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「このあいだはありがとうございました。早速買っていただいたグラスでビール飲んでますよぉ。」
私はお風呂の準備をしながらなるべく明るくそう言った。
気まずさを隠すためだ。
「そうか?それならよかった。」
中川さんは相変わらずのニヤニヤにこにこ顔で答えた。
この中川さんのニヤニヤにこにこ顔がなんとなく怖く感じる。
いつもこの顔をしている中川さん。
たまに垣間見せる真顔がほんとの顔なんだと思う。
「有里ちゃん。楽しかったか?信楽は。」
中川さんがニヤニヤにこにこ顔を崩さず私に聞いた。
「え?はい!楽しかったですよぉ!たくさん買って頂いちゃって…ありがとうございました!」
嘘だ。
気を使いすぎて楽しくもなんともなかった。
たくさん買って頂いた食器だってありがたいとは思うけど、最後にあんなことになるなら別に買ってもらわなくてもいい。
「そうかぁ。それならよかったわぁ。また連れてったるからな。また買うたるわな。ははは。」
…え?
…いや…別に連れて行ってもらわなくていいですし、買ってもらわなくていいです…
「えー!ほんとですかぁ?ありがとうございます。うれしいなぁ!」
また嘘。
連れて行ってあげたいという気持ちや、買ってあげたいという気持ちはありがたいけどね。
…でもいいです。
「今度行くときは少しくらいお茶して帰ろうな。な?」
「あ、そうですねぇ。こないだはすいませんでした。ちょっと急いでて…」
「うんうん。それは別にいいんや。でも今度は…な?」
う…
おえーーーー!!!
何それ?!
今度行くときはわかってるだろ?的なそれ?
気持ち悪いーーー!!!
「そうですね。あ!お風呂入りましたよー!」
なんとなく会話をそらす。
あのね、ここソープランドってところでね、私ソープ嬢なんですよ。
それでね、これはここでお仕事でやってるんであってね、貴方のことを好きとか、外で会いたいとか、一切思ってないんですよ、わかります?
と、一瞬説明したい衝動にかられる。
中川さんにだけじゃなく、毎日そんなことがたくさんある。
これもお仕事の一つなんだろう。
「今日はマットも椅子洗いもいらんわ。」
カラダを洗っていると中川さんがそう言った。
「え?そうなんですか?」
私は背中を洗うために抱き着きながら聞いた。
中川さんは私を優しく抱きしめながら、耳元でこう言った。
「ベッドで長くしたいんや。有里ちゃんのことゆっくり攻めたいんや。んふふ。」
「え?やだぁ。もー!」
…お…おじいちゃん…
21の小娘になんてことを…
私はマットも椅子もいらないと言われて憂鬱になっていた。
中川さんのベッドの時間が長いのは苦痛だ。
ビールを飲むわけでもない、特に会話がはずむわけではない中川のおじいちゃんとの時間は私には苦痛だった。
「有里ちゃん。こっちきぃや。」
お茶を飲むと中川さんはすぐに私を隣に座らせた。
「はぁ、はぁ…ふぅ、んふぅ…」
鼻息が荒い。
ニヤニヤしながら唇を尖らせてキスをしてくる。
う…
気持ち悪い…
ヤバい…
私、結構気持ち悪いと思ってる…
今までここまで気持ち悪いとは思わなかったのに。
割と大丈夫…というか、一緒に個室にいるときはどんな人でもだいたい「好きだなー」と思えていたのに。
中川のおじいちゃんだって、多少は気持ち悪いとは思っていたけど、個室にいる限りは「おじいちゃんって可愛いなぁ」と思っていたところがあったのに。
ピンと尖らせた舌が私の口の中に入ってくる。
拒むことなんてできない。
う…
気持ち悪い…
ていうか尖らせてんじゃねーよ!
この下手くそ!!
こんなんで気持ちいいわけねーだろ!!
…ヤバい…
悪態までつきはじめている。
気持ち悪すぎて怒りまで湧いてきた。
ぎこちない触り方。
いつまでも力の入った唇と舌。
体勢の変え方もかなりたどたどしい。
うーー!!
イライラする。
「はぁ、はぁ…有里ちゃん…はぁ、はぁ…」
うっとりしながら息を荒げる中川じいちゃん。
「あ…あぁん…」
一応声を出しながら冷静にそれをみる私。
首筋やおっぱいをその尖がったままの舌でぺろぺろと舐める中川さん。
へったくそ!
いままで誰にも言われたことなかったのか?
ということは奥さんはずっとこれでガマンしてきたのか?
何十年も?
そんなことを考えていたら益々ムカムカしてきた。
「…ねぇ?中川さん…」
思い切って声をかける私。
「はぁ、はぁ…なんや?」
私のおっぱいを舐めながら股に手をかけはじめていた中川さんが顔をあげる。
「…もう一回キスして。」
「ん?わかった。」
中川さんは私にキスをおねだりされたと思い、ニコニコと満足げに顔を近づけた。
尖った唇に尖った舌。
力が入り過ぎててまるで気持ちいい感触がない。
なんでわからないんだろう?
これで本人は気持ちいいんだろうか?
「…ねぇ…もうちょっと舌の力抜ける?こうやって。」
私は中川さんの舌に自分の舌をわざと大げさにべろんと這わせた。
「え?力…?入ってるか?」
え?
力が入ってるか入ってないかわからないの?
「…うん。こうやってべろんってできる?」
私はもう一回中川さんの唇に自分の舌をべろんと力を抜いてくっつけた。
「こうか?」
中川さんは素直に私の言うことを聞いた。
でも舌の力はなかなか抜けなかった。
「じゃあさ、こうやってただほへーっと口開けてくれる?」
私はぽかんと力を抜いて口を開ける真似をした。
「え?なんでや?あはは」
中川さんは私の顔を見て笑った。
「いいから!やってみて!」
「うん。こうか?」
私たちはベットに座り込んでお互いに口をポカンと開けていた。
「そうそう!上手!でね、こうやって…」
私はポカンと開けた中川さんの唇に自分の唇をそっと重ねた。
そして口の中で柔らかいまま存在している中川さんの舌に私の舌をべろりと絡ませた。
中川のおじいちゃんは素直にじっと座ったままだった。
「…気持ちよくない?」
柔らかい唇のまま、柔らかい舌のまま、力を抜いたままのほうが気持ちいということをわからせたかった。
「…そうやな。気持ちええな。」
中川さんはニコニコしながら私に言った。
「こうか?」
今度は中川さんが私にキスをしてきた。
さっきよりも格段に気持ちいい。
もちろん気持ち悪さはある。
でも「へったくそ!」とののしりたくなるような怒りはかなり軽減していた。
中川さんがたどたどしく舌を入れてくる。
力が入りそうになるとそっと力を抜いている。
「ん…んんん…」
舌の柔らかさが出ただけでかなり気持ちいい。
「どやった?」
中川さんが少年のような顔で私に聞く。
ちょっとだけ可愛いと感じた。
「うん!上手!!」
「そうか?んふふ。」
「力抜てる方が中川さんも気持ちよくないですか?」
「…そうやな。うん。そうやな。」
中川さんはすごく嬉しそうな顔をした。
「唇も舌もずっと柔らかいままの方が気持ちいいんやで。」
「うん。そうやな。」
中川さんは正座のまま、子どものように頷いた。
「じゃ…続き…します?」
私が聞くと中川さんは嬉しそうに「うん。そやな。」と言った。
中川さんはSEXが終わるまで「こうか?」や「これでええか?」と聞いてきた。
私はその度に「上手ー!」とか「もうちょっと力抜いてください。」とか「もう少し右ー!」とかのアドバイスをした。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
SEXが終わり、中川さんは息を荒げながらバタンとベッドに仰向けになった。
私は起き上がり、中川さんの下半身の処理を丁寧にした。
そしてそれが終わると中川さんの横にごろんと寝ころんで
「気持ちよかったですよ。」と言った。
これはちょっと嘘でちょっとほんとだ。
めっちゃ気持ちよかったわけじゃないけど、前よりは格段に気持ちよかった。
「そうか?はぁ、はぁ…僕も気持ちよかったで…」
中川さんが『僕』と言った。
子どもみたいな顔で。
いつの間にか「気持ち悪い」と思っていた感情が消えていた。
イライラもなくなっていた。
中川さんのことは別に好きじゃないけど、なんだか可愛らしく見えた。
「ほなな。今日は楽しかったわ。また来るわ。」
階段を降りて中川さんはそう言いながら上がり部屋に消えて行った。
「ありがとうございます!またね!」
私は手を振りながら大きな声でそう言った。
「ふぅ…」
なんか…
よかったなぁ…
イライラと気持ち悪い!の感情のまま終わらなくてよかった…
少しだけ勇気を出して言ってみてよかった。
私はまた一つソープランドの個室内での可能性を感じていた。
90分の自由演技なんだなぁ…
そんな言葉が頭に浮かんでいた。
つづく。
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