私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

101

 

それから数日が過ぎ、8月の最初の火曜日。

シャトークイーンに入ってから初めてのミーティングがあった。

 

まどかさんはまだお店に来てなかった。

そして新しい子もまだ入ってきてなかった。

 

火曜日は私の休日だけれど月に一回のことだし、特にやることもないのでミーティングに出るのを嫌だとは思わなかった。

 

 

「おはようございます。」

 

11時からミーティングが始まると聞いていたので10時45分には店に着くようにした。

 

 

「お?アリンコー。早いやないかぁ。まだ誰も来てへんでー。控室で待ってたらえーわ。」

 

裏口から入ると台所でジュースを飲んでいた上田さんが私にそう言った。

 

「あ、はい。ちょっと早すぎましたね。あはは。」

 

「アリンコは真面目やなぁ。」

 

…また言われた…

 

「そんなことないですぅ!」

 

私はその言葉を言われる度にバカにされたような気になる。

 

「はははは!もう少し待っとってやー。」

 

上田さんが笑いながら行ってしまった。

 

私は控室で読みかけの谷崎潤一郎の『卍』を開いて読み始めた。

谷崎の本はぞくぞくして好きだ。

 

しばらくの間本を読んでいるとガチャっと控室のドアが開いた。

 

「アリンコー!そろそろこっち来てやー。」

 

上田さんが控室に顔を出した。

 

「あ、はい。」

 

私は本を閉じた。

 

「ん?アリンコは何読んでるんだ?」

 

上田さんが控室に入ってきて本の表紙を見た。

 

谷崎潤一郎?ほー。…こんな本読んでる娘、初めて見たなぁ。アリンコ。お前…かっこいいな。」

 

上田さんはボソッとそんなことを言った。

 

「え?かっこいい?なんで?」

 

「…こんな本読んでる娘はなかなかここにはおらんでな。お前はなんか違うんやな。頭がいいんやなぁ。ははは。」

 

谷崎潤一郎を読んでると頭がいいと思われるのか…

ただのエロ小説だとも言えなくもないんだけどなぁ…

 

上田さんはそれからというもの「アリンコは特別やからなぁ」とか「アリンコは頭がいいからなぁ」とか「アリンコは大成するでぇ」と言い始めるようになる。

私はその言葉を聞くたびに「…あはは」と苦笑いをすることになる。

 

 

「待合室にもうみんないるから。行こうかー。」

 

「はい。待合室でやるんだったんですねぇ。」

 

「そうやで。言われなかったか?」

 

「あー…はい。明日11時に来いと言われただけで。」

 

「そうか。はははは。」

 

上田さんは子供みたいに無邪気に笑う。

ちょっと暗い雰囲気はあるし、いつも伏し目がちなのが気になるけど、単純で優しい人なんだと感じる。

 

「今日初めてのミーティングやろ?」

 

「はい。なんか緊張します。」

 

「なんでや?!緊張することないで。ただ話し聞いてればいいだけやで!」

 

「まぁ…そうなんでしょうけど…。」

 

 

私が緊張しているのは『指名数』のことだ。

理奈さんとの差がさらに明確になってしまうし、今私がまだまだ指名をとれていないことがわかってしまう。

もちろんまだ入って1ヶ月目なんだから当たり前のことなのだけれど。

 

 

「有里さん。来ましたね。そこ座って。」

 

待合室に行くと高橋さんが指示をした。

 

「はい。」

 

 

「あ!有里ちゃん!おはよう。」

 

部屋に入ると理奈さんがニコニコと声をかけてきた。

 

「あ!理奈さん!おはようございます!」

 

やっぱり理奈さんに会うと嬉しくなる。

 

「有里ちゃん。おはよう。」

 

杏理さんが気だるそうに挨拶をする。

杏理さんはいつも気だるそうだった。

 

「杏理さん。おはようございます。」

 

 

入って右側の壁にぴったりと沿って置いてある4人掛けのソファーに理奈さんと杏理さんが座っている。

そこに座ってと指示された。

 

向かい側のソファーに富永さんと上田さんが座っている。

 

「おはようございます。」

 

富永さんに挨拶をする。

 

「おう。おはよう。」

 

富永さんは何枚かの書類を手に持ち、パラパラと確認していた。

 

「じゃ、揃ったみたいなので始めます。」

 

高橋さんが一人掛けのソファーにドカッと座り、ミーティングを仕切る。

 

「まず今月の売り上げについてですが…」

 

高橋さんは淡々と数字を読み上げていく。

 

「…ということで、売り上げ率は○パーセント。先月に比べて○割アップで…」

 

高橋さんの話し方のせいなのか、まるで意味がわからなかった。

 

「…ふぁぁ…」

 

隣の理奈さんが小さくあくびをした。

 

「…ふふふ…」

 

それを聞いて私は小さく笑う。

 

「有里ちゃん。意味わかるか?」

 

理奈さんが小さくなって小声で私に聞く。

 

「んふふ。全然。」

 

「あはは。そやな。はよ終わらんかな。んふふ。」

 

「長いですね。んふふ。」

 

小声でくすくすと笑いながら話す。

ふと杏理さんの方を見ると腕組みをしたまま寝ていた。

 

「杏理さん、寝てますよ。ふふふ。」

 

「ほんまや!ふふふ。」

 

 

まるで学生の頃にもどったみたいな時間だった。

 

「聞いてますか?大事なことですよ!」

 

高橋さんが先生のような口調で注意をした。

 

私と理奈さんは肩をすくめ「はーい。」と言った。

杏理さんは…

寝たままだった。

 

 

「あとは…まどかさんの件で何かありますか?富永さん。」

 

高橋さんは口調を崩さず、富永さんにまどかさんのことをふった。

 

「えー…そうやね。ちょこちょこ連絡はとってます。でも辞めるという気持ちは変わってないみたいで…まぁ店としては休んでいるということにしとくからと言ってます。

指名のお客さんにも休んでると言うてますんで…みんなもお客さんに聞かれたらそう答えておいてくれるか?詳しい事はわからないけどちょっと休んでるだけやって言うとってくれるか?な?」

 

杏理さんがいつに間にか起きていて「うんうん」と頷いている。

私と理奈さんも「うんうん」と頷いた。

 

「で?まどかちゃん、どんな感じなん?電話の感じは?」

 

理奈さんが富永さんに質問をした。

 

「んー…まぁ普通ではないな…泣いてる時もあるし怒ってる時もあるなぁ。ずっと悩みというか愚痴?を話すときもあるしなぁ。ありゃ今普通やないな。」

 

「…んー。そうかぁ…。どうしたんやろなぁ。」

 

普通じゃない…

ほんとにどうしたんだろう…

 

「今すぐ戻って来るいうのは無理やな。まぁ出来ることはしようと思ってるんじゃ。苦しい時に一緒に頑張ってくれた娘やからな。気長に待とうと思う。」

 

「うん。そうやな。はよ元気になてくれるといいなぁ。」

 

理奈さんがそう言うと杏理さんが小さな声で「そうやなぁ。」と言った。

私は頷くくらいしか出来なかった。

 

「そんでな、新しい子の件なんやけどな。」

 

富永さんが場の空気を変えようと声を張った。

私たちは少しだけ背筋がピッとなった。

 

「木曜日から来ることになったから。よろしく頼むわ。こういう業界は初めての娘が2人入ることになったから。」

 

こういう業界が初めての娘が2人?!

すごい!!

 

「すごいやん!!わー!なんか嬉しいなぁー!」

 

「なんか嬉しいですねぇ!」

 

「ええ娘やとええなぁ。」

 

私たちが口々にそんなことを言うと、富永さんは「ええ娘やないと入れないから大丈夫や。」とさらりと言った。

 

 

「じゃ、木曜日からお願いしますね。では次…」

 

富永さんが主導権を握りそうになったのを察知して、高橋さんがちょっと不機嫌な様子で仕切り始める。

 

「指名の順位発表と賞金授与です。」

 

来た!!

 

…ていうか…

順位とか発表するの?

聞いてないよー!

 

 

「1位は理奈さん。指名数は…」

 

高橋さんが指名数を発表しようとすると理奈さんが口を開いた。

 

「あのさ、指名数とか言わんでよくない?意味ないやろ?」

 

理奈さんが笑いながら言う。

 

「え…?でもこれをいう事でモチベーションが上がると思うしこれは意味のある事で…」

 

「いや、べつにええやろ。順位だって賞金がある人だけ言うたらええんやないの?人数少ないんやし。」

 

「いや…でも…」

 

高橋さんが理奈さんの意見に食い下がる。

理奈さんは笑いながらも引かない。

 

「理奈が嫌や言うんやったらやめようか?」

 

富永さんが助け舟を出す。

 

「いや…でも…」

 

高橋さんは自分の思う通りに進めたい。

 

「じゃあ今回は発表なしにして、今後のことはまた話し合うっていうのはどうや?」

 

富永さんが高橋さんに提案をする。

 

「このミーティングの内容ももう一回ちゃんと話し合ったほうがええと思うんや。」

 

「…うーん…」

 

納得のいかない高橋さんは少し目を閉じて考えていた。

 

私と杏理さんは黙ったまま待つことしかできなかった。

 

「指名率も指名数も自分が知ってればええことやと思うんや。努力したからいうてすぐに指名になるわけでもないし、何がどうなって指名が増えるかなんて誰もわからんやん。ただプレシャーだけ与えることになるんやったら発表なんてせんほうがええやんか。私だってプレッシャーやしな。嫌やねん。プレッシャー感じると仕事できひんくなるタイプやからな。私はやけどな。あははは。」

 

理奈さんが強くもなく弱くもない、ただただ自然な言い方で自分の意見を言う。

そこには何の嫌味もなく、心地良く言葉が響く。

 

「まぁ…そういう意見もあるな。わしもそう思うわ。プレッシャーかけられた方が伸びる娘もいるやろうけどな。そこもちゃんと話しを詰めた方がええと思うんじゃ。どうや?」

 

富永さんが高橋さんにもう一度提案する。

 

「…うーん…わかりました。じゃ、今日はこれを渡すだけにします。一位、理奈さん。

お疲れさまでした。」

 

高橋さんは『賞金』と書かれた豪華な封筒を理奈さんに手渡した。

 

「ありがとうございます。」

 

照れくさそうに受け取る理奈さん。

私たちは理奈さんにパチパチと拍手をした。

 

「有里さんは知らないと思うので説明しますね。月30本以上の指名数の方のみで1位2位3位を毎月発表してそれぞれに賞金をお渡しします。

1位は賞金5万円、2位は3万円、3位は1万円です。

今回賞金が出たのは理奈さんだけでした。

来月頑張ってくださいね。それからこれも渡します。」

 

高橋さんは理奈さん、杏理さん、私にそれぞれ一枚の印刷物を手渡した。

 

二つ折りにされているその印刷物をチラッとみると『有里 7月 結果』と書いてあった。

 

「これなに?わー!すごい!細かいなぁー。」

 

理奈さんが驚きの声をあげる。

 

私はその印刷物を広げてみた。

そこには7月の1ヶ月間に入ったお客さんの数と指名数、指名率、来月とれるであろう指名の数の予想数などが細かく書いてあった。

 

「…すごい…」

 

私はその表を見て驚くと同時に「面白いかも」と思っていた。

これはわかりやすい。

 

 

チラッと理奈さんの紙を覗くと『指名数75』と書いてあった。

 

な…ななじゅうご!!

 

…すごい…

やっぱりすごい…

 

月75本ということは…

出勤日数がだいたい18日か19日…

一日平均3.9本の指名数!!

毎日4本弱の指名があるっていうことだ…

 

私の7月の指名数は10本。

最初の月にしてはいい方だと思う。

でも…

 

私は理奈さんとの差があまりにも大きいことにショックを受けた。

 

チラッと杏理さんの方を見る。

杏理さんは憮然とした顔で早々に紙を折りたたんで腕組みをしていた。

 

「とりあえず今日はこの結果をお渡しするだけにします。来月からのことは富永さんと上田さんと話し合って決めます。それでいいですね?」

 

高橋さんは不機嫌な様子をなるべく隠して淡々と話しをした。

 

「はーい!」

 

理奈さんが大きな声で手を挙げて返事をした。

 

「はーい!」

 

「はーい。」

 

私と杏理さんも理奈さんの真似をして返事をした。

 

「あははは。」

「あははは。」

「んふ。ふふふふ。」

 

3人で笑い合う。

 

「ふざけないで!じゃ、今日のミーティングはこれで終わります!」

 

高橋さんがまた先生みたいな口調で私たちを注意した。

 

「んふ。んふふふ。」

「ふふふ。」

「ふふふふ。」

 

3人で肩をすくめて小さく笑う。

 

「お疲れさまでした!また頑張ろう!!」

 

富永さんが立ちあがりながら大きな声で言った。

 

「お疲れさまでしたー。」

 

みんな立ち上がりそれぞれの仕事に戻る。

 

「有里ちゃん、今日休みやろ?大変やったな。もう帰るん?なんか用事あるん?」

 

理奈さんが待合室から出ながら私に話しかける。

 

「休みですよー。え?用事?特になんもないっす。」

 

「えー、じゃあちょっと控室でゆっくりしていったらえーやん。なぁ?杏理ちゃん。

有里ちゃん行っちゃうの淋しいわぁ。」

 

理奈さんが可愛らしい笑顔でそんなことを言った。

 

…そういうところなんだよ。

理奈さんの魅力は。

さらりとそんなことを言えちゃうところなんだよ。

嬉しいじゃないか。

 

「そうや。控室で少し話そうや。有里ちゃん。ええやろ?」

 

杏理さんも私を誘う。

なんか仲間だと認めてもらえたようですごく嬉しかった。

 

「じゃあ…ちょっとだけ…」

 

私がそう答えると理奈さんは「やったー!」と言いながら私に抱き着いた。

 

「行こう行こう、有里ちゃん!」

 

「行こう行こう♪」

 

私は理奈さんと杏理さんの2人に腕を組まれながら控室に連れていかれた。

 

「あははは。なんか連行されてるみたいですね。」

 

「連行連行!」

 

「そうそう!あははは。」

 

 

シャトークイーンの最初のミーティングは楽しい時間だった。

私はシャトークイーンの一員として認められたような気がして、なんだかとても嬉しかった。

もっと頑張ろうと思えた。

この店のためにももっともっと頑張ろうと思った。

 

 

つづく。

 

 

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102 - 私のコト

 

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