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大阪の街は思っていた以上に人が多くてびっくりした。
道頓堀を歩き、グリコの看板の前ではしゃぎ、なんば花月を見て「うわー!」と言った。
「有里ちゃん、ここのたこ焼き美味いで。」
「え?食べたいです!」
「私も食べたーい!」
美紀さんは相変わらずの聖子ちゃんカットに大きな英字が書かれているTシャツを着てケミカルウォッシュのジーパンをはいていた。
原さんは緑と赤の太いボーダー柄のだぼだぼのラガーシャツに細身のジーパンをはいていた。
はっきり言って「ダサい」格好だった。
この3人を見て「ソープ嬢」だと思う人は多分いないな…
そんなことを思いながら一船のたこ焼きを3人で食べた。
「うまーい!」
「そやろー?」
「ここの他には?他に美味しい店ある?」
「あるあるー!あーでも一番並ぶのはあの橋の上のとこやなぁー。」
「もう一軒たこ焼き屋行きましょうよー!」
「ええよー。じゃあえっと…どこにしようかなぁ。」
3人でワイワイ言いながら大阪の街を歩いた。
たこ焼きをシェアして食べ、心斎橋からなんばをぶらついた。
「はー、疲れたー。」
「大阪、面白いですねー。」
「ほんまー!北海道帰りたくなくなるわー。あははは。」
帰らなきゃいいのに…
心の中で思った。
「原ちゃん、もうすぐなんやろ?」
美紀さんが聞く。
「うん。もうすぐやね。どうなることやらー。」
原さんは腕を後ろにつき、空を仰いだ。
「どうするん?すすきのに行くん?」
美紀さんは「また風俗やるの?」という意味で聞いていた。
「ううん。普通に事務でもやろうかと思う。まぁ働けるかわからんけどなー。
相方も普通に仕事探すって言うてるわ。」
「え?そうなん?!へー…私はてっきりまたすすきのでやるんかと思ったわー。」
美紀さんは少し淋しそうだった。
「もう足洗うわ。もう疲れてしまったわー。あははは!相方ももう辞めてくれって言うてるしな。」
『足を洗う』なんて言葉をここで聞くとは思わなかった。
「そうかぁ…私はまだ辞められんわー。ほんま辛いわ。あはははは!」
美紀さんはわざと豪快に笑った。
「飲みに行こかー!あっちにいい店あんねん!」
美紀さんはすっくと立ちあがり「行くでー!」と言いながら歩き出した。
「うん!飲もう飲もう!有里ちゃん、行くでー!」
原さんは私の腕をひっぱった。
私は「はい!」と笑ながら言っていた。けど…
ほんとは泣きそうな気持ちだった。
3人で飲みながらたくさん話しをした。
お店のこと、仕事のこと、美紀さんの身の上話し、原さんのこれから、私のこれから…
「そうや。昨日ミーティングが急にあってん。」
急に美紀さんが言った。
「え?ミーティング?」
「あ、そうそう。有里ちゃんは昨日も休みやったから知らんもんねぇ。」
広田さんと田之倉さんが急に控室に入ってきて突然ミーティングが始まったらしい。
そんなことは初めてだと美紀さんが言った。
「まぁ…厳しかったなぁ。突然あれはないわー。」
美紀さんは「…あはは…」と引きつった笑い方をした。
原さんも「あれはないわなー。」と他人事のように言った。
「どんな…感じだったんですか?ていうか、どうして私は呼ばれないんですか?普通ミーティングって全員でやりませんか?」
私は私が呼ばれなかったことに不安を感じた。
そして「疎外感」を感じていた。
「…有里ちゃんがいない方がやりやすかったんちゃうかなぁ…」
原さんがぼそりと言った。
「そやなぁ…。まぁ…でも、あれで気ぃ悪くする子ぉもおるやろなぁ。」
私がいない方が?
気を悪くする?
「どういうことですか?!」
嫌な予感がした。
「…まぁ簡単に言うと『有里ちゃんを見習え!』的なことを言うたんよ。みんなだらけ過ぎやって言われたわぁ。明日から個別の面談をするって言うとったわ。やる気?みたいなのを確認するって言うとったわ。はぁー…」
は?!
なにそれ?!
は?!
え?!
なにそれーーー!!
「…私はもう辞めるからええけど…みんな大変やわぁー。」
原さんが美紀さんを気の毒そうに見ていた。
「有里ちゃん、明日からちょっと風当り強くなるかもしれんよ。特に瑞樹ちゃんはミーティングの内容にめちゃくちゃ文句言うとったから。」
ピグモンそっくりの瑞樹さんか…
瑞樹さんはいい人だけど結構厳しいところもある人だった。
そしていつも「お金がない」と言っている人だった。
「えー…なんですか…それ…」
一気に憂鬱な気分になる。
明日行くのが気が重かった。
「まぁ何か言われたって関係ないやんか!有里ちゃんは有里ちゃんのことやってればええんよ!な?」
原さんが慰めてくれる。
私は「うんうん」と頷きながらも気が重いままだった。
「…私は…クビになるかもしれんわー!あはははー」
美紀さんがわざと笑いながら言った。
「え?そんなことあるわけないでしょ!」
「そうですよ!クビはないですよー。」
原さんと私は強く否定した。
それはないでしょ?と言い合った。
「…わからんでぇ。この先どないしよー。」
美紀さんがうっすら涙を浮かべた。
いつも明るい美紀さんが悲しい顔をしてうっすら涙を浮かべている。
長年ソープランドにいる女性の姿を目の前で見ている私。
美紀さんはこの世界に15年以上いると言っていた。
雄琴は10年以上になる。と。
悲哀。
運命。
人生。
…孤独。
そんなワードが私の頭の中にグルグルと回る。
「…大丈夫ですよ!今考えても仕方ないし!」
今この状況で私が言うセリフじゃないと思いながら、言わずにいられなかった。
美紀さんの姿があまりにも切なく感じていた。
「…うん!せやな!今考えても仕方ないな!飲もう飲もう!」
「うん!飲もう飲もう!」
私たちはこれからの不安を消すように、そして暗い話題にならないように気をつけながらしたたかに飲んだ。
それからの「花」の控室はピリピリした雰囲気に変わっていた。
「有里ちゃん。有里ちゃんはミーティングの時いなかったから教えるけどな、もう控室で寝っ転がってはいけないんやで。こうやってピッと背筋を伸ばして待ってるもんや。それがプロってもんやろ?」
ピグモンそっくりな顔の瑞樹さんが、赤い口紅を塗った唇をぬめぬめと動かしながら言った。
今まで一番ゴロゴロしていたくせに、どうしてそんなことが言えるんだろう?と不思議に思う。
「はい。わかりました。」
「うん。他にわからんことあったら私に聞いてや。」
瑞樹さんのドヤ顔に困惑した。
原さんは「ククク…」と肩をひそめて笑っていた。
それから数日後。
出勤時間になっても美紀さんと瑞樹さんの姿が見えなかった。
今日は二人ともお休みの日じゃない。
「風邪…でもひいたんですかねぇ…?」
私はとなりにいた裕美さんに聞いた。
裕美さんは引きつった顔で「…ねぇ…」と言った。
向かいに座っていた明穂さんが「…え?…もしかして?なん?」と裕美さんに小声で聞いていた。
え?
なに?
胸がざわつく。
「え?なんですか?」
私は裕美さんに聞いた。
「…いや、風邪かねぇ?」
「…うんうん。」
二人は曖昧に返事をした。
静かな控室。
みんな話さない。
「何か」を隠しているような雰囲気に息が詰まりそうだった。
バタバタバタ…
台所の方から大きな足音が聞こえた。
ひょいと顔を出して見ると、そこには私服姿の美紀さんがいた。
「お疲れー!」
いつも通り元気なガラガラ声だ。
「どうしたんですか?!今日出勤日ですよね?具合…悪い…んですか?そうは見えないけどー…」
私は美紀さんに駆け寄り、肩に手を置きながら聞いた。
「…忘れ物がまだあってなー!これだけ取りに来てん!」
「え?忘れ物?…だって…今日出勤日じゃ…」
控室のみんなが引きつった顔でこっちを見ている。
そして何も言わない。
「…有里ちゃん…あははは…私な、昨日な、クビになってん!あははは…」
美紀さんはバツが悪そうな顔で私にそう言った。
私の胸がドッキンと大きく鳴った。
つづく。
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