガチャ。

 

いつの間にかふざけあっていた時、控室のドアが開いた。

目を真っ赤にしている奈々さんがトイレから戻ってきた。

 

声をかけた方がいいのか…。

それともそっとしておいたほうがいいのか…。

 

チラチラと奈々さんの方を見る。

理奈さんも少し奈々さんの方を見てテレビに目をやる。

杏理さんはちょっとだけ奈々さんを見ていた。

さつきさんは今お客さんに入っている。

 

目を真っ赤にして猫背の姿勢でボーっとテレビを見る奈々さん。

たまにティッシュで鼻水をぐずぐずと拭いている。

奈々さんは「はぁ…」と一つ溜息をついた。

 

 

「大丈夫ですか?何かありました?」

 

その様子がいたたまれなくなり、私は声をかけた。

 

「え…?えと…あはは…大丈夫です。なんか…ちょっと泣けてきちゃって…あはは…」

 

奈々さんはなんとか笑おうとしていた。

その表情と「ちょっと泣けてきちゃって…」の言葉がなんとも切なかった。

 

髪を青く染めていて、鼻と唇にピアスをしている女の子。

耳にもこれでもかというくらいのピアスをしてる女の子。

腕にはタトゥーまでいれている女の子。

 

そんな攻めてる風な奈々さんが「ちょっと泣けてきちゃって…」と言いながら泣いている。

 

「そうかぁ…。しんどかった?」

 

私はチラッと奈々さんの方を見て小声で聞いた。

隣で理奈さんも様子を伺っている。

杏理さんもテレビを見ているようだけどこちらの様子を気にしているのがわかる。

 

「う…うぅ…。なんか…そうですね…ちょっと辛かったです…あはは…」

 

奈々さんは鼻をぐずぐずいわせながら、涙をぽろぽろと流しながらそう言った。

 

「うん。うん。そうかぁ…。そうだよねぇ。しんどかったよねぇ。」

 

私にはそれくらいしか言えなかった。

好きな男の人以外にカラダを開かなければならないのは普通の感覚ではしんどいことなんだろうなぁと想像する。

 

私にはその感覚がほとんどなく、ただ想像するくらいしかできないんだけれど。

 

「有里さんは…辛くなかったんですか?」

 

奈々さんが泣きながら私に質問をしてきた。

 

辛い…?

 

毎日が辛いけどそれはきっと、今奈々さんが言っている辛さとは違うもののような気がする。

 

「う…んと…そうやねぇ…。奈々さんは彼氏がおるん?好きな人が今おるん?」

 

私は奈々さんの質問に上手く答えられなくて逆に質問をしてしまった。

 

「え…はい…います。すごく好きな人で…その人に内緒でここに来てるんです…」

 

あー

それかぁ…

 

「そうかぁ…。そりゃ辛いなぁ…」

 

私が答えると杏理さんがこちらを向いて話しに加わってきた。

 

「それは辛いわ。その状況は辛いわなぁ。私もそういう時あったけど、かなり辛かったわ。」

 

杏理さんはサバサバとした口調で奈々さんにそう言った。

 

「え?杏理ちゃん、そんな時あったん?!」

 

理奈さんがびっくりして杏理さんに聞いた。

 

「あったでー。何回もそんな時あったわ。」

 

「へー!」

 

理奈さんが無邪気に驚く。

 

「そういう時、杏理さんはどうしてたんですか?毎日辛いやないですか。どうしたんですか?」

 

私が聞くと理奈さんは「うんうん。それ聞きたいわぁ。」と身を乗り出した。

 

「え?まぁ結局バレたな。隠しておけへんかったな。」

 

「で?それでどうなったんですか?」

 

「結局あかんかったわ。やっぱりこの仕事してるのが嫌やったんやろな。一回この仕事辞めさせて結婚しようって言われたんやけど、やっぱりこの仕事をしていた事実が許せなかったらしいわ。別れてしまって、で私はまた戻ってきたって感じやな。」

 

 

「へー!」「あぁ~…」「…そうですか…」

 

理奈さんと私と奈々さんは杏理さんの話しにそれぞれ相槌を打った。

 

「ずっと隠しておくことはできひんと思うで。自分が辛いやろ?でも言うてしまったら別れることになるかもしれんしなぁ…しんどいなぁ。」

 

杏理さんは実感を込めて奈々さんにそう言った。

 

「…はぁ…そうですねぇ…。」

 

奈々さんは下を向いて小さく呟いた。

 

「そもそも何でこの仕事しようと思ったん?」

 

杏理さんがサバサバと質問をした。

 

うん。

私もそれ聞きたい。

 

「え…えと…借金です。…彼の借金があって…」

 

はぁ?

 

私は奈々さんのその言葉を聞いてのけ反った。

 

「ちょ…ちょっとどういうこと?彼の借金なのに内緒でソープに来てんの?それで?泣いてるの?え?」

 

私は奈々さんが何を言ってるのかわからずに困惑した。

 

「え…はい…さっき言ったロックバーを経営してるのが彼なんですけど…そのバー経営の為に借金をしていて…今ちょっと返せなくて悩んでいたから。つい『私が返してあげる!』って言ってしまったんです…」

 

はぁーー?!

なんじゃそれ?!

 

私はその奈々さんの感覚がわからずに憤りを感じていた。

怒りにも似た感情だった。

 

「え?だったらそう正直に言えばいいのに!借金返すために私はソープに行く!って言えばいいじゃないですか。立派な決心じゃないですか?なんで隠してるんですか?彼のためなのに。」

 

なんか本格的に腹が立ってきた。

なんでこんなにこの子が犠牲になろうとしてるんだろう?

 

「うん…なんかその気持ちわかるわぁ…。奈々ちゃんの気持ち、わかるわぁ。」

 

杏理さんがしみじみと言う。

 

「有里ちゃんが言ってることはそのとおりなんやけどな…そうもいけへん時もあるねんなぁ。」

 

杏理さんの言葉を聞いて奈々さんはまたぐずぐずと泣き始めた。

うんうんと頷きながら。

 

「へぇ~…そんなことがあるんやなぁー。」

 

理奈さんがとぼけた口調で相槌を打つ。

私は…

 

やっぱりわからなかった。

そしてやっぱり腹立たしかった。

 

「でもな奈々ちゃん。そういうのって長く続かんで。相当な気持ちがなかったら続かんよ。」

 

杏理さんが優しく奈々さんに諭した。

 

「そう…ですよねぇ…。はい…。」

 

奈々さんはしばらく泣いていた。

私たちはなんとなくそれ以上話すのは良くない気がして、それぞれにテレビを見たり本を読んだりしはじめた。

 

奈々さんは結局お客さんに一人入っただけで今日の営業が終了した。

 

 

「お疲れさまでしたー。」

 

控室のスピーカーから営業終了の合図の声が聞こえる。

 

「有里ちゃん、ここで待ち合わせな。」

 

理奈さんが掃除をしながら私に言った。

 

「はい!急いで終わらせます!!」

 

私はこれから理奈さんと飲めることと、初めて『トキ』に行けることに興奮していた。

 

「張り切ってるやないのぉ。あはは!」

 

理奈さんが笑う。

 

「はいっ!!張り切ってます!!あはは!」

 

 

 

これからどんな世界が見れるのかワクワクしていた。

 

 

つづく。

 

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110 - 私のコト

 

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