㉖
「上がりましたー!」
一応元気に控え室に戻る。
原さんがいた。
美紀さんはお客さんに入ってるようだった。
「お上がり~。有里ちゃん、大丈夫やった?」
原さんは優しく聞いてくれた。
「はぁ…。大丈夫と言うかなんというか…。」
私はやっぱりなんだかショックでちょっと落ち込んでいた。
「どないしたん?」
原さんがグイッと顔を近づけてきた。
「あ…はい。麗さんのお客さんだったんですよ。」
私の言葉に「あぁ~…」と小さな声で言いながら何度も小さく頷く。
「なんか言われたん?まぁしゃーないわ。麗ちゃんはしゃーないわ。」
そんなに?
そんなにすごい子なの?
「そう…なんですねぇ…。」
ますます落ち込む。
麗さんにはどうやってもかなわないような気がしてくる。
「麗ちゃんなぁ…。めっちゃええコやねん。ほんまにええコやと思うで。顔も可愛いしなぁ。でもなぁ…。」
原さんは言おうか言うまいか考えあぐねているように見えた。
「はぁ…なにかあるんですか?」
「うーん…。まぁ多分やけどな。確定はできひんねんけどな…。」
なんとなくごにょごにょと言う原さん。
それを聞いていた明穂さんが話に加わってきた。
「あれは絶対そうやろ。間違いないわ。」
それを聞いていた裕美さんも小さな静かな声で話に加わる。
「そやなぁ。あれはクロやろ。どうみてもおかしいやろ。」
その時美紀さんが帰ってきた。
「上がりましたー!」
「お上がりなさーい!」
「なに?みんなで何の話ししてるん?」
美紀さんがみんなの雰囲気を察知して聞いてきた。
「あぁ…。あれですよ。麗さん。」
原さんが苦笑いで答える。
「あぁ~。何?有里ちゃんについたお客さん、やっぱり麗ちゃんのお客さんやったん?」
「あ、はい。そうなんですよ。」
「あー。やっぱりなぁ。」
美紀さんも苦笑い。
「あれ、やっぱりそうですよねぇ。」
原さんが美紀さんに聞く。
「そりゃそうやろ!典型的やないの?」
私はみんなが言ってることがなんのことなのか、さっぱりわからなかった。
「あの…なんなんですか?」
みんなが顔を見合わせる。
「どうする?」の空気。
「ええんやない?別に。だって事実やねんから!」
美紀さんが大きなガラガラ声で言う。
「麗ちゃんな、多分コレ、やってんねん。」
原さんは「コレ」の時に腕に注射するジェスチャーをした。
「え?!なんで?!」
私は思わず大きな声をだしてしまった。
「なんで?!」の中にはいろんな事が詰まっていた。
おしっこの検査をするのになんでバレないのか。
腕に跡が残るからバレるんじゃないか。
「コレ」をやってる子が人気が出るって?
そして、「そんないい子がなんで」だ。
「え?え?え?どうして?なんで店で働けるんですか?」
結構な衝撃だった。
みんなはやれやれな顔をしていた。
「そりゃおしっこ買ってるか、まぁあれやわ。人気が出る子ぉやから広田さんが見て見ぬふりしてるかのどっちかやなぁ。」
みんなはあきれた顔でうんうんと頷いていた。
「広田さん、麗ちゃんに入れ込んでたもんなぁ。まぁお客さんに人気やからなぁ。」
「そやなぁ。絶対あれは見逃してるわなぁ。」
えー…
そうなんだぁ…
はっ!そういえば…
病院に行った帰り道、おしっこ買う人がいるって教えてくれた時の様子がおかしかった。
うーん…だからなのかなぁ…
「腕のな、この肘のところにたくさん髪を結ぶゴムをつけてるんや。しかも両腕。
おかしいやろ?」
「それに何度も個室に行くねん。あれは絶対個室でやってたなぁ。」
「麗ちゃんが使った個室を次に使う時あるやろ?その時コロコロで掃除するやんか。
そうするとな、キラキラした小さな粒がたくさんコロコロにつくんよ。」
「あれはそうとうヤッてると思うで。もう足の指に差してる域やない?」
みんなの口が一気に軽くなる。
情報がありすぎて追いつけない。
「なんでですか?なんでそんなことするんですか?」
私はそんなにいい子が「ソレ」に手を出す理由がまったくわからなかった。
「いい子なんですよね?お客さんも言ってました。優しい頑張り屋の良い子だって。」
みんなが「うーん…」とまた顔を見合わせた。
「男や。」
美紀さんがぶっきらぼうに答える。
「しょーもない男につかまってるんよ。」
うんうんとみんなが頷く。
「そういう男がおるねん。金づるやろ?『コレ』を買うにはお金がいるやろ?
だから女にもヤッて離れられないようにしとるんや。お金も持ってきてくれるしな。」
えー…
なにそれ…
じゃあ麗さんはずっと使われっぱなしなんじゃん…
「それにな、『コレ』やってると感度がめっちゃ上がるらしいで。ハンパなく喘ぐからなぁ。そりゃお客さんはたまらんわなぁ。」
「麗ちゃん可愛らしい顔してんねん。それにええコやろ。それに本気で喘ぐ。
そりゃ人気出るわなぁ。」
びっくりだった。
「コレ」をやると感度が上がるのもびっくりだったし、映画やドラマで見るような典型的な『ヒモ』な人がほんとにいることにもびっくりだった。
しかも「コレ」がらみ。
私、ソープランドにいるんだ!
マジでTHE・ソープランドじゃん!
「…すっごい…話し…ですねぇ…」
驚きすぎてこんなことしか言えなかった。
「まぁなぁ。まぁでもある話しよなぁ?」
「まぁ、たまにおるわなぁ。」
「おるおる。」
そんなに?
そんなにある話しなの?
「有里ちゃんも気ぃつけなあかんよ。お客さんでそういう人もおるからな。
最初はめっちゃ優しいから。そういう人は。騙されたらあかんよ。」
美紀さんが笑いながら言った。
「はぁ…。」
放心状態だ。
整理ができない。
「…あの…、なんで麗さんは辞めちゃったんですか?」
みんながまた顔を見合わせる。
「あぁ。あの子辞めるの2回目やねん。」
「多分『コレ』やりすぎたんやろな。持たなくなったんちゃう?カラダが。」
「まぁでも、またそろそろ戻ってくるんちゃうかな。お金なくなってまうやろ?」
えー…
それ、地獄じゃん…。
「有里ちゃん。大丈夫?」
原さんが私の様子を心配して聞いてきた。
「…はぁ…。なんか…辛いですねぇ…。」
私はまだ会ったこともない麗さんを思って、なんだか胸が締め付けられるようだった。
「ここにはそんな女の子たくさんおるよ。有里ちゃん。つかまったらあかんで。」
「はぁ…。はい。そうですねぇ…。」
その時、忍さんが控室に入ってきた。
「上がりましたー!」
声が明るい。
「お上がりなさーい!」
みんなで迎える。
「忍ちゃん!どうやった?大丈夫やった?」
美紀さんがガラガラ声で優しく聞く。
「はい!今日は大丈夫でした!いいお客さんで…。」
忍さんが笑顔だ。
「よかったですねぇ!よかったぁ!」
私は忍さんの笑顔が見られてほっとしていた。
「うん。有里ちゃん、ありがとう。」
忍さんは「ふふ」と笑ってキッチンへと向かった。
「有里ちゃん。今日仕事終わったら飲みに行かへん?」
「え?」
原さんが小さな声でそっと誘ってきた。
「いいんですか?」
小さな声で返す。
「うん。もう少し後にしようかと思ってたけどな。今日結構な話し聞いてしまったやろ?もうちょっと話した方がええ気がしてな。大丈夫?」
この原さんの誘いがめちゃくちゃありがたかった。
この話を聞いてしまった今日。
夜の一人の時間、ちょっときついと思っていたから。
「嬉しいです!ありがとうございます!」
「他の女の子にはバレないように行きたいねん。いろいろめんどくさいからな。だから『コレ』ね。」
原さんは「コレ」の時に、今度は人差し指を口にあてた。
「はい。『コレ』で。あはは。」
センセーショナルな話しを聞いた後だけど、原さんのお陰で夜が楽しみになってきた。
まだお店は開店したばかりだけど。
つづく。
続きはこちら↓
はじめから読みたい方はこちら↓