㊴
「有里…」
先に口を開いたのは田之倉さんだった。
「はい。なんかまずい理由があるんですか?」
私は二人の様子のおかしさの理由がまったくわからなかった。
「…光営だけはやめとけよぉ。あそこはあんまりよくないと思うでぇ。な?」
田之倉さんは急に明るく言い出した。
「はぁ…。私も光営はちょっと…と思ってますけど…」
「そやな!まぁゆっくり探したらええやんかぁ。なぁ。そんなに急がんでも。ここなら家賃かかるわけでもないしなぁ。それにゴハンもついてるやないか。あ!お休みの日ぃにどっか送って欲しかったりしたらいつでも言うてや!な?有里!」
田之倉さんはつとめて明るく私の機嫌をとった。
なんかおかしい。
「…はぁ…。」
広田さんを見るとまだ腕組みをしていた。
「おっさん!なに難しい顔してんねん。おかしいやんなぁ?なぁ?」
田之倉さんのわざとらしい明るさがますます変な感じだ。
「…そうやな。うん。有里。ゆっくり探したらええわ。わかったから。」
広田さんが引きつった笑顔で私に言う。
「はい…。なんか…寮を出ちゃまずいことがあるんですか?」
私が聞くと二人はチラッと顔をみ合わせた。
その後すぐに田之倉さんが慌てた様子でこう言った。
「いやいや。ないで!そんなんないでぇ。な?」
田之倉さんは広田さんに目配せをしている。
「おう。そんなんないで。ただな、ただ、有里のことを心配してるだけや。」
心配?
何をだろう?
「はぁ…ありがとうございます…」
なんだか腑に落ちない。
でもこれ以上聞いても意味がなさそうだ。
「まぁゆっくりな!じゃ、お疲れー!」
田之倉さんは片手を上げて帰って行った。
「まぁぼちぼちな。有里。お疲れ!」
広田さんは私の肩をポンとたたいて帰って行った。
んー…
なんだろう?
どうしてだろう?
私は釈然としないまま部屋に戻った。
次の日の出勤時間。
フロントに行き、佐々木さんに挨拶をする。
「おはようございます。よろしくお願いします。」
佐々木さんは私の方をチラッと見た。
「おはよう。有里ちゃんは3番目ね。」
出勤してきた順番がお客さんにつく順番。
それを教えてもらう。
「はい。わかりましたー。」
私が行こうとすると佐々木さんが上目づかいに私を見ながら話しかけてきた。
「有里ちゃん。寮出たいんだって?」
もう聞いたんだ。
あ!そうだ!
佐々木さんに聞いたら昨日の意味がわかるかも!
「はい、そうなんですよ。あの…昨日その話を広田さんにしたら…なんというか…変な感じで…あと田之倉さんも変な感じになっちゃって…なんでですかねぇ?」
佐々木さんは私の言葉を聞き「ふふ」と下を向いて笑った。
「んふふ。広田のおっさん焦っとったもん。田之倉さんも『まずいなぁ』って言うとったわ。」
焦る?
マズい?
なんで?
だって寮をでるだけだよ!
「は?なんで?なんでですか?」
佐々木さんに詰め寄る。
その姿にますます佐々木さんは笑う。
「んふふ。わからんの?」
わかんないから聞いてるんでしょ!
少し怒りがこみ上げる。
「有里ちゃんがここから離れるのが怖いんよ。」
ここから離れるのが怖い…?
え?
ますます意味がわからない。
「どういうことですか?ほんとにわからないんですけど。」
「外の世界にいかせたくないんよ。他の店の人と話されたくないし、他の店の女の子
とかと話してほしくないんよ。わかる?」
わかんない。
わかんないし、そんなの私の自由じゃん!
「よくわかりません。」
私はだんだん怒りが増してるのに気づく。
ムッとしながら佐々木さんと話していた。
「有里ちゃんが他の店に行っちゃうことを恐れてるんよ。なるべく情報を入れたくないんよ。んふふ。」
は?
『寮から出て一人暮らしする』ことと『他の店にいっちゃうかもしれない』は全然関係ないじゃん!
なにそれ?!
私は拘束されてるような気がしてきてますます腹が立っていた。
「…そういえば…佐々木さんはここから出たいと思わないんですか?ずっと寮にいるんですか?」
気持ちを静めるために聞いてみた。
「あー…そうやなぁ。実はな…京都に彼女がおってな。」
佐々木さんはニヤニヤしながら話し始めた。
「へー、そうなんですか!」
佐々木さんに彼女!!
びっくり!!
「うん。でな、結婚するつもりやねんけどなぁ。今ここでお金貯まるまで待ってもらってるねん。」
ニヤニヤしながら話す佐々木さん。
嬉しそうだった。
「へーー!そうだったんですかー!なるほどー!」
嬉しそうな佐々木さんを見て、私もなんだか嬉しくなった。
「じゃああんまり会えないんじゃないですか?写真とか持ってないんですか?
」
どんな人か気になり聞いてみる。
「え?まぁ…持ってるけど…」
照れながらお財布を出す。
佐々木さんはお財布の中から一枚の写真を取り出した。
「これ…」
下を向いたまま私に写真を差し出した。
そこには清楚な美しい女性が写っていた。
上品そうな綺麗な笑顔だった。
「えーー!すっごい美人じゃないですか!!」
私が驚くと佐々木さんはますますニヤニヤした。
「んふふっ。まぁ…まぁねぇ…。だからまだここにおんねん。」
「そうかぁ。そういう理由だったんですねぇ。」
「有里ちゃんは早くここから出た方がええと思うで。おっさんたちはいろんなこと言うと思うけどな。まぁ…がんばって…んふふ。」
佐々木さんは応援してくれてるのか、ただ楽しんでるのかわからない様子だった。
「はぁ…。佐々木さんも頑張ってください!」
「うん。」
控室に向かいながら私はムカムカしていた。
私をここに閉じ込めようとしている感じがして、なんだかイライラした。
「おはようございまーす!」
控室に入ると数人のおねえさん達が出勤していた。
「おはよう!有里ちゃん。」
どこに座ろうか迷っていると、珍しくたまきさんが「ここおいでー」と自分の隣をポンポンと叩いた。
私は「はい!」と言うと素直にたまきさんの隣に座椅子を用意して座った。
「有里ちゃん。これ。」
たまきさんは小さい声で囁きながら小さい紙を私に差し出した。
「え?なんですか?これ。」
「これね…」
たまきさんが差し出した紙には誰かの名前と電話番号と会社の名前が書いてあった。
「友達が借りたマンションのオーナーさんの名前。このオーナーさんなら貸してくれると思うで。保証人もいらんし、ソープ嬢だってことを言っても大丈夫やったって。」
びっくりした。
昨日の話しに一切加わらなかったたまきさんがこんなことをしてくれるなんて。
「え?!うわ!ありがとうございます!!すごく嬉しいです!!」
嬉しかった。
こんなことをしてくれる人がいることが嬉しかった。
「あはは。でもな、私が直接知ってる人やないからなぁ。また聞きやからどうかわからんで。今比叡山坂本駅の近くのマンションに空きがあるみたいで…一回電話してしてみたらええわ。もし問い合わせするなら、友達に先に有里ちゃんの話しをしてくれるように頼むしな。どうする?」
えぇ?!
話しまでしといてくれるように頼む?!
どうして?!
どうしてこんなに親切にしてくれるの?!
「はい!しますします!TELしてみます!お願いします!」
「あははは!そんなに言わんでも…じゃ今言っとくわ。」
今?!
早っ!
たまきさんはすぐにその場で友達に連絡をとってくれた。
「もしもし?うん、そうそう。昨日の話しな。そう、有里ちゃんの…」
感動だった。
目の前ですぐに連絡をとってくれていることに。
何故こんなに親切にしてくれるのかわからないまま、ただ感動していた。
「今から連絡するって。だから…もう一時間後くらいになったらTELしてみたらええわ。」
「はい!ほんとにありがとうございます!!」
「んふふ。いい部屋やったらええね。」
たまきさんはにっこりと笑いながらそう言った。
私はその小さな紙を大事に本の間に挟んだ。
嬉しさを噛みしめていた。
たまきさんは何事もなかったかのようにマンガを持ち、ゴロンと寝っ転がった。
「おはよー!」
原さんが出勤してきた。
「あ!おはようございますー!」
「有里ちゃん、ここいい?」
原さんが私のとなりを差して聞いてきた。
「もちろんいいですよ!どうぞー!」
「ありがとう。よいしょっと!」
原さんに聞いてもらいたいことが盛りだくさんだった。
なにから話そう…
どうやって話そう…
考えていると原さんが私に近寄ってきた。
「あのな…実は有里ちゃんに紹介したい人がおんねん。」
耳元で小さな声で言う原さん。
「え?」
思わず原さんの顔を見る。
「小さい声でな。あんまり知られたくないねん。」
意味深な言い方。
「は、はい。で?誰なんですか?」
なんだか胸がドキドキする。
なんだろう?
「私の知り合いなんやけどな。シャトークイーンっていうお店の店長。有里ちゃんを会わせたくてなぁ。」
原さんはことさら小さな声で私に言った。
え?
どうして?
「え?どういうことですか?なんで?」
目をまんまるくしながら聞いていた。
「んふふ。ずっと思ってたんや。有里ちゃんはここにいる子ぉやないって。」
私は原さんの言葉に心底びっくりした。
「え?!え?!」
小声で驚く。
「今日ゆっくり話したいねん。お店終わったら飲みにいかへん?」
ニヤニヤしながら原さんは小声で私を誘う。
目を丸くしながら私は強く頷いた。
つづく。
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