私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

 

「有里ちゃん。今日お店終わったら家に一回荷物見にきてくれへん?」

 

原さんが控室で私に小声で言った。

 

「どれがいるとかこれも欲しいとかあるやろ?見ておいた方がええやろ?」

 

原さんは私の引っ越しのことを考えて言ってくれていた。

 

「え?いいんですか?でも…まだ原さんの引っ越す日とか決まってないんですよね?」

 

まだ行かないで。

まだ行くって言わないで。

 

私は原さんがいなくなってしまうことを考えると胸が痛くなる。

 

「うん…まぁでも…ぼちぼちやと思うわぁー。」

 

もうすぐなんだ…。

 

原さんの答え方でなんとなくわかった。

 

「…ありがとうございます!じゃ、今日行ってもいいですか?」

 

動いてるんだ。

毎日が動いてるんだ。

私の毎日だってちょっとずつだけど動いてる。

 

「うん。じゃあ後でー。」

 

原さんはニッコ笑っていた。

私もなるべくニッコリしようと頑張った。

 

 

お店が終わり廊下を歩いてると、忍さんがダラダラとこちらに向かって歩いてきた。

 

「忍さん、お疲れさまです!」

 

声をかける。

忍さんとはもうずいぶんと話していない。

同じ場所に住んで、同じ場所で働いているのに。

 

「あぁ。有里ちゃん。お疲れぇ~。もうクタクタやぁ。」

 

忍さんは腕と頭をだらんと下げて『疲れたぁ』のジェスチャーをした。

 

「疲れましたねぇー。最近忙しいですよねぇ。」

 

忍さんは初めて会った時とはまるで別人のようになっていた。

顔にはブツブツとデキモノが増え、カラダはぶよぶよに変化していた。

でも見た目よりも何よりも、態度や雰囲気がガラッと変わってしまっていた。

 

「有里ちゃん、毎日よぉやるわなぁー。広田さんにも可愛がられて指名もどんどん増えてー。よぉ出来るわなぁー。」

 

忍さんの言葉には少しのトゲと少しの呆れ感がただよっていた。

 

「え?そんなことないですよ。指名だって…まだまだ全然…」

 

ほんとにそう思っていた。

 

こんなんじゃダメだ…

こんなんじゃ全然ダメだ…

まだまだ私の努力が足りないんだ。

指名が増えていく速度が遅すぎる。

こんなんじゃダメだ…

 

毎日そう思っていた。

 

「有里ちゃん引っ越すんやって?」

 

忍さんは私の目を見ずに言った。

 

「あ…はい。もうすぐ引っ越そうかと…」

 

「へぇ~…」

 

忍さんが居心地悪そうにしている。

 

「忍さんは…?いつまでここに居るんですか…?」

 

私がそう聞くと、急に忍さんがこちらをグッと見た。

 

「いつまでやろうなー?!そんなんわからんわ!有里ちゃんはええわなー!」

 

え?

なに?

これ、なに?

 

急に口調が強くなった忍さんを前に、何が起こってるのかわからずに立ち尽くした。

 

「え?…忍さん…?」

 

忍さんは泣いていた。

 

「ぐっ…」

 

下を向いて手の甲で涙を拭く忍さん。

 

「…なんもないわ…お疲れ!」

 

言い捨てるとそのまま行ってしまった。

 

私は今起こった出来事の意味が全くわからなかった。

 

なんで?

なに?

今のなに?

 

ぐるぐると今の出来事を反芻しながら原さんの待つ控室へ行く。

 

「お疲れー!終わったん?」

 

原さんが明るく私に言った。

 

「…あ…はい。お疲れさまです…。」

 

「…ん?何かあったん?どうした?」

 

私の様子がおかしかったのを原さんはすぐに察知した。

 

「あ…いや…えーと…」

 

どう話したらいいかわからなかった。

何が起こったのかわからなかったから。

 

「…とりあえず猿渡さん呼んでくるわ。」

 

原さんの住んでいる光営マンションは雄琴村から国道を渡ってすぐのあたりにある。

歩いても帰れる距離だ。

でもここ雄琴村ではソープ嬢を歩いて帰したりしない。

まだ客さんがウロウロしていたりするし、ちゃんと送っていくこということがソープ嬢を大切に扱っているという店としての表現だから。

 

「行きましょうか?お疲れさまです。」

 

決して目を合わせないボーイさんの猿渡さんがひょこひょことやってきた。

 

「はーい。お願いしまーす!」

 

原さんが元気よく猿渡さんにお願いする。

 

「はい。お願いします。」

 

上の空の私は小さな声でお願いした。

 

「有里さん。引っ越しはいつですか?」

 

車に乗り込むと猿渡さんが聞いてきた。

 

「…え?…えっと…まだはっきりとは決めてません…。」

 

「あぁ…そうですか。決まったら教えてください。荷物運びますから。みんなで。」

 

え?

 

私は猿渡さんの言葉にびっくりした。

 

「え?運んでくれるんですか?荷物を?」

 

引っ越し屋さんに頼もうと思っていた。

少ない荷物だけどテレビも小さな冷蔵庫もある。

これを運ぶにはどこかに頼まなければと思っていたのに。

 

「はい。他にもやって欲しいことがあったら言ってください。なんでもやりますよ。」

 

えー…

なにそれー…

 

「…あー…ありがとうございます。相談させてもらいますね。お願いします。」

 

私は後部座席でぺこっと頭を下げた。

 

「あはは…有里さん…いい子ですねぇ…」

 

猿渡さんは小さな声で言った。

 

「そうやんなー。有里ちゃんはええ子やなー。変わらんといて欲しいわー。」

 

原さんはことさら大きな声でそう言った。

 

…いい子か…

 

さっきの忍さんのことが頭から離れない。

 

「…いい子…ですかねぇ…?」

 

小さな声でつぶやいた。

 

 

光営マンションに着き、原さんの住んでいる10階の部屋に行く。

暗い廊下にいくつもの青いドアがズラーっと並んでいる。

蛍光灯の明かりがなんだか寂しい。

 

「ここやでー。まだ相方もしばらく帰って来んから、ゆっくり見て行ってええからー。」

 

「はい。お邪魔します。」

 

ガチャ。

 

ドアが重い音を立てて開いた。

 

狭い玄関。

左手にはユニットバスの扉がある。

白い引き戸が開けっ放しになっていて、すぐに部屋が見えていた。

 

8畳ほどのワンルーム

右手には小さなキッチンがついていて、電子レンジやオーブントースターが小さなツードアの冷蔵庫の上に乗っかっていた。

 

部屋には洋服や荷物が所狭しと雑多に置いてある。

壁には小さなクローゼットがあり、収納スペースはそこしかないようだった。

小さなベッドの上にはお布団がぐちゃぐちゃに置いてあった。

 

「片づけてなくてごめんやでー。あはは。」

 

ほんとに片付いてなかった。

 

「いやいや…いいんですよー。」

 

ぐるりと見渡す。

 

ここで原さんと彼氏さんは暮らしてるんだ…

 

遮光カーテンのせいか部屋全体が暗かった。

蛍光灯が点いているのに暗かった。

部屋の散らかり具合がその暗さを助長させていた。

 

「ビール飲む?そこ座ってやー。」

 

原さんはあまりスペースが無い部屋の片隅を指差して言った。

 

「あ、はい。ありがとうございます。」

 

部屋の空いているところにちょこんと座った。

原さんは部屋に散らかった洋服をクローゼットにばんばん放り投げ、ベッドの布団をガバッとまくり上げてからドンとそこに座った。

 

「はい、ビール。で?どうしたん?」

 

原さんはニヤニヤしながら私に聞いた。

そしてビールをプシュっと開けてゴクゴクと飲んだ。

 

「あー…いや、大したことじゃないんですよ。あはは…」

 

私もビールをプシュっと開けてゴクリと飲んだ。

 

「なによ?言うてやー!」

 

原さんは私の肩をパンッと叩いた。

 

私はさっきの忍さんのことを話した。

態度がおかしかったこと。

急に怒ったような口調になったこと。

突然泣いたこと。

 

「私、なんか変なこと言いましたかねぇ…?気ぃを悪くさせるようなこと言いましたかねぇ?」

 

原さんは私の方をジッと見ていた。

そして突然笑い出した。

 

「あはははは!ほんまに有里ちゃんはええ子やわぁー。そんなんでほんま大丈夫なん?

ほんまにやっていけるんかいなー?!」

 

笑っている原さんを見て私は戸惑っていた。

どうして笑ってるのか、どうして「ほんま大丈夫なん?」と言われてるのかわからなかったから。

 

「有里ちゃん。ここはな、女同士の戦いもたくさんある場所なんやで。知ってた?」

 

 

…え?

女同士の戦い?

え?

え?

 

知らなかったーーー!!

 

 

「なんですか?!それ?!!」

 

 

私はびっくりし過ぎて大きな声を出してしまった。

 

「え?…」

 

原さんは目を見開いた。

 

そして「…あっはははははは!」と大笑いをした。

 

 

「有里ちゃん…。忍ちゃんみたいな子ぉ、ここにはたくさんおるんやで。」

 

忍さんみたいな子…

女同士の戦い…

 

やっぱり私にはよくわからなかった。

 

「わからんでもええよ。有里ちゃんは有里ちゃんの決めた期限を守って、そこから逸れないようにいたらええよ。」

 

モヤモヤしたものを抱えたまま「はい。」と頷いた。

 

「で?どうする?どれが欲しい?」

 

原さんは部屋に置いてあるものを説明し始めた。

 

「ここにあるものほとんど持って行っていいものやから。冷蔵庫もレンジもトースターも。あ、フライパンとか菜箸とかの細かいもんも持って行ってええからね。」

 

私は原さんの部屋をぐるりと見渡し、欲しい物、必要な物をピックアップしていった。

 

「…多分…6月の二週目くらいには行くつもりやねん。」

 

ドキッ。

そんなにすぐ…

 

明日から6月になる。

もうすぐ原さんがいなくなる。

 

「明日、もしよかったらまたふく田に行こうや。富さんとちゃんと話しておこう。一緒に。」

 

原さんはやり残しがないように動こうとしているように見えた。

 

「あとさ、今度の休み一緒に出掛けへん?美紀さんも一緒に出掛けたい言うてたし。三人でどう?」

 

私は「はい。」しか言えなかった。

あんまり話すと涙が出てきそうだったから。

 

 

「じゃ、行きます。お邪魔しました。」

「うん。だいじょぶ?タクシー呼ばんの?」

「え?!すぐそこですよ!」

「あははは!そうやな。これは職業病かもしれんな。あはは。」

「じゃ。」

「うん。また明日。気ぃつけて。」

 

 

原さんのお部屋を出て目の前の雄琴村まで歩く。

国道を渡り、雄琴村の『シルクロード』と書かれた門をくぐる。

ちらと横を見るとスナック『トキ』の看板が赤く光っている。

静まり返った雄琴村。

ネオンは消え、お店の裏口の光がほんのりと点いているのがわかる。

 

「ただいまー…」

 

小さな声で言いながらお店の裏口のドアを開けた。

 

誰もいない控室。

誰もいない廊下。

 

キッチンの横のトイレから物音が聞こえる。

 

誰だろう?

佐々木さんかな?

 

なんとなく気になりトイレに近づくと…

 

「おえーーーー!!!おえーーー!!」

 

え?

え?

え?

うそ?

 

 

トイレから盛大に吐いている声が聞こえてきた。

 

 

 

つづく。

 

 

 

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