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理奈さんは終始笑顔のまま、ずっと同じフラットな軽いトーンで話した。
そのフラットな軽いトーンのまま、ぽろっとこんなことを言った。
「まぁ、ソープが私の天職のような気がしてるんやぁ。」
理奈さんがあまりにも軽いトーンでその言葉を言ったので、あやうく「そーなんですねぇ♪」と聞き流してしまいそうになる。
その位さらりと「天職」という言葉を言ったのだ。
私はその言葉にびっくりして、目をまるくしながら理奈さんを見た。
「天職…ソープが…ですか?」
理奈さんは私のその顔を見て「あはは」と笑った。
「なんて顔しとんの?!まぁ…そうやないかと思ってるで。あはは。」
すごい…
ソープ嬢が天職だと言える理奈さんはすごい…
「それは…どういう感じでそう言ってるんですか?何がそう思わせるんですか?」
SEXは好きじゃない、マットは苦手の理奈さんがソープが天職だと思える理由が知りたかった。
私の頭にはまだ『SEX好き=ソープが天職』のような単純な図式しかなかったからだ。
「んー…そうやな…私な、とにかく二人きりで話すのがいいんよ。個室で二人きりやろ?まずそれが落ち着くんよ。それにお客さんと二人で話すのがとにかく楽しいんよ。」
「へ…へー…うーんと…でもそれだけじゃ天職だとは言えないんじゃ…」
だってそこにはSEXがはいってくるじゃない?
裸にもならなきゃじゃない?
「そうやなぁ。一緒にお風呂に入ったり裸になったりするとお客さんがどんどん話し出すやろ?そしたらこっちもお客さんのこと好きになっていかへん?」
確かに…
それは思う。
「そうするとお客さんも喜んでくれるやろ?お客さんにずっとリラックスしてもらえると嬉しいし、私もリラックスできるしなぁ。SEXもするときはするし、しないで帰る人もおるしな。まぁとにかく楽しいわなぁ。」
理奈さんは笑いながら「楽しい」と言った。
私は素直に「いいなぁ…」と思った。
「有里ちゃん次何飲む?もうグラス空くやんか。」
理奈さんはものすごく自然にこういう気遣いができる人だ。
気を使ってると思わせないような言い方、タイミング…
それは頑張ってそうしたんじゃなくて、きっと元々ある才能だ。
お客さんはこういう理奈さんとの90分間を楽しみにお店に来てるんだと思った。
SEXやマットはちょっとしたオプションのようなもので、それを目当てに来てるわけじゃないんだと思った。
「あー…理奈さんは?何飲むんですか?」
「そうやなぁ…。あ!私ボトル入っとったやろ?」
理奈さんは店長さんに声をかけた。
「だいぶ前のやけどあるん?もう捨てた?」
「ちょっと!捨てる訳ないやないですかぁ。天下の理奈ちゃんのボトルをぉ~」
店長さんがそんなことを言いながら、カウンターの前に並べてあるボトルのタグを見ながら理奈さんのボトルを探す。
「なんやそれぇ~。これでなかったらほんま笑うわ。あははは。」
「ありましたありましたー!これこれ。」
「じゃわたしこれを水割りで。レモンちょうだい。あ、有里ちゃんもよかったらこれ飲んでや。」
優しく明るい声、ゆっくりとした仕草、嫌味の無い可愛らしい笑顔…
私は理奈さんのことをジッと見ていた。
なんだろう…この感じ…
絶対にかなわない“何か”を感じる…
私はこの人にはきっとかなわない。
でも、不思議なことに全く悔しくない。
むしろ心地よいくらいのかなわなさを感じていた。
「どないしたん?有里ちゃん、だいじょうぶ?」
理奈さんが私の顔を覗き込む。
「あ、はい!大丈夫です!あー私も理奈さんと同じボトル入れて下さい!で、水割りで梅干しください!」
私は慌てて店長さんに注文した。
「あー梅干しもいいなぁ。有里ちゃん、梅干しきたらちょっと分けてなー。」
理奈さんは可愛らしい無邪気な笑顔でそう言った。
うんうん。
いくらでも梅干し分けますとも!と言いたくなるような笑顔だった。
「有里ちゃんは?ここの前にはどこかで風俗やってたん?」
理奈さんが自然に私のほうに話しを向けた。
「え?私ですか?いやぁ…ここが初めてなんですよ。初風俗がソープランドです。」
私は運ばれてきたボトルと水割りセットで焼酎の水割りを作りながらそう答えた。
「え?えーーー?!なんやそれ?!すごいな!いきなりソープ?あははは!有里ちゃんすごいなぁー!」
理奈さんは思った以上に驚いていた。
店長さんもそばで聞いていて驚いていた。
「へー!有里ちゃん、そうやの?!結構珍しいなぁ。」
店長さんがそう言うと、理奈さんも頷きながら「珍しいわぁー。そんな子おるんやなぁ。」と言った。
私はそれが珍しい事なんだと言うことを、雄琴に来てからなんとなく知った。
だいたいピンサロ→ヘルス→ソープランドの順番で進む人が多いらしい。
本番(挿入行為)のあるソープランドは最後の砦みたいな感覚らしい。
*(ピンサロもヘルスも本番行為はない風俗です。)*
「よぉ最初にソープ来たなぁ!」
理奈さんが感心したように私に言う。
「いや…最初はヘルス行こうとしてたんですよ。というかあんまりよくわかってなくて。あはは。で、気づいたら何故か雄琴にいました。はははは!」
なんだかほんとにそんな感じだった。
『気付いたら雄琴にいた』というフレーズそのもののような数ヶ月だった。
「へー!おもろいなぁ。で?どうなん?ソープランドはどうなん?楽しい?」
理奈さんはいつの間にか身体を私の方に向けて話を聞いていた。
椅子に横向きに座っている状態だった。
私はその理奈さんの自然に“聞く姿勢”なっている姿に驚いた。
そしてまたもや「かなわないな」と感じていた。
「え…っとぉ…うーん…そうですねぇ…」
私は理奈さんの質問に言葉をつまらせた。
なんて言ったらいいんだろう…
「えーと…すっごく奥の深いお仕事なんだなぁと感じてます。難しいっす。」
私は焼酎の水割りをちょっと口にしながらもごもごと答えた。
「あー…そうかぁ。有里ちゃんは真面目やな。うん。」
また言われた。
雄琴に来てから何度そのワードをいわれたことだろう。
「真面目…ですかねぇ…。自分ではわからないんですけどねぇ。あ、理奈さんはじゃあずっとこの仕事していこうと思ってるんですか?天職…ですもんね。」
「え?うーん…できればそうしたいけどなぁ…。でもなぁ体力と年齢と体型と…まぁできればな、そう思ってるけどなぁ。」
すごい。
やっぱりすごい。
「えーと…聞いていいのかな…彼…氏とかはどうなんですか?」
「え?!彼氏?今はおらんよー。ちょっと前まではなんとなくそんな感じの人がおってんけどな。もうおらんくなったわ。あはは。」
理奈さんはあっけらかんとそう言った。
「有里ちゃんは?」
椅子に横向きになりながら焼酎の水割りを飲む理奈さんが私にさらりと聞く。
「いやぁ…なんかそんな感じっぽい人がいる…というか…うーん…。なんかよくわかんない感じです。」
「なんやそれー。あははは。で?有里ちゃんはなんでここに来たん?」
「えーとですね…」
私は理奈さんの質問を受け、今までの経緯をかいつまんで話した。
理奈さんは私の話しを「えー!」「へぇ?!」「なんやそれーー!!」と相槌を打ちながら聞いてくれた。
私は極力正直に隠し事なく話した。
理奈さんに隠し事はしたくないと思ったから。
「え?!じゃあ…有里ちゃんはもしかしたら見つかったら殺されちゃうかもしれないってことなん?!」
理奈さんが目を丸くしながら私に聞いた。
「えー…あはは…まぁ…そういうことですよねぇ。ははは…」
なんとなく笑いながらしか話せなかった。
「でもあれやろ?見つかる事なんてないやんなぁ?なぁ?」
理奈さんも必死に笑いながら聞いてきた。
「まぁ…どうですかねぇ。まぁ大丈夫ですよ。多分。」
「えー…それはすごい話しやなぁ…」
理奈さんが放心したような顔でボソッと言った。
その後そのトーンのまま、私に向かって
「有里ちゃん。死なんといてな。な。」
と言った。
私は「あははは。はい。」と笑いながら答えた。
その時、ガラガラと引き戸が開く音がした。
「お疲れさん。」
振り返ると疲れた顔をした富永さんだった。
「あ、富永さん。お疲れやったなぁー。」
理奈さんが声をかけた。
「おー。今日は疲れたわぁ。」
富永さんはカウンターの定位置に腰かけながら「いやぁ~…」と言った。
ふく田での夜はまだまだつづく。
つづく。
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