㊽
広田さんは驚きながらも田之倉さんと猿渡さんを呼んできたくれた。
「有里ぃー。なんだぁ~?突然やないかぁー。」
田之倉さんがあきれた様子で言う。
「なんや?どないしたんや?」
広田さんが心配そうに聞く。
猿渡さんはただ黙ってそこにいた。
「いや…なかなか言い出せなくて…。明日がいいんです。いいですか?」
私はもうすぐにでもここの寮から出て行きたくなっていた。
「まぁ…ええけどなぁ…なぁ?」
「はい。僕は大丈夫です。」
「まぁ…そう言うならしゃあないわ…」
明日仕事が終わったら3人で荷物を運び出してくれることになった。
渋々な様子だったけど。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
私は頭を下げ、すぐに寮の部屋に戻った。
部屋に戻ると私は荷物の整理を始めた。
いてもたってもいられなかった。
早くここから出たかった。
ここに来てから二か月弱。
たったそれだけの期間なのに、いつの間にか荷物が増えてることに驚いた。
洋服や下着をリュックに詰める。
用意しておいた段ボールに物を詰めていく。
本、ノート、ペン、コップ、コースター、ベッドカバー、カーテン…
何もなかった部屋に何も持っていなかった私が来て、いつの間にかなんとなく暮らせるようになっている不思議。
居心地がいいわけではなかったけど、ここが私の空間になっていたことに驚いていた。
荷物の整理はすぐに終わってしまった。
急激に襲ってくる寂しさと虚しさ。
私は冷蔵庫に入れておいたビールを開けた。
缶ビールを一本飲み終えると空腹感が襲ってきた。
「食べ吐き」の始まりの予感。
もうこうなると自分を止めることはできない。
台所に降り、誰もいないことを確認するとお皿にご飯を大盛りにし、おかずをたくさん盛り付けた。
こっそりと部屋に戻り、一心不乱に口に運ぶ。
お水を大量に飲みながらご飯とおかずを次々と口に詰め込む。
この時間だけは何も考えなくてすむ。
詰め込む、飲み込む、また詰め込む…
お腹がパンパンになるまで。
限界が来た。
スプーンを手に持ち、部屋を出たところにあるトイレに行く。
「おえーーーー!!おえーーーー!!」
はっ…
ドアの前に行くとまた佐々木さんの盛大な嘔吐の声が聞こえてきた。
ドキドキしながらも「早くこのお腹の物を吐き出さなければ」と思う。
階段を急いで降り、二階のトイレに駆け込む。
「おぇっ…うえっ…」
なるべく声が出ないように吐き出す。
お腹の中が空っぽになるまで。
「はぁはぁ…」
よだれも涙も鼻水もぐちゃぐちゃになっている顔。
醜い…
私は醜い…
トイレから出て顔を洗い口をゆすぐ。
全身の力が抜けドロドロになる。
「はぁ…はぁ…」
部屋に戻り、冷蔵庫からもう一本ビールを取り出す。
ドロドロになっている身体にビールを流し込む。
私の身体と脳みそが溶けていくようだ。
私はその場に倒れこんで眠ってしまった。
月曜日。
その日の仕事は結構な忙しさだった。
ラストまでお客さんが入っていて、片づけるのに時間がかかっていた。
個室の掃除をしていると「おい。」といいながら田之倉さんがドアを少し開けた。
「はい?」
ドアを開けると田之倉さんは怒った顔をしていた。
「おい。いつまでかかるんだ?こっちはずっと待ってるんやで。」
「あ、すいません。もうすぐです。」
「早くしぃや!」
田之倉さんは捨て台詞をはいて行ってしまった。
咄嗟にあやまったことを悔しく感じた。
掃除をしながら怒りがこみ上げてきた。
個室の掃除をすませ、いそいで部屋に行く。
私の寮の部屋の前で田之倉さんと猿渡さんが待ち構えていた。
「今開けます。お願いします。」
怒りを抑え、なんとか言えた。
と、そのとき田之倉さんがこう言った。
「遅いで!こっちはずっと待ってたんやでぇ。お前の引っ越しやろ?」
私は自分の中で何かがプツンと切れる音が聞こえたような気がした。
「…あのね!こっちは最後まで仕事してたんやで!お客さんについてたの!遊んでたわけやないのっ!私の引っ越しやけどな、でもそんな言い方ないやろ?は?そんなん言われるくらいやったらええわ!他に頼むわ!」
私がここに来てこんな風に怒りを表したのは初めてのことだった。
そしてこんな風に怒れる自分に自分でびっくりしていた。
K氏のところでいかに自分の感情を押さえつけていたのかがなんとなくわかった。
そして…
私はいつの間にか関西弁になっていた。
田之倉さんは私のこの言葉と態度に相当びっくりしたみたいだった。
猿渡さんも驚いた顔をしていた。
「…そ…そんなん言わんでも…わ…悪かったな。じゃ、やろか?」
田之倉さんは急に私の機嫌を取り始めた。
そしていそいそと荷物を運び始めた。
車に荷物を積み終えると猿渡さんの運転でマンションまで行った。
無事に運び終え、猿渡さんと田之倉さんが帰って行こうとする。
私は今日ここで寝ることに少し抵抗があった。
「…あの…ちょっと待ってください。」
私は帰ろうとする二人を引き止め、少し考えた。
「どうした?有里。」
田之倉さんが聞く。
「えーと…このまま光営マンションに連れて行ってもらえますか?」
私は原さんのお部屋で一晩過ごしながら荷物整理をしようと考えていた。
原さんが何年も過ごした部屋で一晩過ごす。
そして明日には荷物を運んでしまおうと思った。
何かを変えて、一刻も早くこの寂しさと虚しさと憤りから逃れたかった。
そんなことで逃れられるわけないと知っているのに。
「光営?なんでや?」
田之倉さんの質問に答えるのが嫌だった。
「…とにかく連れて行ってください。」
田之倉さんは「わかったわかった」と私の肩をポンポンと叩いた。
私はその手が嫌で嫌でしかたがなかった。
つづく。
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