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富永さんは店長さんが出したおしぼりでごしごしと顔を拭いた。
そして「いや~ほんまに今日は参った。」と言った。
ふく田のカウンター。
端の定位置に富永さん、隣に私、そして理奈さんの順番で座っていた。
理奈さんが椅子に横向きに座ったまま「ほんまお疲れさまやったなぁ」と富永さんに向かって言った。
私は富永さんと理奈さんに挟まれた状態で「ほんまに…」と呟いた。
「理奈は久しぶりなんやないの?ふく田は。」
富永さんはそう言いながら、運ばれてきたビールを軽く上にあげ「乾杯」の仕草をしてグビグビと飲んだ。
「そうやねん。めっちゃ久しぶりやねん。」
理奈さんはグラスをちょっと持ち上げて富永さんの「乾杯」に答えながら言った。
「有里。よかったのぉ。理奈となかよぉなれそうやろ?」
富永さんが私の方をチラッと細い目で見ながら言う。
「はい!ほんまに良かったです。まさかずっとナンバー1の理奈さんとこんなにすぐにお話しできると思ってなかったので…。」
富永さんは「うんうん」と頷いて「どうや?おもろいやろ?理奈は。」と笑いながら言った。
「はい!ほんまに!こんな方初めてです。あははは!」
「そやろ?わしもこんな娘初めてやったよ。」
それを聞いた理奈さんが「えーー?」と驚いていた。
「私?!めっちゃ地味やろ?普通やろ?おもろいのは有里ちゃんのほうやー!」
笑いながら「ちょっとー!」と言う理奈さんの姿がとても可愛かった。
「まぁ有里もな。変わった奴なんやろな。まだわからんけどな。」
富永さんがビールを飲みながらぼそりと言った。
「そやねんでー。あははは!」「ちょっと!私はいたって普通ですよ!」「そんなわけないやろ!」「ていうか富永さんだってめっちゃ変わってるやないですか!」「あはははは!」…
3人でわいわい言いながら酒を飲む。
…楽しい…
「で?富永さん。結局社長と話したん?高橋さんは?どう言ってたん?」
理奈さんがフッと話題を変える。
「おー。それなぁ。ま、社長とは話したよ。あ、社長ってクマさんやないで、有里。『ほんまの』社長な。」
うん。
それは知ってますよ。
「高橋は…ありゃダメだな。話しが通じんわ。今回の件も自分の何が悪いのか全くわかってないんや。いくら説明したってあかんわ。反論ばあしてくるんじゃ。」
富永さんは「あれはあかんわ」という言葉を繰り返した。
「で?社長にはなんて言ったん?」
「んー?まぁ高橋にはフロントは無理じゃ言うたわ。まどかが辞めてしまうってな。」
「へー。そしたら?」
「最初は高橋の肩を持ったで。自分が店長にしたんじゃからのぉ。でも状況を説明したら納得したみたいや。明日からわしがずっとフロントじゃ。わしの休みの日は高橋が座るけどな。上田はフロントできんしな。」
「へー。高橋さん、よぉ納得したやんか。」
「納得はしてないわ。渋々やな。」
「じゃ高橋さんはなにすんの?」
「ボーイの仕事じゃ。お客さんの送迎もやってもらうわ。元々ボーイなんやからできるしな。」
「えー。…嫌がるやろなぁ。」
「そうかてしゃーないやろぉ。出来ない自分が悪いんやからなぁ。」
「高橋さんなぁ。ちょっとプライドがなぁ…。な?富永さん。」
「まぁ大手企業でバリバリやっとった人間やからのぉ。頭ばっかりじゃ。」
「そやなぁ…。悪い人やないんやけどなぁ…そんでな…」
富永さんと理奈さんの会話を真ん中で聞く。
富永さんは理奈さんをかなり信頼しているようだった。
お店のどんなことでも話す。
私はそのやりとりが羨ましく感じた。
「有里。入ってそうそう悪いなぁ。こんなごたごたを聞かせてしまってなぁ。」
富永さんは私に謝った。
私は…
謝られたことがなんとなく淋しかった。
「ほんまやなぁ。有里ちゃん、辞めんといてやあ。頼むでー。もっと有里ちゃんとなかよぉなりたいんやから。な?」
理奈さんが笑いながら私の腕を掴んでそう言った。
「…そんな…全然大丈夫ですよー。富永さん、大変だなぁって思ってるだけです。それに…私も理奈さんともっと一緒に話したいですもん。」
私がこう言うと理奈さんは「ほんま?嬉しいわぁ!」と無邪気に笑った。
「有里は今日よぉ頑張ったなぁ。最初のお客おるやろ?あの人が褒めとったで。あんないい子なかなかおらん言うてな。」
「ほんまー?すごいやんか!有里ちゃん!」
「えー!ほんまですか?!嬉しいなぁ…」
「理奈。後藤さんって知っとるやろ?理奈にも何回か入ってる後藤さんや。」
「え?あの富永さんと付き合いが長い?あの後藤さん?」
「そうや。あの人がな、そう言うとったんや。有里はいい子やって言うてな。しばらく有里に通う言うとったで。」
私はこの会話を聞いてドキドキしていた。
理奈さんに何度か指名で入ったことがあると言っていたおじさんの話だったから。
普通、自分を指名していた人が他の娘を気に入ったと絶賛していたら嫌な気分になるはずだ。
少なくとも私だったら胸がざわつくし、きっと敗北感を感じてしまうだろう。
チラッと理奈さんの顔を見る。
一体この話をどんな顔で聞いているのか気になって。
「へー!あのおじさん、割とへんくつやのになー!そんなこと言わせるなんて有里ちゃんすごいわー!」
まったく引きつってない、本気の笑顔と本気の言葉だった。
私は理奈さんのその対応にまたもや「かなわないなぁ」と強く思った。
「有里ちゃんは指名がいっぱいつきそうやもんなぁ。負けてられへんわー!」
理奈さんが無邪気に笑いながらまったく嫌味なくそう言った。
なんか…
この人すごいな…
「そうやでー理奈。有里に追い越されんようになぁ。有里。頑張りや。わしも頑張るで!男をかけてな!」
富永さんはお酒がまわってきたのか、急に気合が入ってきた。
「頑張って頑張って頑張り抜いてな!もうわしにはこれしかないんじゃ!気合入れてな!頑張って頑張って…」
富永さんは拳に何度もグッと力を込めながら「頑張って頑張って…」と繰り返した。
「あははは!始まったな!富永さんの熱い気合が!あははは!」
「ほんまですね!始まりましたね!あはははは!」
富永さんのその姿を見て二人で笑い転げる。
「笑いごとちゃうで!サブちゃんの歌にもあるやろ?男っていうのはな…」
「でた!サブちゃんの話し!あははは!」
「あははは!」
「なんや?サブちゃんをバカにするんか?よぉ聞いとけよ。あのな…」
「あはははは!」
「あはははは!」
3人で飲んだふく田の時間は夢のように楽しかった。
雄琴に来てよかったと思えるような時間だった。
私はしたたかに酔い、楽しい気持ちのまま眠りについた。
こんな気持ちはものすごく久しぶりだった。
私は「楽しかったの罪悪感」も感じられないほどに楽しく酔い、そのまま眠った。
きっと寝顔はニヤついていたに違いない。
つづく。
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