私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

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その日のお店はとことん暇だった。

結局麗さんは指名のお客さんに3本つき、私は指名のお客さんに2本ついた。

フリーのお客さんはほとんど来ていない状況だった。

 

 

「あー、今日お茶挽いてしまったわ~。」

 

たまきさんが小さな声でブツブツと言っていた。

(*解説*『お茶を挽く』とはお客さんに一本も入らなかったと言う意味です。

遊郭の時代から使われている言葉らしいです。)

 

麗さんは閉店間際の控室で寝ころんでいた。

まるで死んでしまったかのようだった。

 

夜12時。

時計の針がぴったりになると、おねえさん達がわさわさと動き出す。

 

「さ、とっとと片づけよー!」

 

座椅子を片づけ掃除機をかける。

シンクに残っている茶碗を洗う。

散乱しているマンガや本を片づける。

 

控室の掃除は女の子たちの仕事。

みんな一刻も早く帰りたいからか、この後片付けの時間が一番テキパキしている。

 

バタバタと動き回るおねえさん達と私。

麗さんはその音を聞いてムクッと起きた。

 

「麗ちゃん、店終わったよ!片づけるよ!」

 

明穂さんが麗さんに声をかける。

 

「…はい…今…やるね…」

 

なんとか返事をする麗さん。

でも身体がぐにゃぐにゃで動くことができない。

何度も立ち上がろうとするけどすぐにゃぐにゃと身体がくずおれてしまう。

 

「はぁ…」

 

息を一つ吐いて麗さんはそこにパタンと倒れこんだ。

 

「…え…?だい…じょうぶ…なんですかね?」

 

私は明穂さんに戸惑いながら聞いた。

さっきの麗さんの奇行を見てから私は怖くて話しかけられなかった。

そして今も助けるために触れることもできなかった。

 

「…ちょっと広田さん呼ぼう…」

 

たまきさんが麗さんの姿を見て言った。

 

控室のインターホンのボタンを押す。

 

トゥルルルルルル…

 

「はい」

 

インターホンの向こうから機械のような佐々木さんの声が聞こえる。

 

「あ、佐々木さん?ちょっと麗ちゃんの様子がおかしいねん。広田さんに来てもらってくれる?」

 

たまきさんは少し焦った口調で佐々木さんに伝えた。

麗さんはまだぐったりと横たわっていた。

起きているのか寝ているのかさえもわからなかった。

 

「どうしたー?」

 

広田さんが大きな声を出しながら控室に入ってきた。

全く焦った様子もなく、いつもどおりのひょうひょうとした広田さんだった。

 

「麗さんがな…」

 

麗さんの方をチラと見ながら明穂さんが言う。

 

「おー?麗!!麗ー!どうしたーー?!」

 

広田さんはなんの躊躇もなく麗さんをかなり強くゆすり起こした。

 

え?!

大丈夫なの?

そんなことして?!

 

私は広田さんの行動が信じられなかった。

麗さんのぐったりしている姿を見てなんの躊躇もなくゆする広田さん。

 

こんなに細い、あきらかにおかしい状態の麗さんをまた店に引き戻すってことは…

こういうことなんだ…

 

広田さんの…いや…こういう業界の冷酷さを垣間見た気がした。

 

 

「おい!麗?!大丈夫かー?」

 

耳元で大きな声で話しかける広田さん。

麗さんはうつろな目で返事をした。

 

「…うん…へーき…」

 

広田さんは麗さんにペットボトルから直接お水を飲ませた。

麗さんはゴクゴクとお水を飲んだ。

 

「チョコ、食うか?」

 

広田さんはポケットからチョコレートを取り出し、麗さんに聞いた。

 

「…うん…食べる…」

 

麗さんの口に1片のチョコを入れた。

麗さんはすごい勢いでそのチョコを食べた。

 

「もっと食うか?」

「…うん…」

 

結局麗さんは4片のチョコをもぐもぐと食べた。

 

私はそこから動けず、突っ立ったままその光景をジッと見ていた。

明穂さん達はその様子を気にしながらもテキパキと片づけを進めていた。

 

なんで…チョコ…?

こんな状態の時に広田さんはなんでチョコを食べさせるんだろう…?

 

「どうや?ちょっと落ち着いたか?」

 

麗さんを抱えながら広田さんが聞いた。

 

「…うん…もうへーき。」

 

ニコッと力なく笑う麗さんの姿が痛々しかった。

 

「送って行ったほうがええな。麗のこと送ってくるわー!」

 

広田さんは片づけをしているおねえさんたち全員に伝わるように大きな声でそう言った。

おねえさん達はなにも返事をせず、チラと広田さんと麗さんを見てからすぐにまた黙々と掃除を始めた。

広田さんは麗さんを小脇に抱きかかえ、麗さんを引きずるように控室から出て行った。

 

何事もなかったかのように掃除を続けるおねえさん達。

私は自分がただ突っ立っていることにハッと気づき、手に持っている布巾で急いでテーブルを拭いた。

 

誰も何も言わない。

ただ無言で掃除機をかけ、テーブルを拭き、散らかった物を定位置に戻す。

今日見たことを、全てない事にしようとしているみたいだった。

 

掃除が終わった。

黙々と作業をしている時間が終わった。

 

「…なんか疲れたなぁ…」

 

たまきさんが口をひらいた。

 

みんなは口々に「…ほんまやなぁ…」や「…うん」と言い合った。

 

「…麗さん…よくあんな風にぐったりしてしまうんですか?」

 

思い切って聞いてみた。

 

「…そうやなぁ…まぁあったなぁ。でも今回のはきついな。…もうヤバいかもしれへんなぁ…」

 

たまきさんが気が重そうに答えた。

 

「そうやなぁ…今回はちょっときついなぁ。」

 

明穂さんも呟くように言った。

 

「…明日からどないするんやろうなぁ…」

 

みんなそれぞれに重い何かを背負ったような状態で個室の掃除の為に二階へ上がって行った。

 

 

私は今日の出来事が強烈すぎて何も考えることができなかった。

 

麗さんの控室での行動、みんなの話し、今の姿…

ぐるぐると頭の中をただ巡るだけだった。

 

ボーっとしながら個室の掃除をする。

気付けばいつの間にか掃除が終わっていた。

 

「…あ…私、いつ掃除したんだろう…?」

 

独り言を言い、個室のベッドに腰かける。

 

「…はぁ…」

 

ただ今日の出来事が頭の中をぐるぐるするだけで何の感情も湧かない。

ため息が勝手に出るだけで、悲しいとか辛いとかやるせないとか、そんな感情は湧いていなかった。

 

コンコン。

 

ドアがノックされる音が響く。

 

「…はい?」

 

力なく立ち上がりドアを開けると猿渡さんが立っていた。

 

「…有里ちゃん、送っていけるけど。どないする?」

 

猿渡さんは少しだけ私の目を見てからすぐに目線をそらしてそう言った。

 

「あ…はい。お願いします。」

 

猿渡さんは私の様子をジッと見た。

 

「…え?…なんですか?」

 

猿渡さんがこんな風に私をジッと見るなんて初めてのことだった。

 

「…大丈夫?有里ちゃん。」

 

首を小刻みに振りながら目線を外し、照れくさそうに猿渡さんは言った。

 

「…あ、はい…大丈夫です。」

 

そう言いながら、私は涙を流していた。

気付いたら涙がボロボロと目から落ちていた。

 

泣き声をだすでもなく、嗚咽をあげるでもなく、すすり泣くでもなく、

ただ見開いた目から涙がボロボロと出ていた。

猿渡さんはそんな私の姿をただ立ったまま見つめていた。

 

 

帰りの車の中は二人とも無言だった。

暗い道を走る車に揺られながら、今日の光景が頭の中をずっとぐるぐるとしている。

刻み込まれてしまった。

麗さんの姿。

それを見ているみんなの表情。

広田さんの態度。

この業界の冷酷さ。

 

ただただ目を見開き外の景色を見る。

 

「…有里ちゃん?」

 

もうすぐマンションに着くころ猿渡さんが話しかけてきた。

 

「…はい?」

 

今まで出したことないような冷たい声が私の口から発せられていた。

 

「…なんかあったん?麗ちゃん…なんかしたん?」

 

なんかした?

麗さんが?

なんかした?

 

…あの子は…なにもしてないよ。

ただ頑張って生きてるだけでしょ?

 

「…なんもしてないですよ。…麗さん…大丈夫ですかね?」

 

また涙が出そうになった。

でも私はそれをグッとこらえた。

 

「…そうやなぁ。わからんなぁ。広田さん、麗さんから何回も頼まれてたらしいで。

店に戻してほしいって何度も頼まれてたらしいでぇ。」

 

 

え?!

どういうこと?

広田さんの方から頼んだんじゃないの?

麗さんの方から?

 

「え?!広田さんが麗さんを戻したかったんじゃないんですか?麗さんのほうから?

え?」

 

私は驚いて後部座席から運転席の方に身を乗り出した。

 

「まぁ広田さんの方も、もちろん麗ちゃんに戻ってきてほしかったのはあると思うけどな。でもどうしても早く戻りたいって言って来たんは麗ちゃんの方らしいで。」

 

「なんで?!あんなボロボロの状態で…」

 

私はまた今日の麗さんの痛々しい姿を鮮明に思い出す。

あんな状態で…

 

「…お金…必要なんやろうなぁ…」

 

お金…。

お金…?

 

「…そう…なんですねぇ…」

 

 

猿渡さんにお礼を言いマンションに戻る。

 

今日の稼ぎを財布から出し、原さんからもらったチェストの一番上の引き出しに入れる。

そこにはまだ郵便局に預けていないお札が何枚も裸で入れてあった。

 

じーっとそのお札を見る。

 

 

「これが何枚あれば麗さんは幸せになれるんだろう…」

 

 

なんの感情も湧かないまま、私は独り言を言っていた。

 

 

 

つづく。

 

 

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