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私はスッと立ち上がって控室を出て行くまどかさんを見て驚いた。
まどかさんは長いまっすぐな黒髪に「THE日本人」な顔立ちをしている。
良くいえば「アジアンビューティー」、違う言い方をすれば「こけし」のような顔立ちだ。
その顔立ちに色白なもっちりした肌と太っているわけではない、豊満なカラダつき。
立ち上がった姿をみると、まどかさんは真っ黒のボンテージのような服を着ていた。
おへその辺りから胸元まで細いリボンが編み上げられた、カラダのラインがぴっちりと出る、胸元が強調されたデザインの服。
足の付け根の辺りからふんわりとした黒い生地のスカート?が足元まで長く付いている。
あ…
あれ、ワンピースなんだ…
その服装を見てぼんやりとそう思った。
そのふんわりとしたスカートのようなものは股のところがぱっくりと開いていて、そこから足が太ももまで全部見える様になっていた。
まどかさんの足を見ると、網タイツにガーターベルトをしていた。
うわ…
私はそのまどかさんの姿を見て、あまりにも顔立ちや雰囲気に不釣り合いな感じがして驚いたのだ。
杏理さんは見慣れてしまっているんだろう。
なんとも思ってない様子だ。
控室から出て行くまどかさんを目で追う。
うーん…
どっかで見たことある気がするんだよなぁ…
私がまどかさんを目で追ってるのに杏理さんが気が付いた。
「有里ちゃん?どうしたん?」
杏理さんが綺麗な顔で私に聞いた。
「え?…あ、いや…まどかさん…の服装にびっくりしちゃって…」
私は「どこかで見たことがある」と何故か言えなかった。
「え?あー、あははは。そうやろ?いつもあんなんやでー。まどかちゃん、エロいからなぁ。あははは。」
杏理さんがあっけらかんとそう言った。
「エロい…んですねー。あははは…。最初からそう思ってました。あははは。」
「そうそう。まどかちゃんは好きやからなぁ。『男』と『SEX』が。羨ましいわぁ。」
羨ましい?
どういうことだろう?
「杏理さんは?好きじゃないんですか?」
私は初対面の杏理さんにそんなことを聞くべきじゃないかも知れないと思いながらも、杏理さんなら大丈夫だろうと感じて聞いてしまった。
「えー?」
杏理さんはちょっと目を上に向けて一瞬考えた後、すぐにこう答えた。
「好きやったらよかったなぁ。『男』も『SEX』も。そしたらこの仕事も楽しいはずやねんけどなぁ。もうおちんちんとか見たくないわー。あはははは。」
おー…
そうなんだ…
「えー…そうなんですかぁ…。もう飽きたって感じですか?」
「え?飽きた?あははは!そうなんかもしれへんなぁ!だって毎日毎日ヤッてんねんでー。そりゃ飽きるわなぁ。」
「まぁ…そう…ですよねぇ。はは…。」
そりゃそうだ。
毎日毎日何度も何度もSEXをしてるんだもん。
飽きても仕方がない。
「有里ちゃんは?好き?」
杏理さんが唐突に質問をしてきた。
「え?何がですか?」
自分に質問が来ると思ってなかった私は、杏理さんの質問の意味がわからなかった。
「だから、『男』と『SEX』!好きな方?」
「え…?」
私…
…どうなんだろう…?
考えたことなかった。
私は男性が、このお仕事が、『私』を受け入れてくれるのかどうか?しか考えてなかった。
『私なんか』を受け入れてくれるのか?
どうやったら受け入れてくれるのか?ばかり考えている。
『好き』か『好きじゃない』かなんて、私なんかが感じていいものじゃない。
「えーと…どうなんでしょう?まだわかりません。はははは。」
「え?まだわからない?そっかー。まだ若いもんなぁ。有里ちゃんはなぁ。」
杏理さんは私のよくわからない返事を「若いから」という理由で終らせた。
ほんとにまだ「若いから」わからないんだろうか。
「有里ちゃん。男に騙されたこととかないやろ?」
杏理さんがまた唐突に質問をしてきた。
「え?騙された…んー…多分…ないと思います。あ!でも多分ですよ!もしかしたら騙されてたのかも知れないですし。私が気付かなかっただけっていうのもあるかもしれないです!」
『騙されたことありません。』と答えるのが、なんだか『世間知らず』のような気がして、私はいつの間にか杏理さんにちょっとだけ格好つけていた。
「あははは!ちゃうちゃう!そんな生ぬるいことやなくて!騙されたことないやろ?」
私のちょっとの格好つけを杏理さんは一笑した。
「え…あ…はい…そう…ですねぇ。」
「もちろん騙されんほうがええんやで。有里ちゃんはあそこには行かんほうがええな。」
あそこ?
行かんほうがいい?
どこだろう?
「有里ちゃんはこの世界に入ってまだ日が浅いんやろ?富永さんに聞いたわ。」
「え?あ、はい。まだ4か月目です。」
「そうかー!まだ4ヵ月かー!」
杏理さんは笑いながら驚いていた。
「あそこ…ってどこですか?」
杏理さんは「ん?」と私をチラッとみてから
「『トキ』や。」
と言った。
『トキ』?!
あー!
あのスナック!!
「あそこには行かない方がいいって他の人にも言われたんです!どうしてですか?」
「ん?ハマるからやで。」
ハマる?
首をかしげた。
「有里ちゃんはハマらんかもしれんけどなぁ。まぁ行かんほうがええわ。」
杏理さんは「うんうん」と頷きながら小さく呟いた。
「まどかちゃんな…毎晩行ってんねんで。」
「え?!毎晩…ですか?」
「うん。お休みの日も行ってるって噂やで。」
え?
毎晩…
『トキ』…
まどかさん…
私は頭の中でグルグルとその言葉を辿った。
ん…?
あーーーーー!!!
私はふいに思い出した。
私が雄琴に来た初日、一度だけ雄琴村内の早朝散歩をした時がある。
早朝6時ころ、言い合う男女を見かけた。
そして熱烈なキスをして『トキ』に消えて行った男女。
その時のふらふらに酔っぱらった女性…
あれ!!
まどかさんだっ!!
(↓この時です。)
「あー…そうなんですねぇ。」
「『男』が好きなんやろなぁ。毎晩酔いつぶれてるって噂やで。」
杏理さんはちょっとバカにしたような口調でそう言った。
私はなんとなくまどかさんと杏理さんの間に流れている空気感を知った気がした。
『SEX』が好きで『男』が好き…
それってどういうことだろう?
『好き』ってどういうことだろう?
「有里ちゃん。今の話しは言ったらあかんで。私が言ったこと、内緒やで。」
杏理さんが口の前で人差し指を立ててそう言った。
「あ…はい。言いませんよー!ていうか、言えませんよ!」
「あははは!そうかー?」
杏理さんは豊胸手術をしようかと真剣に悩んでいて、まどかさんは毎晩『トキ』で酔いつぶれている。
クマさんは何者かわからないし高橋さんはなんとなく人を不快にさせる。
お店には女の子が全部で4人。
…なんか…
…またすごい所に来たな…
私は明日会えるナンバー1の理奈さんがどんな人なのか、少し不安になってきていた。
「有里さん、有里さん」
控室のスピーカーから私を呼ぶ声が聞こえた。
「あ!はい!」
緊張感が走る。
「お客様です。スタンバイお願いします。」
「はいっ!」
シャトークイーンでの初めてのお客様との時間が始まる。
つづく。
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